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夢の王  作者: せいたろう
第一部
2/32

第一話 Dreedam《ドリーダム》へようこそ

 ハッと強く息を吸い込み、春一は目を覚ました。

 視界には、蛍光灯の設置された見覚えのある天井が映っていた。体は柔軟剤の匂いのするふかふかのベッドに沈んでいる。


 ― 高校の保健室だ。現実に戻ったことを実感し、春一はホッと胸をなでおろした。額にはびっしりと冷や汗をかいている。

 「あ!やっと起きた!」

 落ち着いたのも束の間、ベッドを囲むカーテンの向こうから甲高い声が聞こえて来た。カーテンが勢いよく開き、綺麗に逆立てられた金髪に丸メガネの少年が姿を現す。

 「あぁ、祐樹か…」

 夢の余韻が残っている春一は、少年には興味はないといった感じであしらった。


 ― 西条さいじょう 祐樹ゆうき。春一のクラスメイトで、心から気を許せる数少ない友人の一人だ。

 

 無碍むげに扱われた祐樹は、眉間にしわを寄せ、ムッとした表情を浮かべた。

 「なんだよ~テンション低いなぁ。あ!さてはおまえも見れなかったな?」

 「…見れなかったって何を?」

 「何言ってんだよ!?明晰夢だよ!め・い・せ・き・む!二人で見ようって5限サボって保健室来たんじゃねぇか」

 「…あぁ、そういえば…」

 祐樹に言われ、春一はなぜ、自分が今保健室にいるのかを思い出した。


  ― 昼休みの事だった。


 「はるいち!はるいちぃぃ~!!」

 自分の席で昼食を取ろうとしていた春一のもとに、祐樹がいつにもなく甲高い声を出して、駆け寄ってきた。

 「なんだよ、祐樹。購買のパン、また買い損ねたの?」

 「え?あ、いやパンはちゃんと買った!…じゃなくて、"明晰夢めいせきむ"って知ってる?」

 祐樹は走ってきたようで息が荒い。そして、かなり興奮している様子だった。

 「明晰夢?あぁ、知ってるけど…」

 春一は、コンビニ弁当のビニール包装を剥がしながら答えた。

 「あれって、ほんとに夢の中で好き放題出来るの?」

 祐樹は喜んだ子供のように目を輝かせている。

 「好き放題って…まぁ、たぶん…俺も見たことはないからよく知らないけど…」

 春一が答えると祐樹はこぶしを握り締めた。

 「くぅ~~!そんな凄い事、なんで今まで教えてくれなかったんだよ!」

 「いや…なんでって…」

 「よし、今から見に行くぞ!」

 「え?」

 「今から保健室で寝て、二人で明晰夢を見るんだよ!」

 「今からって…5限はどうすんだよ?」

 春一がそう聞くと、祐樹は得意げな顔で返した。

 「5限は進路相談!俺と春一はもう大学が決まってるから面談は無し!どうせ、個人面談中は自習時間なんだから、抜け出しても大丈夫だって!それに…」

 それからしばらくの間、祐樹の『5限はいかにサボっても大丈夫か』という熱弁は続いた。最初は渋っていた春一だが、結局は押し切られ保健室に向かったのだった。



 それにしても、まさかあんな夢を見る事になるとは…。

 春一は、先ほどまで見ていた夢を思い返して、大きなため息をついた。

 「おいおい、春一。そんなに落ち込むなって!また明晰夢を見るチャンスはあるさ。ほら、今日の夜にでもまたチャレンジすればいいだろ?」

 祐樹の的外れな励ましに、春一はまた、ため息をつく。

 「…違うよ、祐樹。見たんだ」

 「見た?」

 「明晰夢。見れんたんだよ…」

 春一がそう言うと祐樹の顔は、ぱあっと明るくなった。

 「マジかよ!すげぇじゃん!!で、で?どうだった?どうだった?」

 大きい声が一段と大きくなる。

 「落ち着けって…」

 歓喜する祐樹をなだめ、春一は先ほど見た夢の一部始終を話した。コンクリートに囲まれた部屋の事。そこであった奇妙な男の事。そして、空に投げ出されて落ちてしまった事。

 祐樹も初めのうちは、おとぎ話を聞く子供のようにはしゃいでいたが、内容が気に食わなかったのか、話が進むにつれてその表情は曇っていった。そして、全て話し終えると、

 「な~んだ、つまんね」と吐き捨てるように言った。

 「だから寝る前に言ったでしょ?そう簡単に夢はコントロール出来ないんだって」

 「そっか~」

