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夢の王  作者: せいたろう
第一部
12/32

第十一話 夢始まる牢獄:プリズンマンション

 「…敵に対し、正面より一斉砲撃を行え」

 レイヴンがエリザに指示を送った。

 『全艦、砲撃準備!主砲及び副砲を正面のユメクイ群に向けよ!』

 エリザの命令伝達により、空中艦隊が攻撃態勢に入る。浮遊するマンション群の先、500m地点の空を航行する三隻の空中戦艦。その船体に取り付けられた数十か所の回転砲台が稼働を始めた。一門の回転砲台には三つの砲身が備わっており、その一つ一つが個々に動いては、前方の怪物群に砲口を向けた。

 おびただしい数のユメクイの群れは、拡散して飛び周り、空中艦隊の行く手を阻むように空に黒い壁を作り上げていた。蝙蝠のような細い羽根をばたつかせ、血走った一つ目で戦艦を捉える。そのうちの一体が大きな口を開き、悲鳴のような雄叫びを上げると、連鎖するように、他も次々と叫び出した。ユニバースの上空を埋め尽くす怪物達の耳をつんざくような声は、離れた位置を飛ぶ戦艦のブリッジに内部にも響き渡った。

 『全砲手、準備完了!!』

 エリザが声を張り上げる。

 「…いよいよか」

 春一の隣の祐樹はそう呟き、生唾を飲んだ。

 「…砲撃用意………放て!」

 レイヴンの合図で一斉砲撃が始まった。三隻、数十問の回転砲台が、けたたましい発射音と共に火を噴き、大型弾丸を高速で打ち出す。発射された数百の砲弾は、オレンジ色掛った火炎をまとい、一秒もかからぬうちに怪物たちに着弾、次々に爆発を起こして艦隊前方の空を火の海へと変えた。

 巨大な爆発音、その残響は鈍く鳴り続き、しばらく経ってから消失した。

 『…目標の、全滅を確認』

 エリザが静かに告げる。

 無数にいた怪物たちは、跡形もなく吹き飛ばされ、そこには爆発後の硝煙だけが残っていた。艦隊がマンション群に近づいていく。

 「これで、終わりか?」

 祐樹の額から一筋の汗が流れ落ちた。


 - その時、

 

 『まだよ!!』

 エリザが叫んだ。

 マンションの集合体から、再びユメクイの群れが吹き出し、瞬く間に春一達の乗る1号艦の周りを取り囲んでしまった。何故か怪物達は、他の二隻には

目もくれず、1号艦だけを集中して襲った。ブリッジのガラスの外をユメクイの黒い体が埋め尽くし、内部はまるで夜が訪れたかのように暗くなった。

 「レイヴン!囲まれたぞ!!」

 取り乱した祐樹が喚く。

 だが、レイヴンは平静を保ったままだった。

 「………エリザ、残りの戦艦二隻で本艦に挟撃を行え」

 「俺たちを撃たせるつもりかよ!?」

 裕樹が口を挟んだ。

 「…問題ない。バルカン砲程度なら、この空中戦艦の装甲は破られない。ブリッジの特殊防弾ガラスもだ……エリザ!」

 「りょ、了解」

 エリザは不安も残しつつも、レイヴンの指示に従った。

 『1号艦より伝令!これより、2号艦と3号艦を用いて本艦に挟撃を決行します。攻撃にはバルカン砲のみを使用、二隻は配置に移動を!』

 1号艦の後ろを航行していた二隻が速度を上げ両脇に並んだ。船体の側面に装備された数十機のバルカン砲がこちらを狙う。

 ブリッジ内に緊張が走った。マリーが春一の足にしがみ付く。春一はやさしく頭を撫でてやった。

 「…撃て」

 レイヴンがなんの躊躇もなく言い放った。

 『攻撃開始!』

 エリザの声とともに、戦艦二隻のバルカン砲が攻撃を始めた。


 - ドドドドドドドドドドドド!!!


