九「時空震」丙
5
青葉号は、ニュフラ号と寄り添うように、ゆっくりと「船のようなもの」に近づいた。
「デカイ……視界に入りきらん」
ブリッジの窓からそれを見て、川村が呆気にとられた。すぐ隣で副長の敷島もぽかんとしている。
宇宙空間にいると始めのうちは分からないが、そこにある円筒形の人工物は、まるで一つの天体のようだった。
「そういえば、ネフスワさんのナフ三号を『中型船』、タルルカさんのサク号を『小型の探索船』と言ってたっけ。こいつはざっと見て全長、五、六キロ、いやもっとあるかな。ああ、丁度、ナフマンザにあった宇宙基地くらいだな……」
川村は呟きながら「あれは昔、船だったのか」とふと気がついた。
「さて、と。三宅曹長、準備はどうだ?」
窓から目の前のスクリーンに目を移すと、川村のボートを呼び出した。
『準備完了』
続に宇宙服とも言われる、船外活動が可能なごついスーツを着込んだ三宅が映し出される。
そのすぐ隣に、彼に負けず劣らずの大柄なスーツ姿が映っていた。アクァーラだ。
「本当に二人で大丈夫なのか?」
『沢山で行っても仕方ないですから。ネフスワさんたちの許可もあります』
「そうか。今、格納庫のハッチを開ける。発進せよ」
川村は回線を切ると、開ける操作をした。
ピーピーと子供の吹く笛のようなブザーが鳴り、ハッチの開くガコンという震動が伝わって来る。
その直後、そのブザーはけたたましいサイレンの音に取って代わった。
「副長、どうした!?」
「超光速通信を探知した直後に、パールドライブと思われる軽い時空震反応。距離一・五光秒。革命号の可能性あり!」
「すぐ近くじゃないか。三宅曹長、発進は中止だ」
川村はもう一度三宅を呼び出した。
だが帰ってきた返事は『もう遅いです!』というものだった。
既に飛び立ったボートからの光が、艦橋からも見える。
「三宅曹長、今戻るのはかえって危険だ。その船の影に隠れるか、中にでも逃げ込んでおけ」
『了解!』
ボートの光は真っすぐに巨船に向かい、張り付いた。こうなってしまうと、小惑星に取り付いたのと同様に、探知はほとんど不可能だ。
そして、それを見ていたかのようなタイミングで、鈍い赤色の光が青葉号に近付いて来た。
それにあわせるように、ニュフラ号が青葉号の陰に隠れる。
「いかん、隠れても無駄だ。通信兵、逃げられるうちに、全速で逃げろとニュフラ号に伝えてくれ。あと、警備隊のヌ・ヘレに臨戦体制を取るよう要請!」
川村は命じると、自分は青葉号の戦闘準備を進めた。いつでもシールドを張り、主砲をぶっ放せるように、艦長コードで次々とプロテクトを解除していく。
「なに? ニュフラ号からいつでも逃げられるから、今は逃げないと言ってきたと。俺の知る限り、連中が本気ならそんなに甘くない……通信兵、もう一度逃げるように打針してくれ!」
やや焦った川村は、思わず声を荒げた。
わずか一・五光秒のところで、ひしゃげた涙滴型、もしくは柄が無いスプーンを二つ向かい合わせにしたような、全長一キロほどの船が姿を見せた。
ほぼ同時に、聞き覚えのある声で、音声だけの通信が割り込んできた。
6
三宅達を乗せたボートは、円筒形の巨船をゆっくりと周回しながらすぐそばまで近付いた。
ボートの操縦席の隣に座り、窓からそれをしげしげと見ていたアクァーラが「ああ、やっぱり」とつぶやく。
『見覚えでもあるのか?』
「見たのは初めてだけど、分かるわ。ナフザイルの宇宙基地に似てるでしょ? あの設計をベースに作った、ケッペサ二号だわ。でも、回転が止まってるってことは、何か異常があるのは間違いないの。遠心力での疑似重力はいつも作ってるはずだわ」
