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夢の王  作者: せいたろう
第一部
13/32

第十二話 アルケマスターvsアルケマスター

 「まったく、どうもあんたとは変な縁があるようね」

 あかりが春一に近づいて来て言った。

 「…」

 春一は答えない。あかりが本当に敵なのかどうか、様子を伺っている。

 「ふーん。おしゃべりはしたくないってわけね。じゃあ、単刀直入に言うわ。夢の王に関して、あんたの知ってる情報を教えなさい。あんたは移動式のプリズンマンションで目覚め、レギオンに狙われただけならまだしも、一人でここまで来た。何も知らないとは言わせないわよ」

 春一は、とっさに天狗の面を隠そうとする。だが、不思議なことに面をどこにも見当たらず、消えていた。

 しあかし、その様子を見たあかりが、

 「やっぱり、何か知ってるみたいね。さぁ早くしなさい」

 さらに催促した。

 「…嫌だって言ったら?」

 春一がそう返すと、あかりの表情は変わった。それは怒りではなく、相手を嘲笑うような卑劣な笑みだった。

 「わかってるでしょ?私がどうするか?」

 にっと白い歯を覗かせ、左手に炎を宿す。手のひら大の炎は意志を持っているかのように揺らめいた。

 「…あんまし手荒な真似はさせないで欲しいなぁ…私、これでもアイドルなんだから」

 あかりはあざけたような口調で言う。

 春一は何も答えず、そっと左手を右の手首をかざした。険しい表情の中には迷いがあからさまに出てしまってたが、それでも戦う意思は示した。正直なところ、争いは望んでいないがどうやらこのあかりの様子からするに避けては通れないらしい。

 「へぇー。やる気なんだ?…今度は自分に水引っかけたって、無駄だからね」

 あかりが左手の炎を勢いをさらに強める。朱色の炎が、濃さを増し辺りの空気を暖めていく。

 噴水の時と同じだ、と春一は感じた。この肌をじりじりと痛めつける熱が本能的な恐怖を与える。だが、今度は恐れはしない。今の自分には灼熱の炎と刺し違えても会いまみえる力がある。

 春一は、砲手となった右手をあかりに向けた。

 あかりの荒んだ目が春一をにらむ。そして、力の抜けた笑顔を作ると、 

 「そっか…。戦うんだ……楽しみ……私ね、アルケマスターとやるのは初めてなの……あんたみたいな初心者でも……ちょっとは楽しませてちょうだいよ…ねぇ!」

 左手を振りかざし、春一目がけて火炎を放った。すかさず、春一も水泡を放ち対抗する。火炎と水流は二人の中間地点でぶつかり、白い煙を大量に上げながら相殺した。

 春一は力の限り水流を放出し、ぶつけた。それに比べ、あかりは余裕着々といった様子で火炎を出し続けている。

 「…やっぱり、この程度なのね」

 あかりは、残念そうに漏らすと、一際威力の高い炎を放出し、春一を吹き飛ばした。

 「うわっ!?」

 王座に突っ込んだ春一は、背中を強く打ち付け、だらんと座り込んでしままった。

 水は炎を消す…。それだというのに、春一の攻撃はまったくもって通用していない。

 「…『どうしてって!?』って顔してるわね?水は火を消すのに、なんでこんなにも差があるのかって?」

 あかりは自分の手の上で燃え続ける炎の固まりを眺めながら語りだした。

 「あんた、ゲームかなんかのやりすぎなんじゃない?確かに水は火を消す…でも、だからって水が火に勝ってるわけじゃないの。水の沸点はおよそ100℃、それに対して私の出す炎は2000℃以上。たとえ、火を消せたとしても、水もその分蒸発しちゃうのよ。見て分かったでしょう?あんた、水蒸気までは操れないみたいだし。…つまり、本質的に私とあんたのイマジンに優劣はない。そうなったら何が、勝負を決めるかわかる?そう、イマジンの根源、想像力よ」

 あかりは鼻高々に言うと、両手をおおっぴらに広げた。

 先ほど入り口付近でユメクイ達を焼き殺し、その後も燃え続けていた炎、その炎が急に大きくなり、あかりの背面の壁を全て包み込むほどに脹れあがたった。広場の中の温度は急激に上がり、熱気が春一の顔を照らす。

