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参「追跡・追憶」前

      1

「あれ、怪我してるじゃない!」

 ホンザイルに持って行く荷物を上空の基地行に行くボートに積み込んでたら、後ろから声がした。

 振り向いたら、若い娘。若くても、ナフ二号の船医さんだ。

「ん~? たいしたこと無いわ、ナフラナ」

「腕から血が出てるわ」

「ありゃ、さっき崩れた荷物をなおしてて挟んだだけなのに」

「荷物は一旦降ろして、手当させてちょうだい」

 小柄な船医さん、ナフラナが私の前に立ちはだかった。

「わかったわよ……よいしょ」

 荷物を置き、怪我を見せる。

「しょうがないわね。航海長がこんな力仕事することないのに」

「しょうがないわよ。私が一番力持ちなんだから」

 ちょっと呆れたナフラナは、やれやれという顔をして治療を続けた。

 その私の後ろから大きな影が。

「誰が一番力持ちだって?」

「あ、お父さん」

 後ろに現れたのは、父タルルカの大きな影。ちょっと驚いた。

「無理しちゃいかんよ。まったくもって」

 父は私の持っていた大きな荷物を軽々と持ち上げると、ボートの中に消えて行った。

「タルルカさんの言う通り。あなたがケガしたら、みんな困るのよ」

「わかったわ……」



      2

「分かったわ……」

「船長、どうかされましたか?」

「い、いや。なんでもないわ」

 ネフスワは航海長のスニラトゥの声で我にかえった。

「はは~ん、また昔の夢でも見てたようですね」

「まぁ、ね。だってほら、夢も見るわよ」

 中型船「ナフ三号」は、長老タルルカの乗った小型探査船「サク号」探索のため加速中だった。

 これから探しに行くその探査船は、惑星ナフマンザのあるケッペザイルからホンザイル星を見た方角に対して、ほぼ直角な方向にある星を探査しに行く筈だった。

 ところが、船は加速の途中、恒星ケッペザイルでのスイングバイをする際、何らかのトラブルに合い、制御不能になったらしいのだ。

 そのトラブルが何なのかは分かっていないが、今の所救難信号はまだ拾うことが可能であり、それによって目指すところも判明している。

 今はそれに追いつくために可能な限りの加速をしなければならない。しばらくは慣性力緩和装置の働くこのブリッジ内で我慢するだけだ。

「また寝ちゃったみたいね」

「船長と言えど、加速中は暇ですからね。で、どんな夢を見たんですか?」

「父と、若いナフラナ……」

 そう言ってネフスワは振り返り、ブリッジを見回した。

 ブリッジは、周囲が見渡せるように円筒形の船の外側に、こぶのように円く突き出している。

 中は周囲をぐるりと窓に覆われていた。そして一番前に船長と航海長の席、少し後ろに機関長、その後ろには一般乗員用の席が沢山並べられている。中型貨物船のブリッジなど、この程度の規模だ。

 そのブリッジの中で、ある物はシート上で寝ており、ある物は軽食をとっている。またあるものは、窓に寄って外を眺めている。

 その中の一人に、若い船医見習いの娘アクァーラがいた。

「そりゃね、夢にも見るわ。あの子が居ちゃね」

 アクァーラは、冬眠薬による相対的老化速度の差で先に老いてしまった親友、ナフラナの孫娘。そして、その姿はネフスワの記憶に残る、若かりし頃のナフラナとうり二つなのだ。

「そら言いっこなしですわ。大事な船医の助手ですよ。場合によっちゃ、行った先ではいくらでも手が必要になるわけですから」

「必要ないと良いわ。良い意味で」

「良い意味で、ですな」

 そう言って再び二人が向き直ると、アクァーラは窓の外を食い入るように覗き込んでいた。

「どうしたの、アクァーラ」

「あの、船長。あれは何でしょうか?」

 アクァーラは斜め下を指した。

 ナフラナが立ち上がってその方向を覗き込む。

「あれ? あれは宇宙魚よ。最近とくによく見かけるの」

 のぞいた先では、動き回る宇宙魚の姿が三つ、青白く光っていた。

「宇宙魚――魚って、水の中の生き物?」

「そうよ。ナフマンザ育ちのあなたは、本物の魚を知らないわね」

「はい。でも、資料で見た魚と、姿がそっくり」

「動き回る様子もそっくりなのよ」

「そうなんですか。いつか、近くで見てみたいな……」


      3

 冬眠薬。

 かつて彼らのの祖先が定期的に冬眠していた頃の遺伝子を活性化させ、新陳代謝を最低限に押さえる、星間旅行にはか返せない薬だ。

 加速が終わり巡航に入ると、乗員たちは、その冬眠薬を使い、眠ってしまっている。そして、薬が切れると起きて来てしばらくの間運動や食事等を行い、また薬を飲んで眠る。

 一部、船の運航に直接関わる者は、より精度を高く調合され、時間通りに寝起きできる冬眠薬を使用していた。

 船を交代で運航するためである。

 

