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夢の王  作者: せいたろう
第一部
8/32

第七話 無法者

 ある昼下がりの午後、春一はマリーと共に未来界・メトロポリスの空中歩道を歩いていた。マリーが週に一度ほどのペースで行っている本の調達につき合わされたのだ。普段ならエリザが同行するようなのだが、任務で忙しいらしく代わりに春一が行くこととなった。

 春一がオブリビオンに加入した日から数日が経過したというのに、レイヴンたちはまだ何かの件で忙しそうに動いていた。

 分厚い本が詰まった紙袋を両手に抱えながら、春一はマリーの後を追う。マリーは、嵩張ったフリルのスカートを揺らしながら、上機嫌な様子で前に進んでいた。二人が歩いているのは様々なショップが立ち並ぶ大通りで、幾重に折り重なる空中歩道の群の中でも、比較的上部に位置している。辺りには人通りも多く、皆せわしなく歩き続けていた。メトロポリスではよく見る光景だ。

 「マリー、まだ本を貰うの?これ以上は持てないよ」

 春一は重い紙袋を必至で持ち上げアピールした。

 マリーは立ち止って振り返ると、大きく首を縦に振った。そして再びスタスタと歩き出した。

 「とんだ代役を引き受けちゃったなぁ。エリザはいつもこんなに多くの本を運ばされてるの…」

 この世界にいる間、マリーは大抵の時間を読書に費やしている。その種類は小説や参考書など様々だが、主に医学書が多い。驚くべきは、読む速度だ。どんなに難解で分厚い医学書もこの世界の一日、つまり12時間あれば読み終えてしまう。

 Dreedamドリーダムでは情報が最も価値のあるものとされ、通貨のような扱われ方をする。これは、物資類がイメージによって作り出せてしまう事、また現実世界の通貨のようなものを定めても、それ自体がイメージによって作り出せてしまう事に起因する。知らないものはイメージが出来ない、つまり作り出せない為、「知ること」がこの世界では「入手する事」とイコールになる。そのために情報に価値が置かれるのだ。

 そういった理由から、本や電子データなどといった情報を伝達する媒体は、Dreedamドリーダム内では現実世界以上に重宝されている。未来界という名を聞けば、すべてが電子媒体に統一されていても良いように思えるが、意外とそういうこともなく、紙媒体も多く存在している。

 通常なら、本や電子データを購入する際は、それと同等の『情報』を提示し交換しなければならない。しかし、今回は行くさき行くさきで、オブリビオンであることを告げると、マリーの気に入った本を無料で提供してもらえた。このメトロポリス内でオブリビオンを地位はかなり高いらしく、入りたての春一でさえ丁重に扱われたほどだ。


 「……あ、ハル……こっち」

 マリーはそう告げると、空中歩道の淵までかけていき、柵によじ登り始めた。

 「なにしてんの?マリー!?危ないよ…っ!」

 春一たちの歩いている歩道は地上数百メートルの場所に位置している為、落ちてしまえばもちろん命は無い。だが、マリーは春一の忠告をまったく聞こうとせず、そのまま柵の上からぴょんと飛び降りてしまった。

 「マリー!!」

 春一は慌てて柵まで走っていき、下を覗き込む。春一のいる空中歩道のすぐ下に別の歩道が走っており、マリーはそこに着地していた。

 「はぁ、なんだよマリー。脅かさないでよ」

 春一がため息交じり言うと、マリーはちょんちょんと手招きをした。

 「……ハル、早く」

 そう言われたものの、春一は両手に抱えた紙袋を見て躊躇った。真下に位置しているといっても、マリーのいる空中歩道までは2メートルほどの高さがある。荷物を両手に持ったまま飛び降りるには少し億劫になる高さだ。かといって本がたくさん入った紙袋を下に投げ出すわけにもいかない。

 「仕方ないか…」

 春一は意を決してそこから飛び降りた。


 - ドスン。


 両足にジンとした痛みが伝わり、身震いが頭まで上がってきた。

「くぅ…マリーは、一体どうやっておりたの?痛くなかったの?」

 涙目の春一が訪ねると、マリーはごわごわと段になったフリルのスカートを捲し上げ、

 「…ふわぁぁって」

 スカートで羽ばたいて見せた。

 「ほんとに?」

 春一が聞くと、マリーは黙って頷いた。

 二人の降り立った空中歩道は上の歩道に交差するように重なって走っていた。そこには二人以外他に誰も人がいなく、どこか廃れた雰囲気が漂っている。今は使われていない道のようだ。

