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夢の王  作者: せいたろう
第二部 六強定例会議編
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第二十七話 定例会議

 オブリビオン本部・ラウンジ。真っ白な空間に置かれた革張りの高級ソファーの上で、春一と祐樹は同時に大きなため息をついた。

 「一体どうしたんでぇ?おまえら、そろってため息なんかついて…」

 通りかかったアシムが、二人に気づいて尋ねた。今日はいつものターバンを巻いておらず、彼御自慢のアフロヘアーが露わになっている。

 「……ハル。任務で失態……」

 春一の代わりに、向かいのロッキングチェアに座っていたマリーが答える。いつものように大きな本をかかえ、体を上下させてわざと椅子を揺らしている。

 「俺はその共犯」

 祐樹が付け足した。

 それを聞いたアシムが、拳で手のひらを打つ。

 「あぁ。この前のファンタジー界の奴か。大丈夫だと思うぜぇ?エリザさんも、笑い話にしてたくれぇだからよ」

 マリーも大きく頷く。

 「いや、でも二人して呼び出しくらってんだぞ…?」

 「…あ」

 アシムとマリーは揃って口を開けた。

 ちょうどその時、奥のゲートが重厚な起動音を鳴らして開きだした。下に出来た隙間から、外の光が差し込み、ハイヒールとゴツいブーツの二人分の足が先に見える。エリザとレイヴンだ。その場にいた誰もが一瞬で分かった。

 「じゃ、じゃあ、頑張れよ!二人とも」

 アシムはそう言うと、そそくさとミーティングルームの方へ逃げていった。マリーもぴょんと、ロッキングチェアから飛び降りると、アシムに続く。

 「ついに、来たんだ…」

 春一は頭を抱えた。現実世界では怒られることなど滅多にないので、随分と緊張した面持ちをしている。

 「大丈夫だ…!春一、秘策がある…」

 祐樹はそう言って春一の肩を叩くと、何か耳打ちをした。

 「………そんなんで、なんとかなるの?」

 「大丈夫だって!全力でやれば…!多分」

 春一がしぶしぶ頷く頃にはゲートは開き切っており、レイヴンとエリザがこちらに向かって歩き出していた。

 春一と祐樹は生唾を飲む。もう何度も顔を合わせてはいるが、これから怒られるとわかっていると、近づいてくる大男はとてつもなく恐ろしい存在に思える。ダークブラウンの長い髪からのぞく鋭い目、冷徹な表情、地鳴りのような低い声。春一は、初めてレイヴンと会った時に感じた恐怖感を思い出していた。一方で、祐樹が気にしていたのは隣のエリザだ。いつもフランクに接してくる彼女だがその分、口は達者だ。ただでさえ、いつもおちょくられているというのに、今回はどうののしられるか、憂鬱でしかたなかった。

 二人の足音が、大きくなる。ハイヒールのコツコツという鋭い音とブーツの鉄を打ったような大げさな音。不運な事に、二人の靴底は春一達を怯えさせるのにうってつけ造りをしていた。

 あと数歩で、目の前まで来る…!だが、春一達は恐怖に屈せず、先に行動を取った。二人同時にソファーから勢いよく立ち上がると、レイヴンたちに前までかけよっていき、綺麗な土下座を決め込む。

 「申し訳ありませんでした!!」

 春一と祐樹のぴったりとユニゾンした声が、ラウンジ内に響き渡った。

 