 祐樹はがくっと肩を落とした。

 「で、さっきの様子からすると祐樹は見れなかったわけ?」

 そう尋ねられた祐樹は残念そうに唇を尖らせた。

 「そうなんだよ~せっかく寝る前に"あかりちゃん"の画像映したスマホを枕の下に忍ばせて寝たのによぉ」

 「枕の下?」

 「そうそう、あ!いっけねぇ!スマホ、まだ枕の下だ!」

 祐樹は慌てた様子で、カーテンで区切られた隣のベッドにかけていった。

 相変わらず忙しい奴だな…。祐樹が揺らしたカーテンをぼんやり見つめながら、春一は心の中で呟いた。こういったやり取りは二人の仲ではお決まりになっている。

 「あ!あった、あったぞー」

 大げさな声がしたかと思うと、祐樹は最新式のスマートフォンを片手に持って帰ってきた。そして、これ見よがしにスマートフォンの液晶画面を春一に見せつけた。

 画面を見せられた春一は、あきれたという目で祐樹に訴えかけたが、本人には全く気付いてもらえなかった。

 「これを枕の下に引いて寝てたの?」

 「え?そうだけど?」


 スマートフォンの画面には、顔立ちの整った美しい少女の画像が映っていた。透き通るような白い肌に、くりっとしたかわいらしい瞳、ほんのり笑みを浮かべた薄いピンク色の唇は、画像からでもやわらかさが伝わってくる。子供の可愛らしさと、大人の魅力を兼ね備えた、文句の付けどころのない美貌を持つ少女だった。

 少女の名は、春一はおろか今の日本人なら大抵が知っている。国民的アイドルの 『神条かみじょう あかり』だ。

 「あかりちゃんに夢で会えたら、幸せだろうなぁ」

 まさに夢見心地といった顔で祐樹は言った。

 また始まったか…と、春一はうっとうしそうにそっぽを向いた。祐樹は神条 あかりの熱狂的なファンで、彼女についての話を春一は今まで嫌というほど聞かされてきた。今では、そこらのにわかファンには負けないほど、自分が興味もないアイドルの知識を持ってしまっている。

 呆れ顔の春一に気づき、祐樹が眉をひそめる。

 「なんだよ、その顔~。じゃあ、そういう春一は明晰夢で何がしたかったわけ?」

 「え?…それは」

 春一は答えに困った。答えが無かったわけではなく、言うかどうか迷ったのだ。そして、ほんの少し黙った後、

 「…言いたくない」と目をそらして答えた。


 

 春一は明晰夢で、何かがしたかったというわけではない。興味を抱いたのは、自分がある夢をみる理由について、夢をコントロール出来れば何かがわかるかもしれないと思ったからだった。

 物心がついた時から、春一はいつも同じ夢を見ていた。冷たい水に落ち、ただただ、沈んで行くだけの夢。その夢は感覚はおろか、感情までもが、毎回テープを再生したようにまったく同じで、どうあがいても変える事は出来い。別段、それが悪夢だと感じてはいないが、ただ、自分が何故そんな夢を見るのかは疑問であり、気にはなっていた。

 自分でさえ、よくわからない夢の事について、上手く説明出来る自信も無かったので、春一はあえて祐樹に黙っておくことにしたのだ。

 「ちぇっ!なんだよ、それ~」

 祐樹は頬をふくらませて、ふてくされる。

 「ほらほら、もう戻るよ。そろそろホームルーム始まるし」

 春はなだめるように言った。


 

 教室へ帰り、ホームルームを終えた二人は、真っ直ぐ帰宅することになった。普段なら、ゲームセンターやファーストフード店に寄ったりする事もあるが、今日は祐樹に用事があるらしく直帰となった。祐樹は性格柄、友人も多く、多趣味な事も高じて、そういった面では多忙な日々を送っている。

 帰り際、祐樹がまだ"明晰夢"や"神条あかり"についてあれこれ言っているのを、春一はうわの空で聞いていた。先ほど自分が見た夢の事を考えていたのだ。それは、家に帰ってからも変わる事はなく、ふと気づくと、いつの間にか就寝の時間になっていた。



 風呂を上りから就寝までのわずかな時間、リビングのソファーでテレビを見ながら、歯を磨くのが春一の日課となっている。

 「かみじょう、あかり…か」

 歯ブラシの入った口で、春一はもごもごと呟いた。

 どこのチャンネルを回しても、テレビの中にはあの『神条あかり』の姿があった。そして、どの番組やCMでも彼女は天使のような無垢な笑みを浮かべていた。

 「まぁ、あんな夢よりは…こっちの方がいいか」

 