 「私の炎はね、消えないの。何もかも、奪っていく…何もかも」

 春一は、そう口にしたあかりの瞳にどこか、もの悲しさを感じた。

 「あんたじゃ私には勝てない。わかったでしょ?さぁ、どうするの?大人しく情報を渡すか…それとも、燃え屑になるか…もう、私はどっちでもいいや。あんたが選びなさいよ」

 あかりがうつろな目で尋ねた。

 選択を迫られた春一だったが、迷うことはなかった。自分が持つ情報、それは初めてDreedamドリーダムでユメクイの大群に襲われた時、探索隊の騎士たちが命に代えて守ってくれたものだ。それを、命乞いの為にみすみす渡すわけにはいかない。

 「悪いけど、情報は教えられない」

 春一は強い意志を込めて答えた。あかりの表情がさらに曇る。

 「…あっそ。じゃあ、あんたにここで…」

 あかりが言い終わる前に、春一は先ほど習得したばかりのウォーターカッターを天井に向けて発射した。水流は残っていた屋根の一部を切れ味鋭く裁断し、残骸が下に落ちる。

 数個の屋根の残骸が春一とあかりの間に降り注いだ。地面にぶつかる轟音と共に辺りに粉塵をまき散らされる。それから少しして視界が回復すると、あかりの前に春一の姿は無かった。落ちてきた屋根の残骸に身を隠したようだ。

 あかりはくいっと眉を上げて、辺りを見回した。

 「へぇー。ウォーターカッターねぇ。そっか…あんた、私の出演した番組見たんだぁ。皮肉なものね、自分の出た番組が相手を強くしちゃうなんて…」

 あかりはどこか嬉しそうだった。この少女春一との戦いを大いに楽しんでいる。

 「でも。甘いわね…そんなものがあるんなら、最初からそれで私を撃てば良かったじゃない?でも、そうしなかった。…怖かったんでしょ?その力で私を殺しちゃうのが。こんな、人殺し一人殺すのがさ」

 屋根の残骸に身を隠していた春一は、奥歯を噛んだ。あかりの発言を聞いて切ない気持ちになったのだ。どういうわけか、あの神条あかりという少女には同情を抱いてしまう。なぜ、あの少女はあそこまで卑屈になるのか…?この世界で今まで大勢の人に虐げられて来たせいなのか?

 「隠れたって無駄よ。この部屋を丸ごと燃やすことだって出来るんだから!」

 明かりの愉快そうな声が広場に響く。だが、春一は応答しなかった。

 「…あ、そうだ!こういうのはどう?あんたに一回チャンスをあげる。あんたが一撃入れるまで私は無抵抗でいてあげるからさ、出てきなさいよ!」

 あかりがそう口にすると、春一は静かに立ち上がり、残骸の影から上半身を出した。

 「あー。そこにいたの?チャンス貰った瞬間、出てくるなんてあんたも単純ね」

 もちろん、提案に乗ったからではない。何故そんな事を言うのか?あかりの発言に疑問と怒りを覚えた春一は、真っ直ぐな瞳で少女をじっと見つめた。

 「何…?その目?なんか、文句でもあるの?まさか『命をそまつにするな』とか、くっさいセリフ言うんじゃないでしょうね?ほら、やりなさいよ。あんたのカッターで私の体を真っ二つにしてみなさいよ!」

 あかりはそう言っておもむろに両手を広げる。

 「どうして、こんな事するの…?」

 春一が訪ねた。

 「…あんたには関係ないでしょ?…どうせ私は嫌われ者。私を殺せば、あんたは自分の命が助かるだけじゃなく、英雄扱いよ?あんたは、なにも損する事なんてないじゃない」

 「……」

 「さぁ、やりなさいよ!」

 「…嫌だ」 

 「嫌?じゃあ、しょうがないわね。情報は渡さないようだし、あんたにはここで死んでもらうわ。あぁ…ついでにあの頭の悪そうな友達や傭兵のとこのメンバーも死んでもらおうかしら?あんたを追ってくるだろうし…うん、それがいいわ」

