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夢の王  作者: せいたろう
第一部
3/32

第二話 神条 あかり

 「なぁ、『Dreedamドリーダム』って?」

 なだらかな丘を結城の背を追って登りながら、春一は尋ねた。草原に生えたシダの葉は、上から踏みつけても折れずに強く反発してきて、何度も足を取られそうになる。前を行く祐樹のスケートボードに描かれた極彩色のライオンが、寝むたそうな顔で春一をじっと眺めていた。

 「この世界の名前だよ」

 祐樹は別段歩きにくそうではなく、淡々と前へ進みんがら応えた。

 「なんでも、"ドリーム" と"フリーダム"を掛け合わせた造語なんだって…だっせぇよな。ま、俺がここに来るずっと前から付いてた名前らしいんだけど…」

 「ふ~ん、…でさっきの芝居がかった台詞は?」

 春一が少し嫌味交じりに尋ねると、祐樹は口をへの字にする。

 「しきたりだよ、しきたり。ここへ初めて来たやつにはあぁやって言うのがお決まりなの…!俺だってあんな恥ずかしいのやりたくねぇっての!」

 祐樹は声を荒げた。あの芝居がかった台詞を言ったのが相当気に入らなかったらしい。祐樹には彼なりのポリシーのようなものがあり、それに反する行為を極端に嫌う。本人いわく、『クール』か 『クールじゃない』かの曖昧な基準に基づいているようだが、仲のいい春一には、それがなんとなく分かっていた。

 「ま、祐樹はぁあいうの嫌いだからね」

 春一は、口を手でふさぎ、くすくすと笑った。

 「なんだよ!無理してやるんじゃなかった!…あ、着いたぞ」

 二人は丘の一峰を登り切った。

 「お~い!『覚醒者かくせいしゃ』を見つけたぞ~」

 祐樹は大声を出し、両手をぶんぶんと振り回した。二十メートルほど先に人だかりがあり、その中の何人かがこちらに気付く。二人は探索隊と呼ばれるその一行と合流した。



 探索隊は、十数人からなる小規模な集団で、様々な国の様々な格好の人々によって形成されていた。登山家のような恰好のいかにも"探索隊"というような黄色人もいれば、迷彩柄の軍服に身を包んだ体格のいい黒人など、本当に十人十色だ。共通点といえば、全員が男という事と、なぜか春一のわかる言葉、日本語を使っている事ぐらいだった。

 祐樹は、その中でも特に異彩を放つ西洋の甲冑を来た白人と何やらせわしなく話をしていた。どうやら、この隊のリーダー的な位置にいる男性らしい。

 祐樹が話をしている間、春一は外国人だらけの中にぽつんと取り残された。周りの外国人たちは、ちらちらと春一を見ては、小声で隣と言葉を交わす。使っているのが日本語だという事もあって若干何を話しているのか聞きとれるのが余計にうっとうしい。

 しばらくすると、話を終えた祐樹が帰ってきて、不服そうに口を開いた。

 「どうやら、もう少し探索を続ける事になりそうだ…悪いけど春一も一緒に付き合ってくれ」

 「これが…探索隊?」

 集められた視線にタジタジしながら、春一は尋ねる。

 「あぁ、色んな奴がいておもしろいだろ?」

 「…外人ばっかで落ち着かないよ」

 春一が横に視線をやると、ターバンを巻いたインド系の男と目がった。サッと目線をそらし、祐樹の方へ向き直る。

 「これって、あの変なマンションを探すためのチームなの?」

 「『プリズンマンション』な。あそこは、Dreedamドリーダムにくる奴が必ず最初に目覚める場所で、この世界に幾つあるか、どこにあるかもわかってないんだ。だから、こうやって定期的に探索隊が組織されるわけ」

 「俺の出てきたマンションは消えちゃったけど…?」

 「そうなんだよな…」

 祐樹は眉をひそめた。

 「移動するプリズンマンションなんて今まで前例がなかった。…特別だ。だから、ここで帰るわけにはいかないんだとよ」

 「それでみんな、俺をじろじろと見てるのか…」

 移動式という前例の無いプリズンマンション。そこで目覚めた春一は、探索隊の人々にとっては気にせざるを得ない存在だったようだ。

 「まったく…あんなのどうやって探せって…」

 祐樹は探索続行に反対らしく、周りに聞こえるような大きな声で愚痴をこぼす。


 ― その時だった。


 「…ユ、ユメクイだ!!」

 悲鳴のような声が辺りに響きわたった。探索隊に緊張が走る。声の主は、軍服姿の黒人のようだ。腰を抜かしたのか、地面に尻餅を付きながら、震える指で何かを指さしていた。

 「ユメ…クイ?」

 春一は状況が理解出来ず、キョロキョロと辺りを見回した。探索隊の全員が、黒人の指さす方を向いて固まっている。春一もそこへ目をやった。

 目の前には、先ほど上りきったものよりも大きな丘がそびえていた。そして、その頂上に二メートル四方ほどの黒い塊がある。一瞬、春一はその物体が何であるのか理解できなかったが、奥の青空を背景に、かすかに動いたのが見え、それが生物だと分かった。