 歯磨きを終えた春一はベッドに入った。昼間、一度睡眠を取ったにも関わらず、意外と早くに睡魔が襲って来た。

 また、あの夢を見るのか…。春一は、薄れゆく意識の中でそう感じた。そして、数分と経たないうちに、深い眠りに落ちていった。



 - ザボォン。



 体は水の中に落ちた。針で刺されるような鋭い痛みが全身を襲う。それが冷感である事に気づくころには、すでに感覚は麻痺し、消え去ってしまっていた。最後に来た心臓をぎゅっと握りつぶされるような痛みは、耐え難いものだったが、今は頭がぼうっとしてしまっていて苦しみはない。

 また、同じ夢だ。海面に反射した淡い光がゆらゆらと揺れるのを眺めながら、春一はそっと目を閉じた。



 - そして、また目覚める。夢の中で。



 口から噴き出した水が、自分の頬にぴしゃぴしゃとかかった。

 春一は再び、コンクリートに包まれた小部屋で目を覚ました。相変わらず、部屋の中は静まり返っていて、春一のわずかな呼吸の音だけが反響していた。

 「また、ここか…」

 春一は不服そうにぼやいた。出来れば、ここにはもう来たくなかったのだ。

 また、服がびしょびしょに濡れている。前にこの場所へ来た時の男とのやり取りが頭に浮かんだ。目をつむり、イメージによって服を乾かす。二度目ということもあってか、今度は前よりも短い時間で暖かい風が体を巡った。

 服が乾くと、春一は部屋の中を物色し、ドアの方へと向かった。やはり部屋の中は殺風景で、家具のようなものは何も置かれていない。そして、あの奇妙な男の姿も見当たらなかった。念のため、ドアの前で一度振り返ってみたが、やはり男が姿を現すことはなかった。

 その後しばらく、春一は錆びついた鉄製のドアの前で立ち止まっていた。この先はまたあの空につながっているのか…。だが、悩むにつれて、何故か、今回はその先が今度は別の場所に繋がっている気がしてきた。どちらにしても、この夢から抜け出す方法はこのドアを開けるしかないだろう。たとえ、前回のように空に繋がり、落ちたとしても、また現実に戻るだけだ。

 「鍵はたしか…ポケットの中だったな」

 春一は、スラックスのポケットから小さな古鍵を取出し、開錠した。そして今度は慎重にドアを押していく。


 - ギィィィィイ。


 蝶番の軋む音とともに、ドアがゆっくりと開いた。

 春一の感じていた通り、やはりその先は以前とは別の場所に繋がっていた。今回はちゃんとした建物がある。色のくすんだドア枠の先には、部屋の中と同じコンクリートの床が続いていた。

 春一は、部屋の中から頭だけをひょこっと出して外の様子を確認した。前の事もあってかなり慎重になっている。

 部屋の先は外部廊下だった。そこは狭い廊下で、片側には手すりがあり、反対側には春一がいる部屋と同型のドアがずらりと並んでいる。その建物がマンションである事に、春一はそこで気づいた。

 一応の安全を確認し、廊下に出る。手すりの向こう側は、乳白色の濃い霧がかかっていたが、春一が近づくと、まるでそれを察知したかのように見る見るうちに晴れていった。結局、霧は数秒でうそのように消え去り、外界が露わになった。

 目に飛び込んで来た景色に、春一は思わず息を呑んだ。

 マンションの下には、見渡す限りシダ系の植物が生い茂る大草原が広がっていた。まるでサバンナのような広大な草原は、丘陵地帯を含んでおり、連なる丘々が波のような形を織りなしている。その景観は地平線まで永遠と続いていて途絶えそうにない。ただ、これだけ豊かな自然があるというのに草原には、動物はおろか、鳥一羽の姿さえなかった。生き物の気配がしない。その土地は、妙な静まりを見せている。

 不思議な場所だ…。春一は今までに味わった事のない気持ちを抱きながらしばらくその草原を眺めていた。そして、それに飽きると、次は下へ降りるため、廊下を奥へ奥へと進みだしだ。しばらく行くと、エレベーターホールに突き当たり、呼出しのボタンを発見する。

 土埃で文字の見えなくなったボタンを押すと、すぐにエレベーターが到着し、中へと乗り込んだ。

 

 ゴウンゴウンと、エレベーターが豪快な音を立てて下へ向かっていく最中、春一は上部に付けられた電光掲示板をぼんやりと眺めていた。掲示板に表示された階数がどんどん小さくなっていく。あの部屋があったのはどうやら七階だったようだ。

 やっぱり…夢とは思えない。バネに吊るされたようなエレベーター独特の揺れを感じながら、春一は改めてそう思った。


- チーン!


