第九話 夢の王
レイヴンは春一を連れ、空中自動車でユニバースの最上部へと向かった。混乱状態のメトロポリスは全ての交通がストップし、空中車両が宙に浮いたままの状態になっていた。これは、事故を防ぐための緊急停止プログラムが町中に走ったためらしい。レイヴンの自動車にかかったプログラムをすぐにエリザが解除した。そのおかげで、二人を乗せた車は停止した自動車群の横をすいすいと進んで行った。動くことを止めた未来都市は、いつもと打って変わって大人しく、不気味なまでの静けさに包まれていた。
Dreedamに来てまだ日が浅い春一は、いまいち事の重大さを理解できなかったが、都市の雰囲気や先ほどのエリザの取り乱した様子から、危機迫る事態が起きているという事はわかっていた。
渋滞に巻き込まれる事がなかった為、二人の乗った車は通常よりも短い時間で世界観階層をまたぐエレベーターに到着した。ユニバースに存在するエレベーターには、車両専用ものもあり、今回はそこを利用して最上部を目指した。
乗用車両なら数十台分を積載可能な巨大なリフトは、黒塗りの空中自動車を一台だけ乗せ、高速で上昇していった。フォグランプの黄色い光が車内をを照らす中、レイヴンじっとフロントガラスの先を見つめている。
レイヴンも…動揺しているのか?春一は疑問に思ったが、如何せんこの男が普段から心情を読み取らせない為、まったく予想がつかない。
「…ねぇ、さっき言ってたオブリビオンの目的って…?」
「……上についてからだ」
その一言で会話は終わった。レイヴンの重々しい言葉に、春一はそれ以上会話を続けられなかった。動揺はしていないが、レイヴンは何か深く考え込んでいるように見えた。
最上階に到達し、車両用エレベーターホールに到着すると、そこは詰め寄った人と車両でごった返していた。中には馬車や見たこともない巨大生物までもいて、ユニバース中の各階層から人が押し寄せているのが伺えた。その奥には、おそらく外へ通じているだろう巨大なゲートがあったが、固く閉ざされており、その前を白い制服を来た男たちが守っている。
「すごい人の数だね…みんな外を見に来たの?」
車を降り、春一が周りをきょろきょろと見ながら尋ねた。
「…情報が回るのが早いな。閉鎖は間に合ったようだが……」
レイヴンはドアを締めると、押し寄せる群衆の中、ゲートへ向かって一直線に歩き出した。人々は近寄ってくるレイヴンに気がづくと、次々に道を開ける。ただ単に図体の大きい男に威圧されたのか、それとも彼の事を知っていて開けているのか、とにかく皆逃げるようにその場を離れていった。まるでモーセのようだった。春一はそんなレイヴンの大きな背中にすっぽりと隠れて続いた。
ゲートの前まで着くと、レイヴンは白制服の男の一人に声をかける。
「…オブリビオンのレイヴンだ……外へ出たい」
「伺っております…では」
男は、レイヴンに目線を移すこともなく答えた。そして、ゲートは人ひとり通れる分だけ開いた。
レイヴンは先へ進む。春一は、彫刻のように固まって動かない白制服の男たちを物色しながら後へ続いた。
ゲートの奥は、窓一つない閉鎖された通路に繋がっていた。オレンジ色の蛍光ランプの光が中を満たしている。自動車道のトンネルを小さくしたような印象だ。二人が中ほどまで進むと、入って来た側のゲートが閉まり出した。
「…防衛の為だ。気にするな」
後ろに気を取られる春一にレイヴンが言った。
50メートルほどの通路を進み、二人が前まで到着すると最終ゲートは自動的に開いた。外界から冷たい空気が流れ込み、春一とレイヴンの髪をたなびかせる。
二人が到着したユニバース最上部は、建物もなければ柵なども設けられていなく、ただただ、白い地面が永遠に続いているだけの場所だった。ここは、ユニバースの上部を覆う薄いドーム型の部分なのだが、あまりにも巨大な構造物であるために傾斜はほとんど感じられない。
