第二十話 猛き侍の夢
「春一さん!!」
瑛里華のかけ声で春一は、足元の茣蓙に手を突いた。たちまち三人の周りを取り囲うように筒状の水が吹き出し、水壁となって男衆の行く手をふさいだ。
所詮は水。攻撃を阻害出来たとしても一瞬だが、それで充分だった。入れ替わりで前に飛び出した佐井蔵が横一線に刀を振り抜き、男衆を刀ごとはじき飛ばしたのだ。
わずかに残った数名は目の前の自体に驚いている間に、春一の水砲に打ち抜かれたる。流石に対人とあってウォーターカッターは発動していないものの、消防車の放水ほどの威力のある水流は大の大人をいとも簡単に吹き飛ばす。
「こ、こいつらイマジンを使いやがるぞ!しかも片方はアルケマスターだ!!」
怯え声が上がった。
たった数秒の間に、春一達に襲いかかろうとした男達は見事に全員のされてしまった。この展開には流石のサカザキも焦ったようで、
「くそっ!であえ、であえ!」と喚きたてた。すると、裏から、刀や槍で武装をした男達が春一達目掛けわんさかと駆けつけた。中には賭博場の従業員以外に浪人の姿も見られる。サカザキがこうういった場合の為に雇っておいたのだろう。
「増援です!」
春一が叫ぶ。
「姫様!どうするでござるか!」
自身に突き立てられた槍の先を刀で受け止め、佐井蔵も声は張った。
「仕方ありません。軽くいなした後、スキを見つけて逃げましょう」
薙刀を振り回し、2人を相手にしながら瑛里華は答えた。流石は華扇会の長、武道の心得があるようで、この混戦の中も涼しい顔で立ち振る舞っている。
三人がいる天面に一気に押し寄せる増援。春一は、片方だけで行っていた水撃を両腕に変えて迎え撃った。単体で怪物ユメクイを相手に出来るだけの実力、イメージしか使えない人間相手とならば、ある程度の数なら余裕を持って戦える。
一方、佐井蔵はと言うと、自ら敵の集まっている場所に飛び込み、ばっさばっさと相手を切り倒していた。その動きに無駄はなく、一振りすれば必ず一名ないし数が地に伏せる。襲いかかる無数の刃は、鮮やかに体をよじらせてかわし、その体勢からまた刀を振り抜く。瑛里華の
言った通り、この侍、戦いになった途端別人のようだ。
「頃合いですわ!佐井蔵!!」
戦況を見極めたえりかが声をあげる。
命じられた佐井蔵はひときわ大きく刀を振り回した。
「てぇえええええい!!」
辺りにいた敵が一気に吹き飛ばされ、見事に突破口が出来上がる。
「着いてくるでござるよ!春一殿!」
そういって佐井蔵は自分が開けた道を進みだした。瑛里華が後に続き、その後ろを春一その後を追う。目指すは上の階へと伸びる階段だ。
「逃がすな!追え、ぇええ!!!」
サカザキが血眼で声を振り絞った。
人一人ほどの幅しかない階段には数人の浪人が待ち構えていたが、先頭を行く佐井蔵に次々と斬りおとされていった。最後尾の春一は後ろから追ってくる敵に流水を浴びせ、蹴落とす。
突破はスムーズに進んでいた。だが、サカザキがそれゆるすわけがない。
三人が上の階まで、あと少しと迫った時、階段の先から二人の新手の敵が現れた。手には銀色のボディーをしたリボルバー式の拳銃が握られており、銃口はすでにこちらに向いていた。
- ドン、ドン、ドン !