 「そんな!?やめろ…!」

 「そうと決まれば、あんた後ね。先に他の奴を殺しに行くとするわ。じゃーね。あんたはそこで仲間が焼かれる声を指をくわえて聞いてなさい」

 あかりは春一に背を向け、その場を去ろうとする。

 「待って…!待て!」

 春一が声を荒げるが、あかりは聞く耳を持たず離れていく。

 裕樹が…オブリビオンのメンバーが…殺される?春一は、自分の手のひらを見つめ、唇を噛んだ。

 「…待てって言ってんだろ!!」

 怒号を上げた春一は、ウォーターカッターを放出し、あかりを切り裂こうとする。

 …だが、出来なかった。

 細く圧縮された水流は、床を切り裂きながらあかりに接近したが、体に触れる瞬間、ピタッっと止んでしまった。勢いを失った水たちが落ち、床にシミを付ける。

 辺りに沈黙が流れた。

 そして、神条あかりはゆっくりと振り返った。先ほどまでとは一遍、その表情からは生気が消え、まるで能面のようだった。春一は思い出した。あれは、この少女に初めて会った時に見た顔だと。怪物達を淡々と焼き殺していった、あの獄炎の少女の顔だと。

 怒りもなく、憎しみもなく、ただただ絶望に満ちた瞳で、あかりは春一を睨んだ。

 「せっかく鎌掛けたってのに……結局、意気地なしか…もういいわ、あんた。死になさい」

 あかりは低く唸ると、小さな火種を春一の足もとに放った。火種は、地面に触れるや否や、火の輪に姿を変え、春一の周囲を包んだ。そして、さらに激しく燃え広がると、半球体の炎の牢獄へと姿を変えた。

 一瞬で灼熱の炎にとらわれてしまった春一は、わけもわからず尻餅をついた。視界のすべては、燃え滾る火炎で埋め尽くされてしまっている。

 炎の外からあかりが中へと入って来た。その虚ろな目は、春一を見ていない。

 今度こそ…一貫の終わりだ。春一はそう確信した。もはや抵抗する気も起きなかった。

 あかりが、左手を振り上げる。

 春一は両腕で顔を隠し、目をつぶった。



 



 …だが、何も起きない。





 春一が、おそるおそる目を開けると、そこには両手を腰に当て、あきれたといった顔をするあかりの姿がった。

 「…あんた、一体いつになったら気づくの?」

 彼女の言葉と表情からは殺気が消えていた。

 「…え?」

 「あー、これだから素人はっ!気が付いてないの?あんたさっきから狙われてんのよ?」

 「…え?」

 状況がまったく呑み込めない春一。あかりはそんな春一にイラつき、地団太を踏み出す。

 「あーもうっ!だ・か・ら!あのヒロとかいうチビが、あんたの事スナイパーライフルで狙ってるって言ってるの!!」

 「……いつから?」

 「私が入って来た時からよ!」

 「……どこから?」

 「ここよ!ここ!」

 あかりは言葉に合わせて床をどん、どんと踏みしめ、炎で出来た壁の一部を指した。

 「…見えないけど?」

 「当り前よ!にっぶいあんたに直接言う為に、視界も音も遮断するこの炎の檻を作ったんだから!今から炎を薄くして、少しだけ見えるようにしてあげるから、自分の目で確認しなさい」