 バルカン砲の連射音が鳴り響き、


 - カンカンカンカンカンカンカンカン


 戦艦の特殊装甲が銃弾を弾く、


 - ギィイイイイヤアアアアアアアアアアアアア


 そして、体を撃ち抜かれた怪物たちは悲痛な叫び声を上げた。


 三つの重音が轟く中、銃弾の雨を浴びさせられたユメクイ達は体を揺らしながら、ボロボロになっていった。ブリッジ内から見える景色は壮絶だった。銃弾はレイヴンの言った通り、防弾ガラスを破ることなかったが、火花を上げて弾かれた。それが幾重にもなって生まれた光の中、悲鳴を上げ朽ちていく怪物達。レイヴンの作戦は功を奏し、戦艦を取り囲んだユメクイ達は、次々に撃ち落とされていった。


 - このまま行けば、殲滅に成功する……誰もがそう思った矢先だった。


 「レイヴゥン!!!!」

 祐樹がかなきり声を上げ、ブリッジ左側のガラスの外を指さした。

 十体ほどのユメクイが縦に並び、列を作って、ブリッジの周りを旋回している。ひしめき合い、ムカデのようになったその塊は、距離を取ってから、ブリッジの防弾ガラスへ突進した。


 - ドン!


 最初の一体は、防弾ガラスを破る事は出来ず、押しつぶされた。しかし、その後に何体かが続けて突進をすると、ガラスに小さな亀裂が入り、その亀裂は次第にミシミシと音を立てて広がっていった。

 「うそだろ…バルカン砲もはじく強化ガラスだぞ…」

 祐樹が後ろにたじろぎながら言う。

 

 - バリィィィィィィィン


 ガラスが割れる音共に、数体のユメクイがブリッジ内に侵入した。

 「キャー!!」

 女性隊員の悲鳴を上がる。

 怪物たちは、丸い人間のような歯がぎっしり並んだ口を広げ、中にいた隊員たちに襲いかかった。その速さと迫力に誰もがなす術もなく固まってしまう。だが、レイヴンだけはその上を行った。

 レイヴンは、イメージによってサブマシンガンを出現させると、連射を行いながら広角に薙ぎ払った。発射された弾丸は、計器類や隊員達を一切傷つける事は無く、全弾ユメクイに命中、一撃でその黒い体を水風船のように破裂させた。おかげで、誰一人、怪物に喰われる事はなかった。

 レイヴンの腕に握られたマシンガンから煙が立ち込める。

 取りあえず、危機は回避した。皆がそう思った時、マリーが精一杯振り絞って出した声がブリッジ中に響いた。

 「……まだ、いる!……ハル!!上!」

 「え!?」

 春一が上を向くと、そこには四つ細い足で天井に張り付き、大口を開ける一体のユメクイがいた。

「春一君、逃げて!」

 エリザが叫び、すぐさまレイヴンはマシンガンを向けた。だが、遅かった。怪物は目にも留まらぬ速さで春一に襲いかかると、前足で春一の足首を掴み、防弾ガラスに空いた穴から飛び去ってしまった。

 「春一ぃぃいいい!!」

 祐樹が大声を出して穴の前まで追いかける。しかし、春一を連れ去ったユメクイはすでに遠くにいって小さくなってしまっていた。

 「くそっ!」

 祐樹はホバーボード出現させ飛び乗ると、ユメクイを追って、ブリッジに空いた穴から飛び出した。

 「レイヴン!敵さらに増援!」

 ブリッジ内ではエリザが声を上げる。

 マンション群からさらに大量ユメクイの大群が吹き出し、空中艦隊に襲いかかった。

 先ほどまでと一転して、レイヴン達は窮地に立たされた。





  ……ちー!……るいちー………はるいちぃ!……


 襲われたショックで気を失っていた春一は、かすかに聞こえた祐樹の声で意識を取り戻した。体は上空で逆さづりにされている。

 「うわっ!?」

 自分の置かれた状況を理解した春一は慌てて足を掴んでいる何かにしがみついたが、それがユメクイの前足だとわかり、また手を離す。

 春一を運ぶ怪物は、マンション群へと向かって飛んでいた。近づいていくに連れてその詳細な造りが明らかになる。

 マンション群は、大地を切り取って作ったような土台に乗っていた。下は赤土の岩肌、上にはドリーダムの草原で一般的に見られる植物が生えており、そこにプリズンマンションが詰まれている。重力を無視し、不安定に詰まれたマンション達が織りなすその構造物は、異様な雰囲気を漂わせていた。

