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夢の王  作者: せいたろう
第二部 日本エリア編
17/32

第十六話 華と扇の姫

 「姫様!姫様ぁああ!」

 騒がしい声と共に、春一の遠く後ろの襖が開き、侍姿の男が大広間へと入って来た。浅黒い着物に袴、中にはさらしを巻いており、前は大きくはだけている。そして、腰には立派な日本刀を携えていた。

 侍は、広い大広間を全速力でどたどたと走っていき、春一の横まで来ると、再び大声を出した。

 「姫様!あのレイヴンという男、一体何者でござるか!?拙者、完璧に気配を消せていたというのに…!」

 くせっ毛を後ろに束ねた無精ひげの侍は、信じられないといった様子で瑛里華に訴えかける。

 「あの方にはそのような小細工は聞きませんわ。それより、佐井蔵さいぞう!あれほど、オブリビオンの方々には失礼のないようにと言っておいたというのに…!」

 また、瑛里華のあの冷徹な怒りが来る!そう思った春一は身構えたが、それよりも早く隣の侍が豪快な土下座を決めた。人間技とは思えないような素早さで地面に伏せる。

 「も、申し訳ござらぬ!!承知の上ではあったが、あのレイヴンという男が尋常ではない異様な気を放っていた為、姫様に何かあってはと…!!」

 「はぁ…」

 瑛里華は頬に手を当て、ため息をついた。

 「もう少しで、残りの小さな借りを返せるところでしたのに…まぁ、仕方ないですわねぇ。あの方に初めてあった者なら、何かしら常軌逸したものを感じるのは当たり前の事ですから。そうですよね、春一さん?」

 「え?あ、あぁ…はい」

 急に振られた春一は生返事をする。そこでようやく、隣の侍は春一の存在に気付いたようだった。

 「姫様、この者が例の…」

 侍がするどい目つきを春一に向けて尋ねると、

 「えぇ、オブリビオンが派遣してくださった用心棒ですわ」

 瑛里華はにこっと笑って答えた。

 侍は疑いの目で、春一のつま先から頭のてっぺんまでをくまなく見渡す。

 「とても、姫様を護衛出来るようには見えないでござるが……まぁ良い。拙者は佐井蔵さいぞう。姫様…瑛里華様の専属護衛でござる」

 「…は、春一です」

 春一は、佐井蔵と名乗った侍の「ござる」口調が気になってまともに返せなかった。その様子を察した瑛里華が補足に入る。

 「うふふ、佐井蔵の話し方なら気になさらないで下さい。こう見えてもこの男、チャイニーズアメリカンなのですよ。普段、使っている言語は英語。ただ、無類の侍好きが高じてか、Dreedamドリーダム内で日本語に変換される際はこのような口調になってしまうのです」

 春一は目の前の侍の顔をもう一度よく見てみた。確かにこの男、彫りが深く、瞳もブラウン色をしているが、この格好、風貌では日本人に見えてしまう。

 「や、やはり変でござるか?」

 佐井蔵が恥ずかしそうに鼻の頭を指でポリポリとかきながら尋ねた。

 「あ、いや…いいと思いますよ。この世界観にあってて」

 「ふふ、春一さんはお優しいんですねぇ」

 瑛里華は小さく笑った。

 「ところで、春一殿」

 佐井蔵が、急に険しい顔をして春一に迫る。

 「拙者と同じで、お主もまた刃を扱うイマジンの使い手と聞くが…?」

 敵意に満ちた目を向けられた春一はたじろぐ。

 (刃って、『ウォーターカッター』の事かなぁ…?)