  『ユメクイ』と呼ばれたその生物は体長が2メートルほどで、楕円形のボディに蜘蛛のような節足が六本付いていた。口は閉じているのか確認できなく、顔らしき体の正面に大きな一つ目があった。体表はごみ袋のような艶のある黒をしており、水に混ぜた油のように太陽の光を濁って反射させている。

 「なんだよ…あれ…?」

 異形の怪物を前に、春一の顔は引きつった。

 「『ユメクイ』…名の通り、俺たちを食らう捕食者。ハンターだ」

 祐樹は怪物から一切目を離さず答えた。彼のこんなにも鋭い目と、恐ろしく真剣な顔つきを、春一が今まで見たことがない。まるで別人のようだ。

 警戒する探索隊を尻目に怪物がゆっくりと口を開いた。まるでジッパーを開くように怪物の体が一方から裂けていき、大量の唾液が糸を引いた大きな穴の奥に、びっしりと生え備わった人間のような先の丸い歯が現れた。

 「くるぞぉ!」

 探索隊の一人が叫んだ。それを合図にしたかのように、怪物も女性の悲鳴のような奇怪な雄叫びを上げ、猛スピードでこちらに向かって走り出した。六本の足をバラバラに動かし、体を揺さぶりながら激走する。その速度は丘の傾斜も合間って、凄まじいものとなっていた。

 「皆、いくぞ!!」

 先ほど祐樹と話していた甲冑の騎士が、勇ましく吠える。いつの間にか、その右手には身の丈を超える立派な長槍が握られていた。他の探索隊員達も、騎士の掛け声を皮切りに拳銃、マシンガン、ショットガンといった重火器をどこからともなく取り出し始め、気が付けば祐樹の左手にも、方手で持てる小さな大砲が握られていた。

 「祐樹!足を狙え!!」

 騎士が言い終える前に、祐樹は宙に浮くスケートボードに飛び乗り、怪物に引けを取らない速さで走り出していた。スケートボードが通った後は、土壌が草ごと掘り返され、土煙が上がる。

 祐樹は猛進する怪物の正面に出ると、身をかがめてさらにスピードを上げた。怪物との距離が一気に縮まっていく。

 目の前の出来事に放心状態だった春一はその時、我に返った。そして、今にも怪物とぶつかりそうな祐樹に気づき、

 「あぶないっ…!」

 思わず叫び声を上げた。

 次の瞬間、祐樹は屈めていた体のばねを一気に伸縮させ、スケートボードごと空中に舞いあがった。そして、そのまま上空で身をひるがえし、真上から怪物目がけて大砲を放った。


 ボォン、ボォン、ボォン


 鈍い音と共に三発の弾頭が発射される。弾頭はそれぞれ怪物の足の関節部分に命中、そして炸裂し、関節から先を吹き飛ばした。

 怪物が悲痛の声を上げた。だが、止まらなかった。残りの三本の足を起用に使い、探索隊の集団へ突進を続ける。

 「チィ!」

 祐樹は着地と同時に急旋回をして、怪物を追った。足が半分も無くなったせいで怪物のスピードは格段に落ちており、すぐに真後ろまで追いついた。そして、もう一発、怪物の足目がけ大砲を放った。

 四本目の足が吹き飛び、とうとう怪物は腹を地面にこすりつけた。大きな土煙を上げながら、丘を転げ落ち、探索隊が待ち受ける目の間で止まる。

 「今だ!囲め!!」

 一人が叫ぶと、男たちは、動けなくなった怪物を円形に取り囲んだ。そして、各々の銃で一斉射撃を始める。


 ギィィィイィィイィイイィあぁぁああぁぁぁぁあああ


 様々な種類のけたたましい銃声の中、身も凍るような怪物絶叫が響き渡る。春一は思わず両手で耳を塞いた。それでも怪音はやみ切らず、頭の中に響いて来るようだった。

 薬莢と怪物のどろどろとした黒い血肉が飛び散る。怪物は残った足を振り回し、なんとか抵抗をしようとするが、流石に凄まじい銃弾の雨には逆らうことは出来なかった。

 頃合いを見計らった甲冑の騎士が数歩下がり、長槍を構える。そして、軽やかな助走の後、高く跳躍すると、自身の全体重をかけ、怪物の大きな一つ目に槍を突き刺した。

 ひときわ大きな悲鳴が上がったかと思うと、怪物は力なく崩れ落ちた。暴れまわっていた二本の腕も、グニャリと曲がって地面に放り出される。

 銃声が止んだ。

 しばらくの沈黙の後、ピクリとも動かなくなった怪物を前に、探索隊の男たちは安堵の表情を浮かべた。怪物は息絶え、一先ずは危機が去ったのだ。春一はその場の誰よりも大きなため息をついた。


