十「瞬く星」中
4
「なんだその格好は」
川村は、三名ほど入ってきたエンタープライズ号のクルー達に言った。
彼らはというと、船外活動も出来る完全装備のスーツで現れたのだった。
「俺はお化けか。ほら、皆さんヘルメット外して、顔見せてください」
クルー達は素直にヘルメットを外し始めた。
「久しぶりですな、川村艦長。まあ、念のため」
「おっ、ウィリアムズ艦長直々に、お疲れさまです」
ヘルメットの中から、川村と同世代とおぼしき、中年の白人男性が「まったく、不便ですなあ」と顔を出した。白人なりに大柄なのだが、さして大きく感じなくなっている。
「しょうがないですよ、そういう条件付きですから」
銀河連邦が青葉号の「土台」となる古いパール艦を払い下げる時に出した条件というのが、「改造するなら、以後サポートしない」というものだ。連邦の規定による、文明サイクル十二である彼らへの、型通りの規制だった。
だが、青葉号はあえて改造を施してあった。それも、どうせやるならと原形を留めぬほどに。
そもそも軽装の警備艇だった所に追加装甲を取り付け、自前の制御システムに載せ換えていた。そして、最後の目玉として、短時間なら桁外れの効果を発揮するシールドを設置した。
おかげで、汎銀河戦線船団の一斉時空反転による強烈な時空震を、どうにか被害無く受け止めることが出来たが、ガス欠とあいなってしまった。エネルギーを供給している転換炉が、もとのままなのだ。
さすがに他所まで構う余裕は無く、ニュフラ号に大しては覆いかぶさってやるのがやっとではあった。死者こそでなかったが多数のケガ人を出し、船は大破してしまった。
「で、ウィリアムズ艦長、作業はいつ始めるのかな」
「指示があり次第、いつでも」
ほっとして「お願いします」と返す川村。「ところで」と話を続ける。
「ところで、連邦の艦隊はどうなってる」
途端に、ウィリアムズの表情が渋くなった。
「調査隊が今入ってるがね……聞きたいか?」
「ああ」
「早い話が、全滅。フネも将兵も、全滅だ」
川村は思わず息をのむ。すぐには言葉が出ない。
「驚いたよ、仮にも連邦の戦艦であるノア級が、一発轟沈状態だ」
「一応、あの直後のスキャンでは外観にさしたる変化は無かったが」
「ガワは、なんとか形を保っていたが、中身が大変だった」
ウィリアムズは言葉を少し探して、続けた。
「まるで、丈夫なバスケットにフルーツを詰め込んで、四方からバットで百発ばかり殴りつけたようだったな」
「なんだその状況は」
川村は腕組みして、一つ低い声で言った。
「早い話、丈夫なフネの外殻と骨格は無事で、中身はグチャグチャだ。詳しくは資料映像を回すから、そちらを見てほしい」
「あまり見、たく無いな」
「『現場慣れ』してない奴には見れたもんじゃない。どのみち、レベル一か二の極秘資料になりそうだがね」
方を落として「参ったね、はあ」と肩を落とす川村。
「それで、フル装備状態で入ってきたと?」
「まあ、そんな所だ」
「無傷の俺はお化けか」
5
「でもね」
適当な椅子に腰掛け、ネフスワは三宅の方に向き直った。これでやっと目線が三宅と同じ高さだ。
「モッペドンドが手に入って、食べ物に困らなくなった。あれから七、八世代ぶん経って、昔の必死さが無くなっちゃったんだよね」
ネフスワの顔は三宅の方を向いているが、目線は遥か遠くを見ているようだ。
『それで、手入れが?』
「宇宙に出たがるヒトも、そのために働こうと言うヒトも減っちゃった。宇宙で資源を集めて来なくても、食べて行けるんだもの」
『寂しいですね』
「まあね。でもこれで雰囲気変わるかもよ。好奇心が旺盛な若いヒトは、結構いるんだから」
ニッ、とばかりにネフスワは大きな体の大きな口で笑い顔を作った。
三宅も真似してニッ。
そして『ああ、ところで』と話題を変えた。
『ひとつ、そちらの言葉を教えてもらいたいのですが』
「いいわよ」
『私に飯を作ってください、ってなんて言うのでしょう』
三宅はそう言うと、携帯翻訳機のスイッチを切った。