 「ここは…なんなの?」

 春一が訪ねた。

 マリーは片方の道の先を指差した。歩道は、先ほど飛び降りてきた上段の歩道の下を潜り抜け、ビル同士の狭い隙間へと続いている。

 「……ショートカット」

 「近道かぁ…」

 二人がそのまま、ひと気のない歩道を進み、巨大なビル同士に挟まれた薄暗い路地を進んでいった。辺りはとても静かだった。

 「こんなとこがあるんだね…」

 春一がまわりを見回しながら言った。

 「……メトロポリスは…街並みの移り変わりが激しいから……こういうとこは……たくさんあるの……みんなは気づいていないけれど」

 「じゃあ、ここはマリーしか知らない秘密の近道なんだ?」

 マリーは頷こうとしたが、何かに気づき止める。

 「…そうでもないみたい」

 二人の進む先に、一人の男が居た。男は路地に面したビルの壁に寄りかかり、何かを待っているかのようにじっとしてた。顔じゅうピアスにタンクトップで、見た目からはあまりいい印象は受けない。

 春一は嫌な予感がした。そして、その予感は的中する。

 男は、春一達が近付くと進路を断つように道の真ん中に立ち塞がった。

 「…ハルっ!」

 マリーが危険を察知し、後ろの春一を制止する。

 ピアスの男は二人を舐めまわすように見ると、声を掛けてきた。

 「おまえが…岡野 春一か?」

 自分の名前が出た春一は、とっさに退路を見つけようと後ろを振り返った。だが、すでに遅かった。後ろからはピアスの男に引けを取らない柄の悪い男二人組が詰め寄ってきていた。

 春一とマリーは狭い路地で三人の男たちに挟まれた。

 ピアスの男が一歩詰め寄る。

 「おまえの持ってる情報に用がある。俺たちと一緒に来てもらおうか」

 男がそう言うと、マリーが両手を広げ立ち塞がった。

 「……ハルは……オブリビオンが保護……する…!」

 相変わらず小さい声だが、その中には力強さが込められていた。普段は決して見せない真剣な表情でピアスの男を睨みつける。

 「なんだぁ!?このガキ…こんなのがオブリビオンだって言うのか?…邪魔すんじゃねぇ…よ!!」

男は怒鳴り声と共にマリーを蹴り飛ばそうとした。だが、靴の先がマリーの顔に触れる前に、一筋の水流が男の胸を打ち抜いた。

 「ぐぁ!!」

 春一の放った水は男を数メートル先まで弾き飛ばした。


 - 水鉄砲。簡単に言ってしまえばそうだが、ここまで威力が高くなってくると子供が遊びで使うそれとは似て非なるものだろう。例えば、消防車の防水の水圧は5kg/cmに達し、これが生身の人間に直撃すれば簡単に骨折程度の外傷を与えられる。水は一見、柔らかそうに見えるが圧力や速度を伴う事で一転、凶器に姿を変えるのだ。

 春一は、オブリビオンに加入してからの数日の間に水を放射する能力を完璧にコントロール出来るよう成長していた。放水、停止から水圧、水量まで今では意のままに操れる。

 「お、おい。こいつアルケマスターじゃねぇか!」

 後ろで道を塞いでいた男二人がたじろぐ。春一は間髪いれずに今度はその二人目掛けて流水を放った。

 拡散されて放たれた水が男達の視界を奪い、足をすくって見事に転ばせた。

 春一はその隙にマリーを連れて逃げようと振り返る。

 「マリー!今のうちに…っ!」


 - チャキ…


 嫌な音が耳に入った。実際に聞いたのは初めてだったが、何の音だかはすぐにわかった。拳銃の弾きがねをひいた音だ。

 「……ハルっ」

 マリーが震え声で助けを求めた。彼女の後頭部に黒光りする太い銃口が突きつけられている。

 ピアスの男は額に血管を浮かべ、歯を剥き出した。

 「調子にのんなよガキが…っ!俺達が欲しいのはお前の持ってる情報だけだ!別にこのチビがここで頭吹き飛ばされようと、お前の足が蜂の巣になろうと構わねぇんだよ!!」

 怒号が路地に響きわたる。男は今にもマリーに突き付けた銃の引き金を引いてしまいそうだ。 後ろの2人も立ち上がり、銃を取り出すと春一

の背に向けた。

 完全に包囲された春一はゆっくりと両手を手を上げる。

 ピアスの男は血の混ざった痰を吐き捨て、

 「くそ…。おい、足を撃っちまえ!二度と生意気な事出来なくしてやる」

 後ろの2人に指示を出した。

 「ハルっ!」

 マリーは動こうとしたが、突き付けられた銃口でグイッと頭を押され、黙らされた。

 足に銃の照準が向けられる。春一はギュッと目をつぶった。



 - ドォン!



