第十八話 二人の勝負師
十人は横並びで歩けるだろう広い幅を持った石橋を、瑛里華、春一、佐井蔵の三人が渡っていく。
橋の所々には、浪人風の姿をした男たちの姿があった。皆、手すりに寄りかかり、するどい目つきで周りを物色している。橋を渡る気配はなく、何かを待っているようだ。
「『見破り人』でござるよ」
男達を不審がる春一に、佐井蔵が説明した。
「ここはDreedam。イメージやイマジンを使えば、いかさまが容易な為、賭博場にはそれを見破る『感知系』の能力者が何人も配置されているのでござる。ただ、それは客とて同じ事、賭博場側にいかさまをされないよう、賭博場を入る前に感知能力を持つ『見破り人』を雇うのが通例となっているのでござるよ」
「へぇ。じゃあ、ここにいるのは、みんな能力者なんですね…」
春一は、その見破り人と呼ばれる強面の男たちと、なるべく目を合わせないようにした。
「しかも、中には賭博場に雇われている見破り人がいるなんて噂もありましてね」と、先頭を歩く瑛里華が振り向いて付け足した。彼女は周りの見破り人達の殺伐とした視線にも一切動じず、堂々と歩いている。
「それ加え、見破り人には報酬を払わなければいけません。高額を支払えば、当然勝ち分が少なくなりますし、低すぎれば逆に信用が出来ません。報酬制度は時間制や歩合制があって個々であるので、その時の賭け方にあった人を雇わなくてはいけないんです。ですから、大賭博場の勝負は、すでに見破り人を雇うところから、始まっているなんて言われ方もするんですよ」
「そうなんですか…なんか大変そうですね。あ、俺たちはその見破り人を雇わなくても大丈夫なんですか?」
春一が尋ねると瑛里華は軽くうなずく。
「えぇ。私も佐井蔵も、イメージやイマジンの発動を見切ることが出来るので問題ありませんわ」
三人は石橋を渡り切り、大賭博場へとたどり着いた。御殿のような高級感あふれるその建物は、全面が赤壁であり、窓や格子や扉には金装飾があしらわれている。さらに、舘の前には、屋台ほどの大きさの小屋が幾つか並んでおり、そこに数名の行列が出来ていた。小屋はベニヤ板を組み合わせたような簡素な造りだったが、どこも出入り口が紫の布で塞がれ、中の様子が見えないように作られていた。
「まずは、換金をしないといけませんわね」
瑛里華はそう言うと、近く小屋の前の行列に並ぶ。ちょうどその時、小屋から一人の男性が出てきた。手には数枚の赤い札板を握りしめていた。
「ここはなんですか?」
瑛里華の後ろに並んだ春一が尋ねる。
「換金所ですわ。情報を賭けるといっても、中でいちいち交渉をしていたら時間がかかってしょうがないでしょう?ですから、あらかじめ、ここで賭博場の発行する札板に換金してから賭けに行くんですよ」
次に春一の後ろに並んだ佐井蔵が口を開いた。
「中には嘘を感知する能力者が控えていて、こちらが出した情報に見合った額の札と引き換えるのでござるよ」
イメージの発動や嘘を見破る能力者。存在は知っていたものの、春一は実際に目にした事はなかった。Dreedamの通貨が「情報」である為、嘘を見破る能力者は特に重宝される存在だ。しかし、その反面、表舞台に出てくることは少ない。大抵は大組織に所属していたりするものなのだが、組織からしてみてば、「感知型」が何人いるか、というのも大事な情報なので容易には明かそうとしないからだ。
「しかし、姫様。肝心の情報はどうするのでござるか?拙者達は価値のあるような情報を個人的にはもってはござらぬぞ?まさか、華扇会の情報を使うわけでは…!?」
「そんな事はしませんよ。私に任せておいて下さい」
不安の表情を浮かべる佐井蔵に、恵里佳は得意げに返した。
しばらく待っていると、瑛里華達の番となり、三人は換金所の中へと入った。2本の灯台しか置かれていない薄暗い空間には、中央の番台を挟んで、1人の男が座っていた。スキンヘッドに入れ墨、目はまん丸と見開いて血走っており、その異様な出で立ちに春一は思わず生唾を飲んだ。
「…情報はなんだ?」
換金屋の男がじろりと瑛里華を見上げて言った。
「どの程度、価値があるかはわかりませんが…」