レイヴンは、少し先の空に浮かぶ奇妙なマンションの集合体へと目をやった。浅黒い雲がうねりをまく空の中、それは確かにそこに浮かんでいた。
春一もレイヴンの横に並び、まじまじと空に浮かぶマンション群を眺めた。
「本当にあったね」
「………」
返事は帰ってこない。
「………レイヴン?」
突然に吹いたつむじ風が、レイヴンの長い髪をかき上げ、その荘厳な横顔がよく見えるようになる
「……やはり、あそこにいるのか」
レイヴンは、いつになく小さな声で呟いた。
「いるって…誰が?」
春一が尋ねると、レイヴンは静かに振り返った。その瞳にはいつもの力強さがなく、淡く揺らめき、どこか悲しげに見えた。
「…長く語るのは、あまり得意ではないが……仕方がないな」
「…何を?」
「……このユニバースの創設に纏わる話だ…それは、オブリビオンの目的、おまえの狙われる理由、そしてあのプリズンマンション……全てをつなぐ」
レイヴンは前置きすると、再び空中のマンション群に目を戻し、静かに語り出した。
「かつて…この世界には王がいた。彼は優れた想像力で全てのイマジンを使いこなし、この世界の理を全て知っていた。…全知全能……まさに神のような存在……だが、それでいて、力に溺れる事なく、民の為に常に尽力を尽していた……人々は絶え間ない博愛と敬意を込め、彼をこう呼んだ…………『夢の王』と」
「夢の王…?」
その言葉の響きに、神秘的な何かを感じた春一は眉をひそめた。レイヴンは空を見上げたまま話を続ける。
「…だが、ある日彼は忽然と姿を消した……そして、それと共にあの怪物達が、ユメクイが世界を埋め尽くした」
「…!」
― ユメクイ。その名を聞いた瞬間、春一は、前に襲われたあの怪物たちの事を嫌でも思い出させられた。血走った大きな一つ目、巨大な口、大きな歯。大群で襲い掛かり、人を喰らうあの姿を。
「…奴らは人と、人が創りしものを手当たり次第に喰らった。……我々はそれまで、広大なドリーダムの各地に町や都市を築いていたが、奴らはそのすべてを食い尽くした……巨万の民が死に……生き残った者は集結、そして、このユニバースを設立した……それから約五年になるが、未だユニバースの外の開拓には成功していない…」
レイヴンはさらに続けようとしたが、思いつめた顔をする春一の様子に気づき、一度話を止める。
「…どうかしたか?」
「ユメクイ…そう聞いた瞬間、奴らに最初に襲われた時の事を思い出したんだ……」
春一はそう答えると、奥歯を強くかみしめた。
「あの怪物と夢の王には何か関係が?」
「…さぁな。はっきりとはわからない……だが、一つだけ言えることは、夢の王がいさえすれば、あの怪物どもを排除し、我々は再び、Dreedamの大地に帰る事が出来るだろう……故に、夢の王の捜索はオブリビオン…いや、ユニバースの目的と言っても過言ではない…」
「消えた王……その人の捜索が、オブリビオンの目的…?」
「…そうだ」
「それで、あのマンションには夢の王がいるかもしれないって事?」
「…あぁ。『移動式のプリズンマンション』もまたユメクイと同じく、夢の王消失後に目撃されるようになった……もとより、プリンズンマンションを作ったのは夢の王。その中で特異な動きを見せる棟に、何か関係があると見て間違いはないだろう……王が発見されない理由は、移動式のプリズンマンションに潜んでいる為だとも考えられる」
「だから…俺の持っている情報に価値があるって事?…もしかしたら夢の王の居所に繋がるかもしれないから?この間襲ってきたレギオンの連中もそれを狙って……」
「……奴らが求めているもまた、夢の王の所在……おまえが移動式のプリズンマンションから発見されたと知って、強行に及んだのだろう…」
