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弐「深宇宙へのいざない」前

「十五番北に三つ、十七番はちょい西にー」

 丘に立った男は、片手に無線機、もう片手に望遠鏡を持って言った。

 二呼吸ほど置いて、無線機から返事が戻って来た。

『十五番を北に三、十七番ちょい西ー』

 声と同時に、丘の周りを照らしていた光がふたつ、ゆっくり移動して、大きな氷の固まりの上で一つに重なった。

「そんじゃ、十二から十四番、十八から二十四番もそこに集めてー」

『あいよー』

 当たりが一気に暗くなり、氷のある所だけが異様に眩しく輝く。

 そして、白い湯気がたちのぼり、氷が消えて無くなった。

「よろーし。元に戻してー」

『あいよぉー』

 固まっていた光はふたたび散らばり、丘の周りを照らしはじめた。


      1 

 氷と硫黄と岩だらけの大地の上に、ぽっこりと丸い丘があった。

 丘の中腹にはそれを削って作った、大きな、分厚い壁に覆われた建物が立っている。かつてコロニーとして使われていた、ケッペザイル星系第四惑星ナフマンザ上で最大の建造物だ。

 初期の開拓者たちが、極寒のこの星で生きて行くために高い気密性と保温性を持たせて作った建物だった。が、既にその役目を半分終え、避難所と倉庫として使われている。

 最初にこの星へ来た頃から、静止軌道上に少しずつミラー衛星作って設置し、コロニー周辺を暖めてきたのだ。徐々にその効果は現れ、ごく一部の範囲ではあるが、氷を溶かし、少々の土地改良で持ち込んだ植物が育てられるまでにすることに成功している。

 それに伴い、開拓者たちはコロニーを出て、小屋を建て、畑を作りはじめていた。

 硫黄分の少ない岩盤を削って柔らかくし、持ち込んだ土をかぶせて、植物を植える。砂地には、砂地でも育つ作物を植えた。

 惑星ナフマンザの大気成分は、少々硫黄臭い他は母なるホンザイルとそうかわらない。水と光さえやれば植物は育ち、その植物がさらに土を育てていく。

 決して楽ではないが、開拓者と植物の生命力は徐々に実を結びつつあった。

 

 コロニーの丘の上、塔のようなものの傍らに、長老のナフラナと、宇宙船ナフ三号の船長であるネフスワが立っていた。

「行ってくる間に、随分と畑が広がったでしょう」

 ナフラナが、大柄なネフスワを見上げて言った。

「ええ。ずっと、ずっとね。相変わらず風が冷たくて、ちょっと硫黄臭いけど」

 ケッペサ号の頃と比べて格段に宇宙船は速くなったが、ここナフマンザと母星ホンザイルを往復すると半世代ほどがかかった。冬眠薬であまり老化しない船乗りと、時間に応じて老化する地上の者との時差は、往復を繰り返す毎に広がって行く。

 ネフスワが行って帰ってくるそのの間、開拓者たちは静止軌道上にミラー衛星を一つ、また一つと建設し、コロニー周辺の地面をあたためていた。

 かれこれ一世代分の時間をであたためていても、防寒具なしで生きていらる土地はほんのわずか。そこでさえ、まだ氷に閉ざされている周りの地から吹き込む風は冷たく、惑星全体にうすく広がっている硫化物ガスの臭いがなくなることもなかった。