瑛里華はもったいぶる。何の情報を換金するか知らなかった春一と佐井蔵は後ろから覗き込んで注目をする。
「華扇会会長の勝負下着の色なんてのはいかがでしょう?」
躊躇も恥ずかしげもなく言い放った。
「なっ!」
佐井蔵が口を開いて驚き、
「えぇ?」
春一は頓狂な声を出した。
換金屋の男は、何の反応も示さず、まんまると開いた目に瑛里華を映した。男の眼球が青白く光り、数秒間その状態で瑛里華を見つめ続けた後、元に戻った。そして、
「どうやら、嘘はついていないようだな…その情報なら…」と言い、番台の下から算盤を取り出した。カチャカチャと玉をはじく音が辺りに響き始める。
「しかし、ひ…!!」
佐井蔵が妨げようとしたが、振り返った瑛里華に視線を送られ黙らされた。ここで「姫様」という単語を出してはせっかくの潜入捜査を棒に振ってしまう。
「こんなところだな…」
額をはじき出し終えた換金屋が、算盤を瑛里華に見せた。
「はい、これで構いませんわ」
瑛里華はにっこりと笑って承諾した。そして男に「情報」を耳打ちした。
番台の上に二十枚の札板が用意された。一枚一枚、綺麗な赤に塗られ、中央には金の丸が描かれいる。瑛里華は差し出されたお盆ごと札板を持ち上げると、彼女の行動にあっけに取られていた春一と佐井蔵に向かって「さ、二人とも参りますよ」と声をかけた。
だが、換金所を出ようとしたその時、
「ちょっと待ちな」
男に呼び止められ、三人は止まった。
「こんな情報を知ってるなんてあんた…まさか」
もしや、正体がばれてしまったのか…!?と三人に緊張が走る。
「…瑛里華様のご近所さんか?」
「……」
一瞬張り詰めた緊張の糸がたちまち揺るいでいく。
瑛里華が振り向き、
「それをお答えしてしまってら、もっと札板を頂かなくてはいけなくなりますわ」と言うと、男は、
「いや…忘れてくれ」と首振った。
暖簾をくぐり換金所出た後に、腑に落ちない様子の佐井蔵が、瑛里華を問いただし始めた。
「姫様!いくら作戦の為とは言え、その…あのような情報を自分から明かすのいかがなものかと…」
「いいじゃないですか。減るようなものではないですし。それにほら!こんなにも高額になりましたわ!」
瑛里華は手元のお盆に積まれた二十枚の札板を見ながら満足げに返す。
「う…まぁ、そうではござるが…」
佐井蔵は渋々納得した。
「これって、そんなに高いんですか?」
春一が札板の束を覗き込んでで尋ねる。
「札に金の丸があるでしょう?これは通常の札十枚分を意味する模様なんです。通常の札一枚が1000円ほどの価値と言われているので…」
「に、二十万ですか!!?」
「そうですわね。…あぁ、それから、佐井蔵、春一さんも。これより先は、私の事を『チセ』と呼んでください。流石に瑛里華と言うのはまずいでしょう」
瑛里華はそう告げると賭博場を目指して、歩きだした。
「…あの情報で二十万って……」
春一がこぼすと、佐井蔵が横から、
「姫様はあの容姿ゆえ、19世紀界の男連中からの人気が高いのでござるよ」と、教えた。
確かに…そうなんだろうな。と春一は遠ざかる瑛里華の女性らしい綺麗に沿った背中を眺めながら納得した。後ろ姿だけでも、彼女が美人という事が十分に分かる。
「さぁ。拙者達も行くでござる」
「あ…はい」
二人が追いつくと、瑛里華は、目前の大賭博場を見上げた。瓦葺の屋根が横いっぱいに伸び、その上は、夜月に照らされた雲が映える絵巻の空が広がっていた。
「姫様、どうしたのでござるか?」
「いえ…なんでもありませんわ。さて、入りますよ」
瑛里華が入り口である両開きの金扉を開き、三人は賭博場へと入った。
中は一面に赤絨毯が敷き詰められていた。建物は地下一階と一階が吹き抜けになって繋がっている構造で、口の字型の一階の内側から階段によって下に降りる事が出来る。どちらの階層にも、様々な賭博がブース形式で展開されていて、辺りは活気に溢れていた。勝負師達の勝ちに歓喜する声、負けの悲痛な叫びなどがそこら中から聞こえてくる。
「あら、賑やかですわねー」
瑛里華が嬉しそうに言った。
一方、春一は少々困惑していた。