 重たい銃声が辺りに轟いた。その音は男が春一に向けた小ぶりのハンドガンにしてはあまりにも大袈裟だった。


 春一の後ろにいた二人組のうち、一人の男の握っていた銃が宙を舞っている。そして、地面に落ちるとカラカラと音を立てて回転した。

 「誰だっ!?」

 ピアスの男が奇声上げて振り向いたが、その瞬間に持っていた銃を撃ちぬかれ弾き飛ばされた。続けて春一の後ろの男の最後の一丁にも弾丸が打ち込まれた。

 二発の銃声の残響が木霊する中、路地奥の薄暗い日陰から大口径の銃口が姿を表した。続いて細い腕、グリーンの瞳を有した人形のような丹精な顔が露わになる。

 エリザは、彼女の体にしては大きめに感じられる銃しっかりと握りしめ、憤怒の表情でピアスの男に近づいて行った。

 「あなた達、我々がオブリビオンだと承知の上でこんな事をしているのよね?」

 高圧的な口調でエリザは男達を脅す。

 「こ、…こいつ、傭兵の側近だ。マズい!逃げるぞ」

 ピアスの男はそう叫ぶと、一目散にその場を逃げ出した。後の2人もそれに続いた。

 「待ちなさい!」

 エリザも男達を追って駆け出す。

 「春一君とマリーは、そこで待ってて!」

 すれ違い様にエリザは2人に告げた。タイトスカートにヒールという格好をしているのに、彼女は陸上選手のような美しいフォームで走り抜けていった。

 男たちは、ビル群に囲まれ入り組んだ路地を何度も曲がって、エリザの追跡を逃れようとした。彼女の足は女性にしてはかなり早い方だが、やはり男のスピードにはかなわず、距離は少しずつ開いていく。

 それでも、エリザは何一つ焦りを感じていなかった。彼女には男たちを捉えられる確証があったからだ。エリザは、今自分たちの走っている路地の複雑に入り組んだ構造を完璧に把握していた。そして、振り回されているように見せながら、実は男たちを逃げ場のない行き止まりへと追いつめていたのだった。

 男たちがT字路に突き当たり右へまわる。

 「…その先は行き止まりよ」

 エリザは勝利を確信し、小さくこぼす。T字路に着くと、行く手をふさぐように銃を構えた。

 「そこまでよ!あきらめて投降し…!?」

 張りつめた声だけが虚しく響いた。

 確かにそこは行き止まりだった。続いていた空中歩道は正面に立つビルの壁に突き刺さるようにして終わっている。左右も隣接するビルの壁に囲まれ、もちろんマンホールのような下へ続く逃げ道もない。

 だが、男たちの姿をそこになかった。

 「どういう…事…?」

 予測していなかった事態に、流石のエリザもあっけにとられた表情をした。銃を握っていた腕が力なく下がった。


 