「そうだったのか…え?でも、ちょっと待ってよ?レギオンの目的も、夢の王の捜索なら、なんでオブリビオンや他の勢力と敵対するの?同じ目的なら協力した方が良くない?」
「…確かに、『夢の王捜索』といった点では奴らと我々に相違は無い……だが問題はその後だ。我々の目的は夢の王の力を借り、Dreedamの大地を取り戻す事だ……だが、レギオンが望んでいるは『王の死』…奴らは王を見つけ、殺害する気だ…」
「!?……どうして…?」
「…レギオンのリーダーは自身が第二の夢の王になろうとしている………ユニバースは現在、複数の巨大な組織がひしめき合い均衡を保っている状態……例え、絶大な能力や権力を持った者が現れようとも、このユニバース全土を支配する事は困難……だが、もし夢の王を倒したとなれば話は変わってくる」
「それで奴らは、手当たり次第に情報をかき集めたり、妨害交錯をしたり…」
「…おそらく、数時間もしないうちにあのプリズンマンションにも乗り込んでいくだろう」
「いいの?止めなくて…」
「今は混乱の鎮圧が第一だ」
レイヴンは当たり前といった様子で即答する。
「我々の目的は夢の王だが…それ以前にメトロポリスの治安維持は最優先事項だ……どちらにせよ、今勝手に動けば、他の組織が黙ってはいない…」
レイヴンはいたって冷静だった。空中に奇妙なマンションが現れた時は一瞬だけ動揺を見せたが、それ以降は一切心情を乱しておらず、的確な判断と処置を行っている。春一は、またこの男が多く人々から尊敬を集める理由を垣間見た気がした。
「…話は終わりだ。戻るぞ」
「……うん」
二人は最後にもう少しだけ、空に浮かぶマンション群を眺めてから、その場を後にした。大勢の人々の不安をよそに、堂々と空に浮かぶその構造物に春一は、得体のしれない恐怖を感じた。
オブリビオン本部への帰路の途中、春一はメトロポリスの天井パネルに移る空からあのマンションが消えている事に気付いた。
慌ててレイヴンに伝えようとすると、
「エリザがハッキングをかけて画像を差し替えただけだ…」と先に言われ、それ以降レイヴンとは一切会話はなかった。先ほどは多くを語ったレイヴンだが、あれは特別だったらしい。春一と打ち解けたというわけではないようだ。今は通常の状態に戻り、必要最低限の事しか口にしない。
そして、レイヴンが予期していた通り、この短時間でレギオンは行動を起こした。エリザから通信が入り、レギオンの構成員らしき人物を乗せた飛空艇が、上空のマンション群に接近し、その後墜落した事が伝えられた。このニュースに春一は声をあげて驚いたが、やはりレイヴンは落ち着いたままだった。
二人がが本部へ到着し、ミーティングルームに駆けつけると、すでにエリザ、裕樹、アシム、マリーの四人が着席をしていた。流石の裕樹も動揺しているのか、いつもとは違って行儀よく椅子に座っている。マリーは不安に満ちた暗い顔でそわそわと指いじくっており、アシムは貧乏ゆすりが止まらない。エリザは他の三人とは違い、なんとか平静を保っていたが、やはりどこか緊張した面持だった。
「…レギオンが動いたようだな。報告を」
レイヴンは座るや否や、口を開く。
すぐさまエリザは立ち上がり、彼女のイマジンによって机上に半透明の大きな液晶モニターを出現させた。
「みんな、これを見て」
モニターに、マンション群を中心に映した空の映像が映し出される。
「これは、今から約30分前の映像よ」
モニターの右下から、一隻の飛空艇が現れ、空中のマンション群へと近づいて行った。大航海時代を思わせる帆船のボディに、巨大な気球を取り付け浮力とする飛空艇。それを見た祐樹はすぐに反応する。
「この飛空艇…ファンタジー界の奴か…?」
「えぇ、そうよ。先ほど、あの飛空艇の紛失届がファンタジー界から出ていた事が発覚したわ。ただ、出発したのは別の場所のようね……それより、問題はこの先よ…」