確かに賑やかなのは間違いがないが、よく見ると、ここにいる人々の目はギラついていて、ただ単に賭博を楽しみに来ようには見えないのだ。
「やはり、春一殿は違和感を覚えるようでござるな」
察した佐井蔵が声をかけた。
「…はい」
「無理もない。夢の世界で賭博をする者など、相当な博打好きか、もしくは…」
「情報屋、ですよね?」
あらかた検討のついていた春一は自分から口にする。
「左様。ここは多様な情報が掛け金として行き交う場所。一獲千金…ではござらねが、価値のある情報を掴んで名を上げようとする情報屋が集まって来ているのでごさるよ」
情報屋。そのワードを聞いた春一はぎゅっと唇を噛んだ。マンション城事件でのヒロとの一件がある為に情報屋にはあまりいい印象が持てない。
「さて、裏丁半は、賭博場内で多額の勝ちを出したものに招待がかかると噂されています。ですからまずは、この元金を何倍にも増やさないといけません。そこで佐井蔵、」
瑛里華はそう言って、佐井蔵に札板の束の半分ほどを手渡した。そして、
「あそこで、これを10倍にしてきてください」
今三人がいる一階のフロア奥を指差す。その付近には、自動販売機ほどの大きさ木箱が整列されて、並べられていた。
「あれはなんですか?」
春一が木箱について尋ねると瑛里華は、
「後でわかりますよ。ささっ、春一さんは私と一緒に下の階へ参りましょう」と言って春一の背中をぽん、ぽんと押した。
「ひ…いや、チセ殿!別行動でござるか!?」
佐井蔵が声を大きくした。
「その方が万一にどちらかが負けてしまった時の保険になるでしょう?」
瑛里華はさも勝つのが当たり前だといわんばかりの口ぶりだ。
「しかし、それでは護衛の方が…!」
佐井蔵は食い下がったが、
「そのために、春一さんについて頂いてもらうのです」と押し切られた。
「う、…承知したでござる」
佐井蔵は腑に落ちない様子で、頭をかきながら奥の木箱群へと歩いていった。それから、春一は瑛里華に連れられ、中央に位置する階段で、地下一階へと降りた。
「あら!春一さん!『こいこい』がありますわ!あれに致しましょう!」
ブースの一角に、自身の好みの賭け事を見つけた瑛里華はえらくはしゃいだ様子で、春一に告げた。辺りには人だかりができており、近づいてみると、中からどすの利いた声が聞こえてきた。
「誰か、誰か、他に挑戦者はいないか?」
すると、周りから、
「誰もでねぇだろ…今日は負けなしだぜ」
「強すぎる…」
「でも、そのおかげで配当が跳ね上がってるぞ」
「だからって勝てなきゃしょうがねぇだろ」
「おい、おまえ行ってみろよ!」
「やだよ、どうせ一文無しになる」
いささか伏し目がちな言葉が飛び交った。しあkし、瑛里華はそんな事はいっさい気にせず、人だかりの隙間をいつものゆったりと足取りで進んでいった。どうやら、レイヴンと一緒で、彼女も雑踏の中を障害なしに歩けるらしい。遅れて春一が、「すみません、すみません」と人群れをかき分け進んでいく。
やっとの事で抜けると、瑛里華は、賭け場に敷かれた茣蓙の上にちょこんと正座していた。中央に一組の花札が置かれ、それを挟んだ向かいには、ガラの悪いパンチパーマ頭の男が座っている。男の後ろには勝ち取った大量の札束が積み上げられており、ざっと見積もっても瑛里華たちの十倍はあった。
「お嬢ちゃん、その小僧が見破り人かい?」
パンチパーマの男が尋ねた。
「いいえ、見破りは私自身で行います。彼は私の用心棒ですわ」
瑛里華が答えると、男は春一を見てせせら笑った。
「用心棒!?こりゃまた随分頼もしそうなのがついてるなぁ。まぁいい。俺も見破りは自分で出来るたちでな。こりゃ楽しみだぜ。早速初めてもいいか?」
「えぇ」
瑛里華は静かに、そしておしとやかに答えた。
二人の掛け勝負が始まった。
「こいこい」について、春一はよくルールを知らない。城の天守閣で瑛里華と一緒に花札をしたときに軽く教えられてやってみた程度だ。その時は、瑛里華の実力というものがまったくわからなかったが、今この状況になってみるとそれが凄まじいものだという事が分かった。ゲーム中に何度もかかる瑛里華の「こいこい」という声、その度にパンチパーマの男の表情は歪み、周りから感嘆の声が漏れる。しばらく、続けると一回の勝負が終わり、男が悔しそうに「もう一回だ」と言って再戦。後はこれの繰り返しだった。瑛里華の余裕が一向に変わらないのに対し、勝ち取った札板と、周りの人だかりの数は倍々に増えていった。
