第十三話 帰還
祐樹と春一は、空中戦艦の上部に設けられたデッキへと降り立った。そこには、レイヴン、エリザ、アシム、マリーの4人がいて、春一を迎えた。
「……ハルっ!」
春一がホバーボードから降りると真っ先にマリーが駆け寄ってきた。
「ごめんね、マリー。心配かけて」
そう言って春一はマリーの頭を撫でてやる。
後からレイヴン、エリザ、アシムの三人が近付いて来た。
「無事で何よりだわ。春一君」
エリザがねぎらいの言葉をかけた。
「…何度か危ない目にはあったけど…運が良かったよ」
春一は苦笑いで答える。本当になぜ自分が今、無事でいるか不思議なくらいだ。ユメクイに襲われ、神条あかりと対峙したというのに大きな怪我一つない。
「そんな事よりさ!」
いても立ってもいられないといった様子で祐樹が口を開いた。
「中はどうだったんだ!?夢の王には会ったのか?」
その質問に、春一はまず首を振ってから答えた。
「夢の王はいなかった。ただ、中は迷路みたいになってて、迷ってるうちに最上部の広場みたいな場所に着いたんだ。そこで王座なら見つけたよ…」
エリザが目を見開いた。
「王座…!?本当?春一君」
「うん、コンクリートに覆われた殺風景な場所にポツンと一つだけ。大分使われてないみたいだったけど…」
「おい、レイヴン、これって…!?」
祐樹の興奮は高まる。
「…ああ、夢の王がいた可能性が高いな…後で地面に落ちた残骸を調査させよう」
周りの動揺とは裏腹に、レイヴンはいつもとかわらず、落ち着いて答えた。
「で、レギオンの連中はどうなったんだ?」
次にアシムが尋ねた。春一は神妙な面もちになり話し出した。
「前に俺達を襲った三人は、中でユメクイに食べられて死んじゃったよ……ヒロと神条あかりには今言った広場で会った。…あ!あとテレポーターも出て来た。最終的にヒロはテレポーターの能力で逃げちゃって……神条あかりはパラシュートで脱出したよ」
三人については、いくら悪人だといってもかわいそうだった…。春一はそんな同情心を抱いていた。
「くそ!結局、レギオンは誰一人として捕まらず終いか…三人はいいとして、ヒロとかいう情報屋と神条あかりを逃がしたのは痛いな…」
横で祐樹が渋い顔をして言う。
「…あ!」
何かに気づいたマリーが戦艦の下を指した。
春一達の乗る空中戦艦から少し離れた大地を一台の小型バイクが疾走していた。春一と祐樹はすぐにそのバイクに乗っているのが誰であるか分かった。羽織っただけのスカジャンは風圧で持ち上がり、背後に描かれた刺繍の虎が宙を向けていた。野球帽から出ている長い黒髪が生き物のように暴れる中、少女はこちらを一度だけチラッと見ると、横に外れていった。
「神条あかり…!あの野郎、こんな近くを余裕ぶっこいて走りやがって!!今すぐとっ捕まえて…」
「待って祐樹!」
ホバーボードを投げ出そうとする祐樹を春一が止めた。
「神条あかりはレギオンに入ったわけじゃなかったよ!今回はあのプリズンマンションに入る為に着いてきただけみたい。最後はヒロから俺を助けてくれたし、外まで案内してくれたんだ」
「あいつが!?まさか?」
「ほんとだって」
春一はそう念を押すとエリザに視線を送った。
意図を理解したエリザは小さく頷き、
「それが事実なら、真実はすぐにDreedam中に広がるはずよ。彼女の情報はDreeedamではどこでも重要視されてるから。もし、情報が錯綜するようなら混乱を避ける為、私達からも手を打つわ」 と、返した。
「テレポーターの件は帰ってから調査しないと行けませんねぇ」
アシムが腕を組み、厳しい表情で言う。
祐樹は両手を頭の後ろに組んだ。
「なーんだ。結局、夢の王もいなかったし、レギオンにも逃げられたし、今回はなんの収穫もなしかー」
「そんな事ないわよ。今回の作戦で得られた情報はたくさんあるわ。帰ってから調査が大変になりそうだけれど…とにかく、今はユニバースに戻りましょう。そうでしょう?レイヴン…?」
「…あぁ、皆ブリッジに戻れ。帰還する」
レイヴンの命令で、デッキにいたメンバーはぞろぞろと艦内に戻りだした。
「あれ?フードになんか入ってるぞ、春一」
春一が皆に続いて戻ろうとすると、祐樹が言った。そして、春一のフードから何かを取り出す。
「なんだ!?このお面?」
それを見た途端、春一は背筋が凍った。
祐樹の手に握られていたのは、広場で消えたはずの天狗の面だった。
「こんなのフードに入れてて気づかなかったのかよ?あれ?てか俺がホバーボードで迎えに行った時、入ってたっけなぁ」
「…な、なんだろうね?あ、悪い、祐樹。俺ちょっとレイヴンに用事があるから先に戻っててくれる?」
春一はしどろもどろになりながらも、何とかごまかした。そして、首をかしげる勇気の背中を押し、無理矢理に追いやると、レイヴンに声をかけた。
「レイヴン、ちょっと話があるんだけどいい?」
その声を聞いただけで内容の重大さを察したのか、レイヴンは、
「先に行っていてくれ……用が済み次第、戻る」とエリザに伝え、先にブリッジに戻らせた。
デッキの上は春一とレイヴンだけになった。空中戦艦は、ユニバースへ進路を合わせ向かってゆっくりと進んでいく。
春一はレイヴンに天狗の面を差し出した。
「…なんだ?これは?」
面を受けとったレイヴンが目の色1つ変えず尋ねた。
春一は、そこでレイヴンに全てを打ち明けた。
プリズンマンションの一室で奇妙な男に二度も会った事。
その男がこの天狗の面を出現させた事。
自分がドリーダムに来る前に別の夢を見ている事。
記憶が現実世界に引き継がれている事。
なにもかも洗いざらい話し終えると、レイヴンは少しの間を置いて、
「なぜ……話す気になった?」と聞いてきた。
春一は視線を落とし、戦艦の下の赤土の高野をぼやけた焦点で見つめる。
「…正直、自分でもわからない……多分、事が大きくなり過ぎて一人じゃかかえ切れないと感じたからかも……とにかく、話すならレイヴンしかいないと思ったんだ」
「……そうか」
考えを巡らせているのか、それからレイヴンはしばらくの間、静かだった。二人の前に、巨大構造物ユニバースが姿を表し、徐々に大きくなってい
く。
「レイヴン、やっぱり」
「おまえの会ったその人物だが」
春一が口を開くと、レイヴンは意図していたかのように被せた。珍しく力のこもった声だった。
「間違いない……夢の王だ」
-『マンション城』。残骸から王座が発見された事に起因して、ユニバース上空に出現したプリズンマンションの集合体はそう名づけられた。
春一たちが帰還した後、オブリビオンを含む各階層の有力組織達は、このマンション城に関するすべての事実の隠ぺいを試みた。しかし、目撃情報が非常に多く、これは失敗に終わる。情報は、瞬く間にユニバース中をかけめぐり、のちに一連の出来事は『マンション城事件』として、Dreedamの歴史に深く刻まれることとなった。