第三十一話 管理者
「そ、それ以上動けば撃つぞ!」
レギオン構成員の男は、緊迫した面持ちでそう口にすると、アサルトライフルの銃口をちらつかせた。
目の前には青髪の男が立ちふさがる。丸腰で手をぶらんと下げ、攻撃の意思は感じられない。それだというのに、銃を構えたテロリスト五人の方が怯えてしまっていた。
春一も、その場の異様な空気を肌で感じていた。前にいるロゥは状況で言えば圧倒的不利だが、どういうわけかそれを感じさせない。この男が撃たれる姿が想像できないのだ。
ロゥは忠告を無視し、ゆっくりと手を上げる。
「…く!撃てぇ!!」
一人が叫ぶと、男たちは一斉に射撃を始めた。だが、それでもロゥは身動き一つ取らなかった。無論、放たれた銃弾はロゥと春一に襲いかかる。春一は咄嗟に頭を抱え、身を丸めた。連射された弾丸が通路の壁に穴を空け、破片を散らして炸裂音を鳴らす。
- だが、何かがおかしい。
異変に気がついたテロリストたちが一旦、射撃を止める。周りが静かになった事に気づいて、春一も目を開いた。
「…一体、これは…?」
静まり返った廊下の中、春一がぼそりと呟く。
ロゥと春一の周りの壁には無数の穴が開いていた。それだというのに二人の体には一発も弾丸が当たっていなかった。
レギオンの男たちも、何が起こったのか理解していないようで、顔を見合わせている。
「なんだ!?」
「なぜ当たらない!?」
「もう一度撃て!!」
一人がまた引き金を引くと、再び一斉射撃が始まる。春一は、今度はロゥから目を離さなかった。
やはり、二人に弾はあたらない。発射された弾丸は、ロゥや春一の目の前で、まるで意思を持っているかのように曲がり、壁へと軌道がそれて行く。その力が、ロゥのイマジンなのは間違いない。しかし、彼は想像により何も出現させていない。ただ、右手を力なく上げているだけだといのに、目の前と後ろからの攻撃を全て、いなしている。
少しすると、ロゥは上げていた右の掌をパッと握った。その瞬間、レギオンの男たちの銃は一斉に暴発し、彼らの体は吹き飛ばされた。
再び廊下に静けさが訪れる。ロゥは、倒れこんだテロリスト元へ歩み寄ると、一人の顔を覗き込んだ。
「命令を出していたところ見ると、あなたがこの小隊の隊長ですね。上官は誰ですか?」
敵とは思えないほど、優しい口調で尋ねる。
「…知らねぇよ。……俺たちはただ、無線で指示を受けただけだ…」
レギオンの男は、かすれ声でそう答えると意識を失った。
ロゥは顔を上げると、残念そうな様子で頭をかいた。
「…気絶してしました。やはり、5発中、1発だけ威力を調節するのは難しいものですね…」
それから、春一の方に振替り、
「さぁ、春一君。先を急ぎましょう」
今度は張り切った様子でそう言うと、再び廊下を進みだした。
― フォートアクエリア南東 オブリビオン用控室前
投げ込まれた手榴弾が、辺りにねずみ色の爆煙をまき散らす。祐樹は、廊下の白床を押し出して作り上げたバリケードに身をひそめ、爆風から身を守った。隣にいるエリザは、険しい表情で宙に浮くタブレットのキーボードを打ち続けている。
「おい、エリザ!春一は見つかったか!?」
けたたましい銃声の嵐の中、祐樹が大声で聞いた。
「待って!通信妨害がされていて、上手く位置が特定出来ないの…!」
エリザは画面から目を離すことなく答える。
「…っち、くそ」
祐樹は握っていた手持ちバズーカの砲口をバリケードの淵から出すと、狙いも付けずに数回引き金を引いた。まだ煙が立ち込める廊下の奥で、小規模な爆発が起き、一旦は攻撃が止む。しかし、数秒経つと、また攻撃が始まってしまう。先ほどからこれの繰り返しだ。
「きりがねぇよ…!!」
「…見つけた!」
祐樹が吠えた直後、エリザも声を上げた。すぐさま、ヘッドセットを装着し、通信を始める。