 しばらくして、エリザは腑に落ちない様子で春一達の元へ戻ってきた。マリーが春一のシャツをギュッと握りしめ、お腹の辺りに顔をうずめていた。

 「相当怖かったみたい」

 春一がエリザに言った。

 「この子、治療能力はかなりのものだけど戦闘は苦手なのよ。無理もないわ」

 エリザはマリーの頭を優しくなでる。

 「マリー、大丈夫?怖かったわね」

 声をかけると、マリーは小さくうなずいた。

 「あいつらは?」

 春一が尋ねた。

 「取り逃がしてしまったわ。今は一度、本部に戻りましょう」

 エリザは男たちが逃げた方に視線を向けながら言った。やはり男たちが姿を消した事がひっかかるようだ。その緊迫した雰囲気を春一はなんとなくだが察した。

 「……ハル……エリザ…」

 マリーが春一のお腹から顔をはずし、二人を呼んだ。涙は拭い去ったものの、目の周りが真っ赤になっている。

 「…たすけてくれて、ありがとう」

 涙声で言う。

 春一とエリザは一度顔を見合わせ、二人してマリーに微笑んだ。





 「どういう事だよ!!」

 裕樹が両こぶしで机を叩き付け、声を荒げた。

 「メトロポリス内にいるかぎり、春一の身は安全じゃなかったのかよ!?あやうく春一が捕まるどころか、マリーまでも危ない目に合うところだったんだぞ!」

 怒りの矛先は机を挟んで正面に座るレイヴンだ。

 春一達がオブリビオン本部に帰り着くと、すぐにミーティングルームで会議が開かれた。主席したのは主に本部とメトロポリスに駐在するメンバー、春一、祐樹、エリザ、マリー、アシム、そしてレイヴンだ。六人は机上がディスプレイになった長机を囲むように座った。

 「…すまなかった」

 レイヴンから発せられた一声に、春一は耳を疑った。

 「『レギオン』の未来界への侵入を察知するのが遅れた……私の責任だ」

 レイヴンは相変わらず単調な口調だったが、いつもと比べると自責の念がこもっているようにも聞こえる。

 「春一…危険な目に会わせたな。…すまない」

 春一の目をしっかりと見据えて付け足す。謝罪の意を表す為であるとわかるが、この男にじっと見られると緊張してしまいそれどころではない。

 「い、いや…別にいいよ。結局はエリザに助けて貰ったし。それより『レギオン』ってのは何なの?もしかして、ここんところみんなが忙しそうにしてるのと関係があるの?」

 春一は落ち込んだ雰囲気を変えようと切り出したが、質問を投げた途端、空気はさらに悪くなった。皆、春一には教えにくいといった様子で答えを渋っている。

 そんな中、祐樹が口を開く。

 「いいんじゃねぇか?春一はもうただの護衛対象じゃなくて、オブリビオンの一員なんだし、教えてやっても」

 「そうね…」

 エリザが納得したようにつぶやいた。

 「レギオンというのはね。最近、勢力を拡大している抵抗組織の名称よ」

 「…抵抗組織?」

 「無法者の集まりだ…!」

 アシムが怒りを込めて付け足した。

 エリザは冷静に説明を続ける。

 「ユニバースの統治はね、各世界に拠点を置く有幾つかの力組織が代表となって、民主的に行われているの。レギオンはその協定、決定に従おうとしない組織なのよ。主に情報収集と勢力拡大と行っているのだけど。そのやり方に問題があってね。武力行使や他の組織への介入、ユニバース統治への妨害行為。小さいところから言えば恐喝、恫喝……数えればきりがないわ」

 「そいつらと…俺に何か関係が?」

 春一が聞いた。

 「彼らは、春一君の持ってる情報を狙っているのよ。しかも、その為なら今日のような方法も厭わないと考えているわ。不安にさせたくなかったら、こんなこと出来れば知らせたくなかったのでけど…」

 エリザは申し訳ないといった様子で語った。

 「…にしても、」

 祐樹はそう切り出すと、頭の後ろで手を組む。

 「あいつら、最近調子に乗りすぎじゃねぇか?各地で今日みたいな誘拐まがいの事やってるみたいだし。そろそろ尻尾くらいつかんで縛り上げねぇと!」

 「…そうね。ただ、派手に動いているというのに、現状では彼らについての情報はほとんど無いに等しいわ。規模、活動拠点、リーダーが誰であるのかさえも…私達は把握出来ていない」

 「そうなんだよなぁ」

 祐樹は弱音を吐くと椅子にもたれかかった。

 「……問題は他にもある」

 レイヴンが言った。

 意図を読み取ったアシムが口を開く。

 「進入経路の事でしょう?未来界の出入り口はカメラやセンサーによる監視が完璧に行き届いてるはずだってのに、今回はあいつらが入り込んだ事に気付くのに1時間近くもかかっちまった。そう考えると別ルートを使ったって可能性もなくはないないけれど、そんなルートは聞いた事ありませんぜ?」

 「入り口のシステムにハッキングでもされたか?」

 祐樹がぶっきらぼうに聞くと、すぐにレイヴンがに否定をする。

 「それはない。…ゲートのシステムには常にエリザが干渉している。ハッキングがあればすぐに察知出来るはずだ……エリザの目を盗んでハッキングを仕掛けられる逸材はレギオンはおろか、Dreedamドリーダムにすらいないだろう」