派手な煙を上げて発射される数発の弾丸。だが、猛進する侍には無意味だった。佐井蔵は、素早く刀を動かし、飛んできた玉を全て弾き飛ばすと、階段の床板を力強く蹴った。刀を構えたまま斜め上目掛け飛んでいく体。数メートルの大跳躍を成功させ、階段の上たどり着くと、佐井蔵は目の前の敵2人を一太刀で叩き斬った。それから、すかさず後ろを向く、嫌な予感通り、階段下に銃を手にした敵が詰め寄せていた。
「春一殿!銃に気を付けるでござる!!」
佐井蔵があわてて警告する。だが、春一は冷静だった。すでに両手をかざし、銃をもった敵と自分の間に直方体に固めた水の塊を出現させていた。
階段下から数発の発砲。撃ち出された弾丸がポチャンポチャンと音を立てて侵入する。すると、みるみる速度が落ちていき、春一の元へたどり着く前に全弾止まってしまった。
それから、春一は水の塊を破裂させ、溢れ出た水を全て階段の下に向かって押し流した。数百キロ相当のが鉄砲水のごとく、襲いかかるこの一撃で下に追っ手は一掃される。
組織柄、春一は銃で襲われる事には慣れていた。今では、機関銃を持った相手だらうと1対1なら十中八九いなす事が出来る。ちなみに言えば、今の一撃で使った水の量が、春一が一度に出せる限度に近い。1トン。いくら修練を積もうとその壁がなかなか越えられないでいる。
「まぁ!見事ですわ」
春一の一連の水撃を見た瑛里華が、のん気に手をたたいて賞賛を送った。
「さ!急ぐでござる!」
佐井蔵を先頭に三人は階段を登りきり元来た裏通路を駆け抜けた。それから地下一階へと出て、さらに階段を登るとやっと一階のフロアに到着する。
「やはり、入り口は固められていますか…」
瑛里華は賭博場の入り口を見てそう行った。両開きの扉の前には、男衆が銃を構えて待ち伏せをしている
。流石にこの三人でも正面突破は危険だろう。
「いたぞ!一階だ!!」
浪人の一人が三人を発見したらしく叫んだ。大勢の足音が春一達を目掛けて近づいてくる。
「姫様!どうすのでござるか!?」
「迷っている暇はありません。上へ参りましょう」
そう言って瑛里華は、前に佐井蔵が荒稼ぎしたスロット台置き場のさらに奥を指差した。そこには、池田やを彷彿とされる樫の木の大階段があった。さらに、その上には一階フロアを見渡せるように設置された中二階続いている。
「あの奥の窓からなら外の屋根上へ抜けられるはずですわ!」
一刻の猶予もなかった三人は、躊躇することなく瑛里華の案に乗り、中二階へを目指す。スロット台が並べられたエリアを抜ける頃には、既に数十名の追手が一回に上がってきていた。
慌てて20段ほどの階段を上りきると、瑛里華は、
「春一さん、階段を!」と指示を出した。
意図を察した春一が、振り向きざまにウォーターカッターを放つ。細い一筋の水の刃が、ちょうど三人を追って登ってきていた男衆の目の前通り過ぎた。次の瞬間、階段は上部を残してスパッと割れ、上に乗っている男達ごと下に落ちて行った。落下の衝撃と木材がへし折れる音が鳴り響き、辺りに粉じんが舞い上がった。
上からその様子を見ていた瑛里華は、
「これで、しばらくはあがって来れないでしょう。」
少し乱れた息を整えて、そう言った。それから、中二階にある窓に向かかおうとする。
- どん。
向き直った瑛里華は、佐井蔵の大きな背中にぶつかった。
「?どうしました、佐井蔵…?」
その場に立ったまま動こうとしない佐井蔵。異変に気付いた瑛里華と春一は、侍の背中の死角から横に出て、前方を確認する。
そこには、一人の男が立っていた。…あのツボ振りの男だ。
「やっぱり、お客さん達。ただもんじゃなかったみてぇですな……先回りしといて、正解でしたぜ」