そして、三十分もしないうちにパンチパーマ男の持っていた札はそこをついた。
「う、うそだ…こんな…」
茣蓙の一点を見つめ、肩を震わせる男。自分の後ろにあった札束の山は、ごっそりと瑛里華に周りへと移動してしまっていた。
「春一さん、係の方を呼んできていただけますか?この数では流石に持ちきれません」
瑛里華は落胆する男のことなど目もくれず、春一に頼んだ。
春一が賭博場の係員を読んでくると、赤い札束はすべて、一本10万円を示す金色の札束によって両替された。それでも、まだ数十本という数があったので、札束は用意された手さげ籠に入れて持ち歩くことになった。
「さぁ、佐井蔵の方もそろそろ頃合いの額になっているはずです。行ってみましょう」
瑛里華はそう言うと、札束の入った籠を持ち上げ茣蓙を立ち上がった。周りに篤まった人ごみがサッとよけて、道を作る。二人は異様なまでに視線を集めながらその道を進み、地下一階を後にした。
「てぇええええええいやぁあああ!!!」
瑛里華と春一が、一階に上がると、真っ先にあの侍の雄叫びが聞こえてきた。だが姿は見えない。先ほどの「こいこい」の時以上の人だかりが、佐井蔵を取り囲んでいたからだ。
二人が雑踏を割って中に入る。
「てぇい!てぇい!てぇい」
そこには、木箱の前に座り、何やら必死に手を動かす佐井蔵の姿があった。驚くのはその下に積まれた籠の数である。全て瑛里華が今持っているのと同じ、両替された札束が入った籠で、それがすでに三つあった。しかも、木箱の下に設けられた長方形の穴からは、ひっきりなしに札が飛び出し続けている。
春一が、富士山がでかでかと描かれたはっぴの背中越しに覗くと、木箱の正体は判明した。
カラカラと音を当てて回るロール状の木板の束、下には「止」と達筆で書かれた三つのボタンがあり、佐井蔵がそれをチョップで叩くと、対応したロールの一部が回転を止める。ロールには蛙や小判といった絵柄が表示されており、止まるとちょうど三つが縦に並び見えるようになる。それがまた横に三つ。
「これって…」
「スロットですわ」
瑛里華がにこっと笑った。
「てぇええい!!」
佐井蔵が奇声と共に最後のボタンの一つをたたく。
小判の絵柄が横一列に綺麗に並んだ。
「また、小判だー!!!!」と、一人の声を皮切りに周りの群衆から歓声が上がる。
「うふふ、やはり、大フィーバーのようですね」
瑛里華が上機嫌で手を口に当ててほくそ笑む。
「やはりって…どういう事ですか?まさか…イマジンを使ったんじゃ…!?」
大歓声の中、春一は瑛里華に尋ねた。
「いいえ、違いますわ。第一、イマジンを発動すれば、感知した係員達が押し寄せますから。これは佐井蔵の元々の能力。この男、実は現実世界でも類まれない動体視力を持っているようなのですよ」
「元々の力量って…」
春一はぽかんと口をあけ、目の前で小判三列を連発するお祭り男を見つめるしかなった。
大歓声は止むことなく、騒ぎとなって賭博場内部に広がった。しばらくすると、さすがに係員達が駆けつけ、事態の収拾を図り始めた。佐井蔵は、ちょうどフィーバーが終わったのを頃合いに、スロットを止めたが、その時にはすでに四つ目の籠が金の札で埋まっていた。
「おそらく、全部で1000万以上にはなりましたわね」
瑛里華は目の前に並ぶ、五つの籠を見つめ満足そうにそう言った。
春一は驚きが止まらなかった。この二人、一時間もしないうちに、元金を五十倍ほどにしてしまったわけだ。
「うむ、この箱なら無限に当てれるでござるな!」
佐井蔵が鼻息荒く豪語する。
「こら、佐井蔵。目的を忘れてはいけませんわ……これだけ、派手に稼げば、おそらくそろそろ…」
瑛里華が小さくこぼしたその時だった。
「いやぁ、お見事ですなぁ」
後ろから、雷鳥のようなジリジリとした声がした。