 「あ、…はい、一応」

 春一が答える。すると、佐井蔵は、今度はチラチラと瑛里華の顔色を伺いながら、何やら言いにくそうに話し出した。

 「その…いきなりで申し訳ないのだが…お主のそのイマジンと……拙者のイマジンのだな……」

 なんなんだ…?と、春一が理解に苦しんでいると、佐井蔵の意図を察した瑛里華が口を開いた。

 「春一さん。どうやら佐井蔵は、あなたのイマジンが見てみたいようですわ。困ったものですねぇ。どうでしょう?あなたはこれからわたくしの護衛をなさるわけですから、どの程度の力を持っているか一応の確認という事でイマジンを見せては頂けませんか?」

 「え、えぇ。別にいいですけど…」

  渋々了承する春一だったが、佐井蔵の表情は明るくなった。

 「おお!そうでござるか!ならば、拙者についてまいれ!」

 何やら意気込んだ様子の佐井蔵に連れられ、春一は一階の日本庭園へと向かった。エレベーターに乗っている最中も佐井蔵はチラチラと春一の方を気にしていた。困った春一が瑛里華に目で助けを求めると、彼女は「ライバル心を抱いているだけですわ。お気になさらずに」と、耳打ちを返した。




 「ここが、我が花扇城が誇るDreedamドリーダム一の日本庭園でござる」

 庭園が見渡せる長い縁側に着くなり、佐井蔵が腰巻に手を当てて豪語した。

 「日本庭園なんて、うちにしかないですからねぇ」

 瑛里華はそう謙遜したものの、春一の前に広がる庭園の風景は本当に素晴らしいものだった。築山に配された立派な盆栽や庭石の数々。中央には大きな池があり、その周りには色鮮やかな紅葉が広がっていた。池に落ちた紅葉の葉が、朱色の絨毯を作り上げ、庭園の美しさに拍車をかける。

 「では、まず、拙者からでござるな!」

 佐井蔵は、そう告げると縁側から庭に飛び降り、近くにあった庭石の前へとかけていった。その足にはいつの間にか歯の長い雪駄を履いていた。庭石は佐井蔵の背の半分ほどの高さがあり、見るからに頑丈そのものだ。

 「姫様様、よろしいでござるか?」

 確認をされた瑛里華は微笑みながら頷く。

 「はい、どうぞ」

 返事を聞いた佐井蔵は庭石に向き直り、腰に刺した刀の柄の辺りに手を持っていた。漆塗りのような光沢のある鞘に納められた、通常のものよりは少し長さのある日本刀。佐井蔵の雰囲気も相まってか、その刀は刀身が現れる前から名刀の貫禄を醸し出している。

 「一体…何を?」

 集中に入っている侍の背中を見ながら、春一は瑛里華に尋ねた。

 「春一さん。見ていて下さい。あれが佐井蔵のイマジンです」

 瑛里華が言い終えると、縁側のそばにあった鹿脅ししおどしがちょうど良いタイミングで、音をたてた。 


 - カコン。


 「てぇえええい!」

 佐井蔵は庭園中に響くかけ声と共に刀を引き抜き、庭石目掛けて振り下ろした。その動作には一切の無駄が無く、刀身は固い石にはじかれる事無く下に達した。あまりにも早く、ひっかかりも無しに刀を振ったため、春一には初め、ただ空を切っただけのように見えた。だが、一瞬の間の後、庭石は斜めに真っ二つに割れ、上半分が部分がずれ落ちて転がった。裁断面はまるでやすりでもかけたかのように真っ平で綺麗に切り裂かれている。



挿絵(By みてみん)