エリザは顔つきが険しくなった。
それは、飛空艇がマンション群と100メートルほどに迫った時に、突如姿を現した。無造作に積み上げたマンション同士の隙間、その隙間からまるで蒸気を挙げた機関車の煙のように、大量の真っ黒な何かが一気に吹き出した。
「ありゃ…ユ、ユメクイじゃねぇか!!!」
煙の正体に一早く気付いた祐樹が叫んだ。マリーが小さな手でギュッと目をかくす。
マンションから飛び出してきたのは数えきれないほどのユメクイの大群だった。その数は春一と裕樹が以前、大草原で出くわした時に匹敵するほど多い。しかも、今度は全ての個体に羽が備わっていて、空中を自由に飛びまわっている。
膨大な数がまとまる事により、怪物たちは一つの巨大な生物のように見えた。そして、その集合体は、瞬く間に飛空艇の周りを包み込んでしまい、空に黒い球体の塊が出来上がった。初めの数秒は中にちかちかと炎が見え隠れしたが、ものの数秒でそれも消えた。やがて、怪物たちがその場を離れると、ボロボロの骨組みだけになった飛空艇の残骸が無残に下へ落ちて行った。
飛空艇が画面の下へ消え、見えなくなったところで映像は一度消えた。
全員が絶句し、言葉を失っている。動揺を見せていないのは言うまでもなく、レイヴンだけだった。
しばらくすると、アシムが額に当てていた手で顔を拭い、重たい口を開いた。
「やっぱり…夢の王とプリズンマンションにはユメクイがつきものですねぇ。にしてもこんなのが起こったじゃぁ、今頃ユニバース中はパニックになってるんじゃあ…」
「それは、大丈夫よ」
エリザが答える。
「この一件が起きる前に、ユニバース全土で規制処置が施されていたから。ほとんどの人が、外界へ出ることはおろか、映像を通して見る事さえもできなかったはずよ。未来界の天井パネルの差し替えも間に合っていたし、この事を知っているのは、おそらく各階層の有力組織のトップだけね。まぁ、情報が漏えいするのも時間の問題だと思うけれど…」
「で、俺たちはどうすんだ?しばらくすりゃ代表者会議が行われて、あのユメクイ達の討伐部隊が結成されるんだろうけど…それに備えるか?」
祐樹が尋ねると、エリザは少し困ったといった表情をした。
「…実はね、それがそんな悠長な事を言っている場合でもないのよ。今度はこれを見て」
モニターに再び映像が流れた。映っているのは、取り囲んでいた怪物達の群れがはなれ飛空艇が墜落していくシーンだった。
「ここよ」
エリザはそういうと、映像を一時停止した。そして、墜落する飛空艇と怪物の群れの奥に移るマンション群をズームしていった。マンション群の一番外側に位置する一棟を目指し、拡大が進んでいく。
「…あ、人だ…!」
春一が声を出した。
拡大したマンションの屋上には、五人の人影があった。
「どういう事だ?あそこに乗り移ったっていうのか?」
祐樹が画像をよく見ようと身を乗り出し、驚いた様子で言う。
「もう少し拡大すればわかるわ」
エリザはそう言って、モニターに人影の一人ひとりの顔がわかるまで拡大した画像を映した。まず初めに、三人の顔が映った画像が映し出される。
モニターに映った三人は、オブリビオンの全員がよく知る人物達だった。特に、覚えのある春一とマリーは際立って驚いた反応を見せた。
「こいつら、俺たちが追ってたレギオンの三人じゃねえか!」
祐樹が指をさして言った。
モニターに映ったのは、先日、春一とマリーを襲った三人組だった。ピアスの男と残りの二人、春一の記憶にはその男たちの顔がはっきりとの残っている。
エリザが詳細を説明し始める。
「この三人については、少し前から祐樹とアシムが調査をしてくれた事によって身元が割れているわ。彼らが映っていた事で、あの船がレギオンのものだと判明するのに時間がかからなかったの。ただ、次に映す人物については完全に予想外だったわ。……みんな驚かないでね」
