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きっかり二時間後、鑑識課の西原妙子が若い警官と一緒に大島一郎の死体を運び込んできた。
「お願いします」 西原妙子が、いつもの明るい声で言った。
以前、スヨンが「タエコにはラテンの血が流れているように思えます」と言っていたのを、ふと思い出した。西原の大きな目と胸、少し厚い唇と太陽のような明るい振る舞いを見ていると、それもうなずける。彼女の先祖は常夏の南の国で、みんなで仲良く楽しく暮らしていたに違いない。確信も確証もないが、康浩にもそう思えてきた。
「コーヒーカップから青酸カリが検出されました。ポットからは何の薬物も検出されませんでした」 その西原は、キビキビと報告をしながら、若い警官と一緒に死体を解剖台の上に運び上げていた。
「つまり、大島氏はカップに青酸カリを入れて飲んで死亡したと考えられるんだね」 康浩が復唱した。
「はい」 西原が笑顔で答えた。思い死体を運び上げたせいか、彼女の頬が少し紅潮していた。
「それにもかかわらず、カップの周囲には青酸カリを入れた容器はなかった。自殺だとしたら、大島氏はいったいどのような手段で青酸カリを運んだのでしょう?」 スヨンが言った。
「ああ、そうか」 康浩がぽんと手を打った。同時に、なるほど、そんな場面からスヨンはすでに他殺を疑っていたのかと思った。
空になったストレッチャーを警官が押して出ていくと、西原とスヨンが青いビニールシートを外す。下からは警察の検分を終えて全裸にされた大島一郎の死体が現れた。
康浩は解剖台の前に術衣で立ち、黙祷してから解剖に取りかかった。康浩の正面にはスヨンが立ち、その後ろで白衣姿になった西原がカメラを構えた。今回の解剖は青酸カリ中毒を立証するため、最初はノド仏を中心として縦にメスで皮膚を切った。その下にある気管を開くと、わずかにアーモンド臭がした。
「やはり青酸カリですね」とスヨンは言って、うなずいた。
気管の中には粘膜のただれが認められ、青酸カリが通過した痕と思われた。スヨンがパンチで組織を採取して、蓋付きスピッツに入れた。
そのまま胸を開いて肺と心臓を見る。見た目には大きな異常はなかったが、康浩は心臓内の血液を注射器で採取した。スヨンは左右の心室と心房から少しずつ組織を採取してスピッツに入れていた。いずれも物証として重要だ。
続いて腹部を切開して胃腸を見た。今回は胃を摘出して、あとでじっくり顕微鏡で見る予定にしている。組織学的にも青酸カリが胃に到達したことを証明しなくてはならない。
取り出した胃の中を見ると粘膜の一部は赤くただれていた。十二指腸は縦に切り開いて、その中の粘膜で肉眼的に異常がある部分の組織を摘出した。
既定の観察と組織標本の採取を終えて縫合を始めると、スヨンが死体の右手の指先を熱心に見つめていた。まるで死体に何かを問いかけているようだった。