 「じゃあやっぱり別ルートか?まさか、他の世界観層から天井や床をすり抜けて来たとか言わないよな…?」

 祐樹は冗談半分のつもりで言ったが、思いの他、全員が口を閉ざしてしまったので焦った。

 「はは…まさか」

 沈黙の中、それまでは黙り込んでいたマリーが一言だけ言葉を発した。

 「…テレポート」

 レイヴンと春一を覗く全員が反応を示す。

 「まっ…まさか?そんな能力聞いた事ねぇぞ!?」

 祐樹はそう言ったが、エリザは納得したように唇に人差し指を当てた。

 「けれど、そういった能力が無いとはいい切れないわ。さっき、私が行き止まりまで追い込んだ時、彼らは忽然と姿を消したの。もしテレポーターが存在するならあの時の事も説明がつくわね」

 結局、議論は平行線を辿り、皆難しそうな顔をしたまま黙り込んでしまった。その様子を見たレイヴンは、取りあえずではあるが会議の結論に入った。

 「とにかく、我々は引き続き『レギオン』の調査を行う。……ただし、今日のような事態を防ぐ為、今後二人一組ツーマンセルを原則として任務に当たれ…まずは、祐樹とアシム。おまえ達は先ほど春一を襲った連中の足取りを追え。…恐らくすでに他の世界観層に逃げ伸びているだろう」

 「了解です」

 「りょーかい」

 アシムと祐樹が返事をする。

 レイヴン淡々と命令を続けた。

 「次にエリザとマリー。二人は基本的に本部に駐在していろ。エリザは警戒網を貼り、監視システムの強化を……マリーは緊急時の治療に備え待機を頼む」

 「分かったわ」

 エリザが答え、マリーは首を縦に振って了解を示した。

 最後にレイヴンは春一に視線を移した。

 「…それから、春一はしばらく私と行動を共にしてもらう」

 「……………え?」

 他人事のようにぼぅっと会議を聞いていた春一は、急にされた先刻に驚いた。

 「では、解散にする。皆、くれぐれも慎重に行動してくれ」

 レイヴンがそう言い終えると、会議に参加していたメンバーがぞろぞろと席を立ち始めた。

 「安心しろ、春一!レイヴンと一緒なら絶対に安全だぜ!!」

 祐樹は嬉しそうに伝えると、ミーティングルームを後にした。

 「あ、…ちょっと…そういう事じゃ…」

 祐樹は春一がレイヴンを苦手な事を知らないようだ。

 うろたえる春一の肩にエリザがポンと手を置いた。

 「そう緊張しないで。レイヴンと二人一組ツーマンセルと言っても春一君はただ付き添っていればいいだけだから。特に仕事はないわ」

 エリザも気付いていないのか…。春一がそう思った矢先、彼女は耳元に口を近づけて、

 (この機会に打ち解けておきなさい)とほかの誰にも聞こえないようにささやいた。それから、マリーと共に外に出て行った。

 広いミーティングルームには、レイヴンと春一だけがポツンと残った。

 「では……我々も行くとするか」

 レイヴンが静かに言った。

 「……は、はい」

 春一はこわばった顔で返事をした。



 レイヴンの運転する黒塗りの空中自動車は、電飾やネオンに包まれた煌びやかな夜のメトロポリスを進んでいく。 春一は後部座席に少し緊張した面持ちで座り、バックミラーに写るレイヴンの顔をじっと見つめていた。

 「……何か用か?」

 レイヴンが尋ねた。後ろに目をやった様子はなかったが、春一の視線に気付いていたらしい。

 「あ、いや……これからどこへ行くの?」

 春一はとっさに嘘を答えた。まさか、これからレイブンとどうやって打ち解ければいいか悩んでいたとは言えない。

 「今日おまえを襲ったレギオンについて目星はついている。…これから情報収集だ。悪いが付き合ってもらうぞ」

 「う、うん…別に構わないけど。そういえば、オブリビオンは前からレギオンを追っていたの?」

 「……あぁ、奴らが頭角を表し始めた当初からな…」

 「なんで、奴らを追ってたの?最初のうち、レギオンは未来界とは関係なかったんでしょ?」

 「…………奴らの目的が我々と対極にあったからだ」

 「目的?…そもそもオブリビオンの目的って…?」

 春一が質問をすると、その場にしばらく沈黙が流れた。

 まずい事を聞いてしまったのか…!?春一がそう思った直後にレイヴンが口を開く。

 「…いずれお前にも、話す時が来るだろう……」

 そう告げてバックミラー越しに視線を送った。その物々しい雰囲気に春一はそれ以上何も聞く事が出来なかった。





 しばらくすると、春一の乗った空中自動車は一棟のホテルの前へ停車した。よくあるリゾートホテルのようだが、エントランスの扉の前には機関銃を抱えたスーツ姿の男二人がいた。仕立ての良い黒いスーツにハット。マフィアだ。