 「凄い…でも、いいんですか?庭石切っちゃって…」

 春一は驚きながらも、瑛里華の機嫌を伺った。

 「えぇ。うちには良い庭師がいますから、明日には元通りですよ」

 瑛里華はまったく気にしていない様子だ。

 鞘に刀を収めてから、佐井蔵は満足げな顔で振り返り、

 「では、春一殿。お主はこれを切ってみてはどうか?」と、隣にもう一つあった庭石を指差した。

 春一が瑛里華の方を向くと、彼女は佐井蔵の時と同じように微笑みながら頷いた。

 「じゃ、じゃあ、やってみます!その前に佐井蔵さん。そこにいると危ないで離れて下さい」

 声をかけると佐井蔵はすぐさま縁側に戻ってきた。

 春一が先ほど示された庭石の方向に右手を向ける。それを見た佐井蔵は眉間にしわを寄せた。

 「……何をしているのでござるか?」

 「あ、いや。この距離ならここからでも届くんで…」

 春一はそう答えると、右手からウォーターカッターを放った。圧縮された細い一筋の水流は、奥の池に刺さりながら、庭石を真横に通過し、上下に綺麗に割って見せた。切り離された上部分が、池に落ち、大きな水しぶきを立てる。

 「まぁ!素晴らしいですわ」

 瑛里華が嬉しそうに拍手をした。

 佐井蔵は慌てて切り分けられた石のところまで走っていくと、裁断面に顔を近づけた。若干濡れた裁断面は自分が刀で行ったものに匹敵するほど綺麗に切り裂かれている。

 険しい顔になった侍は立ち上がり、春一の方を向いた。そして、雪駄を一歩一歩踏みしめながら、迫っていった。

 何かまずい事でもしたか!?もの凄い形相で近づいてくるに春一は顔が引きつっが、佐井蔵は目の前まで来ると、おもむろに右手を差し、握手を求めた。

 「見事な業だ…!恐れ入った!」

 ニッと白い歯を見せる。

 「どうも…」

 春一は手を握り返した。

 「精鋭揃いのオブリビオンからの派遣ですから、強さを疑ってはいませんでしたが…まさか、アルケマスターがいらっしゃるとは…これはレイヴンに改めてお礼を言う必要がありそうですね」

 瑛里華は感慨深げに言い、何やら思考を巡らせ始めたが、

 「……あら?それはさておき、そろそろお食事の時間ではありませんか?」と、すぐに別の話題に飛んでしまった。

 「そうでござるな」

 佐井蔵が答える。

 「春一さん。この華扇城では毎夜、城の者すべてを集めてお食事会を行っておりますの。良ろしければご一緒にどうですか?任務の詳細は、次の夢の時にでも説明させていただければ良いですし…」

 瑛里華が提案した。

 「はい、ぜひ」

 珍しいな…。と思いながら、春一は快く承諾する。

 Dreedamドリーダム内での満腹中枢は、現実世界のものが反映されるので、よほどのことさえなけえれば、夢の最中に空腹を感じることはない。そのため、この世界の「食事」は「腹を満たす」や「栄養をとる」という機能を持っておらず、単純に「味を楽しむ」という道楽的な行為となっている。それでも、もちろん、そういった意味での「食事」する人々は大勢いる。だが、華扇会のように、日常的に食事会を行うというのは稀なことだ。

 「では、宴会場に向かいましょう」

 瑛里華はそう微笑みかけると、背中を向け、スタスタと縁側の長廊下を歩き出した。

 その後姿を見た春一は、

 「あの、佐井蔵さん?」

 「ん、なんでござるか?」

 「瑛里華さんって不思議な人ですね……あ、悪い意味じゃなくて…なんか、他の人よりのんびりしているというか…特にレイヴンとは全然違うような…」

 「確かに、姫様はおっとりされているが、むしろそれがこの19世紀界の当主としてふさわしいあり方なのでござるよ。様々な国のエリアが存在する中、周りに干渉されようとも動じない姿勢、民に好かれる人間性…姫様は素晴らしい資質の持ち主でござる。…ただ、」

 そこで佐井蔵は、言葉を詰まらせ、

 「ただ?」

 「怒った時は本当に怖いでござるよ」

 侍らしからぬ心底怯えた表情でこぼした。

 「そ、そうでしょうね」

 先ほどの会合での冷たい視線を思い出した春一は、苦笑いで賛同する。

 「…あら?二人とも、何をしているんですか?早く行きますよ?」

 後ろに二人がついてきていない事に気づいた瑛里華が、少し離れたところから声かけた。

 「は、はい!」

 「今、向うでござる!」

 二人は返事をして、瑛里華のもとへ走った。





 大広間の二倍ほどの面積がある宴会場には、総勢200名の家臣たちが詰め寄った。瑛里華の「それでは、いただきます」という挨拶の後に200名の家臣たちがそろって復唱する様子を見た春一は、改めてこの女性がこの世界観のトップである事を認識した。

