十「瞬く星」前
1
あれから約七日。
円筒型の宇宙船ケッペサ三号は、ソーラーパネルを目一杯に広げて、恒星メンザイルの光を受け止めていた。そのエネルギーは重力子プロペラへと伝えられ、一路惑星ホンザイルへ突き進んでいた。
その行程も後少し。もう一日とかからない。
惑星ホンザイルは、減速中であるケッペサ三号のほぼ真後ろに、肉眼でも丸く見えるほど近づいていた。
「川村艦長、なにしてるかな」
「寝てるに決まってる」
津田が言い、三宅が答えた。
二人は、船殻から突き出た「食堂」で外を眺めている。
彼等の本来の居場所である青葉号は、ニュフラ号とともに惑星モッペザイルの近くで救援を待っている。ニュフラ号は大損害を受け行動不能、青葉号はガス欠だ。船内に留まっていては、生命維持装置のエネルギー切れとともにお陀仏だ。
大半の乗員たちはこのケッペサ三号に乗って来ている。しかし艦長である川村だけは艦を離れるわけにも行かず、生命維持装置のエネルギー配分を一人分にまでしぼって待ちぼうけしている。
「艦長、暇と言うことは無いだろうけど、寂しいだろうな」
「まあ津田、そう言うなって。それも給料分だろう?」
「そりゃ、俺たちの何倍ももらってるんだから、働いて頂きますとも」
津田は口を尖らせて言った。そして、ひと呼吸置いて続けた。
「自分も、寂しいですよ。休暇は事実上お預けだし。三宅曹長はそうでもないようですが」
「悪かったな、独身で。どうせ寂しかねえよ」
三宅は大げさにむっとしてみた。
津田が「そんなんじゃ無いですよ、そんなんじゃ」、とニヤニヤしている。
「津田ぁ、なんだその顔は」
「いやぁ、なんでもないっす。お、ほら、例の基地が見えてきましたよ」
「ごまかされた気がするぞ……おお、自転車のタイヤみたいのが浮かんでらあ」
食堂の窓から後ろを覗き込むと、何本ものスポークで回転軸に固定された、自転車のタイヤを彷彿とさせる基地が小さく目に入ってきた。
この船はその基地に停泊することになっており、川村達がくるまでそこで待つことになっていた。
「着いたら、我々も待ちぼうけですね」
「そうだな。艦長はナニしてるやら」
「決まってるじゃないですか」
2
「ヘックション! ああ……寒い」
青葉号艦長の川村は、エネルギーを絞って寒々とした艦内で、ひとり復旧の準備をしていた。上着を着て、手袋までしているが、やっぱり寒い。
時空震で行動不能になったニュフラ号は、昨日から無人のままボロボロの姿をさらしている。昨々日までは、生命維持装置に入ったミーアと医療スタッフがいたのだが、連邦の救援隊が来て連れ帰ってしまった。
「薄情だな……まぁ、自分たちで改造したおかげで、連邦の一般的な方法で再起動できなくなったのも問題だが」
誰もいないので、一人で愚痴をこぼす川村。
と、そこにブザーが鳴って、通信が入った。
『こちら、CVB三五エンタープライズ。川村大佐、救援に参りました』
久しぶりに聞いた英語で、通常空間通信が入った。
あまり動きたく無い川村は、手近な端末のスクリーンを起動した。
「ありがとう。補給さえしてくれれば、いつでも起動できます」
英語で答える川村。大型艦の艦長たるもの、英語くらい出来なければ困る。とはいえ、久々に使ったことだけは確かだ。
『分かりました。二時間ほどでランデブーとなります。ところで大佐、吐く息が真っ白ですが』
「いつ来るか分からんから、艦長室以外は暖房も絞れるだけ絞ってるんだ。ランデブーの時は、貴官たちも上着を来て来ることをお勧めする」
それからきっかり二時間後、日本人達から「巨大まな板」や「宇宙畳」と呼ばれている、全長一キロ弱の宇宙空母が現れた。長さだけで、青葉号の二倍半もある。
