九「時空震」丁
7
――こちら汎銀河戦線の革命号。発掘の邪魔をするな。
青葉号に入った第一声は、あまりに意表をつくものだった。
「発掘? どういうことだ」
川村は不可解な顔をして返した。
――発掘は発掘だ。連邦憲章の規定にもちゃんと当てはまる。
「何をほじくってるか知らんが、さしあたり顔くらい見せたらどうだ」
――顔? 今時、画像なんか幾らでも加工できるから無意味かと思うが、まぁ……
音声が一度途切れ、スクリーンにやせ形の東洋系中年男性の姿が映った。これと言った特徴が無く、街で出くわしても気にも止めないだろう。
そして、画面の男が『これで満足か?』と言ってきた。「一応」と川村が答える。
「俺の知ってる奴に似てんだよな。和田って奴」
『なんだ、川村じゃねえか。総長と呼んでくれないか? 汎銀河戦線の総長だ』
川村は「参ったな」と一つため息をついた。
「艦長、お知り合いで?」
敷島が声をかける。
「同期のトップだ。俺はその次。……で、和田、こんな所で何をほじくってる」
『だから、和田総長だと。見ての通り、そこにあるデカブツを発掘している』
「馬鹿を言うな。これは遺跡か何かじゃなくて、宇宙船なんだが」
『川村の大好きな銀河連邦憲章の定義だと、遺跡だ。見つけた者は発掘できる』
「はぁ?」
『生命反応殆ど無し、最後に使われたのは推定で百年前だ。文句あるか』
川村は思わず言葉に詰まった。だが、ひと呼吸置いて言葉を返した。
「故障か廃棄物だろう。現に、それの仲間を使ってる人たちが居るんだぜ」
『この前のか? あれも似たようなもんだ。発見した時は、生命反応殆ど無し、使われてから何十年も経っていた』
「あちらで戦闘があったのをどう説明するのさ。それに、この星系には、それを作った文明があるのは、調べればすぐ分かるだろう」
『どうせ、お前達の護衛ロボットか何かだろが。第一、作ったと思しき文……』
そこへ突如、『こちらニュフラ号!』と割り込み通信が入った。
『川村艦長、彼は手配されています。身柄を確保しましょう。革命号は、直ちに停船しなさい。増援を呼びました』
「ちょっと、ミーア特使……ヌ・ヘレをもう呼んだのですか!?」
『はい。海賊組織、汎銀河戦線首謀者を捕らえます』
いきなりスクリーンに出たミーアには、表情が無い。ヒトのような雰囲気を作る余裕がない証拠だ。
『しょうがないな、旧い友達と喋ることもできないんかよ。これだから連邦は……』
「待て、和田」
『待ってほしいのは、俺の方だ。川村、貴様は地球人として、いつまでもこのままで良いのか?』
総長を自称する和田は、そのままスクリーンから消えた。
ほぼ同時に、軽い時空震が青葉号をゆする。
代わりに、革命号との間に、大小六つの青いイルカナナが割って入った。
「ミーア特使、もう少しだけ待ってください!」
8
「とにかく、生存者を捜さなきゃ」
アクァーラはハンドライトで照らしながら、泳ぐように非常灯のスイッチを押した。無事にうっすらと光がともる。
『探すといっても、このでっかい船の何処を探せば……』
遠くまで見えるようになった廊下は、どうしようもなく遠くまで伸びていた。
「だいたい見当はつくわ。着いてきて」
そう言って三宅の手を引くアクァーラ。
そのまま三百メートルほど泳ぎ、壁を軽やかに二度突いて、横に伸びる廊下に向かう。三宅は少し慌てて近くのパイプを掴んで向きを変え、それに続いた。
『いったい、どこに向かってるんだ?』
「冬眠室よ。きっと、サク号みたいに何かがあって、緊急冬眠に入ってるはず」
『でも、起こすための道具、持ってきてないぜ』
「大丈夫。どの船にも、道具なら置いてあるわ。ハイ、そこを曲がって!」
今度はすんなり向きを変える三宅。無重力での行動が出来ない者が、曹長として現場を任されはしない。
どちらが右で左とも言えぬ無重力の廊下を二人は進む。
「なんか、あちこちで物がはぎ取られてるわ」
アクァーラは時々壁や備品を見ながら言った。
『また連中がきたのか。無くなったのは、銀製品?』
「そうだと思う。もう、なんで銀が好きなのかなぁ。いくらでもあるし、それほど丈夫でもないのに」
『まあ、丈夫なら良いってわけじゃないよ』
三宅は、ナフマンザで見たいくつかの銀製品を思い浮かべた。
大きな手で器用に作られたそれらは、美術に明るく無い三宅が見ても一瞬見とれるほど、精緻な美しく輝いていた。実用品であるにも関わらずだ。
それから何キロか飛び回った後、大きく頑丈そうな扉の前にたどり着いた。