野太い声で静かに三人を威嚇した。ごつごつとした右手には、男の体格からはずいぶん小さく見える脇差が握られていた。落ち着いた態度、それでいて、ひしひしと伝わってくる殺気。明らかに他の敵とは格が違う。
「ここは、拙者に任せるでござる」
するどい眼光を目の前のツボ振りに合わせたまま、佐井蔵が力のこもった声で言った。すでに、左手は刀の鞘をつかんでおり、柄をつかもうとする右手は武者震いをしている。おそらく、この侍は裏丁半でこのツボ振りを見た時からこうなると予想していたのだろう。そう春一は思った。
「わかりました。頼みましたよ」
瑛里華は、止めることもなく、すんなりとその場を佐井蔵に任せた。その言葉には彼に対する信頼が込められていた。
「参りましょう、春一さん」
瑛里華と春一は反対側の中二階へと走っていったが、ツボ振りは追うそぶりを見せなかった。
「おの御嬢さん…どっかで見たことあると思えば…そうか、華扇会の……て事は、おまえさんは…」
サングラスから除くすさんだ目が細まる。
「拙者は佐井蔵、華扇会会長、瑛里華様の専属護衛でござる…おぬしは?」
佐井蔵が堂々とした口調で名乗りを終えると、ツボ振りは静かに口を開けた。
「あっしは『禅』。『ツボ振りの禅』………ここに拾われる前はこうも呼ばれとりました……『居合の禅』と」
禅と名乗った男は、膝を少しだけ曲げ、重心を下におろした。左手が脇差の柄に近づき、体は完全な脱力に入る。「居合い」の状態に入ったのだ。
佐井蔵はゆっくりと刀を黒鞘から引き抜くと、鮫皮のまかれた柄をしっかりと両手で握りしめた。刀身を少し上げ、足を軽く開いて集中に入る。
お互いに間合いの探り合い、二人の間の張りつめた空気が、すでに戦いが始まった事を物語っていた。
禅という男のあの佇まい、刃渡り50cmほどの脇差、そして「居合い」。この三つから佐井蔵は、むやみ間合いを詰める事は危険と判断した。現実世界での趣味が高じて、あの戦い方に関しては知識がある。あれは、間合いに入った敵を抜刀の一撃で仕留める必殺剣。通常の刀は、鞘から引き抜いた後、振り下ろすことで初撃が行えるが、おそらくあの脇差の場合、それは刀を引き抜いた瞬間、鞘から放たれることによって爆発的な速度で振りぬかれる一撃が初撃となり、それで相手を仕留める。
しかし、この戦法には欠点もある。攻撃範囲が狭い事と、受け身、つまりカウンターに特化した戦法ゆえ自ら攻撃を仕掛けるには向いていないという事だ。
佐井蔵はとりあえず、間合いに入らないようにして隙を見つけようとした。
だが、この油断が、勝負の行方を左右した。
次の瞬間、地を蹴って飛び出したのは佐井蔵ではなく、禅の方だった。佐井蔵に引きをとらない凄まじいスピードで一気に駆け寄る。佐井蔵は咄嗟に反応したが、まさか向こうから動いてくるとは思ってもみなかった為、心が追い付かなかった。一瞬の隙が生まれ、まんまと屈みこんだ禅を、間合いへと入れてしまう。
禅が下から佐井蔵を見上げる。尖った犬歯をにぃっとむき出すその顔はまさに鬼のようだった。
「油断したな?」
すでに脇差は振りぬかれていた。佐井蔵でさえ、目視でとらえることができない早業だった。
飛び散った血が、壁に斑点模様のシミを作る。証明を反射し、キラリと光る脇差の白刃からは、わずかに残ったの血がぽたぽた足り落ちていた。
禅は、ツボを振る時のような素早い手つきで、再び脇差を鞘に納めると一言、
「こりゃあ…驚いたなぁ」と、こぼした。
前には侍がまだ立っていた。腕に傷を負いながらも、依然両腕でしっかりと刀を握りしめ、身構えている。
驚異的な反射神経と歴戦で培った勘が佐井蔵を救ったのだった。禅が刀を振りぬく瞬間、とっさに刀で身を守り、後ろに飛びのいたおかげで致命傷をまのがれた。そうしていなければ、今頃はわき腹から肩にかけて大きな刀傷が出来ていた事だろう。