 「……」

 レイヴンはじっと二人を見下ろしている。

 「………二人とも何をしているの?」

 エリザが目をぱちくりさせながら聞いた。

 「…え?今回の呼び出しってこの前のオニキスでの失態の事じゃないの…?」

 祐樹がきょとんとした顔で尋ねた。

 エリザはあきれ顔で首を振った。

 「そんなわけないでしょ?今回二人を呼び出したのはね。日時が決まったからよ」

 「日時?なんの?」

 「……"定例会議"だ。明日に決まった」

 レイヴンが答えた。

 春一と祐樹は顔を見合わせた。




 「二人とも、"定例会議"に関しては知っているわよね?」

 気を取り直し、四人でミーティングルームの机に座るとエリザが尋ねた。ちょうど、先に逃げ込んでいたアシムとマリーも同席している。

 「あぁ。六強が集まる会議だろ?」

祐樹が応えた。すっかり緊張が抜けきってしまったようで、頭の後ろに手を組んで、椅子の深々と腰掛けている。

 「えぇ。特に今回はこの前に行われた”ユニバース外界探索”の報告が重要項目として含まれているわ」

 「"ユニバース外界探索”って、俺がプリズンマンションから目覚めた時の事だよね?」

 春一が尋ねると、エリザは小さく頷く。

 「そうよ。だから、春一君と祐樹の二人には、六強の前で経緯を報告してもらうことになっているの。そこで、突然で悪いのだけれど、明日までにある程度、報告の練習をしておいて欲しいのよ。交互に話しても構わないから、プリズンマンションでの体験は春一君が。ユメクイとの戦闘に関しては祐樹が話すといいかしらね」

 祐樹は初め、口をへの字に曲げて嫌な顔をしたが、

 「げぇー。そういうの苦手なんだよな。まぁ、文章は考えるのは春一が得意だしいいか…分かった、やっとく」

 意外と素直に聞き入れた。

 「しかし、”明日”とは、今回はやけに早いですねぇ?まぁ、定例会議の日時は、いつも急遽決まる事が多いですけど…」

 アシムがそう切り出すと、これに対してはレイヴンが答えた。

 「…レギオンの動きが活発化している。襲撃を避ける為だろう……明日となれば、奴らも対応できまい…」

 「まぁ、対応に追われてるのは、私たちもだけれどね。そういうわけで、私とレイヴンはまた、すぐにここを発たないといけないから、ミーティングは終わり!」

 エリザがそう言って、手をパチンと一つ叩きミーティングを終了させた。春一、祐樹、アシム、マリーの四人はぞろぞろと席を立ち始める。

 「……春一と祐樹は残ってくれ、少し話がある」

 レイヴンが、それほど大きくない声で引き留めた。だが、その声は全員にしっかりと届いていた。

 「私はどうしたらいいかしら?」

 「…先に行っていてくれ、後から追う」

 「…?わかったわ」

 エリザは一緒、意外そうな表情を見せたが、それ以上は聞こうとはしなかった。通常、彼女はオブリビオン内のほとんどの情報をレイヴンと共有しているので、こういった時に外させることはまずない。ただ、だからこそ、込み入った事情なのだと、機転の利く彼女はすぐに理解した。



 しばらくして、ミーティングルームに三人だけになると、察しの付いていた祐樹が先に口を開いた。

 「俺も残されてるって事は…春一がDreedamドリーダムの前に見る夢と、プリズンマンションの部屋内で会った男の事だな」

 「あぁ…」

 「覚えてたの!?」

 春一が驚いた顔をすると、祐樹はあきれ顔で返した。

 「当たり前だろ…。で、どうなんだよ?レイヴン。春一が会った男、夢の王なんだろ…?」

 真剣な顔でレイヴンに詰め寄る。祐樹は、プリズンマンションの男の事を覚えていたばかりか、それが夢の王かもしれないと、予想までつけていた。春一はまた、現実世界では見る事の出来ない、彼の大人びた一面を見ることになった。

 レイヴンは淡々とした口調で答える。

 「私はそう見ている…。故に…それを定例会議で証言するかどうか、判断が難しいところだ…」

 「パニックになんだろうからな。確証もなしに、不用意に言うべきじゃねぇか。でも、まずくねぇのか?六強の前で嘘つくのは…」

 「…嘘ではない。…あくまで、”証言しない”だけだ。…今回報告するのは、探索隊の一件。…探索隊員である祐樹と会う前の春一の情報は、証言する義務はない。…六強は個人の情報を尊重する」