 ナフ三号のブリッジの入り口が開き、ネフスワが入って来た。

「船長どの、交代ですね」

 第三航海士が言った。

 そして操舵席から立ち上がると「異常なし」と報告した。

 ネフスワは「ご苦労様」と返事し、航海士と交代した。

「そうそう、ナフラナ長老からメッセージが入りましたよ。録画しておいたので、後で見ておいてください」

 航海士はブリッジを出る手前で立ち止まり、思い出したように言った。

「ありがとう、見ておくわ」

 ネフスワはそうい言って航海士を見送ると、顔をほころばせて、早速録画を再生した。

『こっちではお久しぶり』

 スクリーンの中でナフラナが言った。

 道中の大半を眠っているネフスワにとって、メッセージを毎日送っているようなものだ。しかし、ずっと普通の生活をしている地上の者にとって、たまに来る、無事を知らせる嬉しい手紙なのだ。

「おひさしぶり……」

 ネフスワは、画面に向かって伝わることの無い挨拶をした。

 そして、少し寂しそうな表情になる。

 毎回冬眠から醒めて録画を再生するたびに、少しずつナフラナは老いているような気がするのだ。

 いや、たしかに老いているのだ。すぐに寿命がつきるほどの速さではないが。

『相変わらず元気そうね。

 計算が合ってれば、これを読む頃には行程の七割以上進んでるはず。もう少しの辛抱よ。私も元気だから、このまま順調に行けばまた会えるわ。

 こっちの仲間も少しずつ増えて、畑も広がった。

 ほら』

 画面が切り替わり、外の景色が映った。

 畑は確かに広がっており、観賞用の大きな植物等も植えられている。

 少し遠くの方には、紐でつながれたモッペドンドがぷかぷかと漂っていた。

『ね、凄いでしょ』

 ネフスワは少し表情を緩めて「すごいすごい」と呟いた。

 メッセージの中には他にも、ナフマンザ上の様々な出来事を映した映像と、ナフラナの話がしばらくおさめられており、ネフスワを少し和ませた。

『それじゃ、またね。次のメッセージ楽しみにしてるわ』

 最後にナフラナの挨拶があり、メッセージは終了した。

 見終えたネフスワは「またね」と言いながらスクリーンを閉じた。

「おばあちゃん、元気そうですね」

 唐突に、後ろから声がした。

「わっ、アクァーラ。いつの間に!?」

「そんな、船長が来る前から居ましたよ」

「ごめん、気が付かなかったわ。どこに居たの?」

「隣の席で、ずっと星を見てましたよ。私、ちっちゃいからシートに隠れて見えなかったんですね」

 ネフスワは照れくさそうに「あらら、ごめんね」と言った。

 アクァーラは「あははっ」と笑ってごまかす。

「ところで、アクァーラ。なんで貴重な起きてる時間を、星を見るのなんかに使うの。勿体ない」

「勿体なくなんかないですよ。船長はずっと宇宙を飛び回ってるから珍しくも何ともないでしょうけど、私は初宇宙です」

「ああ、そうだったわね。私も、初めて船に乗ったときは、しばらく窓にかじりついてたっけ。そんなもんだね」

 ネフスワは少し遠くを見た。

「ところで船長、ブリッジからの景色って、いつ見てもきれいですね」

「そうかしら。宇宙から見ても瞬かないしつまらないな。飽きたのかな」

「私も、そのうち飽きるかも。……あれ、見て下さい」

 アクァーラは急に身を乗り出し、向かって右上の方を指差した。

「見て下さい、あれ。こんな所にも」

「宇宙魚ね。でも、赤い。初めて見た」

「そうなんですか。いろんな色があると思ってた。赤いのなら、何度か見ましたよ。今の所、赤と青しか見たことないですけど」

「へえ。良く見てるわね」

「起きてる時はいつもここで星を見てますから」

 アクァーラは再び正面の星空を見た。そして「ねえ船長」と続けた。

「船長、資料で見たんだけど、ホンザイルでは場所によって違う生き物がいるって。なら、この広い宇宙で、赤いってくらいどうってことないわ」

「あはは、そうね。あら、いなくなっちゃった」

 赤い宇宙魚は、目を離した隙にどこかに消えてしまい、窓の外は再び星だけになった。

 星々は一様に広がっているようだが、向かって右と左で明らかに密度が違った。

 もっとも、右や左など、この宇宙では意味のない表現ではあったが。

「ところでアクァーラ。いっしょにおばあちゃんにメッセージを送らない?」

 ネフスワはふと思い付き、言った。

 アクァーラが「いいんですか」と目を丸くした。

「かまわないわよ。さて、何を話そうかしら」

 二人はしばらくの間談笑しながらメッセージの内容を話し合った。

 そしてほぼ内容が固まり、録画をはじめようとしたときのことである。

「ねえ、ナフラナ」

 ネフスワは再び、アクァーラにナフラナの名で呼んでいた。

 ほんの少し時間が時間が止まる。

「あはは、ごめん。また間違っちゃったわ」

 笑ってごまかすネフスワ。

「ねえ、私、そんなにそっくりなんですか?」

「まあ、ね。ちょっと小さい以外は。それより、さぁ、録画!」

 慌て気味の大きな手で、メッセージ録画のスイッチが押された。

「おひさしぶり、おばあちゃん」

「こちらはみんな元気です。行程はそっちの計算よりちょっと早く進んで、いま八割くらい……」

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