 一階のエントランスフロアに到着し、合図のベルが鳴った。

 扉が開いた途端、エレベータ内にチョロチョロと少量の水が入り込んできた。

 「うわっ!?なんだよ、せっかく乾かしたのに…!」

 春一はズボンの裾をたくし上げ、ぴちゃぴちゃと足踏みをした。中に入ってきた水は生臭かった。そして、微かだが、聞いたことのある音が耳に入ってくる。


 ザァ…ザァ…ザァ…


 これは…波の音だ!

 春一はエレベーターを出ると、もうズボンが濡れるのもお構いなしに、水浸しのエントランスフロアを駆け抜け、マンションの外へと飛び出した。

 外界の光で一瞬目がくらむ。一本一本が針金のように太い春一の黒髪が、潮風に煽られてたなびく。

 やはり、マンションの裏は海だった。いや、裏というより、浅瀬にマンションが建っているという表現のほうが正しい。寄せてきた波は、マンションの入り口まで差し掛かり、海水が中に入り込んでしまっている。七階の外部廊下からは真下が見えなかったので分からなかったが、外は異様な光景だった。悠々と広がる草原の中、突然、金色の砂浜が現れ、群青色の大海へと続いている。現実では有りえない地形だ。

 そして、さらにこの風景に不釣り合いな人物が、春一の元へ近づいていた。

 春一は草原の遠く、なだらかな丘の上に、一つの人影を見つけた。人影はどうやらスケートボードのようなものに乗っているようで、傾斜の緩い坂を大きく蛇行しながら、こちらに近づいて来ていた。数十メートルまで距離が縮まると、人影の顔や服装といった外見が見えて来る。

 蛍光色が目立つ派手なウィンドブレイカーに、サイズがジャストより2つは上だろうダボダボのスウェットパンツ。スケートボードに乗った風圧で颯爽と棚引くのは、トウモロコシの毛のような艶のある金髪だ。赤渕の丸メガネをかけ、八重歯を浮かべる、春一のよく知る人物 -


 「…祐樹っ!?」

 近づいて来たのは、スケートボードに乗った私服姿の祐樹だった。あのB-BOY風のファッションも、スケートボードも、春一は以前に一度見た事がある。

 祐樹は春一の前まで滑りぬけてくると、腰をひねって鮮やかに急停止した。よく見るとスケートボードに車輪は付いていなく、地上から数センチのところでふわふわと浮かんでいる。

 「やっぱり、春一だ!」

 普段と変わらない甲高い声で、祐樹は嬉しそうに言った。

 「祐樹…なんで…こんなところに?」

 きょとんとした様子で春一が尋ねる。

 「なんでって?探索だよ、探索!『プリズンマンション』のな」

 「探索…?…プリズンマンション…?…え?」

 急に意味の分からない単語をぶつけられた春一はオウム返しになった。

 「おまえの出てきたところの事だよ!…そういえばおまえ、プリズンマンションを出てからどうやってここまで来たんだ?…歩いてきたのか?」

 祐樹は両目の上に手をかざし、キョロキョロと辺りを見回す。

 プリズンマンション…探索…?春一には何が何だかさっぱり訳が分からなかった。急に現れた彼は一体何を言っているのだろうか?…マンションと付くからには、その『プリズンマンション』という建物は、後ろに立っているあれの事を指すのだろうか?

 「なんか、よく分からないけど…マンションならここに」

 そう言いかけて春一は振り向く。だが、驚くことに、先ほどまでそこにあったマンションらしき建物はそこから跡形もなく姿を消していた。

 「あれっ…!?」

 両手で目をごしごしと擦ったが、やはりそこには何もない。太陽の光でキラキラと光る砂浜と、穏やか波が押し寄せる海が広がるだけだった。

 「おかしいな…確かにここに…」

 首をかしげる春一をよそに、祐樹は何か納得したような顔で、にやりと八重歯を覗かせた。

 「…やっぱり、移動式の『プリズンマンション』か」

 「え?…何?移動式?」

 「あ、いやいや、なんでもない!こっちの話」

 祐樹はぶんぶんと手を振って、あからさまにごまかした。

 「そんな事より、丘の向こうに残りの探索隊がいるんだ。とりあえずそっちに合流しようぜ!」

 宙にふわふわと浮くスケートボードから飛び降りて、祐樹は自分が下ってきた丘の方を指差した。

 ほんとうに奇怪な夢だ…。春一は肩を落とし、大きなため息をついた。おかしなマンションで目覚めたと思ったら、次は現実では見たこともない景色が飛び込んできた。おまけに祐樹まで登場して、訳の分からない事を言い出す。明晰夢とはみんなこんなものなのか?それとも、こんな夢を見る自分の頭がどうかしているのか…。

