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夢の王  作者: せいたろう
第二部 神条 あかり編
27/32

第二十六話 降り続く雨の中で

 交渉が失敗に終わった春一と祐樹は、オニキス城下町の教会の前まで戻ってきていた。二人とも、前は十字架があったであろう煤だらけの屋根を黙って見上げている。彼方には、鉛筆で塗り潰して描いたような黒く大きな雨雲が見えていた。もうすぐ天気が荒れるだろう。 

 春一は、オブリビオンのメンバーとして勝手な行動を取った。そのせいで、二人はぎくしゃくしてしまい、メリッサのところを離れてから一言も話していない。何より、困っていたのは春一の方だった。現実世界では、いつも謝るのは祐樹の方だったからだ。自分からの場合、どう切り出していいのかわからない。

 それでも、最初に口を開いたのは春一だった。

 「…怒ってるよね?やっぱり…」

 しかし、意外にも祐樹から返ってきたのはいつもと同じ口調だった。

 「別に。結局、交渉は失敗で、オブリビオンには大きな損失は無かったし。考えようによっちゃ、今回の任務の目的は"神条 あかりの保護"で、春一がとった行動は、その目的の範囲内とも取れるからな。まぁ、勝手に動いたから、それなりには不味い事は変わりないけどさ。後で、レイヴンに怒られるかもな」

 「そうだよね…やっぱり。はぁ、慣れない事はするもんじゃないな…」

 春一はバツ悪そうに頬を指でかく。

 「そんな顔すんなよ?俺も連れて行っちまった手前、共犯だから一緒に誤ってやるって」 

 祐樹は春一の肩に手を置いてそう言った。

 「ありがとう、祐樹。…それから、さっきは本当にごめ」

 「お兄さんたち!お姉ちゃんのお友達!?」

 ようやく謝れそうだった春一の言葉を少女の声が遮った。春一が一歩、横に出て、声のした方を覗いてみると、そこにはウサギのぬいぐるみを抱えた少女が、祐樹の陰にかくれるようにして立っていた。

 「……お姉ちゃんって誰の事かな?」

 春一が目線を合わせるように膝に手を着いて少女に尋ねる。

 「黒い帽子のお姉ちゃんだよ!お兄さんたち、恰好が似てるし、お姉ちゃんのお友達なんでしょ?お願い!お姉ちゃんを助けてあげて…!」

 言葉に詰まりながらパンは必死に訴える。

 春一と祐樹は顔を見合わせた。






 しばらくして、オニキス城下町は酷い豪雨に襲われた。まるで、滝つぼにでもいるかのように、大量の水が絶え間なく降り続け、数歩先も見えないほど、視界は悪くなった。パンと話をして別れた二人は、近くにあった博物館のポーチ屋根で雨宿りをする事にした。屋根の雨どいを伝った水がドボドボと音を立てて下に流れ落ちていた。

 春一と祐樹の間には再び沈黙が続いていた。今度は、二人の仲がぎくしゃくしているせいではなく、パンから、あかりの教会での経緯を聞いたことが原因だ。流石の祐樹も、彼女が受けた仕打ちには、同乗してしまったらしく、浮かない顔をしている。一方、春一はというと、屋根の下に着いてからずっと、見えもしない遠くの景色を黙って見つめていた。

 「どうするんだ、春一?あの女の子には、神条 あかりを助けてくれって言われたけどよぉ。俺たち、あいつの居場所さえ知らないんだぜ?」

 しびれを切らした祐樹が聞くと、春一は遠い目をしたまま答えた。

 「…俺、会いに行ってみるよ」

 「会うって…?思い当たる場所があるのか?」

 「一か所だけ」

 春一の頭に思い浮かんでいたのは、あかりとオニキス城下町で初めて会った噴水の広場だった。これといった根拠はないが、なぜか、春一には、あかりがあの場所にいる気がして仕方なかったのだ。