 「春一ぃぃ!」

 再び、祐樹の声が聞こえて来た。

 春一が宙づりのまま後ろを確認する。祐樹はホバーボードを猛スピードで飛ばし、春一の後を追いかけてきていた。ジェスチャーで上の怪物を撃てと伝えている。

春一は、自分を掴んでいる怪物の一つ目に右手を向けた。そして、一呼吸起き、覚悟を決めてから怪物の目に流水を噴射した。

不意に攻撃を受けたユメクイは悲鳴をあげ、春一を放り投げる。

 「うぁあああああ!」

 絶叫と共に落ちていく春一の手を祐樹が掴んだ。

 「…助かった」

 「気を抜くのはまだだ!早く戻るぞ!」

 2人と戦艦の距離は大分開いてしまっていた。遠くに見える三隻の空中戦艦の周りには、無数のユメクイ達が飛び回り、砲撃と爆発の光がチカチカ点滅を繰り返していた。

 祐樹は戦艦に戻ろうと、片手で春一を吊り下げたまま、ホバーボードの進路を変えた。すると、数体のユメクイがやってきて祐樹達の進路を塞いでしまった。

 「祐樹!どうするの!?」

 春一に迫られ、祐樹はとっさに、後ろのマンション群に目をやった。

 立ちはだかった怪物達が雄叫びを上げ襲いかかって来る。

 祐樹は春一を持った無理な体勢のまま、旋回してマンション群を目指した。怪物達が大口を開け、追いかけてくる。

 「降りろ!春一!」

 外側に位置していた一等の屋上まで来ると祐樹は叫んだ。下を見る春一、屋上の床までは5~6メートルほどの高さがある。そして、春一がを顔を見上げると、祐樹は強いまなざしを向け、掴んでいた手を離した。

 春一はマンションの屋上に転げ落ちる。屋上には大量の砂埃が蓄積していて、倒れ込んだ春一の衣服に纏まり着いた。

 「うぅ…祐樹!」

 すぐに春一は着地の衝撃で痛む体を起こし、上空の祐樹を探した。

 祐樹は、襲いかかる怪物達の臼歯をうまく交わしながら、小型のバズーカ

で迎撃を行っていた。

 「春一!とにかく、今はマンションの中に隠れてろ!!後で俺達が必ず助けに行く!」

 怪物達の相手をしながら、必死に声を張り上げる。

 「…マンションの中って……そんなとこもっと危ないんじゃ……」

 どうしていいかわからず、春一が立ちすくんでいると、後ろに何かが着

地をした。

 恐る恐る振り返る。そこにはハァハァと息をもらし、こちらを凝視している一体ユメクイがいた。距離は10mほどしかない。ユメクイは突進する前の牛のように、片方の前足を動かし砂埃を巻き上げ出した。

 来る…!そう予期した春一の目に、下の階へ続く階段の入り口が映った。幸いな事にドアが開きっぱなしになっている。


 - ギィイイヤアアアア!!


