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九「時空震」戊

     10

 二人がハンドルに力を込めた瞬間、それは襲ってきた。

 急に幾度もの衝撃が押し寄せ、スーツがバチバチと火花を散らす。

 それがしばらく続いたかと思うと、唐突に止んだ。

 照明の一部が壊れ、辺りがやや暗くなっている。

「な、なによ今の」

『俺にも分からねえ』

「だけど、今ので扉が開いたわ。中に入りましょう」

 アクァーラはとにかく現状を前向きに受け止め、半開きの分厚い扉から緊急冬眠室の中に入った。

『中のヒトたちが無事なら良いが』

 三宅が後に続いて中に入ると、奇妙な光景が広がっていた。

 広くて長い廊下に、巨大なハンモックがずらりと両側から吊ってある。その数約二十。

 それらは普通のハンモックと違い、無重力になっても飛び出さないように、全身をくるりと包んでいる。

『なんだこのちまきは』

「ちまき? なにそれ」

 三宅には、それが巨大ちまきに見えてならない。

『ちまきってのは、食いもんで……細かいことは後で教えてやる。まずは皆の無事の確認と、起こす相手を探さないと』

「そうね。ちょっと見てくる」

 アクァーラはふわふあと冬眠室を漂いながら、ハンモックを一つ一つ見て回った。

 さほど時間をかけずに見終わり、三宅のところに戻ってくる。

「皆、無事よ」

『頑丈な体だなあ』

「そうかな。でも、こう中空に吊ってなかったら、今ごろあちこちにぶつかってどうにかなってたわ」

 アクァーラは明らかにほっとしていたようだった。

 もっとも、三宅にしてみれば「そう言う問題か」と言った所だが。

 と、そのとき、手前の方にあるハンモックの中から「うもー」とうめき声のような者が聞こえてきた。

「起きてきたわ。船長よ。もう一人は、船長に決めてもらうつもり」 

 そう言っている間に、「船長」と呼ばれた初老の大男はハンモックからはい出し、眠そうにほわほわと漂い始めた。

 アクァーラたちの基準で大男だから、三宅から見たらとんでもないサイズだ。

「船長、こっち、こっち!」

 呼ばれると、大男はハンモックを掴んで勢いをつけ、アクァーラのほうにゆっくりと泳いできた。途中で体を器用に反転させ、ドアを軽く蹴って止まった。

「やあ、船外スーツがお似合いの、可愛い坊ちゃん嬢ちゃ、ん?」

 船長は途中まで話して、二人が「小柄な大人」なのに気がついた。

「こいつは失礼。はじめまして、船長のマフルだ」

「はじめまして。医者のアクァーラです」

 アクァーラは自己紹介すると、ここに来た経緯を簡単に説明した。

「ふむ、よくわからんが、三宅さんは異星人なわけか。それで、変な機械で喋ってると。ふ~む、むふわあ~」

 船長ことマフルは一度大きくあくびをして、言葉を続けた。

「それで、我々がなんで冬眠してたかと言うとだ。助走のためにここまで来た所で、反応炉がおかしくなって、止めたんだ。おかげで、船内が放射能だらけになっちまいそうだったから、収まるまで安全な冬眠室で待つことにしたのさ」

 放射能と機器、三宅が慌てて手持ちのカウンターで測定する。

『問題は、なさそうですね。しかし、いつから冬眠を?』

「○×△ころからだな。頃合いを見て救助に来るように頼んでおいたのだが、はてどれくらい経ったのやら」

 彼らの単位で時期を言われたため、三宅にはよくわからなかったが、放射能が消えていることを考えると、かなりの時間のようだ。横ではアクァーラが「えーと」と、計算している。