今度はモニターに一人の顔がアップにされた画像が映し出された。驚くな、と言われたものの、春一、祐樹、アシム、マリーの四人は、その人物が移った瞬間、目を見開き、モニターを見つめたまま固まった。
「…おいおい、まじかよ…」
祐樹がぽかんと口を開け、こぼす。
モニターに大きく映っているのは、長い髪の上に男物の黒いキャップを深々とかぶる少女だった。帽子の陰から荒んだ鋭い目をのぞかせ、寒そうにスカジャンを羽織った背中を丸ませている。
「…神条、あかり」
春一がつぶやいた。
「どういう事なんです?まさか、神条あかりがレギオンのメンバーだったって事ですかい?」
アシムが早口で聞く。
「いいえ、この映像が確認される以前に、神条あかりがレギオンのメンバーだという情報は出ていなかったわ。ただ、こうしてレギオンと一緒にいる以上、彼女が加入したと見ていいかもしれないわね」
「おいおい!!なんでよりにもよって神条あかりがレギオンに…!」
興奮した祐樹が両手で机を叩いた。
「落ち着け…!まだ、最後の一人についての説明が終わっていない」
レイヴンが一括する。
祐樹が腑に落ちない様子で再び席に着くと、エリザはモニターの画像を切り替えた。
最後にモニターに映し出されたのは、今日、春一が射撃場で会ったヒロという男だった。唾の長いワーク帽の下の顔は、相変わらず自信に満ち満あふれておる。
「あ!この人…」
「春一君、知っているの…!?」
「う、うん。騒ぎが起きる少し前に、この人が射撃場で話掛けて来たんだ。レイヴンもちらっと見てるはずだよ」
エリザが視線を送ると、レイヴンは小さく頷いた。
「彼についても調べはすぐについたわ。彼は『ヒロ』と名乗っている情報屋で、最近手当たり次第に各地で情報をかき集めていたようね。危ない事にも首を突っ込んでいたみたいで、幾つかの組織に追われていたわ。すぐに素性が割れたのはそのためよ。一応、イマジンも使えるみたいね、弾薬強化というあまり対した能力ではないようではあるけれど」
「あの人…レギオンだったんだ…そんな風には見えなかったけど…」
春一が独り言のように言った。確かに怪しい人物ではあったが、ピアスの男たちと大分気質が違う。
エリザは説明を続けた。
「今回のプリズンマンション突入の首謀者は彼のようね。ただ、彼も今回までは素性を隠して活動していたようで、レギオンであるという事はこの映像で判明したわ」
「そんで、どうすんだよ?レイヴン。神条あかりが入って言ったんなら、俺達も後を追わないとまずいんじゃねぇの?」
しびれを切らした祐樹がレイヴンに意見した。
「……確かに、由々しき事態ではある」
レイヴンは焦る様子もなく答える。
「あのさ…みんなが心配してるのは、レギオンが夢の王に接触して、殺すかもしれないからだよね?」
春一は子声で祐樹に訪ねた。
「あぁ」
祐樹がむすっとした顔で答える。
「でも、夢の王って凄い人なんでしょ?そう簡単にやられちゃうもんなの?」
「まぁ、確かに。そのヒロとかいう情報屋とレギオンの三人みたいなザコなら別に脅威にはなんねぇと思うんだけど、問題は神条あかりだ、あいつの戦闘力はDreedamトップクラス。とにかくあいつ、神条あかりだけはマズいんだ」
今度はアシムがレイヴンに意見を述べた。
「レイヴンさん、俺も突入には賛成です。たとえ、神条あかりであろうと全盛期の夢の王ならば、かないはしませんでしょう。しかし、夢の王の力が衰えているって事も考えられますし、もしかしてって事もあります…」
少しの間をおいてレイヴンは答えた。
「……無論、突入はする。しかし、それには幾つかの段階を踏まなければならない……エリザ、現在までに空域突入許可を申請している組織は」