 不気味な声を上がった瞬間、春一は入り口に向かって全力で走り出した。

 それを見た怪物は身を震わせ、四つの節足で床を蹴った。砂埃を巻き上げながら春一を追い掛ける。

 とてつもない恐怖だったが、春一は振り返らなかった。そんな事をすれば恐怖がより増すのに加え、走るスピードも落ちてしまう。それでも、後ろから聞こえる四つ脚が床を踏みつける音と、身の毛もよだつ吐息が大きくなってくる事によって、怪物と自分の距離が縮まっていくのはわかった。

 追いつかれる…!そう確信した春一は、あと数メートルに迫った入口に飛び込んだ。怪物も春一に喰らいつこうと後に続いく。だが、人間用に作られた入り口をその巨体が通れるはずもなく、引っ掛かって止まった。四本の脚をバタつかせ、体をねじ込むようにして、なんとか中に入ろうとするが入口のドア枠はビクともせず、怪物の一つ目だけが押し出されていた。

 (こいつ…戦艦の防弾ガラスは破ったくせに……これは壊せないのか!?)

 疑問に思ったが、今はそんな事をしている場合ではない。春一は、ドア枠から押し込まれた怪物の大きな目に水泡を放った。


 - ギャアア!


 ユメクイは人のような悲鳴を上げ、後ろに下がった。そして、頭をブルブルと振った。春一はその隙に開いていたドアを閉める。ドアが閉まった直後、怪物が再び突進を行いぶつかってきたが、やはりドアは凹みもしなかった。

 春一が入った先には、マンション内の下のフロアへと続く階段が続いていた。

 「…進むしか…ないのか」

 春一はそう呟くと、体中についた砂埃を叩きおとし、階段下の暗がりへと下りて行った。


 

 1フロア分を降りたところで、コンクリートの壁が急に表れ、階段は行き止まりとなった。仕方なく最上階のフロアに出る。階段の先にはエレベーターホールがあり、念のためボタンを押してみたが、やはり稼働はしていなかった。そのままホールを抜け、外部廊下へと進む。

 廊下からは、遠くの空で戦闘を続ける空中艦隊の姿が見えた。幸いなことにまだ一隻も撃墜されていなかったが、周りを飛び交うユメクイの大群に手を焼いているようだった。戦闘が激化している向こうに比べ、こちら側はとても静かで、鳴り響く砲撃音は、遠くで打ち上げられた花火の音のように聞こえた。

 「…みんな…大丈夫かな…」

 戦艦に乗っている皆の事、そして何より裕樹の事が心配だったが、春一にはどうする事も出来なかった。今は何時ユメクイが襲ってくるかわからない状況、とにかく、自分は安全な場所に身を隠さなければいけない。

 外部廊下には鉄製のドアがずらりと並んでいた。前に来たプリズンマンションと構造は同じようだ。試しに春一は、その中の一つを開いてみる。

 「…なんだ?これ…」

 ドアの先はマンションの一室では無く、コンクリートで囲われた通路が続いていた。ドアひとつ分の幅しかない狭い通路は、外から見ているだけでも相当な圧迫感を与えてくる。だが春一はなぜか、その先に進まなければいけないような気がした。その感覚は、前にプリズンマンションに来た時に感じたものと同じだった。何か強い力に行先を導かれている気がする。

 春一は、通路を進んで行った。薄暗い通路はところどころに、窓らしき穴が開いており、そこからの光でなんとか先が見えた。不思議な事に、この窓を覗いてみると、そこから見えるのは何も無い大空だった。春一が開けて入っていったのは、マンションの中央部分なので、そこから空が見えるはずもないのだが、現れる窓の先には、全てに同じような空が広がっていた。

 他にも不可解な点はあった。通路は、途中何度も二手に別れ、まるで迷路のような構造になっていた。だが、どう考えても、その迷路の大きさがマンションの許容範囲を超えている。随分と直進を続けた時もあったが、一向に建物の端に出る気配もなかった。

 通路に入って十分ほどが経過した。初めは、何かに導かれるまま進んでいた春一だったが、ふと我に返ると不安な気持ちが一気にやってきた。今、自分がどこにいるのかさえわからない。ユメクイが襲ってくる気配はないが、これではただの迷子だ。

 どうしよう…。春一がそう思った矢先、通路の先に、入って来た時と同じ鉄製のドアが現れた。

 ほっと、胸を撫で下ろすと外に出る。

 ドアの先は、今度は別のマンションの外部廊下へと繋がっていた。前には、四方をマンションに囲まれた中庭がある。春一は先ほど。最上階のドアから入った通路抜けてきたというのに、その場所は5~6階付近で、まだ上に半分ほど階が続いていた。

