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夢の王  作者: せいたろう
第二部 神条 あかり編
24/32

第二十三話 炎の影に潜むもの

 春一と祐樹が到着すると、火災現場にはすでに大勢の野次馬が詰め寄っていた。今回被害にあったのはレストランのようだ。もう建物は骨組しか残っていないほど燃え尽きてしまっていたが、近くで救護を受けている人物がコックの恰好をしている事から察しがつく。

 辺りは混乱に包まれていて、群衆の中を様々な言葉が飛び交っている。

 「またか!これで何軒目だ!?」

 「あの魔女め!!」

 「奴はどこ行った…!?」

 「だめだ!!また逃げられたらしい!」



 「くそ…!遅かったか…」

 祐樹が黒焦げになった建物の梁を睨みながら、悔しそうに言った。

 「少し距離があったからね…。取りあえず辺りを探って…」

 そう言いかけて、春一は人込みの方に視線を向ける。その時、一人の行動が目に留まった。その人物は、春一の視線から逃げるようなタイミングで、ローブのフードを深くかぶり直したのだ。その動作を見た瞬間、春一の目の色が変わった。

 「あれは…まさか!?」

 そう言い残すと、春一は急に人込みの中に飛び込んで行った。

 「おい!?春一、どこ行くんだよ!?」

 気づいた祐樹が後を追う。しかし、人ごみをかき分けて進むうちに春一の後姿をみうしなってしまい、結局、追いついけたのは、野次馬を抜け、数十メートルほど先の十字路までたどり着いてからだった。

 

 春一は、塀や建物に囲まれた狭い十字路の中心で、そこから続く数本の路地をきょろきょろと見回していた。"十字路"といっても、オニキス城下町には左右前後の他、上下にも分かれて小さな路地がいくつも存在してるため、進める方向は、単に四つとは限らなかった。逃げ回るのにはうってつけの場所で、現に春一もローブの男を見失ってしまった。

 「どうしたんだよ、春一?怪しい奴でもいたか?」

 追ってきた祐樹が尋ねると、春一は周りを警戒しながら答えた。

 「うん。俺が視線を向けた瞬間、隠れるようにフードで顔を隠して去っていく男がいたんだ…」

 それだけの理由でか…?と、祐樹がジト目になる。

 「隠れるように…って、たまたまじゃねぇか?このファンタジー界には、ローブやフードのついた服着てるやつはごまんといるんだぞ」

 「いや、それだけじゃない…フード被るときに見えたそいつの手、火傷の跡があったんだよ!」

 「火傷…?それが一体どうしたって…」

 わかない、といった顔の祐樹に春一は必死の剣幕詰め寄る。

 「忘れちゃったの!?"マンション城事件"の時の事、話したでしょ?あの時、レギオンのヒロは、神条 あかりに手を燃やされたんだよ!俺が今見た奴と一緒の左手を!」

 「そういえば…!でも…だからと言って…いや、あるかもしれないぞ…!」

 祐樹は何やら、途中でひらめいたようで、

 「Dreedamドリーダムには火傷の後なんか綺麗に消せるような優秀な医学系の能力者もいる。だけど、そういう奴らは大抵、大きな組織に所属してるんだ。まぁ、まっとうな人間ならどうにかして治して貰う事は可能だろうけど、レギオンみたいな裏組織はそこから足が着いちまうから避けるに決まってる」

 自分の言葉にうんうんと頷きながら力説した。

 「ってなると、放火事件はレギオンが裏で手を引いてるって事になるかもな」

 最後に祐樹はそう言って春一に目線を向けた。

 「うん。でも…どうしてそんな事を?」

 「さぁな。はっきりとした理由まではわからねぇけど、奴ら、神条 あかりを陥れようとしてる事はあからさまだな。あんなやり方じゃ、誰だってあの女を先崎に疑うだろ?」

 「…そうだね。」

 春一は、やるせない気持ちで相槌を打った。確かに、"火事"と聞いただけで、自分も始め、あの少女を連想してしまった。放火事件に関しては犯人が別にいるとは思っているが、根本的な部分では自分もあかりに対して悪いイメージを持っている連中と変わりがないのかもしれない。

