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九「時空震」己

      14

「おっと、俺はちょっと船の様子を見てくる」

 メシどころでなくなった船長のマフルは、計器のようなものを掴んでブリッジを出て行った。

 窓からは、大きく向きを変えつつある円陣の、一・五秒前の姿が小さく見えている。

「私たち、大丈夫、だよね?」

 マフルが出て行くと余計に寂しくなったのか、アクァーラは三宅の顔を掴んでぐいと自分のほうに向けさせた。

 その勢いで二人はつながったままゆっくり自転をはじめる。

「おっと、危ねえな。大丈夫、この青っぽいのは青葉号が張ってくれてるシールドだよ。あんな遠くから撃ってくるビームくらい、なんともないさ」

『うん……』

 アクァーラは力なく言った。

――多分、一人になったらおかしくなっちまうくらい、怖いんだろうな。まぁ、俺もおかしくなりそうだ。しかし、こんなときどうすれば良いんだろう。地球人の女の子なら、ともかく……

『アクァーラ、念のためスーツのヘルメットをかぶり直さないか』

 三宅は、どうにか安心させようと、背負ったヘルメットを小突きながら言った。

「そんなことより……一人にしないで」

 アクァーラは小さく声を絞り出し、頬――今、唯一肌の露出した部分――を三宅の頬に寄せてきた。

 それをそっと抱きとめる。

――なんで、こんな暖かいのさ……

 伝わって来る温もりまでもが、あまりに「人間の女の子」に近く、大きな困惑と心の高鳴りを呼び起こした。

 数瞬の沈黙。

 ゆっくりと自転しながら漂っていた二人は、三宅の背中から壁に当たり、止まった。

 背中の機材が当たって、ちょっと痛い。

「一緒に、帰りたいよ」

『帰るさ……もちろん』 

 肩にかかる吐息を感じながら顔を上げる三宅。

 ふと外を見ると、円かった光の群れはいつの間にか一本の棒になっていた。


      15

 和田が一方的に通信を切った直後、汎銀河戦線の船団は急に体勢を入れ替えた。

 円陣の一部を崩して突っ込んでくる連邦のノア級と護衛艦をやり過ごすと、今まで陣の縁を相手に向けて守りを固めていたところを、今度は相手から円く見えるように正面を向けた。

 青葉号からはちょうど真横を向いて、一本棒のように見える。

「一斉砲撃か? 革命号を敵前にさらし、おびき寄せ……あはぁ、センス無え」

 川村はかくっと肩を落した。だが「センス無し」と評したのは、連邦の戦い方のほうだった。 

「なめられたもんだな」

 あからさまに罠だというのに。

 一旦通り過ぎた連邦の艦隊は、ノア級戦艦をそれぞれ先頭にたてたデルタ隊形を二つ作り、円陣の真ん中に位置する革命号に真っすぐに再度突撃をかけつつある。

「まぁ、あの戦艦のことだから、一斉に撃ちまくられても平気なのかもしれんが、ん?」

 川村は何となく引っかかるところを見つけ、スクリーンの一部を拡大した。

「少し乱れたか、いや、それにしちゃ奇麗すぎる……」

 汎銀河戦線の船団は、よく見ると円盤というよりは、真ん中の凹んだ凹面鏡のような陣形をとっていた。

 それに気がついた直後、超空間通信で一言『さらば』とだけ、和田からのメッセージが届いた。

 得体のしれない悪寒が、川村の全身を襲う。

「シールド緊急モード、ニュフラ号の前で盾になれ!」

 川村が叫ぶのと、汎銀河戦線の船団が一斉に時空反転し、亜空間にダイブするのが同時だった。

 シールドが限界まで強化され、ニュフラの号前に回り込む動作が異様に遅く感じる。

 それから長い一・五秒。

 虹色に揺らぎながら視界を埋め尽くす時空の大津波が、必死で身を守る青葉号へ押し寄せた。

「こいつを狙ってたのか!」

 冷や汗が川村の頬を伝った。至近距離で発生した強烈な時空震が、青葉号のシールドからエネルギーを急激に奪って行く。この状況だと、シールドが消えた途端にもみくちゃだ。

 正直、青葉号自身を守るだけで手一杯で、ニュフラ号や巨船を庇う余裕がない。せめて、シールドの影になってくれてることを祈るだけだ。

――耐えきれるか?