ネフスワはゆっくりと「わ、もごゎ、こさ」と言った。
真似をして、三宅は二度、三度と練習する。そしてスイッチを戻した。
『上手く言えてますかね』
6
エンタープライズ号の到着から二時間後、青葉号は音もなく再始動していた。
まな板の上の鯉が泳ぎ出したかのように、ゆっくりと動き出す。操艦の殆どは機械化、自動化されており、動かすだけならば艦長一人で十分だ。もっとも、今はエンタープライズのウイリアムズ艦長と技術者達が乗り込んでいるが。
一度再始動してしまえば、とくに損傷が無い以上どうにでもなる。まずは、巨船で行ってしまった三宅達の回収だ。
そして、もう一つ重要な仕事が残っていた。
「さて、ホンザイル人たちの、加盟手続をどうするかだ」
作業が終わってブリッジに上がってきたウイリアムズが言った。会話はずっと英語だ。
「どうするって、我々でやるしかないでしょう。ミーア大使は帰ってしまったし」
川村はそう言って頭をぽりぽりと掻く。なぜか手が止まらない。
「失礼、風呂にも入れなかったんでね」
「風呂なら、こっちのを貸しますよ。で、その件は我々で、出来ましたっけ」
「たしか、出来る。私も貴官も立場上二級使節と同格だから、二人居れば、法的に問題ない。青葉号もエンタープライズ号も、ただの軍艦じゃないしね」
「面倒なだけですな」
「それを言わないでくれよ。俺だって面倒だが、首都星の政治屋どもに任せてたら、ど~うな~るか~」
川村はわざと語尾を伸ばした。
「それは嫌だな。文明サイクル十三に上がれる絶好の機会を逃しかねない」
肩をすくめるウイリアムズ。米国出身らしい仕草だ。
「で、ウイリアムズ艦長、そちらにその手の事務手続きが出来るクルーは居ますか?」
ウイリアムズは頭を振り「いない。そっちはどうかな」と答える。
「居るわけないさ。地球系では我々が始めてなんだから」
「本当に、俺たち『だけ』でやるということか……」
「そういうこと」
川村が穏やかに言うと、窓の外にあるガス惑星を探した。暖房が復帰したおかげで窓が曇り、今ひとつ良く見えない。それを「う~ん」と袖で拭いて、無理矢理惑星を視界に入れた。
「たった百年前には、こんなこと誰も想像とかなかったんだから、光栄に思わないとね。他所の星系で、初対面のヒトたちと友好をむすぶ、と」
ウイリアムズも瞬かない星景色の方を見て「地球連合内部でも、なかなか上手く行かないってのに」と小さく言った。
……データが送信されてきました。
唐突に端末から音声が流れ、スクリーンにいくつかの項目が現れた。
川村が「おや、ナフ三号で修理中の技術者からだ」とそれを開く。
「おお、これは。是は面白い調査結果ですね、川村艦長」
「ははぁ……たしかに、ありゃ発掘扱いだ」
川村は資料をめくりながら言った。
「発掘? だれがそんなことを」
「ん? ん~、後で話す。それより、さっさと第三惑星に向かおう。部下達が待ってるんでね」
「上手よ。でも何でそんなことを? お客さんに飯を出し忘れたりなんかしないわよ」
ネフスワは不思議そうに聞いた。
三宅が『いやそうじゃなくて』とネフスワの横まで寄り、小声でもそもそと聞き直した。
「なんだ、そういうこと? それなら、こっちね。もう一度スイッチ切ってくれるかな」
と、ネフスワは優しい表情に変わって言った。
「わ、こっこ、こさわぇ」
またゆっくりとネフスワが言い、三宅が真似た。そしてスイッチを入れ直し、『なんて意味ですか』と聞いた。
ネフスワは「何度も言わせないで。自分で、翻訳機に言ってみれば良いわ」とニヤ付きながら返す。なにか嫌な予感がしたので、三宅は小声でもう一度。
……。
小さな音で答が返ってくる。
『おわ、ストレートだな!』
「だから、女の私に何度も言わせないでね」
ちょっと間を置き、ふたりは思わず苦笑いした。
そこに「そろそろ、降りる支度よ」と大きな荷物を抱えたアクァーラが現れた。苦笑いをする二人を交互に見て、一言。
「ねえ、笑ってないで手伝ってよ~」