 レイヴンは車から降り、おもむろにドアを閉めると一直線にビルのエントランスへと向かった。春一は慌てて後に続く。

 機関銃を持った2人は、人が近づいて来たため初め銃を構えたが、それがレイヴンだとわかるとすぐに下ろした。

 「レイヴンさん…!しばらくです」

 1人が声を掛けて来た。

 「……ボスに会いに来た。今…中にいるのか?」

 レイヴンは簡潔に要件だけを伝えた。

 「え、えぇ。中へどうぞ」

 男はあっさりとレイヴンを中へ通した。一連の言動から男がレイヴンにあからさまに怯えている事がわかる。春一はそれが、自分が抱くものよりも、もっとはっきりとした恐怖のように感じた。


 2人はエレベーターに乗り、最上階に位置するレストランへと案内された。そして、この周辺をテリトリーとするマフィアのボス、ドン・コルネオとの会食となった。円卓の上には豪勢なイタリア料理がずらりと並び、グラスには年代物のワインが注がれる。

 「おまえさんがわざわざうちに来るなんて珍しい。さて、なんの用かな?」

 レイヴンと春一の向かい側に座る恰幅の良い髭の男、ドン・コルネオが切り出した。ここまで来る間、レイヴンを目にしたマフィアの構成員は皆、入り口の2人と同じで、レイヴンに対し怯えていたが、流石にこの男は堂々としている。

 「……理由ならわかっているはずだ。…それ故、この警戒態勢だろう?」

 レイヴンは部屋の隅にずらりと並べられた構成員を指してそう言った。

 「ふん…この街にオブリビオンに手を出すようなムチャな連中が入ったとなれば、このくらいはせんとな。わしが聞いているのは、レギオンの襲撃後に何故、おまえさんがうちに乗りこんで来たかという事だ」

 ドン・コルネオそう言うと葉巻を取り出してを火を付けた。

 「…とぼけるな。今日我々のメンバーを襲った連中について心当たりがあるはずだ…」

 レイヴンが核心に迫る。

 「何を言っている?レギオンのチンピラの事などわしが知っているわけなかろう?」

 ドン・コルネオは白々しく煙を吐き出す。

 「…心当たりがあるだろう?」

 レイヴンは力を込めて繰り返した。一瞬、瞳孔を見開き、目の前でふんぞり帰った中年男を睨む。些細な表情の変化だったが、この男がやれば大の大人が震え上がるほどの凄みがあった。それまでは、ふてぶてしい態度を取っていたドン・コルネオもさすがにこれには怖気づいたのか顔をひきつらせる。やはり彼もレイヴンに対して恐れを抱いているようだ。

 少し黙り込んだ後、ドン・コルネオは口を開いた。

 「……となりの小僧は?」

 春一の事だ。

 「オブリビオンのメンバーだ。…心配はない。秘密は守らせる」

 レイヴンが答えるとドン・コルネオはの胸ポケットから一枚のポラロイドを取り出し、こちらのテーブルへと投げた。

 「あ、この人って…!」

 写真を見た春一がすぐに反応した。


 ポラロイドに写っていたのは、先ほど春一達を襲ったピアスの男だった。だが、写真の中の男は少し今日と雰囲気が違う。どうやら数年前にとられたもののようだ。

 「そいつは、俺がまだ、現代界のイタリアエリアにいた時に何度か目にしたことがある」

 「…おまえ達のカルテルか?」

 「はっ!まさか!?こいつは下請けで荷物を運ばせていたパシリだ。だがな、この馬鹿、一度その荷物に手を出してな。うちのカルテルから追われることになった。てっきりもうミンチにされたと思っていたんだが…」