 

 …コツ …コツ …コツ


 足音と共に、複数の話し声が聞こえてた。下の中庭部分だ。

 人がいる…!レイヴンたちが助けに来たのか!!春一は、声を掛けようと廊下の手すりから身を乗り出したが、声の主たちの正体がわかると、すぐに引っ込んで身を隠した。

 下を歩いていたのは、ピアスの男を含むレギオンのメンバー三人だった。

 春一は近くにあった柱に移動し、男たちに見つからないように様子を伺う。

 何やら男たちはもめているようで、小競り合いが聞こえてきた。

 「おい、どうするんだよ!?」

 後ろを歩く一人がピアスの男に詰め寄った。

 「どうするって何がだよ!?」

 ピアスの男はいらいらした様子で返す。

 「何がってこの先だよ!!神条あかりとはぐちまったんだぞ?こんな状況であの怪物が襲ってきたら、俺たちはみんな喰われちまって終わりだ!」

 「うるせぇ!!!さっきから愚痴ばっかり言いやがって!文句があるな一人であの小娘を探しに行けばいいだろ!?くっそ、なんだってんだ。あのヒロってチビも、小娘もどっかいっちまいやがって…話がちがうじゃねぇか!」

 ピアスの音が怒鳴り散らすと、すかさずもう一人の男が止めに入った。

 「ばか!二人とも大声を出すな…ユメクイが寄ってきちまうだろ」

 「…チっ」

 ピアスの男が舌打ちをする。三人は険悪なムードのまま再び歩き出した。

 

 (あいつら…他の二人とはぐれたのか……じゃあ、神条あかりは一体どこに…?)

 その時、春一は、男たちの後ろにあるマンションの影の部分が微妙に揺らめいた事に気づいた。

 (…なんだ?)

 目を凝らしてよく見ると、それはまぎれもなくあの怪物、ユメクイだった。

 (!!!)

 驚いて声を出しそうになった春一は、とっさに自分の口を手でふさぎ、その場にしゃがみ込む。それから、気を落ち着かせると、慎重に怪物のいる方を確認した。

 怪物の数は三体、マンションの壁に張り付き、影になった部分に身を隠しながら、ジリジリと男たちに迫っていた。幸運にもまだ、春一には気づいていない。

 (どうしよう…このままじゃ、あいつら喰われちゃうよ…)

 春一は迷った。ここで男たちに危機を知らせれば、気づいたユメクイが今度はこちらに襲いかかってくるかもしれない。第一、男たちがまともに話を聞いてくれるとも思えない。

 怪物がゆっくりとその大きな口を開けた。大きな臼歯の奥の真っ赤な舌が、ぐるりと周り、下にはよだれがしたたる。

 (…あぁ、もう!)

 春一は意を決して柱から飛び出すと、下にいるピアスの男たちに向かって叫んだ。

 「おまえら、早く逃げろ!」

 ピアスの男が春一に気づく。

 「あいつ!?来てやがったのか!」

 ピアスの男は春一の忠告を無視し、イメージによって取り出した銃で春一の方を撃ち始めた。

 「うわっ!?」 

 春一は柱に身を隠した。

 派手な銃声が中庭に響き割る。

 「お、おい!あの小僧逃げろとか叫んでたぞ!」

 後ろの男がそう言って、肩を掴むと、ピアスの男は乱暴に振り払って、射撃を続けた。

 「うるせぇ!あの小僧、ぶっ殺してやる!!」

 数発の銃声の後、球が切れ、辺りはまた静かに戻った。

 「おい、何してんだよ?おまえらも早くあいつをう、」

 ピアスの男が振り返ると、そこには二体のユメクイがいた。ちょうど、後ろにいた二人の男を食べ終わるところで、大きな口の中に人の足が呑み込まれていった。怪物が口を閉じる。ブチンという音とともに、飛び散った血がピアスの男の顔にかかった。