「…春一君、聞こえる?」
エリザが呼びかけると、少しして、春一の声が返って来た。
『…あ!エリザ!そっちは大丈夫なの!?』
「えぇ。まぁ…"安全"というわけではないのだけれど、大丈夫よ。近くにレイヴンもいるわ」
隣で必死に応戦する祐樹を見ながら、エリザは苦笑いでそう返した。
「ところで、春一君は今、ジャッジ・ロゥと一緒?」
『うん。これから、集合地点へ向かうところ…!俺は、このままロゥさんと行動していいんだよね?』
「えぇ。それで、問題はないわ。では、また集結地点で会いましょう」
春一の安否を確認したエリザは、すぐに通信を終わらせた。そして、イメージにより大型のハンドガンを取り出し、祐樹の加勢に入ろうとする。だが、トリガーに指をかけた彼女は、急に辺りが静まり返っている事に気づいた。
「…あら?」
横では祐樹がバリケードから上半身を出して、無防備に突っ立ている。エリザも立ち上がり、先ほどまで銃弾が飛んできていた方向に目をやると、暗がりから、床を打ち付ける鉄底のブーツの足音が聞こえてきた。
聞きなれた音に二人は安堵の表情を浮かべる。
「そっちは、どうなった?」
「……制圧した」
祐樹が尋ねると、レイヴンは何事もなかったかのように答えた。
“ゲリラ迎撃作戦”。道中、春一がロゥからそう教えられた作戦の集合地点は、フォートアクエリア屋上、花びらのような外壁に囲われた円形テラスだった。
白塗りの階段を上り切り、春一とロゥがテラスにたどり着く。するとそこには、既に六強のメンバーと側近たちが集結していた。
「おい、ロゥ。今日は会議といい、遅刻ばかりじゃねぇか?」
到着早々、フィバナッチが嫌味を飛ばしてきたが、ロゥはにっこりと微笑んで返した。
「すみません。安全なルートを選んでいたら、時間がかかってしまいました」
「それより、ロゥ」
今度はメリッサが近づいて来て声を掛ける。彼女の後ろには、レギオンの構成員と思われる男達が、茨のツタで拘束され、一か所に固められていた。彼女のイマジンだ、と春一はすぐにわかった。ツタは薄っらと紫色の光を帯びていた。
「作戦通り、こいつらを捕まえてはみたけど、誰も有力な情報は持っていないみたいよ。それから、残念な事に各組織のメンバーがちらほらと混じっているわ。入っていないのは、あなたのとこのノブレスオブリージュと、オブリビオンくらいかしらね」
メリッサが怪訝そうな顔でそう伝えると、ロゥは悲しそうに視線を落とした。
「そうですか…。予想はしていましたが、六強の組織の中にレギオンの構成員がいたのは、やはり残念ですね。情報に関しても、道中で一人に尋ねてみたましたが、これも予想していた通り、末端の命令しか知らない様子でした。念のため、拘束した彼らには後でもう一度、尋問をしてみましょう」
春一は六強の面々が皆、落ち着いて行動をしている事に驚いた。ゲリラが予想できていたとはいえ、彼らには危機感のようなものが全く感じられない。この程度の攻撃は、とるに足らない事なのだろう。
「おーい!春一ぃ。無事だったか!?」
大声と共に、祐樹が駆け寄って来た。
「祐樹…!驚いたよ。いきなり攻撃されたから」
続いて、エリザとレイヴンが近づいてくる。
「ジャッジ・ロゥ。春一君を連れてきて頂いて、ありがとうございます」
エリザがかしこまった様子で礼を述べると、ロゥは気さくに返した。
「いえいえ、いいんですよ。むしろ、彼には助けて頂いたくらいですし。それに…」
それからレイヴンにわざとらしく目くばせをする。
「……なんだ?その目は?」
レイヴンがうっとうしそうに聞くと、ロゥは口元を緩めた。
「いやはや、君のところにはどうして、こうも魅力的な人材な集まるんですかね」
「……そうでなければ、オブリビオンのリーダーは務まらない…」