 「知っている情報はそれだけか…?」

 レイヴンが念を押した。

 「おいおい、こっちは無償で情報を流しているってのにそんなに睨むことはないだろう?分かっているのはこれだけだ。それ以外何も知らん」

 ドン・コルネオは不機嫌そうに返した。写真を見せた途端、開き直ったのか、先ほどまでの堂々とした態度が復活してきた。どうやら隠し事をしているわけではなさそうだ。

 「…そうか、礼を言う」

 レイヴンは特に追及はせずそう言うと、席を立ちあがった。

 「え?もう帰っちゃうの…?」

 手の付けられていない豪華な料理を前に、春一が尋ねる。

 「欲しい情報は手に入った……次へ向かう」

 「あ、待ってよ…!」

 そそくさ、その場を立ち去ろうとするレイヴンを春一はあわてて追いかけた。

 二人が部屋から去ると、ドン・コルネオは肩の荷が下りたように、椅子にもたれかかり、新しい葉巻に火をつけた。

 「レギオンの連中……あの傭兵ようへいに喧嘩をふっかけるとは……そうとうな馬鹿か……それとも」



 外に停めてあった空中自動車に乗り込むと、レイヴンはヘッドセットを装着し通信を始めた。

 「…エリザ。話は聞いていた通りだ。すぐに現代界・イタリアエリアに人を送ってくれ」

 『了解。近くにちょうどアシムがいるかわ向かってもらうわ』

 「あ!エリザ…聞いてたの…?」

 春一が訪ねると、レイヴンはヘッドセットの側面をタッチし、スピーカーに切り替えた。エリザの返答が車内にも聞こえてくる。

 『えぇ。レイヴンが情報収集に回る際は大抵、リアルタイムで内容を確認しているのよ』

 「……次は下層に向かう」

 レイヴンが言った。

 「わかったわ。おそらく、2人目のレギオンの情報もそこで得られると見て間違いないわね」

 「…?そう言えば、なんで2人には今日俺たちを襲った犯人の目星が付いてたの?」

 春一が不思議そうに聞いた。

 これには通信越しのエリザが答えた。

 『今日の事件があった直後に、あの三人を捉えた顔写真だけをわざと流出させておいたのよ。後は未来界に拠点を構える各組織、機関の動きを監視しておけば、彼らに見覚えのあるところは自分から動いて教えてれるというわけ』

 「……ドン・コルネオは小心者だ。あからさまに警戒を強めたのですぐに何か知っていると分かった…」

 レイヴンは嘲笑した。ほんの些細な口調の変化だったが、普段感情を全く面に出さないせいか、その違いははっきりと分かる。

 通信越しにエリザのクスクスという笑い越えが聞こえてきた。それは祐樹をからかった時とはまた違う、優しい笑い声だった。



 その後、レイヴンにつき沿い、春一はメトロポリスの各所を忙しく回った。酒場やカジノ、車の販売店や整備工場など、まるで刑事ドラマの聞

き込みのようだった。そして、目星を付けていた何件かからは有力な情報が得られた。

 情報収集の際、春一は行く場所先々で、レイヴンが特別な態度で接しられている事に気付いた。それはマリーと本を買った時のように敬意を払われる場合と、先ほどのマフィア達のように恐れられる場所の2つがあったが、とにかく皆、レイヴンに対しては下でに出ていた。そして彼の付き添いである春一に対しても同様の態度が取られた。



 レイヴンによる情報収集は無駄がなく迅速だったが、数が数だけに全てが終わったのは、その日の夢が終わるギリギリの時間だった。この時間になるとメトロポリスを飛び交う空中自動車やエアバイク達が一斉に足場や陸地を求め降り立ち始める。夢の終わりに起きる揺れの中で走行するのと、夢が始まり意識が戻った瞬間に運転を再開するのはあまりにも危険な為だ。

 レイヴンも近くにあった電波等の上に車を停めた。車体は飛び出した一本の細い鉄骨にぴたりとくっつき、しばらくして毎度の大きな振動が来ても落ちる事はなかった。

 車内がガタガタとゆれる中レイヴンは後部座席の春一の方を向き、

 「……明日からは、おまえの訓練を始める」と唐突に告げた。

 今日の夢も終わりか…。そう思い、気を抜いていた春一は反応が遅れる。

 「………え?」

 「おまえはもうただの護衛対象ではない……オブリビオンの一員だ。基本的な戦闘技術は身に付けてもらわないと困る…」

 「戦闘って…!?俺はそんなの…」

 「心配はない……いい場所がある」


 - プツン。


 レイヴンのその言葉を最後に映像は途切れ、その日の夢は終わった。






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