 「ほら、春一!おいてくぞー」

 祐樹が丘を目指して歩き始めていた。

 「どうでもいいか…どうせ夢なんだし」

 春一は悪態をつくと、渋々と祐樹の後を追った。



 「…にしても」

 しばらく歩くと、祐樹が愉快そうに口を切った。

 「まさかホントに春一に会えるとはなぁ。リアルでコンクリの部屋に閉じ込められたっていう夢の話を聞いて、まさかとは思ってたけどさ」

 「…リアル?」

 「ん?あぁ、現実の世界の事だよ。こっちが夢だから、現実は"リアル"って呼んでるんだ」

 「ふ~ん…」

 また訳のわからない事を…。と、春一は聞き流そうとしたが、その言葉の意味がわかった途端、思わず立ち止まった。

 「ちょっと待って…って事は祐樹も今、夢を見てるの?」

 問いかけると祐樹も立ち止まる。

 「そうだけど?…あ!」

 春一の驚いた顔を見て、祐樹はしまったという表情をした。

 「そっか!初めてだからちゃんと説明しなきゃいけないのか」

 「初めてって?…一体さっきから何を…?」

 「まぁ、待て待て、ちゃんと説明するから」

 混乱する春一に対して、祐樹は粗ぶった動物でも落ち着かせるかのような大げさなジェスチャーをした。祐樹が春一をなだめる。普段とは真逆の状況だ。ただ祐樹と違って、春一はすぐに平常心を取り戻した。

 大げさな咳払いをしてから祐樹は話を始めた。

 「気づいてると思うんだけど、ここは明晰夢の中の世界だ。しかも、これを境にこれから毎日この世界の夢を見ることになる」

 「毎日?」

 「夢の続きを見ることがあるだろ?あれがここじゃ毎回続くんだ。ゲームでセーブされたとこからまた始めるみたいにな。そんで何より大事なのは…」

 祐樹はそこで改まり、いつにもなく真剣な顔をした。

 「俺たちは夢を共有してる」

 「夢を…共有?」

 「そう、しかも俺達だけじゃない。この世界にいる全ての人々で夢を共有してる。みんなで、同じ夢を見てるんだ」

 「ここには…他にも人が?」

 「あぁ、たくさんな」

 祐樹の説明を聞いた春一は、怪訝そうに手で口を覆った。何より、祐樹がこんなにも難しい話をしている事にも驚きだった。それにしても、祐樹の言うことが本当なら…

 「わかったか?春一?」

 「うん、なんとなくは…でも、こんなに感覚や意識がリアルだし、他にも人がいるってのを聞くと何か…夢じゃないみたいだね」

 春一がそう言うと、祐樹は軽くうなずき、

 「そう、だからみんなもう一つの現実として捉えてるよ」

 当たり前といった様子で答えた。

 そんな馬鹿な話が…。春一は心の中でそうこぼしたが、口には出さなかった。そんな春一の様子察したのか祐樹が付け足す。

「まぁ、信じられないのもわかるけど、そのうちそんな事どうでもよくなるからさ。それに、俺がここでなんて言おうと、結局、『そういう設定の夢』って思われたらそこまでだし。これと言って確かめる方法もねぇしな」

 春一はまた驚いた。祐樹が珍しく的を得た事を言っている。気のせいか、この夢の中の祐樹は現実の彼より、少しばかり言動が大人びているように感じさせる。

 「…それも、そうだね」

 別段反論もしない。完全に納得したわけでもないが、夢の中で議論をする意味もないと思ったからだ。

 「よし、そんじゃ。何はともあれ、まずは探索隊との合流だな!」

 「…はいはい、探索隊ね」

 二人は再び丘の頂上を目指し歩き始める。しかし、数歩進んだかと思うと祐樹が何か思い出したらしく、突然立ち止まった。

 「あ!いけね!」

 「どうしたの?まだ何かあるの?」

 「いや…そうじゃないんだけど」

 祐樹は恥ずかしそうにこめかみを指でポリポリとかいた。それから、ふぅと息を吐いて、春一としっか目を合わせる。

 「…Dreedamドリーダムへようこそ」

 普段の甲高い声を抑え、裕樹は彼なりの一番いい声で告げた。



 ― Dreedamドリーダム。  

 それがこの世界の名前だった。 

 

 


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