レイヴンがそう返すと、ロゥはにっこりと目を細めた。それから、今度は別の場所に視線を移す。
「ふふ、そうでしたね。ところで、君はもう"あれ"に気づいていますか?」
「……あぁ」
レイヴンもロゥと同じ場所に目をやる。二人の目線の先には、フィバナッチと取り巻きの姿があった。ロゥが“あれ”と示唆したのは、取り巻きのうちの一人の事だ。
ドレッドヘアーにロングコートを羽織った大柄な男が、二人の視線に気が付く。その途端、男は急にテラスの中心に駆け出し、おもむろにコートをはぎ取った。
騒動に気づき、全員が注目する。メリッサについていた魔女の側近からは、小さな悲鳴が上がった。
男のコートの下には、無数の小筒が巻き付けられていた。茶色の包装つつまれた円筒に、そこから他の筒と束ねられた同線。誰が見てもそれが爆発物であると分かる代物だ。おまけに手には起爆スイッチのようなものが握れられている。
「う、動くなー!動けばスイッチを押す…!!!」
男は大声でわめき散らすと、スイッチを握った腕を振り回した。
「…おいおい、ジャンゴ。そりゃ、どういうつもりだ…?」
緊迫した空気の中、フィバナッチが口を開いた。押し殺した声には今まで怒号を飛ばしていた時とは比べ物にならないほどの重圧が感じられる。“ジャンゴ”と呼ばれた取り巻きの男は、その迫力に冷や汗を流しながら、不敵な笑みを返した。
「フィバナッチ…。あんたの作った爆弾だ。威力をよくわかってるだろ…?これが爆発すればここにいる全員があの世行きだ…!!」
「…んな事、聞いてるんじゃねぇよ。」
フィバナッチは静かな口調を替えずに凄んだ。
「なんで、てめぇが俺の爆弾を巻きつけて、そこにつっ立ってんのかを聞いてるんだよ…?ジャンゴ!!!」
言葉の最後で声に力をかけ、血走った目で一括する。その見幕は、少し離れた場所にいた春一と祐樹をも怯えさせるほど強烈だった。しかし、ジャンゴは怯むことなく歯をむき出して反論した。
「なんで…だと!?忘れたか!フィバナッチ…!俺のファミリーは、全員ユメクイに食い殺された…!それでも、俺はあんたに付いてきた!あんたが、外界の大地を取り戻すと約束しくれたからだ!それがどうだ?この有様は!?また六強は、"保留"の決断を下したじゃないか!!!」
そこにいた者にとって、ジャンゴの言葉は誰もが耳の痛いものだった。前もってエリザに話を聞かされていた春一も、その理由がなんとなく分かった。
流石のフィバナッチも、怒りが冷めたようで平常に戻っている。
「そう簡単にはいかねぇんだよ。六強には、随分と"慎重な方々"がいるみたいでな…」
おどけるような態度で、"保留派"の事をなじった。
それでも、ジャンゴは気を変える様子はなないようで、起爆スイッチを強く握り直した。
「だからこそ、俺はレギオンに入ったんだ。外の世界を取り戻し、死んでいったファミリーの無念を晴らすために…!」
フィバナッチは、やれやれと首を振ると、大きなため息をついた。
「そうかよ…ジャンゴ。なら、勝手にすればいい。ただ一つだけ言っておくが、レギオンとして外界を取り戻しても、ユニバースの人間は、お前たちを認めないぞ。だからこそ、俺はこうして六強に席でいい子してるんだ」
「うるせぇ!あんたにはがっかりだ…フィバナッチ…!もういい…!あんたも俺もここで…まとめて…」
ジャンゴが、けん制するようにスイッチを握った手を振り回す。だが、次の瞬間、彼の体に巻きつけてあった爆弾は一斉に小爆発を起こした。拳大の小さな爆発。それはジャンゴや周りの人間が思っていた規模と比べると、随分陳腐なものだった。
「…なぜ…だ?」
ジャンゴは驚いた様子で、一言そう残すとひざから崩れ落ちた。
状況が呑み込めなかった春一が視線を送ると、レイヴンは倒れたジャンゴの方を見たまま答えた。