「ざっと、ナフ三号でナフマンザまで往復できるくらいね」

「な、なんと。その間、ホンザイルの連中はどうしてたと言うのだ」

 マフルは驚きを隠せないようだ。が、その後少し寂しげに「わからんでもないが」と付け加えてもいた。

「あと、船長。携帯用の道具しかないので、後一人しか起こせないのですが」

 少し置いて、アクァーラが申し訳なさそうに言った。

「それは予備に取っておいてくれ。ここは一旦閉めて、ホンザイルから道具を持って来ようではないか。その前に、ブリッジで飯だ。食える物が残ってればだが」

 マフルはそう言って体を翻し、半開きの扉から出た。

『無かったら、我々の携帯食を分けますよ。足りないかもしれませんが』

 三宅が後を置いながら言う。

 そして、アクァーラが扉をくぐると、マフルはあの重かった扉を軽々と閉じ、しっかりとハンドルを締めた。

「表面ばっかり、ずいぶんぶっ壊れたなぁ……さあ、お二人さん、ブリッジはすぐそこだ」

 つい今まで冬眠していたのが嘘のように、無重力の廊下をマフルは軽々と壁を蹴りながら移動していく。

 そして、二つほど扉をくぐった所で、外が見えるようになった。

 この船のブリッジだ。

「ふ~む、ずっとモッペザイルのあたりを漂ってたわけだなあ。ところで、ありゃなんだ?」

 小さな星々に混じってガス惑星モッペザイルが大きく見え、その間にごちゃごちゃと船のようなモノが沢山うごめいていた。

「なんて数……」

 後から入ったアクァーラは、その光景に言葉を失った。

 お馴染みの青葉号とニュフラ号の他に、水生動物の水かきを思わせる「帆のような物」をはった細長い白い船と、それに寄り添う小さな船がすぐ側にいた。さらに、

 それらとモッペザイルとの間に、沢山の船のものと思しき光が群れていた。それらは、地球から見た月よりも小さなサイズではあるが、円陣を組んでいるのが肉眼でも分かった。

『なんだ、ここで戦争でも始める気かよ』

 三宅がつぶやく。その瞬間、ブリッジは船もろとも淡いブルーの光に包まれた。


      11

 汎銀河戦線の大船団は、円陣を組んでニュフラ号と惑星モッペザイルとの間に布陣していた。いずれも、別々の場所から時空反転で亜空間を渡り、その場にピンポイントで収まると言う、器用な芸当だった。

 ニュフラ号の位置から見ると、それらの船から発せられる光が、一枚の円盤上にまんべんなく宝石をちりばめたように見える。

 大きな、というよりむしろ長いギアマン=ノア級戦艦ヌ・ヘレとフク・ヘレは、二隻ずつの護衛艦を斜め後方に率いたデルタ戦隊を作って、ゆっくりと円陣の外側を回り込んでいた。

 いや、むしろこの移動に合わせて、外縁をノア級戦艦に向けるように円陣を動かしているように見える。

「なにをやってるの」

 その様子を見るミーアは苛立っていた。

 汎銀河戦線の船団は、円陣外周に重防御の船を配置しているのか、強力なノア級戦艦の砲撃がことごとく弾かれていた。逆に、ノア級戦艦も攻撃は受けていたが、シールドを厚く張り、こちらも大した被害は受けていない。

 ちょっとした手詰まりだ。

 ミーアは溜まらずヌ・ヘレを呼び出し「機動力は行かせないの? 高機動型戦艦ではなくて?」と司令官に問いただした。

『無茶を言わないで下さい。出て来るなり強烈な時空震を食らって、パールにかなりのダメージを受けてるのですから。おかげで、演算子も泡ふいて医務室行きです』

 スクリーンの向こうで、緑色のカマキリに似た司令官が言った。

「回復まで時間を稼いでると?」

『そんなところです。それに、こうも時空が乱れてしまっては、亜空間にダイブすることもままなりませんな。ま、じきに収まると思われますが』

 この通信の間も、両者の互いに砲撃が交わされ、着弾のたびにシールドが青く赤くと鈍い光を発している。

「収まった時が、仕掛け時と?」

『その頃には、体制も整いますから。ま、見てて下さいな。サイクル十二やそこらの、そのまた反乱分子など、かるく捻ってご覧にいれましょう』

 司令官は朝飯前と言うように、通信を切った。

 そのすぐ後、入れ替わるように、客室から『船が光ってますが、何かありましたか』とネフスワがスクリーンに現れた。

「ええ、ちょっとトラブルが」

 ミーアは棒読みに言った。

『また、あの危険なヒト達ですか』

 ネフスワが硬い表情になる。

「はい。でも大丈夫、ここは安全ですよ。すぐ追い払います」

『うわ、お願いします。ところで……』

「はい?」

『ミーアさん居ないみたいね。忙しくて出れないようだったら、後でよろしく言っておいて下さいね』

「あ、はい……。心配かけてごめんなさい」

 そう言ってミーアはスクリーンを消した。

 消えたそのスクリーンには、人間のミーアとしての姿を失い、ただの「人間のようなもの」となった自分の姿が写っていた。


     12

 

 淡いブルーのシールド越しに、三宅は険しい表情で、後の二人はぽかんとして外の様子を見ていた。

「船がダンスしてるみたい」

 アクァーラが言った。

 ダンスのように見える光は、円陣を組んだまま見事な動きを見せる、汎銀河戦線の船が出しているものだ。細くなったり円くなったり、光の円盤がくるくると、ゆっくりではあるが弾かれたコインのように回っている。