 春一はゴシック調の石柱に手を着き、ザアザアと振り続ける雨の中に飛び出そうとした。

 「おい、春一…!」

 呼び止めた祐樹に、春一は「行かせてくれ」と、言おうと振り返った。しかし、春一の元へ飛んできたのは引き留めの言葉ではなく、一本の黒い傘だった。

 「…祐樹?」

 ぽかんとする春一に祐樹はにぃっと八重歯を見せた。

 「この雨だぜ?傘くらい持ってってやれよ」

 「…ありがとう!」

 春一は微笑み返すと、祐樹のイメージで作られた傘を抱いたまま、外へ駆け出して行った。





 オニキス城下町の東通りを、少し外れたところに存在する噴水広場。あかりは、その噴水のヘリに腰掛けていた。降り続く大粒の水滴は、噴水に幾重の波紋を浮かび上がらせ、水かさを増やし溢れさせる。広場には、あかり以外、誰一人といなく、天候のおかげもあってか、近くに追手も来ていなかった。だが、見通しのいい場所に堂々座っている為、かなり無防備な状態だ。隠れる事を考えられないほど、彼女の気持ちは沈んでいた。

 雨に濡れた長い髪が、いつもの輝きを失い、頬や肩にへばりつく。ヘリに着いた手の甲を打つ水滴の冷たさも今の彼女は気にもならなかった。

 あかりの思考は完全に停止してしまっていた。先ほどの教会の件が引き金となっている事は確かだが、その根本には、今まで彼女が散々と受けて来たひどい仕打ちが眠っている。


 いっそこのまま、後ろの噴水に倒れて溺れてしまおうか…。


 やけになったあかりがそう思った矢先 ―


 彼女の元に降り注ぐ雨が、止んだ。




 「……雨、止ませないでよ。泣いてるのがばれちゃうじゃない」

 春一のかざした傘の中で、あかりはそっと呟いた。

 「…え、あ…ごめん」

 うろたえる春一の顔を、あかりが見上げる。いつもと打って変わってしおらしくなった顔の頬には、確かに雨ではないものが伝った跡が残っていた。

 「あんた、水の能力者でしょ。雨くらい傘使わないで何とかできないわけ?」

 彼女の力なく言った嫌味が、ただの強がりである事は、春一もすぐにわかった。

 「……」

 「ま、いいわよ。私がやるから」

 春一が黙っていると、あかりはそう言って、びしょびしょになったスニーカーの踵で地面を一回、小突いた。すると、炎で出来た半球状のドームが、春一とあかりのいた場所を包み込み、足元や噴水のへりから、二人の衣服など、中の空間にあるもの全てをたちまち乾かしてしまった。

 「…これは、前に俺が捕まった…」

 「"炎の檻"。本来は敵を捕まえるものなんだけどね。要は使い方よ。現に、あんたに使った時も檻としては使わなかったでしょ?」

 「そうだった…ね」

 春一は、どういう顔や口調で、彼女に話していいか分からなかった。その様子に気づいたのか、あかりは、自分の隣のをぱんぱんと叩いた。

 「ここ、座んなさいよ」

 春一は、傘を折りたたんで、言われた通りに座る。



 あかりが"炎の檻"と呼んだドームは、振りそそぐ雨から二人を守り、さらに中を暖かく保った。春一は、焔のベールが、落ちてきた雨水を一瞬で蒸発させる様子を内側から、ただただ見つめていた。やはり、どう話し始めていいのか分からない。

 それでも、思い切って口を開こうとすると、

 「何も言わないで…!同情なんかされたくない……その代わり、私が話すから」

 あかりが先にそう言った。小型ラジオで、春一の会話を聞いていた彼女には、彼が自分の事を初めから疑っていなかった事を知っており、どんな思いでこの場所に来たかもなんとなく分かっていたのだ。