 「…あ…あう…」

 言葉を失ったピアスの男は、その場に尻餅をついた。

 二体の怪物は、ゆっくりと大きな口を開いた。

 「ぎゃあぁぁぁああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 男の叫び声が辺りに鳴り響いたが、すぐに聞こえなくなった。

 怪物の歯が肉を引きちぎり、骨を砕く音が辺りに響く。それを、聞かないようにと春一は震えながら、両手で耳を塞いだ。

 しかし、そんな事をしている場合ではなかった。春一に気づいた残りの一体が、外部廊下に飛び移ってきた。


挿絵(By みてみん)


 狭い廊下に怪物の巨体は入りきるわけもなく、手すりは潰されている。だが、怪物はそんな事はお構いなしに、春一目がけ、突っ込んできた。

 必至に逃げる春一、廊下の角まで走っていくと、震える手でそこにあったドアノブに手をかけた。


 - カチャカチャカチチャ…


 「なんで開かないんだよ!!」

 喚く春一に、怪物が飛びついてきた。春一はとっさに横に跳んで、それを避ける。怪物はドアに豪快に激突したが、対してダメージを受けておらず、すぐさま春一の方に向き直った。

 もう駄目だ!逃げられない!!

 春一は諦めかけたその時、すぐ横のドアが独りでに開いた。まるでこちらに逃げろと、誰かが救いの手を差し伸べたようだった。春一は迷いもせず、開いた先へ飛び込む、すぐ後に怪物が突進してきたが、ドアはまた独りでに閉まり、怪物を受け付けなかった。

 なんとかユメクイの猛襲から逃れた春一、だが気を抜くのはまだ早かった。飛び込んだ先に地面は無く、また前と同じ大空に出てしまったのだ。

 「う、うわあああああぁぁぁぁ!!!」

 なす術もなく、春一は悲鳴を上げ落ちていくしかなかった。そして、落下の風圧と恐怖心により、意識を失った。





 しばらくして、春一が目を覚ますと、そこはまたプリズンマンションの一室だった。この光景はもう何度も見ている。打ちっぱなしのコンクリート天井、何もない部屋、窓の外を優雅に流れる雲、不気味なまでの静けさ。

 「どうなってるんだ!?…また、ここか」

 春一は今、自分がどこにいるかわからなくなった。ここは別の夢なのか?それともまだDreedamドリーダムの中なのか。だが、どこからか砲撃の音がかすかに聞こえてきたことによって、自分がまだDredamドリーダムにいる事を確認できた。

 もう何がどうなっているのかわからない。春一は困惑しながらも、ドアを開け部屋の外に出た。

 外はまた狭い通路だった。ただ、今回の真っ直ぐ行った先に光が見える。春一は、その光の場所まで歩いて行った。

 通路を抜けると、ひらけた場所に出た。そこは、今までいたマンションとは違う雰囲気が漂っていた。

 その広場は、他の場所と同じ、コンクリートで構築されていた。、屋根は三分の一ほどを残し崩れ落ちてしまっていて、雲の多い快晴の空が顔を覗かせていた。壁も数か所が無く、そこから外の様子を見ると、周りにここより高い建物は無かった。眼下には積み重なったマンション群が広がっている。ここは、マンション群の頂上部分だろう、と春一はそう思った。

 そして、広場の中心には王座があった。古びて大分色あせてしまっているが、その大きさと完備たる装飾の後から、一目でそれが、王座だと分かった。

 春一は、真っ直ぐと王座へ歩いて行った。ここは夢の王と関係がある場所なのだろうか?近づいて行くたびに、春一の鼓動は早くなった。

 王座は大量の砂煙をかぶっていた。蓄積した量が、長い時間誰も座っていなかった事を物語っている。


 - コツン。


 「いてっ!」 

 何かが春一の頭に当たった。それはそのまま、床へ落ち、カラカラと音を立てて揺れた。

 「これは…!」

 落ちてきたのは天狗の面だった。

 春一は面を拾い上げ、虚空を見る。

 「…あの人、やっぱり…」


 - キャァァ。


 後ろで、小さく音がした。あの不気味な声だ。

 春一が振り返ると、一体のユメクイが、広場へと入ってくる通路の前で、羽を折りたたんでいた。おそらく、外から飛んできたのだろう。怪物は黒いビニール袋のような色をした体に羽をしまうと真っ直ぐに春一を見据えた。