「初めてですぜ?間合いに入ったのに勝負が決まらなかった事なんてのは…」
禅が灌漑深げに語る。
佐井蔵は隙を作ってしまった自分のふがいなさに怒りを覚え、きゅっと眉をひそめた。
「まぁまぁ、そんな顔しなさんなって。無理もない、『居合い』と聞きゃあ、受け身だと思うのは当然の事。それに加えあっしがしたのは、脇差を持って待ちの構え。まさか自分から突っ込んでくるとは思いませんでしょうに」
禅は雄弁に語りながら、大きな円を描くように横へ歩く。間合いを取るように佐井蔵は反対側へと歩いた。
攻撃の機会はないか…と、佐井蔵は様子を伺っていた。腕の傷は派手に血が出ているものの、見た目ほど重傷ではない。刀を振るのに多少の支障は出るものの、まだ十分に戦える範囲だ。しかし、次はこうはすまない。また、間合いに踏み込まれるようなことがあれば、今度は確実に命を持って行かれるだろう。勝機を見出すには自分から攻撃をしかけるしかない。
様々な憶測が頭の中を飛び交う。しかし、佐井蔵は一度切りつけられて頭が冷えたのか、やけに落ち着いていた。
そして、攻撃の機会はやって来た。歩いていた禅の歩幅が、今までよりほんの少しだけ大きくなったのだ。それは、常人なら気が付かないようなささいな変化であったが、佐井蔵はそれを見逃さなかった。禅の足が地に着く前に、駆け出し奇襲を仕掛ける。
即座に反応する禅。足が宙に浮いていた分、ほんの少し遅れが生じたが、それでも佐井蔵が間合いに入る少し前には居合の型を完成させてしまった。
貰った…!禅はそう思った。しかし、その矢先、佐井蔵は雪駄でブレーキをかけて急に止まった。そして、少し距離の開いたまま刀を振る。
この距離が、実に絶妙であった。禅の脇差は届かなく、それよりも少し長い佐井蔵の太刀は、刃の先がわずかに届く距離。これでは致命傷を与える事は出来ないが、防御のために脇差を抜かせる事が出来る。これこそが、佐井蔵の狙いだった。初手で抜刀術を見事に封じたのだ。
禅が脇差を鞘に戻す前に、佐井蔵は一歩踏み込んで怒涛の連続攻撃を仕掛けた。次から次へと繰り出される斬撃の嵐、禅は防戦一方になった。間合いを取ろうと、後ろに下がっても、乱舞する侍は俊敏なステップで、詰め寄ってくる。
刃と刃がぶつかり合う金属音が次から次へと鳴り響いていく。
どちらも一歩も譲らない攻防戦。一見すれば、佐井蔵が圧倒しているように思える。だが、この禅という男、やはり只者ではなかった。佐井蔵が繰り出す乱舞を的確に脇差で受けつつ、一瞬の間をついて、逆転の一撃を放ったのだ。
「う!?」
膝辺りに鈍い痛みを感じた佐井蔵は、吃驚した。禅の刀身は、目の前で自分の刀と交わっており、攻撃はされていないはず…。咄嗟に痛みの方向に目をやると、白い足袋の履かれた足が、自分の膝にあてがわれているのが見えた。
ただの蹴り。禅が放ったのは、シンプルな体術だった。だが、脇差による一閃を警戒していた佐井蔵は、またもや不意を突かれ、この一撃を綺麗にうけてしまう。
足元を崩された事でバランスを失う佐井蔵。禅はすかさずそこに、渾身の一振りを叩きこむ。
「ぐぁあああ!!」
侍が悲痛な叫びを上げる。なんとか、刀を当て防御したものの、禅の白刃の先端は佐井蔵の脇腹を深く切り裂いていた。衝撃で転がり倒れる。すかさず、立ち上がって構えを取るものの、前とは比べ物にならないほどの激痛に佐井蔵は表情をゆがめた。
袴と着物の境目が見る見るうちに血が滲んでいく。
その様子を見た禅は、脇差についた血を一振りで払うと、戦いの終わりを告げるかのようにゆっくりと鞘に戻した。
「終いだな……あっしとおまえさんの力量はこの通り。その傷じゃあ、これ以上やったところて勝負は見えてるでしょうに」
憐みの眼で語りかけた。
佐井蔵は、その最中、必死に意識を傷口に集中させていた。気休め程度だがイメージによ血を止める事が出来るかもしれない。