 長い長い一瞬が過ぎ、大津波も通り過ぎた。

 青葉号はどうにか無事だったが、シールドにはハンドガンの弾を弾くだけの力も残されていない。

「やれやれ、助かったようだな」

 川村は、さしあたり自分が生きていることを確認すると、オペレータに周囲のスキャンを掛けさせてみた。

 三宅達の居る巨船は、完全に無事かは分からないが、変わらず同じ所にある。ニュフラ号も相変わらずそれに寄り添うように止まっており、異常を知らせる何ものも出していない。

 汎銀河戦線の船団は、時空反転してそのまま何処かに行ってしまった。とても航跡を終える状態に無い。

 そして、突撃をしていた連邦の艦隊を探してみるが、なかなか見つからない。

「あの時空震の中、追って行ったのかな。だったら凄い……でもないか」

 見つけた。

 弱々しい救難信号を出しながら、突撃コースの先をよろよろと進んでいる。

 川村は救援に向かおうと考えたが、シールドに殆どのエネルギーを使ってしまい、ガス欠状態だった。

 川村は「やれやれ、困ったな。どうやって帰ろう」と、頭を掻きながら津田を呼び出した。

「そっちは皆無事かな」

 心配そうに呼びかける川村。だがスクリーンに出た津田は『はい、無事です』と、不思議そうに答えた。シールドが機能して、ブリッジ以外では何が起きたか分からなかったようだ。

「それは良かった。だが、ガス欠だよ。エンスト間近だ。大型のボートを出して、ニュフラ号にでも移乗する準備をしたいと思う。いちおう、地球に救援を呼ぶけどね」

 津田は『了解』と言って画面から消えた。

「さて、と。ニュフラ号はどのくらい無事だろうか」

 川村はぼそりと言いながら、心の中でレッドカードを破り捨てた。



    16

『いてて。何だったんだ今のは』

 三宅は頭をさすりながら言った。

 青葉号の影が、棒のような横向きの円陣を遮ったかと思うと、宇宙空間で起こるはずも無い地響きのような音とともに、二人は互いにしがみつくように抱き合いながら、もみくちゃにされてしまった。