「ずいぶん、待たせたみたいね」

 ネフスワが塔に向かって言った。

 塔にはナフマンザで倒れた者たちの名が刻まれている。その数は、以前彼女が見えたときよりも随分と増えており、時の流れを感じさせた。

「でも、父さんの名前がないわ」

 ネフスワはふと視線を止めた。

「実は、『行方不明』なの。それで、私は正式には長老代理」

 ナフラナの言葉に「え?」と思わず息を止めるネフスワ。

「遭難したって聞いたから、てっきり、死んでしまったと思ったわ」

「救難信号そのものは、まだちゃんと届いてるの。でも、生きてるとも限らないから……」

「生きてる、かもしれない」

 ネフスワはナフラナの言葉を上の空で聞きながら、塔が伸びる空をあおいだ。

「行こうかな」

「え?」

 こんどは、ナフラナが息を止めた。

「探しに、行くの?」

「お父さん……いえ、英雄タルルカを探しに」

「みんなの同意が得られるかしら。貴重な船を使うのに」

「あはは、本当にその理由だったら、無理よ。どうせなら、遭難者全員の救助とかじゃないと」

 と言ってネフスワがぽんとナフラナの背中を叩いた。

「ちょっとぉ、あたしもう若くないんだから~」

 ナフラナがよろけながら言った。そして「でも……」と続けた。

「でも、その線ならみんな納得するかも。話してみる」

 年老いたナフラナは、少女のような笑顔を見せた。

 その笑顔を見て壮年のネフスワも笑った。

 笑って、そして悲しい顔になった。

「前回わたしが発つ前、『ナフラナがここに残る』って聞いたときから分かってたことだけど、いざ目の前にしちゃうとね」

「うふふ、わたしはわたしで、自分の人生を楽しんだわ。一生のうち、目を開いている時間は、変わらないんだから。そんな悲しい顔しないの」

「そうね。私の知らないことを沢山知ってる」

「それは、お互い様でしょ。ねえ、ネフスワがその気なら、この次の集会でみんなに話してみるわ。いい?」

 その言葉に、ネフスワは一瞬耳を疑った。

 そして、ナフラナはしわのよったその顔でネフスワをじっと見据えた。

「でも、それなりに覚悟はいるわよ……」


      2

 それから数日、ネフスワは惑星ナフマンザ上でのんびりしていた。

 住人たちと畑を耕したり一緒に野菜を焼いたりと、当たり前のことなのに宇宙ではできなかったことを堪能していた。野菜を焼くといっても、燃やす物が余りないので、地下で採取したメタンガスなどをタンクにつめたものを使い、鉄板を加熱して焼くしかなかった。ホンザイルでの直火焼きがなつかしい。

 畑の一角には、この地で育ったモッペドンドが、ヒモにつながれてぷかぷか浮いている。これが栽培できるようになると、栄養価の高い食料の確保と宇宙船の修理が容易になり、たいへんありがたい。

「ネフスワさん、凄いね。もうこんなに耕しちまったのかい」

 逞しい農夫が言った。

 ストレス解消にと農具を貸し、飯を食って戻って来たらとんでもない範囲がほじくり返されていた。

「ははっ、父はもっと凄かったはずですよ。爺さんはもっと」

「ナフ爺さんは知らないけど、タルルカさんは確かに凄かったねぇ」

 そして、農夫は空を見上げて「どこいったのやら」言った。

「近々、探しに行くから」

 ネフスワは農具を肩に担いで言った。

「あらそうかね。でも、見つかったら誰が長老やるんだろう。一応、ナフラナさんが引き継いじまったからねぇ」

「それは、見つかってから考えましょ」

 ネフスワは再び農具をかまえ、ほじくりはじめた。

「おやおや、ネフスワさん。そんなにがんばらなくても」

「イヤ、食った分くらいは植えて行かないとね。こっちじゃ、貴重な食べ物なんだから」

「心配するでないよ。モッペドンドが育てられるようになってから、とりあえず食うのには困ってませんて」

「そうですか。でも、耕すの大好きだから」

「あはは、じゃぁもう、好きなだけほじくっとくれ。敷地はどーんと余ってるから」

 農夫は視界いっぱい開けたに広大な土地をさして言った。

 確かに広い。だが、そこにあるのは「土」といえるものはほとんどなかった。ほとんどが岩と砂、そして硫黄。

 その不毛の地を、開拓者たちはそこでもどうにか育つ作物を育て、ゆっくりと、しかし本当の「土」がある土地に育てているのだ。


 その夜、ネフスワのもとに知らせが入った。

 知らせは、長老であり親友でもあるナフラナ自身が、ネフスワが寝泊まりしている小屋に持って現れた。

「条件付きだけど、救助隊を出すことが認められたわ」

 ナフラナは少し複雑な表情を作って言った。

「それは良かったけど、条件ってなに?」

「たいしたことないわ。タルルカ長老が乗った船に追い付くだけ飛んだら、帰ってくること。方角は分かってるから、あとは計算上すすんだ距離まで行くだけ」

 ナフラナはそう言って集会の記録をネフスワに見せた。

「でも、こんどはナフ三号が星系内で加速できる限界値よりも速く飛ばれてたら、ずっと追い付けないわよ」

「そうでもないの。星系内で何らかのトラブルが起きて、そのままあさっての方に比較的ゆっくり飛んでっちゃったから、追い付けると思う」

 それを聞いたネフスワが「あさって、って。はあ」とため息をついた。

「あ、ナフラナ心配しないで。さっきも行った通り、方角は分かってるから」

「ああ、そうか。そのまま追って行って、救難信号をたどれば見つけられるわね」

 ネフスワがポンと手をたたいた。

「一応、ここでも救難信号拾えてるから、きっと見つかるわ。がんばってね」

「おぅ、父ちゃんのためなら、何でもするわよ!」

 ネフスワは急に元気な表情を取り戻し、空を見上げた。

「ちがうちがう。ネフスワ、お父さんはあっち」

 ナフラナは、真上を見ていたネフスワを捕まえ、大きく輝く黄色い星を指差した。

「あっちゃー。ホンザイルのちょうど反対側じゃないの」

 ネフスワは思わず頭を抱えた。

「そう。ちょうど反対側にふっ飛んで行っちゃったのよ……」

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