『ここが、例の冬眠室か』
「そうよ。あ、ちょっとここで待ってて」
アクァーラは三宅を待たせると、二つ隣の小さな扉に消えていった。
そして、浮かない顔をしてすぐに戻ってきた。
「ないわ」
『なにが?』
「あれが無いと、冬眠から起こせないの」
『壺みたいのか、やっぱり銀で? だとしたら、持っていかれたか』
「まいったなぁ……」
『誰も起こせないか』
「ううん、携帯用のを持ってるから、二人くらいなら。使うなら、船長とドクターかな」
アクァーラはそう言うと、スーツの背中の耐圧トランクから小瓶をとり出した。
『ところで、この扉はどうやって開けるのさ。鍵はどこだ』
「鍵? そんなものないわ。そのハンドルを回すだけ」
三宅は言われた先を見ると、直径五十センチほどのハンドルがあった。
だが、三宅がどれほど力を込めても、回らない。
『おかしいな。力なら自信があるんだけど』
「あなたじゃ無理よ。わざと重く作ってあるから。タルルカさんかネフスワさんなら回せるけど。おかげで、中は無事のようね」
『だからって、俺達はどうするんだよ~』
「えっと。ど、どうしよう」
『なせばなる! 二人で回そう、そっち掴んで』
「え? うん」
『いちにのさん、で回すよ! いちに――』
「おぉらっ!」
一歩早く力を込めるアクァーラ。いまいちニュアンスが伝わらなかったようだ。
9
川村が何度試みても、いったん途切れた革命号との通信は回復しなかった。
だが、ニュフラ号のミーアの方がつないできた。
『もう待てません。先ほどから停戦命令を出していますが、応じないので、攻撃を命じます』
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
『いえ、待てません。戦闘指揮はこちらでとります。青葉号は、ここで巨船と本船の護衛をしていてください。では』
こんどは、ニュフラ号の回線までもが、切られてしまった。
イルカナナを消して実態を露にした二隻の改ギアマン=ノア級戦艦と、四隻の護衛艦がゆっくりと動き出す。戦艦の全長は七百メートルはあり、青葉号より二回りは大きい。
「参りましたね。あちらに乗ってるナフラナさんたちが心配です」
様子を見ていた副長の敷島が声を掛けてきた。
「まったくだ。連邦の役人は、ああなっちゃうと、俺達みたいに文明サイクルが十二かそこらのヒトの意見なんか、聞かなくなってしまうからな」
「いつからそうなったのやら」
「さあ。大拡張期のころは、そうでも無かったらしいがなあ」
「大拡張期? 旧い話をよくご存知で。その頃から艦隊に?」
「俺はいったい、何歳だよ。親父が、そのまた婆さんだか爺さんに聞いた話さ」
「よかった。普通の地球人で」
「オイオイ……まぁ、愚痴ってもしょうがない。地球連合に、イエローカードを飛ばしておこうか。レッドカードは、まぁ、使わずに済めばいいが、用意しておこう」
イエローカードは地球連合艦隊主力の出撃準備要請、レッドは出撃要請の隠語だった。二つのカードの使用権限は、本来将官クラスにのみある。だが、貴重なパール搭載艦を指揮する川村は、大佐にも関わらず持っている。
「あはは、やっぱり当らない」
それぞれ二隻ずつの護衛艦を従え、ヌ・ヘレとフク・ヘレの二隻の戦艦が荷電粒子砲で攻撃を加えるが、それを嘲笑うかのように、革命号は全長一キロ近い巨体を踊らせ、全て躱していた。さらに、何とか当てようと照射角を広げるが、今度はシールドにはじかれている。
そして、川村が「そろそろかな」と呟いたちょうどその時、青葉号のオペレータが叫んだ。
「革命号近辺に、時空震発生……数、四十乃至五十!」
川村が「やっぱりな」と、シールド急展開のコマンドを入れる。
それからきっかり一・五秒後、時空反転航法の実体化に伴う、特徴的な固い時空震が、現れた船の数だけカンカンと青葉号を叩いた。
「沢山来ましたね。汎銀河戦線の、主力部隊でしょうか」
「ほかにあり得ない。ああ、随分派手に時空震を起こしてくれたが、ニュフラ号は平気だとして、三宅たちは大丈夫だろうか」
川村は、心配そうに巨船の方を見た。
「スーツに簡易シールドがついてますから、死にはしないと思いますが、ちょっと酷い目に遭ってる可能性は、高いですね」
敷島も巨船を覗き込んだ。
「やれやれ。あの周りに、シールド発生機を設置しないとならないな」
「あの巨体に、手持ちの発生機で十分な防御が得られましょうか」
「なに、無いよりは千倍マシさ」