『異常のもとは、だいたい分かってるさ……』
操縦席のモニタ画面には、青葉号から送られてきた不気味な赤色に光る「宇宙魚」ことイルカナナに包まれた船が映されていた。
「危ないのなら、いっそ、この船の中に入っちゃいましょうよ」
アクァーラの意外な言葉に、思わず『入れるのか?』と聞き返す三宅。
「大きな船だもの、小さなボート一つぐらい、とうってことないわ。あの、白くて四角い枠のところによせて!」
『あ、ああ……』
「このスーツ、ちょっとキツいけど、このまま外に出れるのね?」
『そうだよ。おっと、この辺りで良いかな』
四角い枠はかなり大きく、ボートが三隻ばかりまとめて並べそうだ。
「いいよー、そのままにしてて。ちょっと行って来る」
アクァーラはさっと席を立ち、三宅が止める間もなくエアロックから外に出てしまった。
「おいおい、命綱もなしに」
三宅が呆れて見ている前で、アクァーラが入った船外スーツが対岸に飛んで行き、軽やかに半回転すると手すりのような物に取りついた。そして、手を伸ばして何かのレバーを引いた。すぐにゆっくりと四角い枠に沿って大きな扉が開き、その中にスーツが飛び込んで行く。
そして、すぐにワイヤーを抱えてボートに戻り、窓にへばりついて何か言ってきた。が、通信機がオフなのか、何か分からない。もちろん、口を見ても何を話してるか分からない。
三宅があわてて通信機のスイッチを入れて『なんだ?』と話しかけた。
――フックはどこ? ワイヤーをかけるの!
『ちょっとまて。今出すから、ボートの下にまわってくれ』
――わかった。あはは、生えてきたぁ~
その声から一分と経たずに足下から蹴飛ばすような震動がして、再びアクァーラが巨船の扉に消えて行った。
――ひっぱるよぉ~。うまくバランスとってね。
と、通信が入るのと、ボートが動き出すのがほぼ同時。ウインチを巻き上げてるのか、ゆっくりとボートは巨船内に引き込まれて行く。
三宅は「暗くて見えん」と、サーライトを点け、スイッチから手を離す前に驚いて固まった。
アクァーラは、ウインチを手で回していたのだ。
――はっ、はっ! 三宅さん、もう少しだよ、ちゃんとバランスとって!
「あはは、凄いパワーだ。……よし、と」
ボートはどすんと着地し、その場で止まった。すぐに、アクァーラから、固定したので出てくるように声がかかる。
三宅は速やかに外に出て、ボートを見た。見事な手際できちんと固定されている。
――さあ、中に入りましょう。
アクァーラは、ぽかんと立ち尽くす三宅の手を掴むと、引きずるように巨船のエアロックに入った。
エアロックを抜け、ハンドライトで照らすと、そこは(三宅にとっては)やたら広い通路だった。無重力状態のため、どっちが上かは今ひとつ分からず、ぷかぷか浮いている。
そのまま浮かんだ状態で三宅は周りをチェックし、少々淀んでいる以外は奇麗な空気があることを確かめた。
『空気、大丈夫だ』
三宅は、スーツのバイザーを上げると、呼吸可能なことを告げた。
二人は邪魔なヘルメットを外し、肩フックにかけて背負った。
やや汗ばんだ二つの顔が、薄暗い船内に晒される。
「ぷはっ。ほんとに止まっちゃってるわね。三宅さん、どうしたの?」
『なな、何でも無い』
三宅が見たアクァーラは、まるでスポーツをした後の、すこし上気した少女のようだった。ここしばらく無かった、不思議な気分になる。
辺りが暗くて顔がよく見えずに済んだ、と思った矢先、「三宅さん、顔が赤いわ。やっぱり変よ」と指摘された。
『わ、目が良いな。いやなに、女の子に力仕事させてすまないな、って』
「何言ってるの。力仕事に男女は関係ないじゃない」