 ― だが、これで終わりではなかった。


 最初に異変に気付いたのは祐樹だった。背中に強烈な視線を感じ、振り返る。

 目の前にそびえる大きな丘の横へ広がる頂上部分が、まるでマーカーで縁取られたように真っ黒になっていた。

 「マジ…かよ…」

 その黒い塊の正体を悟った祐樹は力なくこぼした。握っていた大砲が地面にドサッと落ちる。

 数十、いや数百を超えるおびただしい数のユメクイの群が、丘の上から祐樹たちをその血走った一つ目でじっと見下ろしていた。怪物たちは微動だにせず、草原はまるで時間が止まったように、しんと静まりかえっている。

 あまりの光景に、そこにいる誰もが口をぽかんとあけ、思考を停止してしまった。

 最初の一体が、おもむろに口を空けると他の怪物たちもそれに続いた。そして、次の瞬間、耳をつんざくような怪物達の雄叫びが草原中を震わせる。その声は探索隊と春一、そこにいた全員を骨の髄から凍りつかせ、圧倒的な絶望感を与えた。

 「…ど、どうすんだよ!?」

 春一は恐怖のあまり、声が裏返った。その声を聴いて祐樹は我にかえる。

 「どうするって?決まってんだろ!!逃げるんだよぉ!」

 「撤退ぃぃぃ!!」

 甲冑の騎士が声を張り上げると、探索隊の男たちは手に持っていた武器を放り投げ、全速力で走りだした。それを見た怪物の大群も一斉に坂を下り始める。雷のような数百の足音ともに、暗黒の巨群が十数人の男たちを追い始めた。ユメクイの群れが進行するその様子はまるで、丘陵を黒い布が覆い尽くしていくようだ。

 男たちの足が、草原のシダを掻き分けて進んだ後、数十秒遅れて、怪物たちの黒い六つ足が通り過ぎる。

 探索隊員たちは、心臓が張り裂るほど、無我夢中で手足を動かし、必死で地面を蹴り続けた。それでも、怪物たちとの距離はどんどんと縮まっていき、誰もが逃げ切れないと諦めの心を持ち始める。

 そんな中、尚早に駆られた軍服の黒人が走ることを止め、後ろに向き直った。

 「ちくしょぉぉっぉぉおおおおお!!!!」

 泣き叫びながら、手に持っていたマシンガンを迫りくる怪物の群に向かって打ち込む。無造作に放たれた弾丸は、先頭にいた数体を捉え怯ませはしたものの、すぐに後ろから新たな怪物の頭を出し、群れの勢いが衰える事はなかった。ものの数秒で先頭を走る一体が黒人の元までたどり着き、その大きな口で黒人の腰から上を食いちぎる。残った下半身を他の数体が貪り、彼の身体はあっという間に怪物たちの胃袋へと収まってしまった。

 「喰ってる…!!あいつら、人喰ってるよぉぉ!!!!」

 走りながら一部始終を見ていた春一がわめき散らした。こんなにも動揺しているのは人生でも初めてだろう。

 「だからそう言ったろ!!しゃべってる暇あったら走り続けろ!!!」

 祐樹の怒号が飛ぶ。彼も取り乱してはいたものの、春一に比べればかなり平常を保っているほうだった。スケートボードの機動力を生かし、前に出てくる怪物を大砲で打ち抜いては、引き下がらせ、探索隊の後ろを守っている。

 そしてさらに、先頭を走る甲冑の騎士は誰よりも冷静だった。重たそうな鎧を身に着けているにも関わらず、呼吸ひとつ乱さずに、すいすいと丘陵を進んでいく。

 騎士は後方を確認した。このままでは、あと数分もしないうちに、全員が怪物たちの腹の中だろう。辺りを見回しても、丘陵と草原が永遠に続くだけで、逃げ込めそうな場所もない。自分たちに生き延びる手段が残っていないことを、否が応でも実感してしまう。

 騎士は苦しい表情を浮かべ、目をつぶった。そして、意を決したようにその透き通った晴眼を見開く。

 「祐樹!来い!!」

 呼ばれた祐樹はすぐさま、騎士の隣まで飛んできた。

 「なんだ!?」

 「そのボード、もう一人乗せられるか?」

 「あ、あぁ…多分」

 「おまえは、あの少年を乗せて先に行け!我々は…」

 騎士はそこで一旦言葉を切り、振り返った。騎士の後ろを走っていた他の探索隊員たちが黙って頷た。

 「我々はおとりになる」

 騎士は迷いのない言葉で告げた。

 「そんな…っ!」

 祐樹が食って掛かろうとすると、騎士は強い口調で言い返した。

 「いいか?このままではどのみち全滅だ。生き残るには、誰かがおとりになるしかない。おまえは機動力がある。あの少年と共に逃げ延びて、せめて今回の情報を、我々の成果を伝えてくれ…!」