だが、この悪あがきも禅に見破られてしまい、
「下手な気はおこさねぇこった。例え血が止まっても、おまえさんはあっしには勝てねぇ。おまえさんは、無駄に知識と経験がありすぎた。あっしが居合いと口にすると、その先入観が捨てきれず、二度も足元をすくわれ、この有様。これより先、止血に意識を集中させながら、冷静に戦えるとは思いませんぜ?」
まるで気遣うような口調で念を押された。
だが、この侍はあきらめる気など毛頭なかった。そして、禅が話している間に、腹の流血を若干だが抑えることに成功していた。
佐井蔵は目をつむり、両手を頭の後ろに持っていて一刀を振りかぶった。再び開いた瞳は、静かなる闘志がよみがえっていた。
「く、くっくっくっく。ふははははは。おもしれぇ!」
禅は急に高笑いを仕出し、再びあの鬼のような狂気に満ちた顔に戻る。
「やっぱし、おまえさんはあっしの思った通りの男だ!いいでやしょう!どうせ、おまえさんも長くは戦えねぇ。あえて、あっしの土俵である居合切りで勝負しようってなら、受けて立つのが道義ってもんよ」
サングラスの大男は今までよりも、深く身構え、血管の浮き出た手で、脇差に手をかけた。
「ただ、次の一閃。これはただの一振りじゃねぇ。あっしのすべてを注ぎ込むとしやしょう。今度は刀んもたたき折り、お前さんの命を確実に持っていく…!」
睨みを利かす禅。佐井蔵もその目をしっかり見つめ返し、二人は距離をとって構えたまましばらく動かなかった。
なにがきっかけだったのかはわからない。ただ、地を蹴ったのは佐井蔵だった。残った力全てをつぎ込み、禅に向かって突進していく。一方、禅はその場を動こうとしなかい。自分のもっとも得意とする受け身、居合いで侍を迎え撃つ気だ。
二人がすれ違う一瞬。この瞬間、何が起きたか目視で理解できたものは、Dreedam中を捜しても誰もいなかっただろう。それほどまでに、二人の一振りは速く、自分たちすら把握しきれていない状態だった。
二メートルほどの距離を開けて、背中合わせに立つ二人。勝負の行方を見失っていた禅は、後ろを振り返った。
佐井蔵は、大きな背中を向け固まったままだった。だが、次の瞬間、
- カキンッ!
甲高い音を上げて、佐井蔵の腕に握られていた刀が、中ほどから折れる。
勝利を確信する禅。確かに刀を叩き追った感覚はあった。
だが、ここで禅は違和感を覚える。そして、その違和感の原因はすぐに目に入った。
刀が……もう一本ある!?
折れた刀を持つ佐井蔵、その逆の手にもう一本、全く同じ外見をした刀が握られていた。禅は、頭が真白になった。そして、追い打ちをかけるように彼の胸から血しぶきが噴き出た。
「ば、ばかな…」
かすかな言葉と共に、禅は膝を着いた。
混乱状態の男の元へ佐井蔵が静かに近づいていく。
「確かに拙者はおぬしの言葉に惑わされ、先入観を捨てきれずにいた。だが、おぬしも、大事な事を一つ忘れていたのでござる…」
そう口にした佐井蔵は、禅の前に回ると、しっかりと目を合わせ、
「ここは夢の中でござるよ」と、一言を告げた。
佐井蔵が行ったのは、ただ単にイメージにより刀をもう一本出現させただけの事。ただ、緊迫した戦いの中で、この場所がDreedamという事を忘れてしまった禅には命取りとなったのだ。
倒れこむ禅。そして最後にかすれかすれの声で、
「…しくじったか…これが、現実だったらなぁ」と残していった。
「そうでござるな。これが現実であったら、おぬしとは良い侍談義が出来たであろうに」
物悲し気な表情を浮かべ、佐井蔵は、禅の亡骸に言った。
それから、刀を鞘に納めると、
(大分、時間がかかってしまったでござるな……姫様と春一殿は大丈夫でござろうか…?)
痛む傷をおして、二人の後を追った。