四「侵入者たち」前
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『漂流船付近に推定質量一千トンほどの物体が接近しつつあり。調査に向かってくれ』
「了解」
男は返事だけして、保安本部からの通信を切った。
「なんだ、えらくでかいな。この広い宇宙で当たるなんてことないだろうが」
「そうですね。どのみちこのフネの脚じゃ、たどり着くのに四時間かかります」
男が話し、隣の部下が応えた。
そのとき、唐突にけたたましい警報が鳴り、緊急通信が入って来た。
「こちら巡洋艦『青葉号』艦長川村中佐、どうした!?」
「スニラトゥ、宇宙魚がどうした?」
大きな衝撃にもかかわらず、ネフスワはしっかりと踏ん張り、すぐに答えた。
『宇宙魚が来たかと思ったら、中から黒い船みたいなのが出て来て、そっちにぶつかった。衝撃で徐々に軌道がずれつつあるため、長いこと接舷を維持できません!』
ナフ三号のスニラトゥから悲痛な声が返って来た。
ネフスワは「わかった、すぐ戻る」伝え、入って来た全員を取りまとめると、元来た道を急いだ。
急ぐとはいえ回りに気をつけながら進むネフスワだが、他の三人は全力でついて行くのが精一杯だ。体力差がありすぎる。
「スーツのバイザー閉じて!」
ネフスワ達は、チューブが外れていた時のためにバイザーを閉じた。
そして、ゲートにたどり着きそのエアロックを開けると、悪い予感は当たり接舷チューブはもう外れかけていた。
「はやく、あっちに」
一人二人と移乗したところでチューブが外れ、ラグとネフスワが取り残された。
しかしネフスワは慌てずに「ちょっと失礼」とラグを引っ掴むと、全力でジャンプした。
そのまま二人は離れ行くチューブに巧く入り込み、残る二人を巻き込みながら、ナフ三号側のゲートにぶつかって止まった。ネフスワはすかさずゲートを開け、他の三人を放り込むようにエアロックに押し込むと、自分も乗り込んだ。
ネフスワは全員が無事なのを確認すると、息切れしてへたり込んでいる部下達をおいて、自分は船外スーツも脱がずにブリッジへと全力で走った。
ブリッジに入り、窓の外を見ると唖然として立ち止まった。
「あれが、宇宙魚?」
離れ行くサク号に張り付くように、ひしゃげた涙滴型をした黒い固まりが浮いていた。大きさはサク号より一回り以上小さいが、不気味な重厚さがあった。
その回りにはいくつかの突起があったが、ネフスワには何か分からない。中からは小さなモノが次々と現れ、サク号に取り付いて行くのが見えた。
「船長、逃げましょう!」
恐怖を感じたスニラトゥが叫んだ瞬間、黒いモノから小さな円盤がナフ三号に向かって来た。
……ガツン!
船体の何処かで、鈍い音がした。
ネフスワがブリッジの外周を回りながら、各所の窓から外を見回して行く。
だが、相手は死角にあるのか、見つけられない。
そこへ、カッツァが死にものぐるいでブリッジに戻って来た。
「たたた、大変だ!」
ネフスワが「どうした?」と問うと、一度大きく息を吸った。
「いきなり船に穴が開いて、変なのが入って来た。サク号の奴にそっくりな小さい連中で、その、うわあああ!」
「カッツァ、おちついて」
「よってたかって、ラグ達を、ラグ達を!」
カッツァは声を詰まらせながら言った。
「どうした、捕まったのか?」
スニラトゥが顔をしかめて訊いた。
「ち、ちがう。よってたかって、刺し殺しちまったんだ……うわぁあああ!」
カッツァはそう叫ぶと、頭を抱えてへたり込んでしまった。
「なんて獰猛な連中なの……」
唖然とするネフスワ。他の乗員達も力なく立ちすくんでいる。
「とにかく、他の乗員達と連絡を」
とスニラトゥが手早く船内放送のスイッチを入れた。
そして「至急、状況を報告しろ!」と、流した。
『こちら食堂。変なのがいるよ……とりあえず、隠れた』
まず、震えるような小声で連絡が入った。
一応皆無事のようだが、心配だ。
『こちら機関室。機関長のウァロンだ。おい、なんだコイツらは。でかい串だのナイフだのを振り回してたぞ。ちっこいくせに、俺たちを喰うつもりかよ』
「こちらネフスワ。ウァロン、二名やられた。もう……喰われたかも……」
『なんだと? こっちは追っ払ったが、そいつは大変だ』
「どうやって!?」
『どうってことねえ、何か重い物でも投げつけてやれ。工具でも、皿でもいいや。連中、簡単に吹っ飛んで、ぶっ壊れちまうからよ』
「わかったわ。こっちはこっちでなんとかする!」
『おぅ。お、また来た。おるぁ!』
機関室からの通信はそこで切れた。
さらに、いくつかの部署から返事があったが、不明の部署もあった。
「さて、と」
ネフスワは船外スーツを着たままの姿で仁王立ちになると、まだ十名以上残っているブリッジの全員に言った。
「みんな、投げつけられそうな物を集めて。工具でも食器でも、椅子でも何でもでもいいわ。ブリッジある区画の入り口は一つだけだから、そこからは出ないで、奥の区画から持ってくるのよ」
言い終わると同時に、ほぼ全員が動き出した。震えていたカッツァも、気を振り絞って立ち上がった。
続いてネフスワも行こうとしたが、スニラトゥに止められた。
「船長はここで指揮を執ってくれないと困ります。それに狭い通路に、でっかい船長が居たら、他が通れませんので」
ネフスワは「分かったわ」と、その場にとどまる。
他の皆は、ブリッジ入り口とは反対側にある小さな階段から、資材置き場等がある奥の部屋に潜って行った。
「きっと、帰るからね……」
気がつくと、いつの間にか手に持ったものをじっと見つめていた。
それはお守り代わりにと農夫にもらった、ハンマー状の農具だった。