 足つきお膳に並べらた高級料亭顔負けの料理は、どれも春一が食べた事のないものばかりだった。その中から、尾頭付きの鯛の刺身をつまんで一口食べてみる。

 「…おいしい!」

 思わず言葉が漏れた。これほど、美味しいものは現実世界では食べた事がない。

 「お口にあってよかったですわ」

 瑛里華はとても嬉しそうだ。

 「どんどん、食え、春一殿!腹が減っては戦はできないでござるよ!!」

 とっくり片手にほんのり頬を赤らめた佐井蔵が言った。宴会場には、これまた絶品の日本酒が振る舞われ、酒の入った家臣たちはすぐに騒がしくなった。

 普段は、叔母と二人きりで夕食を食べることが多い春一にとっては、このような賑やかな食事は新鮮で、居心地もよかった。自分は特にテンションを上げることはないが、楽しそうに語り合ったり、食べたり、飲んだりする周りを見ているだけで、気持ちが晴れやかになる。それから、宴会の中で分かったのが、瑛里華という女性が、佐井蔵の言った通り、素晴らしい人格の持ち主だという事だ。彼女は、常に笑みを絶やさず、家臣の達に話に耳を傾け、物腰の柔らかな対応をしていた。聞くところによれば、その態度は華扇会以外の人間の前でも変わらないらしい。この性格に加えて、美しい容姿、民から愛されるのも無理はない。レイヴンとはまた違った一目の置かれ方もあるのだな。と、春一は食事会の席でしみじみと思った。


 御膳の上の料理が無くなり、家臣たちとの会話が一段落すると、瑛里華は食事会をお開きにした。なかなかの賑やかさだった宴会場は、彼女が一言「それでは、みなさん」と口にすると、たちまち静かになり、200人全員が次の「ご馳走様でした」を綺麗に復唱した。その後、家臣たちはまた宴を再開させたが、瑛里華は「見せたいものがある」と春一を宴会場から連れ出した。


 瑛里華は春一を城の天守閣へと案内した。城郭は上層にいくに従って各階の面積が規則的に減っていく構造の為、この天守閣自体はそれほど大きな建築物ではない。しかし、瓦葺かわらぶきの屋根に載せられた金の鯱や、金箔の張り巡らされた外壁や柱などからこの場所が、城郭の象徴である事は十分にうかがえる。

 「本当に佐井蔵さんを置いてきてよかったんですか?」

 松の木と、孔雀の描かれた金屏風(びょうぶ)を開け、縁側へと出る際に、春一は瑛里華へ尋ねた。宴会場を抜ける際、顔を真っ赤にしてうたた寝をしていた佐井蔵を瑛里華はそのままにして残してきたのだ。

 「えぇ。この場所は安全ですし、今はあなたがいてくれますから。でもね、春一さん。あの佐井蔵という男、あぁ見えてなかなかの強者なのですよ」

 「そうなんですか?確かに…あのイマジンは凄かったですけど」

 信じられないという本音が、あからさまに出てしまった春一を見て、瑛里華はクスリと笑った。

 「ふふふ、まぁ普段の出で立ちからは想像も出来ないでしょうけれどね。おそらく、今回の任務でその実力はわかりますわ」

 「そう…ですか」

 「それよりも春一さん、見て下さい。ここからの眺めは絶品なのですよぉ」

 そう言うと瑛里華は、金箔で包まれた縁側の木柵に両腕を乗せた。春一も、同じように腕を乗せ、そこから見える景色を眺める。

 天守閣からは、庭園などの場内はもちろん、19世紀界・日本エリア中が見渡せた。

 「綺麗ですね」

 春一は、お世辞なしに率直な感想を述べた。夜の江戸の町には、無数の明かりが灯ってるのだが、その光は「火」の光であり、普段見慣れている蛍光灯やネオンなどの人工的な光に比べると、とても温かく優しく感じられる。