 自責の念の抱く春一を気持ちをしるよしもなしに、祐樹はにやっと笑い、

 「まぁ、でも春一君は最初からあいつが犯人じゃないって信じてたんだろ?"愛しのあかりちゃんが放火なんてするわけなーい"って」

 お得意の高いトーンと嫌らしい口調でなじった。

 「いや、だからそんなんじゃ…!」

 春一は、いつものようにムキになって否定しようとしたが、途中で威勢がなくなった。肩を落とし、口調もおとなしくなって続ける。

 「俺だって…放火事件って聞いたときは、あの子の顔が頭によぎった……でも、その後すぐに"マンション城事件"で助けてくれた時の事を思い出したんだ!俺は、この世界に来て三回もあの子と合ってる…二回目の時は怒らせて、三回目の時は戦いもした。もし、本当にあの子がDreedamドリーダムで言われてるような人殺しなら、俺はとっくに死んでるはずだよ…」

 「……」

 いつになく、真剣な春一の言葉に祐樹は相槌さえいれられない。ただ、自分も真剣な顔つきで見つめ返すしかなかった。

 「俺、…思うんだ」

 春一は、ギュッと力拳を握って続ける。

 「あの子は、本当は優しい子なんじゃないかって…」

 「春一…おまえ…」

 

 ―『コホン。…ちょっと、いいかしら?』

 咳払い共に聞こえてきたエリザの声に、二人は驚いて、思わず飛び上がった。

 「エ、エリザ!?聞いてたのか?」

 甲高い声を出した祐樹は、自分片耳を確認してみる。するとそこにはいつの間にか、ヘッドセットが装着されていた。

 『例の人物を見失った直後、春一君が通信を開始したのよ?』

 「あ、そうだった…」

 「ったく…なんだよ、春一?自分からエリザにあの熱い長セリフを聞かせたのかよ?」

 祐樹がジト目で睨むと、春一はこれでもかというくらい顔を真っ赤にして下を向いた。

 『ふふふ、まぁいいじゃない?中々かっこよかったわよ、春一君。それより、今は任務。春一君が情報屋のヒロらしき人物を目撃したという事だったので、早速、最近のレギオンの動きを探ってみたのだけど、確かに彼らは神条 あかりに何度か接触しようとしていたみたいね』

 「やっぱり、今回の犯人はレギオンが濃厚になってきたか…!」

 『えぇ。そのようね。ただ、その理由までは突き止められなかったわ。私は、引き続き彼らの同行を追うから、二人は周辺の探索続けて頂戴。レイヴンには私から報告しておくわ』

 そう伝えるとエリザの通信はプツンと切れた。

 「よーし、レギオンとわかれば俄然やる気が出てきたぜ!」

 祐樹が片腕ぶんぶんと回しながら息巻く。

 「行こうぜ、春一!…って、いつまで気にしてんだよ?」

 春一は、エリザに熱弁を聞かれてしまった事がよっぽど恥ずかしかったようで、まだ耳から湯気が出そうな様子だった。らしくない事を無理してしたばっかりにダメージが大きい。

 「わ、…わかったよ」

 気を取り直すように一つ息を吐くと、春一は祐樹の後を追って歩き出した。





 ― 数分前 ―


 神条 あかりは、追手の目から逃れるため、オニキス城下町で一、二の高さを誇る時計台の上部に身を潜めていた。この時計台は、様々な色のステンドグラスをはめ込んで作られた巨大な文字盤を六方向に一つずつ持っている。あかりが隠れているのはその中の一つの文字盤の裏に出来たわずかなスペースで、後ろでは敷き詰めるように組まれた大小数百の歯車がせわしなく動き回っていた。