格納庫と推進機からなる船体の上下に四角い離着艦用甲板を貼付けたというシンプルな姿である。まさしくまな板か、畳だ。
『これから、私と作業要員がそちらに移乗する。用意は良いですか』
ゆっくりと近づくエンタープライズ号の艦長から、再び通信が入った。
「構いません。ちょっとだけ暖房をつけておきましたよ」
『ありがとう』
そして、エンタープライズ号はゆっくりと下に回り込むと、ちょうど甲板に青葉号を載せたような状態でぴたりと止まった。
川村は直接様子を見るため、ブリッジの窓に寄って下を覗き込んだ。
「なんだこれは。まるでまな板の上のコイじゃないか。はあ、そういや青葉号は魚っぽいな」
川村は思わずため息をついた。
吐く息はさっきほど白くは無かった。
3
自転車のタイヤを思わせるリング状の基地は、惑星ホンザイルの静止軌道上に浮かんでいた。
そのスポークを思わせる「梁」を留めている軸の部分からアームが伸ばされ、ケッペサ三号に接続された。
「おい、津田。なんだこれ」
「なんだこれって、基地ですよ」
「だからよ、何なんだこれ」
そこへ、軽い冬眠薬を使って眠っていたネフスワが、「あるむえ」と眠い目を擦りながら現れた。
津田と三宅が翻訳機のスイッチをいれ、『お早うございます』とこたえる。
「あれ? 意味分かったのかしら。私も、お早う、って言った所」
津田が『へえ。でも偶然です』と言った。
「残念ね。早くその機械無しでも喋れるようになれば良いのに」
ネフスワはそう言いながら、窓の外に広がる、ケッペサ三号がハシケのようにすら見えるほどの、まるで天体のようなサイズの基地を見渡した。
「この基地、まだ使えたんだ。この前来てから、随分経つのに」
それを聞き、三宅が『老朽化ですか』と尋ねた。
「そうね。旧いし、ちゃんと手入れ出来るヒトも減ったから、もう駄目になってるかと思ったところよ。私の父が、モッペザイルで始めてモッペドンドを持ち帰った頃に作った基地だから、七世代か八世代は前になるわ。ちゃんと手入れをしてれば、まだまだ使えるはずなんだけど」
ネフスワは指折り数えながら言った。
三宅には一世代がどのくらいか分からないが、とにかく大昔なのだと思った。
「しかしまあ、でっかいですね」
津田が言った。どこから見ていいか分からず、目線がうろうろしている。
「でかいわよ。多い時で、中に千人以上いたわ」
これほどの設備にたった千人、と津田は思ったが、口にはしなかった。そのかわりに「そんじゃ、移乗の準備しますんで」と、その場を後にした。
そして、大柄なホンザイル人と、大柄なはずの地球人が残された。
『でかいといえば、ネフスワさんもタルルカさんもでかいなあ』
「私らなんか、中でも大きい方だから。ま、みんなでかいけどね」
ネフスワはそう言って「わはは」と豪快に笑った。
「こっちのヒトは、ホンザイルの生き物の中でも最大級の大きさなの。おかげで、生存競争に勝ち残ったわ」
ゆっくりと体を回し、窓の外に広がる惑星ホンザイルを見るネフスワ。その星は、三宅の知る地球より少し茶色く、乾いた感じがする。
『我々は、弱いから道具を使うのを覚えました。生き残るのに』
「道具ねえ。専門的なことは詳しくないけど、私たちって、一通り生き残っちゃってから道具やら知恵やらを使うようになったらしいの」
『また、どうして』
「食べるものがあまり無くなっちゃったから、って聞いたわ。それに気がついた誰かが、慌てて農業を始めたって」
『どこの星でも、一番必死になるのは食う時なんですね』
「わはは、そのとおり!」