 「君が…?何の話を?」

 春一が隣のあかりへと視線を向けると、彼女はやや下を見つめたまま話し始めた。

 「神条 あかりが、何故、炎の力を使えるのか…そして、何故、”人殺し”と呼ばれるようになったかよ…」

 「……」

 春一は、口をぎゅっと結んで彼女の話に耳を傾けた。

 「今から六年前…まだ13歳だった時、私の両親は火事で死んだ…」

 「…え?」

 「何よ?いきなり重い?引いちゃったわけ…?」

 話を遮られたあかりが、ジト目で春一を睨む。

 「い、いや…俺も小さい頃、両親を亡くしてて…」

 「あっそ。じゃあ、その辺のつらさは、言わないでもわかるわよね。とにかく、私の両親が死んだのは、綺麗な満月の火曜日、あの夜の事は今でも鮮明に覚えてる…」

 再び真剣なトーンに戻ってあかりは話を続けた。

 「当時、わたしはもう、ジュニアアイドルとして芸能活動をしていた。その日も、仕事終わりにマネージャーの車で、自宅まで送ってもらっていて…そしたら、車の中から見えたのよ…遠くに見える自分の家付近が妙に明るくなっているのがね…。馬鹿よね…小さかった私は、初め何かパーティーでもあるんだと思ってはしゃいだのよ。でも、家に近づくにつれて様子が違うことに気づいた。そして…家の前まで着いた時、私の目に映ったのは、自分の家を包み込む真っ赤な炎よ。両親も、想い出の詰まった家も、何もかも私から奪い去った憎いあの炎。少し離れたところからでも感じた熱気と、目が痛くなるような眩しい光は、今でも私の脳裏に焼き付いて消えない…」

 「それで、君は炎の力を…?」

 「…トラウマ。強いイマジンを使う上で最も糧となる要素…。ていうか、あんたもアルケマスターなんだから、そうじゃないの?」

 「…いや、俺は、何故、自分が水の力が使えるのか分からないんだ…両親が死んだ時の記憶もないし、それが水と関係あるのかわからない」

 「ふーん。そんな事もあるのね。あんたって色々と不思議よね。まぁ、どうでもいいけどさ。それで、この先も聞く?…もっと、悲惨な話になるわよ?嫌だったら別に」

 「聞くよ!最後まで…ちゃんと!」

 問いかけを遮るように春一はそう答えると、真剣な瞳であかりを見つめ返した。あかりは、恥ずかしそうに視線をそらすと、再び話を始めた。

 「火事の後、私は親戚の家に引き取られた。でも、なんとか立ち直る事が出来たわ。それは、親戚の家族が私を優しく向かえ入れてくれたのと、マネージャーや所属事務所の社長が、親身になって心のケアをしてくれたおかげ…。そして、芸能活動に復帰したちょうどその日、私は、このDreedamドリーダムで目覚めたの」

 そう、話の最初を言い終えると、あかりは虚空を見上げた。

 「初めは大変だったわよ。炎の力も使えなかったし…でも、ラッキーだったのは、同じようにこの世界に来ていたマネージャーと遭遇できた事。おかげで私は、Dreedam《ドリ-ダム》の中でも上手くやっていけてた…」

 「じゃあ、なんで…」

 春一が尋ねると、あかりの目は遠く、もの悲しくなった。

 「あれも、月が綺麗な日だったかな…五年前、このオニキスの町で、私はそのマネージャーに襲われた…」

 「襲われた…って!?」

 「何よ?レイプよ、レイプ。小学生じゃないんだから、言わなくてもわかるでしょ!」

 めんどくさそうに、あかりは言った。

 「でも、マネージャーは親身になってくれたって…」

 「現実の世界ではね。本性は、どうしようもないロリコン野郎で、子供だった私に日々欲情してたって事ね。それで、この世界の記憶が、現実に引き継がれないのをいいことに、私を襲ったのよ」