「……フィバナッチは”爆発物”に関するイマジンの能力者。手を触れずに、爆発の威力を調整する事も容易なはずだ…ましてや、元々あれは、奴が作った爆弾のようだしな…」
険悪な空気の中、フィバナッチはバツ悪そうに舌打ちをして、帽子を深くかぶりなした。
「おい。フィバナッチ」
腕組みをしたシュバルツが、フィバナッチに近づいて言った。
「直属の側近から、レギオンが出おったな。この責任はどうとるつもりだ?」
フィバナッチは無言のまま、帽子の影からモヒカンの大男を睨み返す。
「言えた事か?大佐。あんたのとこの兵隊からも、随分とレギオンのメンバーが見つかったぞ?シュバルツ軍だけじゃねぇ。他の六強からも裏切り者は出てるだろうが…!」
フィバナッチが怒鳴り散らすと、各組織のメンバーは目をそむけた。
「まぁまぁ。そうお怒りにならないで」
不穏な空気を収めようと瑛里華が一歩前に出る。
「各組織からレギオンのメンバーが見つかった事は、確かに問題視すべき事ですわ。ですが、それは後にした方がよろしいかと…。まだ、襲撃が終わったのか確認していません。先ほどの爆弾が、レギオンの最終攻撃だったのでしょうか?」
「いや、そんなはずはねぇ…」
フィバナッチが口を出した。
「俺の爆弾が、俺によって無力化される事なんか、馬鹿でもわかる。おそらくはあれも搖動か時間稼ぎの一つだ…。つまり、次に来るアクションが奴らの…」
「おい!あれってヤバいんじゃねーの!??」
フィバナッチの言葉を祐樹の大声が遮った。その場にいた全員視線が一気に祐樹に映る。祐樹は、イメージで取り出した双眼鏡で、テラスの外を覗いていた。
「なんだ!?小僧!俺の話の途中に馬鹿でかい声出しやがって!」
フィバナッチは脅かすように声を上げた。しかし、相当慌てているのか、祐樹は怖がるそぶりを見せずに双眼鏡から顔を離してこちらを向いた。目の周りには、くっきりと接岸レンズ周りのゴムパッキンの跡が付いていた。
「あれだよ!あれ…!みんなも見てくれ!!」
今にも舌を噛みそうな祐樹の慌てた姿を見て、数名がテラスの淵に動いた。扇動をきったのは意外にも瑛里華で、我先にとテラス淵までたどり着くと、和紙に包まれた望遠鏡で祐樹の示した方向を覗きこんだ。
「…!あれは!!大変ですわ!」
珍しく、瑛里華が驚いた様子を見せた。これには他の六強の面々も"ただ事ではない"と察し、表情を変える。
ロゥは、レイヴンに目線を送る。すると、レイヴンはエリザに向かって指示を出した。
「……エリザ、頼む」
「わかったわ!」
エリザは、その一言で指示の内容を理解したらしく、返事の共に即座にイマジンを発動させた。半透明のキューブを手のひらに出現させ、テラス中央の空間へと投げる。キューブは放物線をかけて上へと飛んでいき、最高点まで達すると変形して巨大なスクリーンへと姿を変えた。次に彼女は、別のキューブ出現させ今度は祐樹に向かってそれを投げ渡した。
「祐樹!これを双眼鏡に押し込んで!」
「え!?あ、あぁわかったよ」
祐樹は言われるがまま、双眼鏡に受け取ったキューブを双眼鏡に押し当てた。キューブは吸い込まれるように、1人でに蛍光色のボディの中に入り、双眼鏡と一体化した。
「モニターとリンクさせたわ。もう一度覗いてみて!」
エリザに促され、ゆうきはもう一度双眼鏡をテラスの外に向けた。すると、レンズを通して祐樹が見ている映像が空中の巨大モニターへと映し出された。
その場が一瞬ざわつく。
モニターに映ったのは、水瓶の水面揺れる人工浮島の一つだった。そこには、ミサイル車が1台乗っていて、3×3にミサイルの格納されたポッドの発射口がこちら側に向いている。本来、フォートアクエリアを護衛するためのミサイルがこちらに向く事はまずありえない。だが、それよりも問題なのは、浮島の位置だった。
「おいおい!ありゃ、"シールド"の内側にあるじゃねぇかよ!