 後続では転んだ者、体力の切れた者、とにかく走るのを止めた者から、怪物に追いつかれ餌食となり始めている。食われていく者たちの悲鳴と、大きくなる地響きのような足音の中、一寸の揺らぎも見せない騎士の強い決意に、祐樹は快諾をせざるを得なかった。

 「…わかった」

 感情を押し殺し、歯を食いしばって答える。

 後ろに目をやると、ぜえぜえと息を切らし必死に走り続ける春一の姿があった。すでに探索隊の半数以上が喰われ、次に追いつかれるのは春一だろう。

 「春一ぃぃ!!」

 祐樹は力いっぱい叫ぶと、スケートボードのスピードを落として春一の真横に付けた。

 「乗れ!!」

 声と共にボードの後ろの部分がにゅっと伸びて、もう一人ほど乗れるスペースが出来上がる。

 今にも足が止まってしまいそうだった春一は、最後の力を振り絞り、スケートボードに飛び移った。すぐ後ろ、数メートルのところまで迫って来ていた怪物は獲物を取り損ねて奇声を上げた。

 「しっかり掴まってろよ!」

 そう言うと、祐樹はスケートボードのスピードを一気に上げた。一瞬、春一は振り落とされそうになったが、祐樹の肩にしがみ付いてなんとか踏み留まった。二人と怪物たちの距離が瞬く間に広がっていき、先頭を切って走る甲冑の騎士たちをも追い抜いた。

 祐樹は左へ旋回する。それを確認した騎士たちは合わせたように右へと進路を変えた。突然、標的が二つに分かれた為、怪物たちの大半は、進行が遅く人数の多い騎士たちのほうへ流れた。 

 遠ざかる騎士の一行を見つめながら、春一が呟く。

 「あの人たち…俺らの為に…?」

 「わかってる!でも、まだこっちだって終わってないんだ!!!」

 祐樹は自分に言い聞かすように声を張り上げた。怪物たちの大半が、おとりとなった騎士たちの方へひきつけられたものの、残りの数十体は尚も祐樹たちを追い続けていた。二人との距離は数十メートルほど開いているが、怪物たちは全くあきらめる様子もなく、標的めがけて一心不乱に突進を続けている。

 「…祐樹!追い付かれてきてる!!」

 春一が叫んだ。

 スケートボードの速度が少しづつ落ちてきていた。怪物たちとの距離が除所に縮まっている。

 「くそっ!二人で乗ってるから"イメージ"がぶれてやがるんだっ…!」

 より強いイメージでスピードを上げようと、祐樹は目をつぶった。眉間にしわを寄せ、外界の音をなるべく聞かないようにして集中をする。すると、スケートボードは、だんだんと元の速度を取り戻していった。

 怪物たちの足音が遠くなる。

 このまま突き放してしまおう。…そう思った矢先、

 「…前!前!!」

 春一の警告で、祐樹は即座に目を見開いた。

 二人が疾走する先は、小さな崖へと続いていた。草原の断層がずれて出来たのだろう。高低差十メートルほどの大した崖ではなかったが、落ちて転んでしまえば、すぐに後ろの怪物達に追い着かれてしまう。祐樹は、左右に避ける事も旋回する事も無理だと判断し、そのまま崖を飛び着地しようと決めた。

 「…飛ぶぞ!掴まってろぉ!!」

 春一は、祐樹の肩をつかむ手にさらに力を入れ、ウィンドブレイカ―のフードがしわになってしまうほど、ギュッと握り締めた。

 「いくぞっ!!」

 二人の体は、綺麗な放物線を描いて崖から飛び立った。

 春一は、その時間がとてもゆっくりと流れているように感じた。ゆったりとたなびく祐樹の金髪が、太陽の光に照らされ、ザラメのようにキラキラと輝く。二人の体は初め、飛び出した勢いで上へと登って行ったが、やがて頂点に達すると、今度は重力を受け下降を始めた。シダの生い茂った緑色の地面が近づいてくる。後ろでは、黒い怪物達の大波が、青々しい丘陵を飲み込んでいた。このまま、もし着地に失敗すれば、あの巨群に飲み込まれ、自分たちも他の探索隊員達のように食い殺されてしまうのだろう。そう思うと、急に心の底から恐怖が込み上げてきた。いくらここが夢だと言っても、リアルな感覚と意識がそれをかき消してしまう。ここで感じる痛みは現実のものと何ら変わりはない。あの怪物の大きな歯に肉を割かれ、骨を砕かれる感覚は、日常では決して味わう事のない地獄の苦しみだろう。そして、その後にやってくる死……



 ― バシャーン!