 春一はこくりと頷くと、あかりが指した方向に目をジッと凝らす。

 「バカ!直接見たらばれるでしょ!」

 即、あかりに一括された。

 「も~う!ほんとうに、じれったいわね!!ほら、ここに水たまりを作んなさい!」

 そう言って今度は、床を指す。

 「…え?どうし」

 「いいから!!」

 「は、はい」

 春一は言われるまま、手のひらから少量の水を出し、あかりに言われた場所へ半径50cmほどの水たまりを作った。

 「そこを見てなさい、ほら、弱めるわよ」

 あかりは、檻を構成する炎の勢いを少しだけ弱めた。すると、炎は自然に揺らめき、遮断されていた外の景色が見えるようになった。

 水たまりには、逆さになったヒロの姿が映っていた。広場の屋根の上、崩れて空いた穴から、こちらにスナイパーライフルを向けている。

 春一がヒロの姿を確認し終えると、あかりは再び炎の威力上げ、視界を遮った。

 「これでわかったでしょ?」

 「うん……初めから、これを教えようと?」

 「そうね。最初の一撃で、あんたが戦うに値しない雑魚って事がわかってからはね。脅かしがてら、見える場所まで誘導して気づくかどうか試してたの。途中で弱音吐いて、情報を漏らしてくれればそれはそれでよかったし。でも、あんた意外に口だけは堅いのね。それだけは見直したわ」

 目の前でペラペラとしゃべるあかりに、春一は今までと違った印象を受けた。それは、テレビで見せる取り繕ったものでも、Dreedamドリーダムで見せる荒んだもののでもなかった。しかし、春一には今のこのあかりこそが本当の彼女の姿であるように思えた。

 「なに…その顔?てか、あんた。あんだけしたのになんで気づかないわけ?おかしいと思わなかったの?いくら私でも、あんなに情緒不安定なわけないじゃない!」

 「そんな、あんなの気づくわけないよ…!」

 春一は一切気づいていなかった。むしろ本気で死を覚悟していたくらいだ。

 「なんでよ?」

 「その……演技力が凄かったから」

 春一が口をとがらせて言う。すると、あかりは急に頬を赤らめてそっぽを向いた。

 「な、……そ、そりゃあそうでしょう!私…女優でもあるわけだし!……そんな事より、あんた、どうするつもりなの?私からの攻撃は、もう無いと思って安心し切ってるみたいけど、頭にライフル向けられて命狙われてる事にはかわりないのよ!」

 「あ!…どうしよう」

 「はぁ……私がこの檻を消すタイミングで、ウォーターカッター撃ってさっきみたいに屋根ごと落とせばいいでしょ?」

 「……」

 「何よ?」

 「なんで、助けてくれるんだ?君はレギオンなんだろ?」

 「はぁ?私がレギオン!?そんなわけないじゃない!今回は雇われただけよ。このプリズンマンションに連れてきてもらうかわりに、中でユメクイを殲滅するっていう交換条件でね。それに、あんたを助けるはただの気まぐれと当て付け。元々、レギオンなんて気に入らなかったし」

 「そう、だったのか…」

 やはり、あかりはレギオンには入っていなかった。春一は内心ホッとした。

 「さ、檻を消すわよ。とっとと構えなさい」

 「あ、…うん」

 春一は、右腕を先ほどヒロが見えた方向に構える。

 「行くわよ」

 あかりは一言そう告げると、左手を前に出し、小指から舐めるように握りしめた。2人を取り囲んでいた炎がスッと消える。春一はそれと同時にヒロのいる屋根に目掛け圧勝した水泡を撃ち込んだ。

 不意をつかれたヒロがとっさにスコープから目を放す。

 細い一筋の流水は、いとも簡単に屋根を貫き、ヒロの乗っている部分だけを綺麗に切り落とした。足場を失ったヒロは屋根の瓦礫と共に下に落ちる。周囲に砂埃を舞い上がった。

 少しの間をおいて、砂埃が消えると、ヒロはうつ伏せに床に倒れていた。ピクリとも動かない。

 まさか…殺してしまったのか!?不安にかられた春一が近づこうとすると、あかりに 「大丈夫よ」と止められた。

 彼女の言ったとおり、直後にヒロがむくっと立ち上った。憤怒の表情を浮かべ、あかりに怒鳴りちらす。

 「裏切るとはどういうつもりだ!?神条あかり!!!」

 激高に微塵も動じていない様子のあかりは、ふてぶてしい態度で返した。

 「別に?契約は終わったから自由にさせてもらってるだけよ。私はあんた達の仲間になったつもりはないし、こいつから情報を聞き出すのはサービスでやってあげたんだけど、なかなか口割んないから止めたわ」