『ダンスか、君らにもそんな概念があるんだな。でも、そんなんじゃない。あれは殺しあいだ』

 その言葉にアクァーラが愕然とした。

 だが、マフルは意味不明という顔をしている。サク号の惨劇を目にしていない彼には「殺す」と「やり合う」という言葉の重なりが理解できない。

『まあ、なんだ、あのバチバチやってる中で、ヒトが沢山死んでいくってことさ。やってらんねえな』

 マフルが「何十人も死ぬのか?」と、大きな口を半開きにして聞いた。

『今の所、そんなとこかな』

「今の所、と言われますと、もうじき収まると思って……」

『いや、あの状態が乱れ始めたら、一気に何千人ですわ』

 理解不能な恐怖の空気が立ちこめる。

 アクァーラが震える手で三宅の腕を掴んで、ぐっと引き寄せてきた。

 しばらくの後「すぐに、誰もいなくなってしまうではないか」と、マフルが重い口を開いた。

『もしや、あなた方の個体数は、結構少ないのでしょうか?』

 三宅は、マフルの言葉に少し引っかかり、ふと聞いた。

「少なくなんか無い。一時期よりは少し減ったが、百万はいるぞ。これ以上増えたら、また食糧難になってしまいますわ」 

『ああ、結構居るんですね』

 棒読み気味に答える三宅。

――全部で百万じゃ、千人単位で死んだら、すぐ居なくなるわな。まぁ、この巨体で何億も居たら、それこそ居場所に困るが。

『しかし、放射能が収まるほど待って、迎えに来ないってのも困った話ですね』

 返す言葉が無くなった三宅は、話題を変えてみた。黙っていても良いが、この状況で黙ってたら、皆おかしくなりそうだと思うのもあった。

「多分いないんだよ、船を飛ばす者が」

 マフルは悲しそうに言った。

 アクァーラが「なんで? 百万もいるのに!」と大きな声で問いかける。

「なんていうかね、みんな腑抜けになっちまったんだ。ネフスワさんから、聞いてないのかい?」

『腑抜け?』

「なんと言えばよろしいやら……」

 マフルが言葉を探していると、円陣とその周りを回遊しているようだった、二つの船の群れに新たな動きが現れた。

『おいおい、他人の家で喧嘩するようなマネはやめてくれよ』


      13

 三宅が凝視する亜空間レーダーのスクリーンの中では、一・五光秒先で今現在起こっている様子が、拡大されて逐一表示されてる。

 その画面の中、集団時空反転による時空震の影響が薄れてきた頃、にらみ合っていた両者に動きが出てきた。

 高い機動力を誇るギアマン=ノア級戦艦が、いったん距離を置き、弧を描くように再突入を図っている。

「相変わらず、センスねえな」

 川村がそう言った瞬間、革命号の和田から通信が割り込んできた。

『貴様もそう思うか?』   

「唐突だなあ。さっきは返事もしなかったくせに」

『時空が乱れててな。まあなんだ、さっきも言ったが、貴様、というか、地球人類は、このままで良いと思うのか? ずっとサイクル十二の田舎者あつかいで』

「いや、そんなことは無い。だが、あんたらみたいなのが居る限り、上のサイクルに移行できるとは思えないね」

『文明サイクルなんて、糞食らえだ。地位なんてのは、自分達で手に入れればいい。ちがうか?』

「それは地上に張り付いてた頃の話しだろ。この宇宙には、力も知恵もあるのに、地球人みたいなドンパチは全くしないヒト達だっているんだから」

 川村は、ゆっくりと、だがしっかりした口調で言った。

『ああ、そのデカイ船を造った連中か。あとで、その連中の末路を見るといい。滅びちゃ居ないが、ツマランものさ』

 和田は吐き捨てるように返した。

「何を言ってる。素敵なヒトたちだ。いい友達になれそうだぞ」

『なんだ、もうコンタクトしたのか』

「正式じゃないが」

『わはは、実は、俺も良い友になると思ってる。とても心強い、な』

 和田は地味な顔ににやりと笑みを浮かべた。

「で、結局何が言いたい」

 川村は少しいらだち、スクリーンに迫るようにして言った。

『俺はここで、ひとつタネを播こうと思っている。芽が出るのは、俺が死んだ後だろうがな』

「なんの種か知らんが、ここで死ぬ気か?」

『馬鹿言うな、死んでたまるかよ。貴様にまた会えるかは分からんがね……おっと、敵艦だ。あばよ、元ライバル』

「おい、相手は連邦の戦艦だ! 束になっても勝て……切れちまった」

 一方的につないできた和田は、切るのも一方的だった。

 消えたスクリーンを見ながら、川村は一つため息をつき、ふと途中で止めた。

 そして「束になっても勝てない」と言いかけたその言葉を、自分の中で訂正した。

――あいつなら、多分やるなぁ

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