「なしよ。おそらくこれからも出ては来ないでしょうね。あのユメクイの数を見てみんな怖気づいてしまったでしょうから…」
「……そうか、それなら許可はすぐに降りる……申請は私がいくとしよう………ユニバース全域のオブリビオン工作員に通信を繋いでくれ」
レイヴンが言うと、エリザはヘッドセットに手をかざし、すぐに手配をした。
「繋がったわ」
「……では、作戦を告げる」
レイヴンの号令でその場にいた全員の肩に力が入った。おそらく、ユニバース全域の散らばった他のオブリビオンメンバーも同じ状態になっているのだろう。
レイヴンはいつもと変わらない単調な口ぶりで命令伝達を始めた。
「これより、我々オブリビオンは、未来界の空中艦隊で上空に位置するプリズンマンションの集合体への突入を結構する。…作戦開始時刻は、出撃の為の十分な準備時間と、夜間決行の危険性を考慮し、次回の夢が始まった一時間後とする。各自、私及びエリザの指示に従い、行動してくれ……以上」
伝達を終えたレイヴンは、すぐさま立ち上がった。
「……私は、今から航行許可を取りに行く……エリザ、艦隊と人員の手配を」
「りょうかい」
「レイヴン、俺達は?」
祐樹が聞いた。
「ここにいるメンバーは突入後、私と共に直接マンション内の探索を行う……戦闘も予想される……各自イマジンの確認と調整をしておけ」
「え!?ここにいるメンバーって俺も?」
春一が慌てて聞き返したが、レイヴンは反応を示さずミーティングルームを飛び出していってしまった。
「よっしゃー!最前線入りだぜ」
祐樹が威勢良く、ガッツポーズを取る。その行動が信じられなかった春一は少々強い口調で祐樹を問い詰めた。
「何、喜んでだよ!?あのユメクイの量見たでしょ?きっと中にもウジャウジャいるよ?あんなとこ入っていくなんて自殺行為だよ……ね、マリー?」
そして、自分と同じ戦闘慣れをしていないマリーに同意を求める。
「……心配……しないで………ハルが食べられちゃったら……私が治してあげる…!」
マリーはこれでも真面目に答えている。
「食べられちゃったらって…」
「まぁ、そんな心配するなよ、春一。レイヴンが一緒なんだ、自分からユメクイの口ん中に飛び込みでもしない限り、俺達は安全だって!」
祐樹は脳天気さに春一はさらに不安が増した。
「…ほんとにそうかなぁ…ねぇ、アシムは…」
今度はアシムに意見を求めた。しかし、アシムは椅子に座ったまま虚空を見つめ、何やら考え事をしているようで返事をしなかった。難しい表情をすると、ちらほらと小じわのある顔がよりいっそうふけ込んで見える。
「何考えてるんだ?オッサン」
祐樹が尋ねた。
「…いやぁ、俺に戦闘用のイマジンなんてあったっけなぁと思ってな」
(本当に大丈夫なのか…!?)
春一の不安はさらに大きくなるばかりだった。
「みんな、ごめん。今から私のイマジンをこの部屋に展開するから、ちょっと外へ出ていってもらえる?何かあれば直接言いにくるか、ヘッドセットで連絡をして」
エリザに頼まれ、三人はミーティングルームから退出した。出ていく際に、春一が後ろを向くと、エリザが部屋の中に半透明のディスプレイや操作パネル、立体映像などを次々に出現させ、自分の周りを取り囲んでいくのが見えた。
ラウンジに出ると、裕樹とアシムは自身のイマジンの調整に入り、マリーはとてつもなく大きな医学書を持ち出して来てソファーで読み始めた。春一もイマジンの確認を行おうと思ったが、能力が能力なだけに室内でするのは気が引けたので、外のエントランスに出る事にした。
それからしばらく、春一は壁に向かってひたすら水泡を打ち続けたが、途中で集中が切れ、止めてしまった。どうしても気になる事があり、イマジンに雑念が混ざる。
「どうした?春一、悩み事か?」