 あかりは、ステンドグラスを背もたれにして梁の一本に座り込み、脇に置いた小さなトランジスタラジオから流れるノイズオンに耳を傾けていた。妙な事に、このラジオにはチャンネルを変えるチューナーも、表示窓のようなものも着いていない。タバコのケースほどの四角いボディにアンテナとスピーカー部分の穴が開いているだけだ。それだというに、スピーカーからは、まるでチューナーを回してどこか周波数に合わせようとする音が鳴っていた。

 しばらくすると、チャンネルがあったのか、ラジオから人の声が流れてきた。


 …ジジジ……ジ…『奴は見つかったか?』


 『いいや、いない。こっちには逃げてないのか?西の露店街の方を探してみよう。』

 

 流れて来たのは追手の会話だった。あかりはそれ聞くと、すぐさまスカジャンのポケットからスマートフォンを取り出し、ラジオに近づけた。スマートフォンの画面には、オニキス城下町一帯の地図が映し出されており、ラジオに近づけた瞬間、中に赤い丸が二つ、追加されて動き出した。地図の中には他にもおびただしい数の丸が存在していて動き回っている。

 「…ちっ、この辺にも捜査の手が回って来たか…」

 あかりは、スマートフォンの画面を指で軽くスクロールさせながら悪態を着いた。彼女がこのところの数日間にわたり、魔女狩りの追手から逃れる事が出来たのは、この小さなラジオとスマートフォン内の地図のおかげだった。特に、このラジオが優れもので、彼女の望む情報を口にしている会話を自動的に受信し、位置までも示してくれる。さらに、あかりは特定した追手の位置をスマートフォン内の地図にリアルタイムで表示する技術までも入手済みで、この二つのツールを使って数十人規模からたった一人で逃げまらるという神業をやってのけていた。

 しかし、それもそろそろ限界に来ていた。魔女狩りをしようとしている連中がファンタジー界の外からも人員を追加し始めた為、位置がわかっていようと流石に逃げるのが苦しくなってきたのだ。

 (…もうそろそろ逃げ場がなくなりそうね…でも、この町から離れるわけには…)

 あかりは、思いつめた表情で奥歯をかみしめる。その時ラジオが再び電波を受信し、彼女の聞き覚えのある声が流れてきた。

 

 『まぁ、でも春一君は最初からあいつが犯人じゃないって信じてたんだろ?愛しのあかりちゃんが放火なんてするわけなーいって』


 その甲高い声を聴いた途端、あかりはすぐに声の主がわかった。

 「この声は…"傭兵"のとこのバカ金髪…」

 

 『だから、そんなんじゃ…!』

 

 続いて春一の声も流れてきた。

 「あいつも来てるんだ…って事は、"傭兵"の差し金ね。レギオンだけならまだしも、オブリビオンまで…全く、私もめんどくさい連中ばっかに好かれた者ね」

 あかりは自分を卑下してみせると、スマートフォンをラジオに近づけ二人の位置を確認した。ラジオの音は一旦乱れ、ノイズまじりで聞き取りにくくなった。

 (場所は…さっきの放火事件のとこか…あいつらまで追手に加わると面倒な事に…) 

 

  『…もし、本当にあの子がDreedamドリーダムで言われてるような人殺しなら、俺はとっくに死んでるはずだよ…』


 ふいにクリーンになって聞こえて来た春一の声に、あかりの思考は停止する。


 『俺、…思うんだ…



  …あの子は、本当は優しい子なんじゃないかって…』


 あかりは眉を上げて驚いた。それから、小さなラジオを両手でぎゅっと掴んで持ち上げる。

 「…ったく、”あの子、あの子”って私はあんたより年上だっつーの」

 そう呟いた彼女の口元はわずかに緩んでいた。


 『おい、時計台の裏に人影がねぇか?』

 

 急にラジオが別の声を拾った。慌てて明かりはステンドグラスから背中を離す。


 『そういえば、あそこの上はまだ見てない。行ってみよう!』


 (くそ…!ばれた!長居しすぎたか…!)