 「随分とご都合のいい解釈だな…。って事は、証言するか、しないかは…」

 「…春一、おまえが決めろ…」

 レイヴンが春一に視線を向けて言った。

 「俺が…?」

 「この数か月間、おまえはオブリビオンの一員として活動してきた…自身の情報を伝えるべきかどうか、もう自分で判断ができるはずだ…」

 レイヴンの表情はいつもと変わらない。しかし、その瞳に僅かだが信頼のようなものを感じた春一は、戸惑いの他に喜びも覚えた。

 「…わかった。明日までには決めておくよ」

 春一が強い意志を込め返すと、レイヴンは、「では、頼んだぞ」と、一言残し、ミーティングルームを立ち去った。



 「んじゃ、俺たちも移動するか!」

 二人だけになると、そう言いって祐樹が八重歯を覗かせた。

 「行くってどこに?」

 「二人で証言の内容考えるんだろ?そういうのにうってつけの場所、知ってんだよ」







 「はぁー!やっと終わったー!」

 祐樹は大きく伸びをすると、人工芝の上に仰向けに寝転ぶ。日光に照らされ、蛍光色の独特な緑を放つ柔軟な葉の集合体は、まるでフカフカのベッドのように彼の体を優しく受け入れた。

 春一が連れてこられたのは、オブリビオンの本拠地があるビルから少し離れたところに浮かぶ空中公園だった。公園と言っても、芝と木々が植えられただけの簡単な作りで、遊具はまだしもベンチすらない。それに加え、この公園は、空中車両の通る数ラインの領域のど真ん中にぽつんと浮かんでいるため、二人以外に先客は誰もいなかった。ただ、これだけ周りを車両が飛び交っているにも関わらず、公園の中はかなり静かに保たれていた。祐樹曰く、植えられた芝や木が、雑音を吸収しているらしい。二人は、その中で明日の証言についての話を進め、やっとのことで、なんとか内容がまとまった所だった。ただ、春一の体験に関してはまだ、結論が出せていない。

 「…にしても、やっぱ、水に落ちる夢と、プリズンマンションの男の事は切って話せないか」

 祐樹が頭上を流れる映像の雲をぼんやりと眺めがら言った。

 「うん、"服を乾かす"やり取りがあったからね。結局は、どっちも話すことになりそう…やっぱり、今回は隠しておくことにしようかな…。混乱を招くだろうし」

 「それがいいだろうよー。オブリビオンにいるんだ。その内、真実に近づくこともあるかもしんないし、それから言ったって遅くはないだろ」

 ぶっきらぼうに言っているが、祐樹の発言は善作に思えた。春一も、あの男の事や、自分の水に落ちる夢の事に関して、何か明確な事がわかるまで、報告は避けたいと考えていたところだった。

 「そうだね。ところで、祐樹はなんで、プリズンマンションであった男が夢の王なんじゃないかって予想できてたの?」

 春一が尋ねると、祐樹は横たわったまま、体をこちらに向けて答えた。

 「ん?あぁ、あれね。春一が、リアルで俺にプリズンマンションの中の事を話した時、例の男がイメージらしきものを使ったって言ってたろ?天狗のお面出したりさ。それで思ったんだよ」

 「…どういう意味?」

 「プリズンマンションの部屋じゃ、イメージやイマジンの類は使えないんだよ。その部屋の鍵を持っている奴以外はな。話によると、そん時鍵使ったのは、春一だったみたいだし。鍵なしでイメージを発動出来たとすると、この世界の理を超えた存在、つまり、夢の王かなって…感じ?」

 祐樹が言い終える頃には、春一は目をパチクリさせ驚いていた。現実の彼が、ここまでの思考をする事は、あり得なかったからだ。春一は、Dreedamドリーダム内で何度も現実とは異なる祐樹の姿に驚かされている。今思えば、最初にこの感覚を味わったのは、この世界に初めて来た日、ユメクイの大群から自分を守ってくれた時だった。

 「なんだよ?その顔?春一って、たまに俺にそういう顔をするよな?」

 驚きを隠せない春一の表情をみて祐樹は唇を尖らせた。

 「ううん、なんでもないよ」

 春一は、口元を緩ませながら、首を振った。






  ― 以上で、報告を終わります」


 春一が、そう締めくくると、祐樹は大げさにお辞儀をした。

 前のソファーに座っていたマリーがパチパチと拍手をし、隣のアシムはうんうんと頷いた。本部に戻った春一達は、偶々その場に居合わせたアシムとマリーに報告の練習を聞いてもらったのだ。