 待っていたのは着地ではなく着水。二人の体は水の中に落ちた。

 「…な、なんで水が!?」

 春一は、バタバタと手足で水をかきわけながら、頓狂な声を上げた。

 二人が着地をした地面には半径数メートルほどの小さな池が出来ていた。

 「くそっ!地形が急に変わったのか…!?」

 祐樹は池の上に浮かんだスケートボードにしがみ付き、吃驚の表情を浮かべる。

 「でも、この"ホバーボード"は水の上も走れるのに何で…!?」

 「祐樹ぃ!!」

 春一が悲鳴を上げた。

 二人の落ちた池の周りをユメクイ達が隙間なくとり囲んでいた。大口を空け、犬のようにだらだらとよだれを垂らしながら、目の前に御馳走に飛びかかるタイミングを今か今かと伺っている。

 二人は完全に追い詰められてしまった。

 「…万事…休すか」

 祐樹はしがみついていたスケートボードに顔をうずめた。

 助かる術はもうないようだ。だが、この世界に来たばかりの春一が、祐樹のように覚悟を決められるわけがなかった。目の前の怪物の息から、血と生き物の腐った悪臭が漂ってくる。自分の身体もバラバラに噛み千切られ、腹の中であの悪臭の一部になるなど、夢とわかっていても到底受け入れられない。

 怪物の一体が水の中に飛び込もうと、ぐぅっと体を縮めた。

 春一はギュッと目をつぶる。


 - その時、

 「…!危ない!!」

 怪物ではない何かに気づいた祐樹が、春一の頭を掴んで、自分と一緒に池の中へ引きずり込んだ。

 二人の体が十分に沈んだ直後、まばゆいオレンジ色の閃光が池の上を一瞬で包み込んだ。光はその場で激しく揺らめき、紅葉のような鮮やかな赤と、イチョウの葉のような淡い黄色が入り乱れては渦巻いていた。水の中越しに、太陽の光に包まれたような暖かさが伝わって来る。

 - あれは、炎だ。

 少しして、春一は光の正体がわかった。

 やがて、頭上から光が消え去ったのを確認した二人は、水面から頭を出した。おそらく水の中に潜っていたのは数秒であったが、二人にはその何倍も長い時間に感じた。

 辺りには焦げ臭い匂いが立ち込めている。

 池の周りにいた怪物達は、どれも体の芯から燃やし尽くされ、消し炭のように体ボロボロと崩れてしまっていた。

 「何が…あったんだ…?」

 あっけにとられる春一。それに対し祐樹は、なんとも言えない表情で、先ほど自分たちが飛び降りた崖の上を見つめていた。春一もそこに目をやる。

 「あいつか…」

 祐樹が静かにもらす。


 崖の上には一人の少女がいた。小型のオートバイに跨り、こちらをじっと見つめている。メタリックのスカジャンに、つばが大きい黒のキャップ。顔の上半分がキャップのつばの陰になってしまっていてよく見えないが、おそらく春一たちと同じくらいの年齢だろう。

 「あの子が…これをやったの?」

 春一が尋ねると、祐樹は苦虫を噛み潰したような顔をしてその名を口にした。

 「神条…あかり…!」

 「!?…神条って…あ、あのアイドルの神条あかり!?」

 「あぁ、そうだよ…!あの神条あかりだよ!…あいつが出てきたってことは、取りあえず、ユメクイに食われずには済みそうだな…まぁ、助かり方としちゃ最悪だけど」

 祐樹の声と表情からは緊張が消えていた。ただ、その代わりに、嫌悪感のようなものがひしひしと伝わってくる。それは、あの少女に対してのようだ。

 怪物たちの興味は、完全に二人から崖の上の少女へと移っていた。だが、今までとは少し様子が違う。人を見つければ、息つく暇もなく襲いかかっていた怪物たちが、何故か少女にはそうしなかった。むしろジリジリと後退をし、逃げ出すか否か決めかねているようにも見える。完全に怯えているのだ。

 それでも、一体があの奇妙な鳴き声を上げると、他の怪物たちもそれに続き、臨戦態勢に入った。これがこの生物の習性なのだろう。さらに、数十体のうちの半数ほどの個体が、体を小刻みに揺らし始めた。数十秒もしないうちに体を揺らした個体の背中に、蝙蝠のような翼が生え備わった。

 「あいつ!飛べるの!?」

 春一がまた叫んだ。

 「人を食った奴はな…進化できるようになるんだ。あの様子じゃ…こいつら、相当な数の人間を襲ってきたんだろうな」

 祐樹の言葉には憎しみがこもっていたが、それほどまでではなかった。むしろ怪物たちに対する憐みのようなものの方が多いようにも見える。

 少女はオートバイから降りると、立てかけようともせず乱暴に蹴り倒した。そして崖の淵ぎりぎりまで歩いていき、下でうじゃうじゃとうごめく怪物たちに対して、

 「…来なよ」と、一言だけ投げた。

 羽の生えた怪物が六本の足で地面を蹴って飛び立つ。翼が空気をかく音と共に、怪物の巨体が宙に舞いあがった。残った個体は少女を目がけて一斉に走り出した。空と地上、二つの場所から一気に怪物が詰め寄る。だが、少女は眉一つ動かさず無表情だった。