 あかりはラジオとスマートフォンをスカジャンのポケットにしまい込むと、自分が座っていた梁から飛び降りた。すぐ下の梁に着地し、一呼吸おく暇もなく、また飛び降りて下へ向かっていく。





 文字盤のステンドグラスに人影を発見した兵士二人組は、すぐに時計台に到着し、内部へとつながる作業用扉の前までやって来た。

 「おい、本当に出入り口はここしか無いんだろうな?」

 片方の兵士が尋ねると、もう片方はぶんぶんと首を縦に振って応えた。

 「しかし、見間違いじゃないのか…?こんなとこに奴がいるとは思えないんだが…」

 兵士はぶつぶつ文句を言いながら、鉄扉のドアノブに手を伸ばす。

 その時、ドアが内側から勢いよく開き、中から一人の少女が飛び出して、全速力で逃げていった。大きなキャップからはみ出した長い黒髪に、虎の顔が背に描かれた派手なスカジャン。二人の兵士は、顔を見ずともすぐにそれが誰なのか分かった。

 「…奴だ!笛だ、笛を吹け!!!」

 鉄扉を開けようとしていた兵士が、驚いて目をパチクリさせているもう片割れに怒鳴った。指示をされた兵士は、慌てて甲冑の顔の部分を開けると、首にかけていたホイッスルに力いっぱい息を吹き込む。


 ピィィイイイイイイイイイイイイイ!!!!


 町全体に甲高い笛の音が響き渡った。

 運が悪いことに、あかりが見つかったのは魔女狩りの本部が直属に派遣した兵士で、彼らには目標を発見した時に居場所を知らせる特殊なホイッスルが持たされていた。

 あかりはスマートフォンの地図を頼りに、追手がいない方へと走り続ける。だが、先ほどの笛の音のせいで、地図上に無数に散らばっていた赤い点が、自分のいる場所目がけて一斉に向かってきており、気づいた頃にはすでに彼女は包囲された状態に陥っていた。

 (…マズイ!逃げ道がない…!!この辺でどこかに身を隠さないと…!)

 そんな時、彼女の目に入ったのは、薄暗い通りを抜けた先にあるの教会だった。古びた教会堂は祖と壁に蔦が張り巡らされていて、頭頂部の十字架も半分から先が折れてしまっている。かろうじて木製の両扉は残っていたるものの、窓ガラスもほとんどが剥がれ落ちている。

 ここなら、誰もいないだろう…!その場しのぎにしかならないが、あかりは取りあえずこの教会に身を潜めることに決めた。積煉瓦の策を飛び越えて敷地内に入ると、扉まで走り抜け、片方を開けてすばやく中に入る。

 しかし、予想は外れていた。あかりが背中で扉を押し閉めた瞬間、中にいた子供達と年老いた神父が一斉に彼女の方に向いたのだ。子供は五人、うち一人が女の子でみんなぽかんとした顔であかりを見つめている。神父の方は、白いあごひげを蓄えた優そうな老人だったが、その目からは困惑の感情が伺えた。

 ほんのわずかな沈黙の後、

 「…邪魔したわね」

 あかりは外に出ようとドアを開ける。

 「お待ちなさい」

 しかし、神父はに呼び止められた。



 しばらくして、最初にあかりを見つけた二人の兵士が教会を訪れた。彼らが教会堂の門扉を叩くと、中から神父の老人が顔だけ出して対応した。

 「何か、ご用件で…?」

 老人がしわがれた声で尋ねる。

 「あぁ、神父さん。ここに例の放火魔は来なかったか?この辺りに逃げたはずなんだが…」

 兵士の一人がそう聞くと、老人は小さく笑ってからしわがれた声で答えた。

 「いいえ。ここにいるのは、私と非難の為に集まった子供達だけでございます」

 「そうか。奴がまだ近くにいるかもしれない。くれぐれも気を付けてくれ」

 