様子に気づいた祐樹が近づいて来て声をかけた。
「う~ん、気になる事があって…」
春一は、エントランスを取り囲む鉄柵に腰かけた。祐樹は隣に寄りかかる。
「まだ、突入の事気にしてんのか…!?だから絶対大丈夫だって」
「いや、それもあるんだけど、そうじゃなくてさ…」
「じゃあ何だよ?」
「…」
春一は答えるのを渋った。答えれば祐樹の機嫌が悪くなるのが目に見えていたからだ。
「言ってみろよ」
「……神条…あかり」
案の定、春一がその名前を出した瞬間、祐樹は眉間にしわを寄せ、歯をむき出した。
「なんで、あんな奴の事…!」
「い、いや…なんかあの子がレギオンに入ったのが不思議っていうか…あんまし関わった事はないけど、意外だったんだよね」
春一は反論と罵倒が飛んで来るのを覚悟で言った。しかし、祐樹から返ってきたのは意外な言葉だった。
「…まぁな。あいつの事は大っ嫌いだから肩は持ちたくねぇけど、今までの行動からすると確かにレギオン入りは不自然だな。あいつは元々馴れ合いを嫌うタイプだし、自分一人でかなりの戦闘力を持ってるから群れるのにメリットがねぇ」
「ね?そうでしょ?」
「ただ、重要なのはあいつがレギオンと一緒にいた映像が確認されたって事だ。加入したかどうかはさておき、今あいつはレギオン側についてる。もしかしたら、ユメクイだけじゃなく、あいつとも戦わないといけないかもしんないんだぞ?そうなったら春一は真っ先に加勢しろよな?」
「え!?俺が…?なんで?俺なんか戦力にならないよ…」
「何言ってんだ…!?『水は火を消す』……戦闘経験やイマジンの差があっても、根本的におまえの方が有利なんだ。十分戦力にはなるさ」
「そうかなぁ…?まさか、レイヴンはそれで俺も探索のメンバーにいれたの?」
「さぁ?まぁ、あのレイヴンが戦闘に関して助力を求めるような事はしないと思うけど……とにかく、あんだけユメクイもいるんだ。戦闘が起きるのは確実だな」
「はぁ……不安だ」
春一は頭を下げ大きなため息をつく。まだ戦闘訓練の途中だったというのに、いきなりユメクイの大群を相手にするなんて過酷すぎる。
「だから心配すんなって…あ!そうだ!春一、おまえなら明日のリアルの1日を使ってスキルアップも出来るじゃん!」
「え?……まぁ、それはそうだけど…1日じゃなぁ」
「今思い出したんだけど俺、ちょうど良さそうなテレビ番組録画してあんだよ。明日、日曜日だしどうせ暇だろ?家に来いよ」
「…いいけど、何の番組?」
「昨日やってた『矛盾の泉』!」
「あぁ、あの化学技術で矛盾を検証する番組か…昨日は裏番組見てたから見てないや。なんで祐樹は録画したの?」
「そ…それは、聞かないでくれ」
祐樹は気まずそうに目をそらす。理由がわかった春一は、それ以上は聞かないでおいた。
「おーい、祐樹。ちょっときてくれ」
奥のラウンジからアシムが声が聞こえてきた。
「わかった!」
祐樹は大きな声で答えてから、もう一度、春一に念を押す。
「とにかく、明日俺の家に来て、録画した番組を見たいって言うんだぞ。必ず役に立つから!」
「うん…わかったよ」
生返事で春一が答えると、祐樹はアシムのところへかけていった。
「スキルアップ…か」
春一はそうつぶやくと、振り返りマンション群が映っていた空に目をやった。エリザが映像を差し替えた為、今はその場所になにも無いが、目に焼き付いた残像がはっきりとそこにマンション群を浮き上がらせた。
神条あかり、ユメクイ、そして夢の王。全てがあの場所に繋がる。そして次の夢ではその中へと入る事になった。そう考えると、春一の不安はより大きくなり、胸騒ぎがおさまらなかった。
朱色の太陽が沈み、メトロポリスが人工的な灯りに包まれる夜へと移り変わっていく中、春一は、ただただ天井パネルに映った作り物の空を眺めていた。