 「まぁ、話の筋としてはいいんじゃねぇか?どうせ、ハル坊が考えたんだろうがよ」

 「…ツンツン、話へた…ハル…上手」

 アシムとマリーになじられ、祐樹はふくれっ面になったが、事実、内容のほとんどを考えたのが春一だった為、ぐうの音も出なかった。

 「そういやぁ。お前たちが外に出てる間、レイヴンさんから連絡があったぞ。明日、すぐに出発するから、今日の夢の終わりは、エントランスで迎えるようにってさ」

 「夢の終わりって、もう少しだよな…もう行っとくか?春一」

 祐樹がそう聞くと、春一はどこか浮かない顔で返事を返した。

 「え?あ、うん。…そうだね」

 春一は、自分が初めてこの世界に来た日の事を思い出していた。

奇妙なマンション、部屋にいた謎の男。外界に広がる草原、そこであった祐樹や探索隊の人々…そして、黒い怪物の大群。今でも、はっきりと思い出せる。迫りくる大きな口、飲み込まれる探索隊員、何より、自分たちの為の犠牲になった騎士たちの姿が、脳裏に写真のように焼き付いて離れない。

それからも、色々な事があった。神条 あかり、オブリビオンにレギオン。巻き込まれていくうちに水の能力者として目覚め、今では、Dreedamドリーダムという世界でも、なんとか、うまくやれている。

 「ねぇ…祐樹」

 ラウンジから、外のエントランスに出ると春一は祐樹に声をかけた。外は、すっかりと日が暮れた後で、いつもの煌びやかな未来都市の情景が広がっている。

 「なんだよ?」

 「…もし、今の俺の力があったら、あの騎士達は犠牲にならずに済んだかな?」

 唐突な質問だったが、春一が思いつめた様子を見せた時から、原因に見当が着いていた祐樹は、すぐにそれが、探索隊の事だとわかった。

 「そいつは…どうだろうな」

 祐樹は近くの手すりにもたれかかった。

 「いくら、おまえがアルケマスターでも、あの数のユメクイを一人で相手には出来ないだろ?」

 「そっか。…だったら、何人かのアルケマスターや強いイマジン使いが束になってかかれば…」

 「倒せたかもな。でも、そんな事はあり得ない」

 「…どうして?」

 春一が尋ねると、祐樹は視線を回り飛び交う空中車両の群れに移した。

 「どこの組織も、そんな強い奴を外に出したがらないからな。春一、なんでこの世界の人々が、いつまで経ってもユニバースっていう円盤から外に出ないのかわかるか?その気になれば、各組織から優秀なイマジン使いを大勢集めて、外のユメクイを殲滅する事も出来るかもしれない。けど、それをしないのは…いや、出来ないのは、どの組織も、もしもの時の事を考えちまってるからだ。その殲滅の最中、組織の中枢を担う実力者をなくせば、たとえ大地を取り戻せたとしても、その後の権力争いに負けちまう。六強にしろ、他の組織にしろ、そうやって臆病になっているところが大半だ。それが、結局、あの探索隊のような結末に繋がった。探索隊は、六強から数名ずつが派遣されて結成される。でもあの中にイマジン使いは、俺と隊長の二人しかいなかった。他のとこが、もっといい人材を送り込んでれば、俺ら以外に助かった人間もいたかもしれない…」

 雄弁であったが、春一は、祐樹のその言葉の一つ一つ中に怒りがこもっているのを感じた。

 「祐樹…」

 春一は、自分がちっぽけな存在に思えた。目の前にいる同い年の少年が、自分よりも大きな視野で物事を見ている事を痛感させられたからだ。

 「ま、だからレイヴンは、夢の王を見つけて、この閉鎖的な体制を打破しようとしてるし。俺はそれに共感してオブリビオン(ここ)にいるわけなんだけどな」

 そう言ってこちらを向いた祐樹は、いつものひょうきんな顔に戻っていた。

 「…俺も、レイヴンの力になれるかな?」

 「あぁ、勿論さ!なんたっておまえはアルケマスターなんだからな。まぁ、とりあえず、先に明日の証言をしっかりこなそうぜ?」

 「うん…!」

 そう言って、握りしめた春一のこぶしには小さな闘志が込められていた。


 明日、六教が集結し、会議が開かれる。


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