 二人の兵士が教会を後にし、神父が門扉を静かに閉めると、あかりは身を隠していた長椅子の陰から姿を現した。

 「どういうつもり?私をかばうなんて…」

 疑いの視線で尋ねる。

 神父は、顔をしわだらけにしながら、にっこりとほほ笑み、

 「ここは教会です。神の前では誰もが平等でございます」と、返した。

 あかりは片方の眉をくいっと上げ、怪訝そうな顔をする。この世界で、大勢の人間から目の敵にされてきた彼女は、神父の言葉を鵜呑みに信じることは出来なかったのだ。何か裏があるのではないか?何か企んでいるのではないか?と、どうしても疑心が生まれてしまう。

 そんな彼女の内心を知りもせず、一人の少年があかりの元へ駆け寄って来た。

 「あーー!!!お姉ちゃん!アイドルの"あかりちゃん"だ」

 わんぱくそうな少年は、あかりの顔を見るなり指を指して大声で叫んだ。するとそれを聞いた他の子供たちも一斉に近づいて来る。

 「ち、違うわよ!!…似てるだけ!よく似てるって言われるけど、別人よ、別人!」

 あかりは帽子を深くかぶって顔を見せないようにしながら慌てて反論した。どうやら、この子供たちは、神条 あかりがDreedamドリーダムでどのような立場に置かれているのか、さらにこの町で起きている連続放火事件の容疑者とされている事を知らないらしい。

 「そうだよー。お姉ちゃんが"あかりちゃん"なわけないよ!もし、あかりちゃんならもっと可愛い服着てるはずだもん!こんなダサい恰好じゃなくてさ!」

近づいて来たもう一人の少年が自身気に言った。

(……ダサい!??)

 「そっかー。こんなオジサンみたいなかっこしないかー」

 (……オジサン!??)

 あかりは思わず口を出しそうになったが、寸前のところで踏みとどまって我慢をした。そんな彼女の様子に気づいたのか、神父が助け舟を出すように子供たちに声をかける。

 「これこれ、皆。お姉さんに迷惑をかけてはいかんぞ。イメージの練習の続きはどうしたじゃ?」

 「あ!そうだったー」

 わんぱくそうな少年は、思い出したように大きく口を開けると、

 「ねぇねぇ。お姉ちゃんはイメージ使える?俺たち、神父様に教えてもらってイメージの練習してるんだー!」

 あかりに尋ねた。

 「え?あぁ…使えるわよ。ただし、私のイマジンって種類になるけど…」

 「えぇー!!すげー!イマジンってイメージよりも難しいんでしょー!?」

 もう一人の少年が興奮した声を上げる。

 「ねぇ。お姉ちゃん。パンにイメージを教えてあげてよ!俺たちの中でパンだけまだイメージが使えないんだ」

 「…パン?」

 あかりが首をかしげると、少年達に押され一人の少女が前に出て来た。大き目のパーカーを来た少し見た目の地味な少女だった。

 「あなたが…パン?」

 あかりが尋ねると、少女は小さく頷いた。唇をすぼませ、いじけている様に見える。困ったあかりが目線で助けを求めると、神父はにっこりと笑って頷いた。

 あかりは、仕方がない…とため息をつく。それから、しゃがみ込むとパンの顔をしっかりとのぞき込んで優しい表情を作った。現実世界での仕事柄、子供に対しての接し方は随分と慣れている。