 スーツのシールドは一応働いたが、しょせんは簡易版、すぐにエネルギー切れとなっていた。

 アクァーラが「大丈夫?」と心配そうに覗き込む。

「たいへん、なにこれ!」

 ぶつけた額が見事にふくれている。

『た、たんこぶだ。大したこと無いよ』

 ちょっと痛いだけだ。

『やべえ、通信機と船外作業用の生命維持装置がぶっ壊れてらぁ』

 スーツのスイッチをあちこち押してみるが、何の反応もない。こちらの方が余程深刻だ。

「それより、船長さんと他の寝てる人たちが心配よ」

 アクァーラは三宅の心配を他所に言った

『あ、まあ、その通りだ。行ってみよう』

 翻訳機が無事なのを有り難く思いつつ、二人はすぐに通路に出て、薄暗い廊下を冬眠室へ向かった。

 徐々に「おおおおお」という、言葉にならない声が聞こえてくる。

 急いで壁を蹴りながら進むと、船長のマフルが廊下の中空でくるくると回っていた。手足をばたつかせて何かに捕まろうとするが、丁度いい所に何も無く、止められずにいた。

「今助けてあげる。三宅さん、手を貸して!」

 三宅は『ほらよっ』と右手で手近なパイプのような構造物を掴み、左手でアクァーラの足を掴んだまま先に行かせた。

 足を掴まれたアクァーラは自分より随分大きなマフルの脚を抱え込み、その回転を止めた。

「ぶは、助かったよ。ありがとう。ところで、地震みたいなのの後に、部屋がいきなり温かくなったが、重力変動でもあったのか?」

『ええ、まあ、ちょっとした時空震が』

 時空震動と聞いたマフルは「それは有り難い!」と、急に嬉しそうな顔になり、「ゆっくりなら動けるかもしれないぞ」とブリッジに戻った。

『冬眠中のヒトたちは大丈夫なんですか』

 三宅が慌てて後を置いながら聞いた。

「緩和装置用の板を、大丈夫。熱と電気に変わっちまうからな」

『熱と電気、というと、動くのと関係が……』

「大有りですわ。これで蓄電器に電気が溜まってれば、パネルを出せる!」

 急いでブリッジに戻ったマフルは、何やら小さなスイッチを押してランプが灯るのを確認すると、その隣にあった大きなレバーを「がごん」と引いた。

 同時に、ごうごうと低い震動が船体を震わせ始めた。


      17

 川村は一時退去用のボートを準備しながら、相手の状態も知ろうとニュフラ号を呼び出してみた。

『え? そっちもだめですか』

「そっちもって、そっちもだめですか」

 そして回線をつないで一言聞くなり、途方に暮れた。

 スクリーンの中には、頭に包帯を巻いて答える副長と思しき者と、そのうしろでごたごたと対応に追われるクルーたちが居た。いつの間に出て来たのか、タルルカとネフスワが倒れた構造物を持ち上げ、下から人を救出している。

『船は、もうガタガタですね。青葉号が被さってきたおかげで、死者こそでてませんが、負傷者が多数でてます。さらにパール全損、動力源の転換炉も緊急停止からの復帰が事実上できない状態です』

「まいったなあ。一応、救助要請は出したが、用意してこっちに来るまで何日もかかる可能性があるよ。こんな辺境じゃ」

 川村は肩をすくめて言った。

『問題は、それまで生きて行けるかです。薬はともかく、空気と食べ物が』

「ふーむ。緊急用カプセルにみんなで潜るか。ちゃんと動けばだが。そういえば、ミーア特使はどうされました?」

『人間で言う重傷です。形態を保てなくなって、生命維持装置に』

「ああ、あの炊飯機みたいのか。……ちょっと、外を見てくれ。なんだあれは」

 全長五キロ以上ある円筒形をした巨船の両脇から、折り畳まれていた板がゆっくりと展開されつつあった。

『パッと見、ソーラーパネルみたいですが』

「俺もそう思う。なんだ? ちょとまて、発光信号だ」

 巨船の前の方にある、ブリッジとおぼしき突起物のあたりから、なにかピカピカと光が発せられていた。

 川村にはすぐに分かったが、それは日本語仕様のモールスだった。

「ワレ・ケンザイ、ワレ・ケンザイ。三宅達、無事みたいだな。よし、ブジデナニヨリ、と返信してくれ」

 川村は部下に命じ、さらにその返事を待った。

「きたぞ。ぼーとハ・タイハ。サレド・キカンス。ソコデ・マタレヨ。えーと、ボートは大破。されど帰還す。そこで待たれよ、か。どうするつもりか分からんが、待つとするか。どうせ動けんし」

 そのやり取りの間もパネルは広がり続け、水を張った田植え前の田んぼのように広々と、そして黒々と輝いていた。


     18

『アクァーラ、うちらの通信機が全滅だからって……』

「全滅だから、こうするしか無いでしょ。ケッペサ三号の通信機じゃ交信できないし」

 アクァーラは後方の巨船を指して言った。

 ケッペサ三号と呼ばれた巨船は、大津波のような時空震を喰らった割に殆ど無傷でエンジンを再始動していた。ソーラーパネルが完全に出せれば、それなりの速度で動くことが出来る。

 だがその時空震の衝撃で、スーツが故障し、ボートは大破して使い物にならなくなってしまっていた。

 が、ケッペサ三号にはどうにかその代わりになる物が載せられていた。

 さしあたり、発光信号に使ったライト。これでどうにか交信できた。

 船外スーツの代わりもあった。大柄な三宅は、ホンザイルで作られたスーツの、一番小さい物にどうにか収まることができた。地球製で一番大きなスーツにどうにか収まった、小柄なアクァーラとちょうど反対だ。

 そして……

 ボートのかわりが、あった。

『なんだ、このしんどいボートは』

「いざって時のために、必ず積んであるの、これは」

『しかしなぁー』

 ボートの、軽量化のため殆ど骨だけの姿を眺める三宅。

『なんで足漕ぎなんだよ!』

 二人は並んで、一番前までスライドさせた大きなシートに座り、息を合わせてペダルを漕いでいた。

 そのペダルに合わせて、重力子プロペラがくるくると回っている。

「文句言わないのっ! タルルカさんのお父さんの、そのまた先生の、偉大な発明なんだから」

『へいへい』

「さあ、青葉号までもう少しよ。頑張りましょう!」

 二人の乗った人力宇宙船は真っ暗に近い宇宙空間を、のんびりのんびり、パールドライブから見た重力子プロペラ推進のように、青葉号に向かって進んで行った。


age2 第九話 完

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