 「…祐樹!助けないの!?あの数、一人じゃ無理だよ!」

 春一は、全く動こうといない祐樹に食って掛かったが、露骨に嫌な顔で返された。

 「馬鹿言え!あんな中に飛び込んでいったら、俺までまる焼きにされちまう!それに、あいつなら大丈夫だ…なんたってあいつは…」

 「…あいつは?」

 「…このDreedamドリーダムでも指折りの強さだからな」

 少女は、だらりと肩を垂らしたまま、両方の掌だけを上へと向けた。たちまち、掌にソフトボール大の火の玉が現れ、ボウボウと音を立てて燃え始める。そして、その火の玉を、地上を這ってくる怪物達の一向に手をかざした。轟音と共に、灼熱の炎が発射され、怪物たちを一気に飲み込んだ。まるで火炎放射機だ。炎に包まれた怪物たちは、悲鳴を上げる間もなく、一瞬で焼け死んでいった。少女は躊躇する事なく次々と炎を放ち、地上にいた怪物たちを、ものの数秒で全滅させてしまった。

 残るは空を飛ぶ怪物達だけだ。少女が地上を一掃している間に、羽の生えたユメクイ達は彼女の上空を取り囲んでいた。ここで、彼女は初めて表情を変える。しかし、その顔に焦りや驚いた様子はなく、何か閃いたように片方の眉をくいっと上げただけだった。

 少女は目をつぶった。一呼吸置くと、足元から炎が噴き出し、半径2~3メートルほどの円を描きながら彼女の周りを渦巻き始めた。その炎はだんだんと色濃く、そして大きくなっていく。

 「燃えちまえ…何もかも」

 少女が低く唸った。

 次の瞬間、少女を囲んでいた炎の渦は、崖全体を飲み込んでしまうほどの巨大な火柱に姿を変え、空へと突き立った。どす黒い赤をした業火が、まるで生きた竜のように渦巻き、空を舞う怪物たちを飲み込む。

 火柱はある程度の高さまで行くと放射状に広がり、少女の周りの天井を紅蓮の空に染めた。怪物達の死体がパラパラと、まるで香取線香にやられた蚊の様に落ちていく。それを眺めながら、少女はにぃっと白い歯をのぞかせた。

 「…笑ってる…」

 地獄のような風景の中、にたにたと笑みを浮かべる少女に春一は怪物達とはまた違った恐怖を覚えた。

 「この世界じゃ…神条あかりはみんなに好かれるアイドルなんかじゃない…誰もが恐れる炎の使い手…あいつも、ある意味の一種の化け物なのさ」

 祐樹は、燃え盛る空を瞳に写しながら言った。助けてもらいながら、ひどい言い方だとは思ったが、春一は反論できなかった。その言葉に妙に納得させられてしまったからだ。

 やがて炎が消え、快晴の空が顔をのぞかせると、少女は再びオートバイに乗った。崖を回り込み、二人のもとへと向かってくるようだ。

 少女がこちらに向かってくる途中、春一は池から這い上がろうとしたが、祐樹に

 「なんかあった時の為に中にいた方がいい」と、止められた。

 あの『神条 あかり』という少女は、そこまで危険な人物なのか…?春一は少女を前にするのが怖くなってきた。無情にもそのタイミングで、二人の前にオートバイが止まる。

 少女が頭を上げ、帽子のつばから顔を除かせた。

 確かに…その少女は人気アイドルの『神条 あかり』その人だった。だが、テレビや雑誌で見かける彼女とは、今は天地をひっくり返したように雰囲気が違う。現実世界で見せていた宝石のような輝きを放つやさしい瞳。それが今は死んだ魚のような目に変わり、蔑むように春一たちを見下ろしていた。表情に明るさはなく、まるで卑屈や絶望を散りばめたような暗い顔だった。

 初めに口火を切ったのはあかりの方だった。

 「あらあら。探索隊の方にユメクイの大群が行ったって情報が入ったから様子を見に来てみれば、生き残ったのはあんた達二人だけみたいね。まぁ、なんとか今回の収穫だけは守れたみたいだけど、私が来なかったら、あんた達も仲良くあいつらの腹の中だったわね」

 皮肉たっぷりに言う。口調もテレビで見せるものとは全く違った。饒舌だが、ところどころ嫌味っぽい。

 「礼はいわないぞ!おまえ、最初に俺たちまで焼き殺そうとしただろ?」

 祐樹はあかりを睨み付け、きっぱりと言い返した。

 「…フン。あのぐらいかわせないなら死んだ方がマシよ。まぁいいわ。あんた確か、あの "傭兵ようへい "んとこの組織でしょ?今回の件は、あんたの組織に貸しとして付けておくから」