 「レイヴンにはエレベーターの前であぁ言われてしまいましたけれど、わたくしはこの町の情景

が好きです。江戸の情景を残しつつ、人々の想像力を取り込んで成長していく、「もう一つの江戸」としてのこの町の姿が…」

 灯に浮かび上がる町並みを瞳に写し、瑛里華はしみじみと言った。その日本画のような美しい横顔に見とれてしまいそうになった春一は、気を紛らわすために尋ねる。

 「瑛里華さんは、前からレイヴンと知り合いだったんですか?」

 「えぇ。ユニバース設立よりも前、かれこれ七年ほどの付き合いですわ」

 「…なぜ、オブリビオンと協定を?」

 「それは、もちろんオブリビオンの目指すものが我々と同じだからです」

 瑛里華は向き直り、真っ直ぐとした目で春一を見据え答えた。

 「それって…夢の王を見つけて、Dreedamドリーダムの大地を取り戻すことですか?」

 「はい。それ自体が華扇会の目的というわけではないのですが、私たちの理念を叶える有力な方法の一つなのです。春一さんは何故、この19世紀界が厳しい世界観規制を置いているか知っていますか?」

 「いえ…」

 春一が首を振ると、瑛里華は少し物悲し気な顔で語りだした。

 「それはですね。この界層を、この町を守る為なのですよ。Dreedamドリーダムの都市は、そこにいる人々の意識や思想によって移り変わっていくものです。あなた方のいる未来界やファンタジー界といった界層は、人々が増え、新しいものが加わっていく事で成長を遂げていきます。「新しい未来」「新しい想像」としてね。ただ、私たちのような「過去」を主軸にした界層は、そうはいきません。新しいものが加われば、それはもはや「過去の再現」ではなくなってしまうわけですから。そのため、ある程度の規制を引いて守らなくては、あらゆる世界観層がひしめき合うこのユニバースでは生き残れないのです」

 「…そうだったんですか。そういえば、未来界には色んな人がいますね。都市まち並みも日々変わっていくし…」

 「決して、それが悪い事だとは言いません。各世界観には各々と成長の仕方、保守の仕方があるわけですから。それに、昔、わたくしたちがまだ、Dreedamドリーダムの大地に住んでいた頃はそんな考えずに済みました。各世界観が転々と散らばっていて、お互いに干渉しあうことはありませんでしたから…」

 「だから、瑛里華さん達はその時みたいに戻りたいと…?」

 「はい!」

 にっこりと笑って答えた瑛里華には強い意志を感じられた。

 春一は、口元だけでにっと笑って返す。

 「……でもね」

 瑛里華は、ぼそっとこぼすと、流し目で町の方を向いた。柵に肘を付き両手絡み合わせて、その上に顎を乗せる。

 「………わたくし、本当は別に、華扇会の会長なんてやりたいわけではないんですよ」

 「え?」

 急にしおらしくなった瑛里華に、春一は戸惑った。

 「わたくし、人の上に立つのも苦手ですし…いがみ合いの多いまつりごとも嫌いです…ただ、自分で言うのもなんなのですが、この世界観層のおさを務められるのは、わたくししかいないのですよ」

 本音をこぼす瑛里華の姿は、決して大組織のトップなどではなく、どこにでもいるような若い女性だった。

 「じゃあ、なんで瑛里華さんは…」

 春一が聞きかけると瑛里華は、

 「先ほども言いました通り、わたくしはこの世界観の情景とそこに住む人々が好きです。ですから、それらを守るためにわたくしは華扇会の会長であり続けなければならないのです」