三人が振り返ると、そこには宇治色の羽織りものを来た中年の男が立っていた。狐のような細い目にとがった鉤鼻、不気味な薄ら笑いを浮かべる姿から、春一はすぐにその男が賭博場にあてに来た勝負師ではない事が分かった。
「私は、この賭博場の胴元を務めております『サカザキ』と申します」
男は、そう自己紹介をしてから、辺りに人がいないのを確認すると、
「早速なんですがね、お三人型、もっと大きく賭けをしてみる気はありませんか?」
にぃっと、いやらしい笑み浮かべながらながら提案した。
…来た!興奮する春一とは真逆で、瑛里華は至って冷静だった。
「大きく賭け?」
自然な感じにとぼける。すると、胴元のサカザキは饒舌に語りだした。
「実はですね。うちの賭博場には一般のお客様には公開していない特別な賭け事がありましてね、勝ち額が一千万を超えた方にだけ特別に紹介しているんですよ。まぁ、あなた方なら、ここでもまだまだ稼げるでしょうが…その特別な賭け事なら短時間で今の数倍は稼げますよ。それにほら、通常の賭博場だといくら大きな額勝っても、交換できる情報一つの価値には上限があるでしょう?こちらには、高額引き替え用に、非常に価値の高い情報も用意してございますよ」
「非常に価値の高い情報…とは?」
瑛里華は目を薄め探りを入れる。
「いやぁ、それは、いらしてみてからのお楽しみですよ」
、ここはサカザキにはぶらかせれた。
「そうですか…しかし、面白そうですね。ちょうど私も、ここの賭博では物足りないと思ってたところですわ」
「おぉ…!それでは…」
「はい、案内して頂けますか?その特別な賭け事とやらに」
瑛里華が提案を飲むとサカザキは、にぃっと歯を見せ笑った。それから、「では、こちらへ」と三人を賭博場の奥へと手招いた。
サカザキに案内され、瑛里華たちは彼の言う「特別な賭け事」が行われる場所へと向かった。地下一階に下り、奥の従業員用出入り口に入る。札板が山積みにされた台車が行き交う通路を抜けると、さらに下に続く階段に差し掛かった。
「実は、この建物は地下三階建てになってましてね」
途中、にやにやとしながらサカザキは言った。
そして、少し長いと感じるくらいの階段を下りきると、遂に裏の賭博場は姿を現した。
「ここが、裏賭博場でございます」
自信たっぷりにサカザキが宣する。
地下三階は、巨大なホール状になっていた。階段が思いのほか長かったのはそのせいだ。広い空間の中央には正方形の茣蓙のひかれた天面があり、それを取り囲むように観客席が設置されている。シンプルな造りだが、この賭け場には、まるで土俵のような厳格さと神聖さが感じられる。
「下にさらにこのような場所があるとは…」
興味深そうに辺りを見回しながら、瑛里華はそうこぼした。
サカザキが口を開く。
「ここで、行われる賭け事は一つのみ。『裏丁半』でございます。どうでしょう?ちょうど今から他のお客様の挑戦が始まりますので、天面を見下ろせる二階席に移動して、そこでルールの方を説明するというのは」
「『裏丁半』…?そうですね、お願いします」
瑛里華はあくまで知らない艇を通した。
サカザキと共に、三人は上部に設けられた二階席へと上がった。木枠の手すり際から中央を覗くと。ちょうど天面の茣蓙が見下ろせる。
数名の従業員が入ってきて、賭けの準備が始まった。茣蓙に白い盆ギレが敷かれ、笊と二つのさいころが置かれる。それから、二人の男が天面に上がってきて、笊の前とその奥に座った。「ツボふり」と「出方」だ。特に、このツボふりの男。体格が良く、さらし姿に黒眼鏡と、出で立ちにかなり迫力があった。まとっている雰囲気も尋常ではない凄味がある。
「あの男…できるな」
ツボふりを一目見た佐井蔵は、春一の隣でつぶやいた。その目はいつになく真剣で、力がこもっていた。
続いて挑戦者が入って来た。長髪の冴えない顔をした中年男に、見破り人らしき若い女の二人。この男、見た目からは、本当に高額を稼いだのか疑わしかったが、手には確かに金札の詰められた籠が握られていた。
挑戦者の男と女が緊張した様子で盆ござに座る。
「では、これより『裏丁半』の始まりでございます」
胴元のサカザキの宣言と共に、その賭博は幕を開けた。