フィバナッチが声を上げた。
浮島は、フォートアクエリアを囲み守る球体のオーラの内側に入っている。
「大佐、あなたの指示?」
メリッサが軽蔑の目を向けて言うと、シュバルツは即座に否定した。
「違う!おそらく、あれもレギオンの仕業だ!おのれ…我が軍のミサイル車を奪うとは…‼︎しかし、奴らは一体どうやって"エネルギーシールド"の中に…?」
「破って入ったってのか?」
フィバナッチがそう言うと、今度は瑛里華が話に入ってきて否定をした。
「ありえませんわ。あの障壁は、六強の力を持ってしてでも、破る事は出来ないのですよ?例え、車両1台だとしても中に入る事は…
「いや、おそらく1台ではないな…」
そこで、ようやくレイヴンが口を開く。彼はテラスの淵に立ち、肉眼で遠方の浮島を睨んでいた。そして、何かを予期したのか突然にその目を細めた。すると次の瞬間、大量の浮島が音もなくオーラの内側に現れた。浮島は360°綺麗に円を描いてフォートアクエリアを囲むよう整列されており、その一つ一つにミサイル車を乗せていた。
これには、流石に六強の面々も驚きのあまり言葉を失う。だが、春一を含め数名には、あの現象に見覚えがあった。
「レイヴン!あれって…!」
「……あぁ、テレポーターだ」
レイヴンは、モニターを遠方から目を離さずに答えた。それ聞いたメリッサが食ってかかる。
「テレポーター?ばか言わないでよ!連続放火の件で、私もある程度の情報をつかんでいるけれど、レギオンのテレポーターは1人のはずよ?それが、あれだけの数の車両を一度に…しかも、"魔法障壁"の内側に出現させるなんて考えられないわ!仮にもし、そうだとしたら、あのテレポーターは…」
そこで、メリッサは言葉を切った。まるで、その先を言いたくないような口ぶりだ。だが、その続きはしかるべき人物によって言葉に出される。
「"無法の支配者"、なのかもしれませんね…」
ロゥはそう言うと、一歩前に出てモニターを見つめた。
「……それは、あなただけのはずよ…ロゥ」
メリッサはそう言うと、視線を脇に逸らした。
「えぇ。ですが、僕以外にも"無法の支配者"がいたとしても不思議ではありません。アルケマスターでさえ、始めにその名がついた時は三人だけでした。それが今は二桁に達しています。そろそろ、僕の他にも同党の力を持った能力者が現れてもいい頃です」
「……それが、レギオンでなければな」
レイヴンが皮肉を言った直後、シュバルツのテラス全体に響き渡る大声が飛んできた。
「何をごそごそ話しているお前たち!!ミサイルは発射体制に入った!すぐに撃って来るぞ!!!」
「ったく、偉そうに!どこの誰のミサイルだよ!?ありゃ!」
フィバナッチが悪態を着いて袖をまくる。シュバルツの警告を受け、テラスにいた全員が臨戦態勢に入った。皆、自然に輪になるようにテラス淵に広がり、各自イマジンを発動しようとする。
だが、全員の身動きをロゥが一声で止めた。
「皆さん、イマジンの発動を止めてください。…ここは、僕がやりましょう」
その言葉に、六強の面々は今日一番の驚きを見せた。
「…どういう風の吹きましよ?いつもイマジンを使いたがらないじゃない。…あなた」
メリッサが疑いの目を向けると、ロゥは苦笑いで返す。
「確かにそうなのですが…状況が状況ですから。今回の作戦の目的は、我々六強とレギオンの力の差を、ユニバース全土に知らしめる事でした。しかし、今ここにいる全員がイマジンを発動して事を収めたのでは、その効果は薄くなってしまいます。それなら、私一人が攻撃を鎮圧した方がインパクトは少なからず強いでしょう?」