 どこか清々しさも見られる苦笑いで返した。

 「そう…ですか」

 春一は、瑛里華に微笑みかけた。すると、彼女は手を口に当て、クスリと笑った。

 「うふふ。不思議ですね。こんな事、今まで誰にも話したこと無かったのに。会って数時間しか経ってない春一さんに言ってしまうなんて…!」

 「いや、そんな…」

 春一は照れて、頭の後ろをかく。

 「あなたになら、話してもいい気がしたんです…だって、あなたは…」

 「?……俺がどうかしました…?」

 「だって……あなたは…」

 「姫~姫様~!!!!!」

 瑛里華が何か言いかけた時、静かだった天守閣に野太い侍の声が響き渡った。

 「姫様!この度は拙者何たる不覚をーーー!!!」

 絶叫と共に天守閣に飛び込んで来た佐井蔵は、そのままの勢いで豪快な土下座をした。

 「も、申し訳ござらぬ!拙者、酒がまわってうたた寝したばかりに、姫様のそばにおれず…」

 「佐井蔵、別に構いませんわ。元々、城内は安全まわけですし…それに、おかげで今私わたくしはは今とってもいい気分ですし。ね?春一さん?」

 「え?あ、…はい」

 「?」

 顔を上げた佐井蔵は何が何だかわからなかったが、上機嫌な様子の瑛里華に、取り合えずはほっと胸を撫で下ろした。

 「さて、そろそろ今日の夢の終わることですし、お布団をひきましょうか」

 縁側から中へと上がった瑛里華が言った。

 「お布団?」

 春一は首をかしげる。

 「はい、わたくしはいつも夢の終わりはお布団に入って迎える事にしているのです。そうすると、次にこの世界で目覚めた時もお布団から始まりとなるので、新たな一日が始まったという気になれるのです」

 「は、はぁ…」

 いまいち共感のできていない春一をよそに、数人の家臣が天守へと入ってきて、あっという間に二式の布団が用意された。瑛里華の洋服も気付けば、就寝用の麻の着物へと変わっており、結われていた長い髪の毛も下へ卸されていた。

 瑛里華と春一がそれぞて布団の中に入ると、部屋の明かりが消された。佐井蔵は、横にはならず、柱を背にして、座ったまま眠るという。障子をあけたままにした天守閣の中には。外から青白い月の光が差し込み、意外と明るかった。

 春一は、仰向けに寝転んだまま、梁と桁の天井をぼぉっと眺めていた。Dreedamドリーダム内では、「眠る」という行為は行えない。前に祐樹が「気絶」をした事があるというのを聞いたことがあるが、それ以外に意識を失う事はないらしい。だから、このまま目をつむってじっとしていても、ただ急に意識が途切れるだけだ。次の夢が始まる時も急にはっきりとした意識が戻るだけで、「起きた」という感覚はあまりないだろう。しかし、瑛里華は毎回こうやって夢の終わりを就寝のような形で迎えるという。春一には、Dreedamドリーダムの中でも現実と同じように食事や就寝のサイクルを守って行っている彼女が不思議でしょうがなかった。

 やがて、どこからか鐘の音が聞こえ、部屋中がガタガタと音を立てて揺れ始めた。

 そろそろ、今回の夢が終わる。そう思った春一は何気なく体を横にした。すると、春一に向かい合うように横を向いていた瑛里華と目が合った。

 春一の心臓がドキッと大きく鼓動を打つ。よくよく考えれば、隣に女性が寝ている事なんて初めてだ。

 「おやすみなさい。春一さん」

 瑛里華は優しい笑顔で言った。

 「お、おやすみなさい!」

 春一は慌てて仰向けに戻ると、早くなった鼓動を悟られまいと、必死に平静を装った。

 

 - プツン。


 数秒ほどの攻防の後、春一の意識は途切れた。


 長い一日が終わった。



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