 「貴様ぁあ!ふざけた事抜かしてると…」

 「どうするの?今ここで私と戦う?止めときなさい!あんたなんか一秒で燃えカスになって終わりよ!」

 返す言葉のなかったヒロは唇を噛み締める。そして落ちていた帽子を拾い上げて、ふかぶかと被り直した。

 - その時、大きな揺れが三人を襲った。地響きと共に、広場全体を揺さぶる振動にもろくなっていた残りの壁と天井はミシミシと音を立てる。

 「な、なに!?この揺れ?夢の終わり?」

 あわてふためく春一。

 「違う!まだ早すぎる。鐘の音も聞こえてきてないし…これは」

 あかりは、壁に空いた穴から外の様子をうかがった。

 マンション群の詰まれている大地の土台に次々亀裂が入り、端の方から崩れ落ちていっている。それに伴って積み上げられたマンションも崩壊を始めたようだ。

 「この構造物全体が崩れて行ってるみたいね。あんたが水で屋根壊しまくったからじゃないの?」

 「うそ!?俺のせい?」

 「まぁ、理由なんかどうでもいいわ!とにかく今はここから…」

 その瞬間、あかりはヒロが転がっていたスナイパーライフルに手をかけたのに気づいた。すぐさま、火炎を放ち急襲を阻止する。

 「ぐあぁあああ!」

 悲鳴が上がった。渦を巻いて飛んでいった炎は一瞬でヒロの左腕を包み込み、皮を溶かして猛烈な痛みを与えたのだ。

 腕に付いた火はすぐに消えたものの、ヒロはその激痛に耐えられなくなり、膝をついた。

 「だから言ったでしょ…?」

 あかりはそっけなく言う。そして、左手に火を灯すとうずくまるヒロの元へと歩いていった。

 「か、神条!」

 追い打ちをかけると思った春一は声をかける。

 するとあかりは歩き続けながら、

 「だーいじょうぶよ、殺したりなんかしないから。ちょっと、痛めつけておくだけ」と返したが、その口調には抑揚が無かった。

 まずい、と思った春一はさらに引き止めた。

 「そ、そんな事してる場合じゃないだろ?早く逃げないと!」

 春一の必死さが伝わったのかあかりは立ち止まって、振り返く。

 「…それもそうね」

 そして、最後にもう一言、ヒロを罵倒しておこうと前に向き直る。だが、そこに彼の姿はなかった。

 「…!?」

 あかりが 吃驚で眉をひそめる。それよりも驚いた春一の方だ。春一の見ている前でヒロは突然に消えた。視界に入った状態で、まるで映像の1フレームを境に、別の映像をつなぎ合わせたように、彼はそこからいなくなった。

 何が起きたかわからない二人が固まっていると、離れたところからヒロの怒鳴り声が聞こえてきた。

 「神条あかりぃ!!」

 二人が声の方を向く。ヒロは二人から10mほど離れた入り口の前に立っていた。隣には髪の長い女性がいる。口元まで伸びた前髪で顔は殆ど見えず、白いワンピースからは枯れ枝のような手足が突き出ていた。

 焼きただれた腕を抑え、ヒロはの声を漏らした。

 「僕を裏切った事を必ず後悔させてやるからな!!ユニバースにいられなくしてやる。覚悟しておけ!」

 捨て台詞が終わると、髪の長い女性がヒロの肩に手をかけた。すると2人の体は、何の音もなく、前触れもなく、その場から消えた。

 広場にはあっけに取られる春一とあかりだけが、ぽつんと取り残された。

 「…あれって……」

 「テレポーターだわ。…やっぱりいたのね。私たちを飛空艇からこっちに移したのはあの女だったみたいね。あのチビはテレポーテーション装置だって嘘ついてたけど…」

 あかりがそう言った直後、崩れた屋根の一部が、春一のすぐ後ろに落下した。

 「うわっ!?のんきにしゃべってる場合じゃないよ!俺たちも逃げないと!」

 慌てだす春一。それに比べあかりはとても落ち着いていた。

 「それもそうね…あんたの能力、ここ出るのに使えそうだから連れてってあげる。着いてきなさい!」

 そう言い終えると、あかりは広場の出入り口に向かって走り出した。

 「え?あ、うん!」

 春一も後に続いた。


 出入り口の通路の先は、春一が入って来た時とは構造が変わっていた。通路奥のドアの向こうは、また別のマンションの外部廊下に続いており、さらにそこのドアからも別のマンションへ、といった具合で堂々巡りになっていた。あかりは、次々にそのドアを開け、マンション群の迷宮を一切の迷いも無く進んでいく。途中で何体かのユメクイが襲いかかってきたが、彼女によって一瞬で消し炭にされた。二人が走り回っている間、振動による崩壊は進んでいき、マンション群は外側に位置する棟からと次々と崩れ落ちていった。