 「…勝手にしろ」

 祐樹はそっぽを向く。

 「あの…」

 こちらを一切見ようともしないあかりに向かって、春一が恐る恐る声をかけた。

 「あんたは黙ってて、生まれたばっかで泣き叫ぶことしかできない赤ん坊同然の奴になんか興味ないから」

 あかりは春一を見ようともせず吐き捨てた。

 「…なっ…!」

 あまりの言われように春一は言葉を失った。昔から、こういう時は何も言えなくなってしまう。怒りより先に、驚きが来てしまうせいだろうか。

 「それじゃ、あんたんとこの組織には後で連絡を入れておくから、この貸しはいつか必ず返してもらうわ。…それとあんた達。帰りはせいぜい、ユメクイに見つからないようコソコソ隠れながら進むことね。二度も食われそうなバカを助けてあげるほど、私は優しくないからね」

 これでもかというほどの軽侮をすると、あかりはバイクをふかし、草原の彼方へと消えて行った。

 大きなため息をついて、スケートボードに顔をうずめる祐樹。春一は池の真ん中で唖然としていた。


 …なんて性格の悪い奴なんだ!

 言うまでもなく、春一の神条あかりに対しての第一印象は最悪だった。


 その後、二人は祐樹の提案により、草原を抜けた先の荒野にあるという駅を目指すことになった。祐樹いわく、この世界にはもともと、誰が作ったのかはわからない無人稼働する鉄道があり、いたる所に路線が張り巡らされているらしい。不思議なことにあのユメクイという怪物も、線路や駅がある場所には姿を現さないとの事だった。

 春一は、祐樹が操作する宙に浮くスケートボード『ホバーボード』 の後ろにまたがり、平坦な草原の風景をぼんやり眺めていた。二人がゆったりと乗れるように、祐樹はホバーボードを三メートルほどの長さまで伸ばし、後ろに春一を座らせた。駅へ向かう間、祐樹は一言も話さず、ずっと春一に背を向けたままだった。きっと、先ほどの神条あかりの事を考えているのだろう。

 目の前の祐樹の背中を前に、春一は妙な気分にかられていた。思い返してみると、祐樹はあんな怪物が襲ってきたというのに恐れずに立ち向かい、結果的に自分を助け出してくれた。その一連で見せた判断力や行動力は、今までに彼が見せたこともない大人びた一面だ。そう考えると、春一は目の前の少年がまるで別人に感じたのだ。

 「あーもうっ!!」

 突然、祐樹がしびれを切らしたように大声を出す。

 「…どう…したんだよ?」

 「どうしたもこうしたも、あのくそ女の事だよ!なんだよ、助けたからってあの言い草はないだろ!人をさんざん馬鹿にしやがって!あームカつく!」

 やはり、祐樹はあかりに対してずっと腹を立てていたらしい。そういうところは現実とあまりかわらない。

 「まぁ、確かにあれは凄かったね…ん?」

 春一に一つの大きな疑問が浮かぶ。

 「そういえば祐樹って、神条あかりのファンでしょ?いくらあんなこと言われたからってそこまで怒るものなの?」

 「誰が…!」

 祐樹は怒りの矛先を春一に向けそうになったが、何かに気づいたらしく、怒鳴るのを止めた。

 「そうか…おまえは知らなかったな」

 「知らないって、何を?」

 「この世界での記憶は現実には引き継がれないんだよ。だから目覚めた時にはここで起きたことはきれいさっぱり忘れてる。そんで、またここに来た時に思い出すんだ」

 祐樹は残念そうに言った。

 春一は少し考えた後、

 「…ちなみに、祐樹はこの世界に来てどのくらいなるの?」

 「ちょうど、二年ぐらいだよ」

 …そういう事か。春一の中で、先ほどの謎が紐解けた。祐樹の言う事が正しければ、目の前の少年は、現実世界で春一の知る彼よりも、二年分この世界で精神的に経験を積んでいるという事になる。世界中の人々と交流が出来たり、怪物に命を狙われることがあるこの世界が、二年間で彼を大いに成長させたのだろう。そのため、現実の祐樹しか知らない春一には、この世界の彼がとても大人びて見えたのだ。

 「あいつなんか大っ嫌いだよ!てか、こっちの世界じゃ好きな奴なんか一人もいないんじゃないか?それにしても…滑稽だよなぁ。現実に戻ったら『あかりちゃん、あかりちゃん』ってあいつの事追い回してるんだぜ…俺」

 祐樹は話しながらだんだんと元気がなくなり、落ち込んでいった。一人でベラベラしゃべっては、情緒が変わっていく。二年の空白があっても、やはり祐樹は裕樹のようだ。

 「気にするなよ。あっちではどうせ覚えてないし、これは夢なんでしょ?」

 春一がやさしい言葉をかけると、祐樹は無理矢理気を取り直すように伸びをした。

 「…それもそうだな」


 しばらく行くと、続いていた草原地帯が急に終わり、粗々しい岩肌と赤土の広がる荒野へと入った。日は暮れだし、地平線へ沈む大きな夕日が、大地と二人の顔を赤鉄のように真っ赤に染めた。そして、駅に着くころには、あたりは完全に暗くなり、今度はダイヤをちりばめたような美しい星空が頭上を覆い尽くしていた。