 「パンちゃんは、イメージが苦手なのかな?」

 子供相手用の少しトーンを上げた声で聞いてみる。

 「…うん」

 今度はちゃんと声が返って来た。

 「どうしてかな?想像するの苦手?」

 「わかんない」

 「うーん。じゃあ、一度お姉ちゃんの前でやって見てくれないかな?失敗しても大丈夫だから」

 「…わかった」

 あかりに促され、パンはイメージを試みた。掌を床に向けて、目をぎゅっとつむる。しかし、幾らたって彼女の掌の先に変かは起きなかった。

 「また失敗だー」

 わんぱくそうな少年が横から言う。

 「パンちゃん、何をイメージで作ろうとしたの?」

 あかりが聞くと、パンは小さな声で

 「…トム」と、何かの名前を口にした。

 「トム…?」

 「お家で飼ってるウサギちゃん…いつも遊んでるの…だから、ここでも一緒に遊びたいとおもって…」

 「パンはウサギが大好きなんだ!」

 他の少年が付け足した。

 少女の答えを聞いたあかりは、何か納得したようにそっと微笑むと、パンの頭を優しく撫でてやった。

 「あのね。パンちゃん。生き物をイメージするのはとても難しいことなの。お姉ちゃんでもできないくらいにね」

 「…そっか。じゃあ、トムとはここでは遊べないんだ…」

 パンはしょんぼりと俯く。

 「そうね。だからこそ、トムとは現実の世界でいっぱい遊んであげて。そうだ、パンちゃんはウサギが好きなんだよね?じゃあ、ぬいぐるみとか持ってる?」

 あかりはあやすように言う。流石に慣れているだけあって、パンはすぐに顔を上げて答えた。

 「…うん。持ってるよ、いっぱい!」

 「じゃあ、今度はそのぬいぐるみをイメージで出してみようか?一番お気に入りの奴ね」

 「…うん」

 パンは不安そうに頷いた。

 「目をつむって、ぬいぐるみを抱くように手の形を作ってみて…」

 あかりの指示にパンは素直に従う。

 「じゃあ、そのぬいぐるみと遊んだ時の事を思い出してみようか。できれば、手触りと感触とかも」 

 パンは言われた通りに必死にイメージに集中する。

 「お姉ちゃん、こう?……あ!」

 手に伝わるもふもふとした毛の触り心地を感じ、少女が目を開けると、その小さな腕の中には頭に思い浮かべた通りのウサギのぬいぐるみが抱かれていた。

 「出来た!ありがとう…!お姉ちゃん!」

 喜びに満ちた表情でパンが言うと、あかりはにっこりとほほ笑んで頷いた。

 周りの少年達もまるで自分たちの事のように喜んでいる。

 「すげー出来た!やったね、パン!」

 「お姉ちゃんすげー!」

 「ねぇ!お姉ちゃんのイメージも見せてよ!」

 少年の一人が言った。

 「え?私の…?」

 あかりは初め、困惑の表情を見せたが、その後、子供たちにあまりにもせがまれた為、仕方なく、掌に小さな火の玉を作って見せてやった。最初に掌に火が現れた瞬間は、驚いてその場から一歩離れた子供達だったが、あかりがその炎を渦巻かせ、最後には小さなウサギの形にしてからは、皆、目を輝かせてその日のウサギを眺めていた。

 子供達は、尊敬と感動のまなざしをあかりに向けていた。今まで、さげすんだ目でしか見られてこなかったあかりは、久々にDreedamドリーダムの中で安らぎを感じていた。

 

 だが、そんな時間も長続きはしなかった。 


 突然、スカジャンのポケットに入れておいた小型ラジオから、人の声が流れて来た。

 

 『…では、お前は例の件の方を頼んだぞ』


 その声を聴いた瞬間、あかりの表情は一気にするどくなった。

 (この声は…間違いない!情報屋のヒロ!!)

 「お、お姉ちゃん…大丈夫?」

 わんぱくそうな少年が恐る恐るあかりに尋ねる。

 表情の変わったあかりに気づいた子供たちは、彼女の周りから離れていた。その時、あかりはいかに自分が恐ろしい顔をしていたかに気づいた。彼女は、気持ちを落ち着かせると神父の方を向き、

 「神父様…私…」

 「行かれるのですね…」

 「…はい」

 静かに告げると、教会堂の門に向かって走り出した。

 「待って!お姉ちゃん!!」

 パンが大きな声を出して引き留める。あかりは、思わず立ち止まってしまった。

 「…もう、行っちゃうの?」

 パンは泣き出しそうな顔で尋ねる。あかりは、悲しげな顔で振り返った。

 「ごめんね。私にはやらなきゃいけない事があるの…」

 「また、会えるよなぁ!」

 わんぱくそうな少年が聞いた。

 「きっと…!ね」

 あかりはそう言い残すと、門扉を勢いよく開け、外に飛び出していった。



 


 




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