 「ここよ!」

 しばらくすると、あかりが叫んだ。そして、その棟の階段へと進む。

 「この棟の上が一番端よ!」

 階段を駆け上がりながらあかりが後ろの春一に伝えた。

 二人は最上階にたどり着き、さらにその上の屋上を目指した。だが、屋上へと続く扉の前は、崩れた瓦礫によって見事に塞がれてしまっていた。 

 「さぁ、あんたの出番よ!」

 あかりはそう言って春一を前に出した。

 「え?……わかった!」

 春一は行く手をふさぐ瓦礫に右手を向ける。



 マンション群の外側に位置する一棟、その屋上にあるドアを、一筋の細い水流が貫いた。水流はそのままドアの周りを円形に切り裂く。そして、一瞬の間をおいて、今度は太い水泡によって、ドアごと内側にあった瓦礫が吹き飛ばされた。その穴から春一とあかりが飛び出してくる。

 「やっと、着いた…!」

 あかりは、屋上淵の手すりまでかけていくと、嬉しそうに言った。

 「着いたけど…ここからどうするの!?」

 すぐ後ろで息を切らした春一が聞いた。

 揺れはさらに高まり、崩壊は最終局面に入る。隣のマンションがベキベキという豪快な音を鳴らし、剥がれ落ちていった。辺りに残骸の雨が降り注ぎ、ボロボロになった土台の台地は、中心部の底から砂時計のように崩れていく。

 気づくと、あかりはいつの間にか背中にパラシュートのリュックを背負っていた。

 「あたしはこれで降りるから。この間、番組で資格取っておいて良かったわー」

 「イメージで出したの?俺、そんなの出せないよ!?」

 「大丈夫よ。あんたにはお迎えが来てるから、ほら」

 あかりが、向こうの空をあごで指した。

 そこにはホバーボードに乗り、瓦礫の雨をよけこちらに近づいてくる祐樹の姿があった。

 「…祐樹!」

 春一は叫んだが、まだ距離があり祐樹には届かない。

 「じゃ、ややこしい事になる前に私はおさらばするわ」

 あかりは手すりによじ登り、お茶目に手を振る。

 「あ、待って!聞きたいことが…」

 「何?時間がないんだから早くしてよ」

 「…君も夢の王を追ってたんだろ?…どうして?」

 そう尋ねると、あかりは少し考えてから

 「…惚れてるからよ」

 一言残して、手すりから飛び立った。



 入れ違いで祐樹が到着する。

 「春一!大丈夫か!?乗れ!」

 祐樹は前に乗った時のようにホバーボードの後ろを伸ばした。

 春一がぴょんと飛び乗る。そして、2人は崩壊するマンション群から脱出した。



 そのすぐ後、マンション群は完全に崩壊し、空中でバラバラになった残骸はすべてDreedamドリーダムの大地へと降り注いだ。



 「ユメクイの殲滅が終わった途端、あのプリズンマンションが急に崩れだしたんだ」

 空中艦隊へと帰る途中、祐樹は春一にそう説明をした。

 「…そう」

 春一は生返事で返す。

 色々とあったせいで疲れているのだろう。祐樹はそう思い、それ以上は話し掛けなかった。



 数十分前までは、砲撃の音や怪物の鳴き声で賑わっていた空が、今は落ち着きを取り戻し、静まり返っていた。

 三隻の空中戦艦に近づく。外側に多少の損傷を追っているものの、戦艦は三隻とも問題なく航行していた。

 二人の乗ったホバーボードはそのうちの一隻へと向かった。






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