 二人が着いた駅は、田舎町の私鉄線にあるような小さなものだった。レンガで積まれたホームに、雨よけのとたん屋根が設けられた質素なつくりをしている。もちろん、駅員はいなく、改札のようなものもない。ホームには、ペンキの剥がれかかった二人掛けのベンチと、ダイヤル式の公衆電話、それからロンドンの町中にあるようなガス灯が設置されていた。

 祐樹がどこかへの報告ためと言って公衆電話を向かっている間、春一はベンチに腰掛け、星空を眺めていた。

 "今日"という表現をすればいいのか、とにかくこの夢を見始めてからいろいろな事があった。奇妙なマンション、怪物の群れ、神条あかり…。現実にはありえない事が短時間にいっき起きた。だが、終わってしまった今は、以外にも全てを受け入れてしまっている。元々、物事を流動的に受け入れてしまう性格をしているせいか、それともあまりに非現実すぎて実感がわかないのか。いずれにせよ春一の心は、今は大分落ち着いていた。

 そうなると、思い浮かぶのはあの甲冑の騎士たちの事だった。不可抗力にしろ、騎士たちは春一を助けるために犠牲になった。そう思うと、春一は胸の奥が締め付けられるように痛くなるのを感じた。

 自分のために誰かが犠牲になる。ごく普通の高校生だった春一にとって、その事実は、たとえそれが夢だとわかっていても重くのしかかった。

 「おとりになったあいつらの事か?」

 電話を終え戻ってきた祐樹が、傷心する春一の様子に気づき、声をかけた。

 「…うん、あの人たち…あのまま…」

 春一はそこで言葉を切り、うつむく。

 祐樹は春一の隣にドカッと座りこみ、空を見上げると、煙草の煙を吐くように息をフゥーッと噴き出した。温度差で白くなった息が虚空に広がる。

 「こんな言い方はあれだけど、あんまし落ち込むことはないぜ。こっちで死んだって現実世界では何の影響もないしな」

 「そう…なの?」

 春一は目線だけ祐樹に向けた。

 「あぁ。ただ一度死んじまうと、この世界には二度と来れない。そういたった意味じゃ気の毒だし、申し訳ないけど…あの状況じゃどうすることも出来なかった。俺たちが生き残って報告をするのが、あの場にいる全員にとって最善だったんだ」

 「そう…なのかな」

 祐樹の思いやりのある言葉に、春一は少しだけ気が楽になったように感じた。

 「…祐樹」

 「ん?」

 「…ありがとう」

 春一は今日一日の全てを含め、真っ直ぐな気持ちで礼を言った。

 「…い、いいんだよ。俺たちの仲だろ?」

 祐樹は、こっぱずかしそうに鼻の頭を擦った。



 数分もしないうちに、駅とは不釣り合いな立派な蒸気機関車が二人の前に到着した。蒸気が車体の下から排出され、両開きのドアが開く。

 二人は汽車の中に乗り込んだ。客車の中は、淡い朱色の照明で包まれており、革張りのボックスシートが数列配置されていた。祐樹はすぐそばのシートに座り込むと、頭を背もたれに倒した。春一は向かい側に座る。

 「はぁ、今日はホントに大変な一日だったぜ…」

 四六時中元気な祐樹が、ここまで消衰した顔を見るのは、春一でも初めてだった。

 「ねぇ、この列車…どこに行くの?」

 春一が尋ねても祐樹は上を向いたままだった。

 「そろそろだな…」

 「え?」

 「列車の行き先もそうだし、まだまだ教えることはいっぱいあるけど、今日はここまでみたいだ。ほら。鐘の音が聞こえてきただろう?」

 「鐘の音…?」


 …ーン、カーン、カーン。


 確かに、どこからか教会で鳴らすような、大鐘の音が聞こえてくる。その音は外からというより、まるで頭の中で鳴り響いているようだった。そして、音がだんだんと大きくなってくるにつれて、列車がガタガタと揺れ始めた。

 「な、なんだ…?」

 春一は、またあの怪物たちが襲ってきたのではないかと思ってうろたえたが、祐樹は一切驚いたそぶりを見せず、平然としていた。

 「大丈夫、夢が終わるだけだ」

 揺れは収まることなく、さらに大きくなり、ゴゴゴという地響きがなり始めた。列車ではなく、大地全体が唸りを上げて揺れている。

 「夢が…終わる!?」

 春一の体は船を漕ぐように揺れに振り回されていた。

 「あぁ、今回の夢はここまで。また次の夢で会おうぜ、春一」

 裕樹はそう言うとバイバイと手を振った。

 「また次って、それって-


  ― プツン。


 言い終える前に、春一の視界はテレビの電源を落としたかのように急に真っ暗になった。感じていた振動も、音も遮断されてしまい、そのまま意識を失う。


 夢が、終わった。





 

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