 春一は周囲を見渡す。広場には他に通路らしきものはなく、外へ抜けられるのは怪物の後ろのあの一か所のみのようだった。

 怪物が身をかがめ、走る準備をする。

 やるしかない…!春一は意を決すると、右手を怪物へと向けた。

 「来るなら…来い!!」

 春一の声に反応した怪物が、猛スピードでこちらに向かってきた。春一は恐れながらも、怪物を充分にひきつけた上で、その一つ目に力いっぱいの水泡を食らわしてやった。

 怪物がはじき飛ばされ、床を転がる。だが、すぐに体制を立て直し、再びこちらに向かってきた。春一はすかさず流水を正面から浴びせる。

 近づいては、防がれ、近づいては防がれ、それが何回か続いた。すると、次第に怪物は水泡に耐え、突き進んでくるようになった。春一の方の威力が落ちたのか、それとも怪物の力が増しているのか、どちらかは定かでないが、春一と怪物の距離は徐々に縮まっていく。

 怪物がいったん引き下がり、身を震わす。次で勝負をかけてくるつもりのようだ。おそらく、今のままの水の力では怪物を倒すどころか、次の突進を防ぎきれないだろう。だが、春一は妙に落ち着いていた。レイヴンとの訓練が生かされているという事もあったが、それ以前に、春一はあの怪物を倒す秘策を思いついていたからだ。

 怪物が今までよりも数段はやい速度で走リ出した。春一は、それに負けない威力の水で迎え撃つ。水泡が当たった際、怪物の勢いは一瞬失われたが、それでも負けることなく突進を続け、放水を受けながらも春一に近づいてきた。

 あと数メートル、怪物がそこまで迫った時に春一は目をつむった。諦めたわけではない、さらに集中力を高めるためだ。

 思い描くのは、数時間前に祐樹の家で見たあのウォーターカッターの映像だ。細く圧縮された水流、鉄板をいとも簡単に切り裂く威力。

 春一は、閉じた目をカッっと見開いた。そして、水泡を放射していた手のひらに指にぐっと力を入れた。その瞬間、電柱ほどに拡散されて発射されていた水流が、一気に数ミリほどの細さに圧縮された。怪物の体を貫かれたる

 春一がそのまま、砲手となった腕を上にあげると、怪物は縦に真っ二つに割れた。声を上げる事もなく、その場に崩れ落ちる。切り口からどろどろとした黒い液体が流れ出した。

 「…は、はは…やったぞ……勝った!」

 春一は、安堵の表情を浮かべ、王座に座り込んだ。


 しかし、ユメクイの襲撃はこれで終わりではなかった。


 一息ついたのも束の間、四体のユメクイが飛んできて、入口の前に着地した。

 「くそっ…まだか!」

 春一は慌てて立ち上がり、右手を構えた。

 四体の怪物は、一斉に春一に襲いかかろうと身を屈める。


  - その時だった。


 通路の奥で何かが光った。次の瞬間、通路から凄まじい勢いの火炎が吹き出し、怪物達を包み込んだ。炎は、燃ないはずのコンクリートの床の上に停滞し、みるみるうちに四体の怪物達を焼き殺していった。

 入口付近を覆い尽くす炎のカーテンの奥に、小さな人影が現れる。

 春一がゆっくりと腕を下ろすと、炎のカーテンを抜け、スカジャンに野球帽の少女が姿を現した。


 「あれ?…また、あんた?」

 神条あかりが、狡猾な表情を浮かべ言った。



 




 

 

 


  


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