 「そんな…」

 言葉を失う春一をよそに、あかりはさらに続けた。

 「その時よ。私が、炎の力に覚醒したのは…。襲われた恐怖と、大事な人に裏切られた衝撃は、私に火事の記憶を蘇えらせ、発狂させた…。正気に戻った時には、マネージャーは消し炭になって目の前に転がってたわ…。後にも先にも、人を殺したのはその一回だけ。運が悪かった事に、マネージャーは、このオニキスの町の権力者だったみたいで、私は"人殺し"として虐げられるようになった。後は、噂が噂を読んで、気がつけばいつのまにか、大量殺人犯よ。まぁ、私の態度が悪かったせいもあるけどね…」

 あかりは、平気な顔をして話ていたが、春一はあまりの壮絶さのせいか、終わりには、うつむいてしまっていた。

 「やっぱり、引いた?でも、残念だったわね。あんた、私が人殺しなんかしてないって思ってたみたいだけど、実際には、一人殺してるのよ。不可抗力だった…にしてもね」

 「いや…よかったよ…」

 春一は、俯いたままそう切り出すと、

 「やっぱり、君はみんなが言うような人じゃなかったから…」

 彼女の目をしっかりと見据えて言った。あかりは、急に頬を赤らめると

 「な、なによそれ…!ばかじゃないの…!とにかく、話は、もう終わりよ、終わり!」

 座ったまま春一に背を向けると早口でまくし立てた。

 その時、


 ジジジ……『おい、本当か!?魔女狩り中止になったって』


 あかりの持つラジオが、また誰かの音声を拾った。

 「…?何?」

 驚く春一にあかりは、ラジオを取り出して見せる。

 「これ、ちょっと特別制でね。私に有用な情報を勝手に拾うのよ…」

 「?こんなものが…」


 ラジオは引き続き、音声を拾い続けた。


 『あぁ、メリッサ様が即刻中止しろとの命令を出したらしい…』

 『そんな…さっきまで続けるように言われていたのに、どうして急に…!?』


 「……これ、あんたの仕業?」

 あかりが尋ねると春一は首を振った。

 「いや、やろうとしたんだけど…ダメだったはず…」

 「そう…妙ね。でも、まぁこっちにしては好都合だわ。これで、オニキスの町を出れるし」

 あかりは、そう言って立ち上がると、両手を空に突き出して、のびをした。春一に身の上話をしてすっきりしたのか、さっきまでの落ち込み用は、嘘のように消えてしまっている。

 「この町を出るの?」

 「そりゃあ、そうよ。いくら、魔女狩りが無くなったからって嫌われ者には変わりないからね。どうせあんたも、私が狙われなくなったんだから、任務終了でしょ?」

 メリッサ同様、あかりも今回のオブリビオンの狙いについては感づいたようだ。春一は、黙って頷いた。

 「それなら、さっさと傘開きなさいよ…!炎の檻消すから、ずぶ濡れになるわよ。あ、このラジオの事、誰かに行ったら、私の持ってるマンション城事件の情報、まき散らすからね!」

 あかりに言われ、春一は、ドームの外ではまだ強い雨が降り続いている事に気づいた。中は暖かい上、ある程度、外界の音も遮断される為、すっかり忘れてしまっていたのだ。

 春一が立ち上って、黒い傘を指すと、あかりは、

 「あぁ、それから…」と、言いかけ、指をぱちんと鳴らした。

 炎の檻がパッと消える。


 「      」


 あかりは、最後に何かを一言、呟いたが、戻ってきた豪雨の音にかき消されてしまい、春一には聞き取る事が出来なかった。

 「…え?何!?」

 傘にぼつぼつと雨粒が当たる中、春一は聞き返したが、あかりは軽く手を振って、その場から去ってしまった。しかし、消えていく彼女を見届けた春一の中には、どこか満足感のようなものがあった。特に何かしたわけではない、ただ、少しは彼女を救う事が出来たのかもしれない…。そう、思えたからだった。



 こうして、連日続いたファンタジー界での放火騒動は終止符を打った。


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