ロゥの言葉を受け、その場にいた全員がイマジンの発動を見送る。名だたる六強の長たちが、素直に彼の指示に従った理由を春一は、分かった気がした。皆、自分と同じでロゥのイマジンが見たいのだろう。
無言の了解を得たロゥは、落ち着いた様子でテラスの中央に向かって歩み出した。全員が、息を飲んで彼に注目する。音もなく、地を滑るように進むその姿はすでに、この世のものとは思えない神秘的な雰囲気をまとっていた。
ロゥがテラス中央までたどり着く。すると、それを待っていたかのように攻撃は始まった。ミサイル車のポッドから白い煙が勢いよく吹き出し、赤い弾頭がゆっくりと押し出されていく。数十の浮島で、ミサイルは次々と発射され、瞬く間に浮島が連なって出来た対岸は、白煙で溢れ返った。
全方位から上がる無数のミサイルは、始めに上空に向かって鋭い角度で挙がっていく。噴射口から出た火炎が軌跡を描き、下方から立ち込めていく様子は、まるで巨大な鳥かごが構築されていくかのようだ。
夢の世界、Dreedamであっても異様な光景。だが、ロゥは眉を一つ動かさなかった。それどころか、平気な顔をして春一の方に振り返ると、
「そういえば、春一君は僕の能力が気になっているようでしたね」
まるで雑談でもするかのように声を掛けてくる。。
「え?そ、そう…ですけど、ロゥさん!ミサイルが…!!!」
春一は、あたふたしながら答えた。
ミサイル群は、すでに最高地点まで辿り着いた後で、折り返してこちらに弾頭を向けていた。テラスまでの距離はどんどんと縮まって行き、数秒もしないうちに目前へと迫る。
「では、今説明するとしましょう」
衝突の寸前、ロゥはそう言っておもむろに右手を掲げた。
誰もがその光景に目を疑った。
「……ありえねぇ」
そう呟いた祐樹の手から双眼鏡が転げ落ちる。
全てのミサイルが、テラスの周りを縦横無尽に行き交っていた。ロゥが手を上げたその瞬間、ミサイルは一斉に方向を変え、フォートアクエリアの上空をぐるぐると飛び周り出した。何よりも驚くべきは、数百に達する和のミサイルが、どれ一つ上空でぶつかることなく、不規則に動き回っている事だった。その一つ一つをコントロールしてはずの男は、未だに平然な顔をしている。
「僕のイマジンは、この世界の"法則"に干渉し、制御する力…」
皆が絶句する中、ロゥは淡々と説明を始めた。
「物理法則で言えば、質量、速度、方向…全てを思いのままに変更する事が可能です」
そして、掲げていた手を振り下ろす。次の瞬間、ミサイルが再び方向変えた。今度はテラスから放射線状に広がり、元来た道を戻って飛んでいく。
「人は僕を、"無法の支配者"と呼び、そしてまた、僕のイマジンはこう呼ばれる…」
無数のミサイルが、一斉に浮島へと着弾する。対岸が強烈な光に包まれると同時に、一瞬、その場の音が失われた。
「夢の管理者」
そして、ささやくようにロゥが言い放った直後、沿岸から爆炎と轟音が上がった。後から、遅れてきた爆風がテラスを襲う。
春一は、息をする事さえも忘れていた。いや、その場の誰もがそうだったのかもしれない。初めて目にする者は圧倒され、改めて見る者は再びその驚異的な力を認識させられる。ジャッジ・ロゥの能力は、それほどまでに他のイマジンとかけ離れた存在だった。
- ゲリラは終わった。誰もがそう確信した。
遠方で燃え盛る炎を背に、ロゥは涼しい顔で乱れた青髪を直した。