八「起床」後
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アクァーラによって目を覚まされたサク号のクルー達だったが、長いこと深い冬眠状態にあったために、一人をのぞいて皆半分寝ぼけたような状態だ。ベッドの上で辛うじて起き上がり、水と、持ってきたモッペドンドの干物を口にしている。
起きた一人とは、船長にして長老のタルルカ。頭をぶつけてキッチリ目が覚めていた。
「それなら、倉庫に敷物でも広げて、寝転がって行けば良いさ。ナフザイルの一日分たらずだろ?」
惑星昭和からナフザイルに帰るにあたり、ミーアは数日待って船を用意しようと提案したのだが、タルルカの一言で却下されてしまった、「それには及ばない。貨物室かなにかで構わない」ということなのだ。
もっとも、貨物室と言っても小柄な外交船であるニュフラ号に、平均身長が二メートル半もある彼らを載せきれるような場所は無い。仕方なく、そこそこのサイズがある青葉号の格納庫を使うことにした。
青葉号ではヒトの居場所を作るため、艦載機を隅に動かし、鉄板むき出しの床に下地の絨毯を敷き始めた。そして、ちょうど絨毯だけ敷いた所にネフスワ達が現れ「ありがとう」と言うと、病室の仲間を呼び出してしまった。
すぐに呼ばれたヒトたちが現れ、なんとそのままごろごろと雑魚寝状態に。
「おいおい。こんなんで良いのかよ」
台車で毛布を運んできた津田が呆れて言った。
そこに医者でもあるアクァーラが現れ、ふがふがと何か言ってきた。
津田はあわてて翻訳機のスイッチを入れ、『どうされましたか』と聞き返した。
「たった一日、寝てるだけで済むならこんなもの、って言ったの」
『はぁ。でもまぁ、体が冷えるといけないので、これをかぶって下さい』
ネフスワは「ありがとう」と毛布を受け取り、トドの群れのように横たわっている皆に配って歩いた。
「でも、これじゃ毛布がまるでタオルだ」
8
それからまもなく、青葉号とニュフラ号は並んで惑星昭和を発った。
準備に携わった三宅や津田ら青葉号兵士たちや、医者としてサク号クルーの面倒をみていたアクァーラは、ようやく一息つけるところだった。
そのアクァーラと三宅は、青葉号艦尾にある展望室に来ていた。
「ふぅ、駆け足だったけど、何とかなったわ」
『おつかれさん』
「水が欲しいわ。水、ある?」
『水? ああ、たしかあなた方も水を……』
三宅はそう言いかけて、言葉を詰まらせた。
アクァーラは「どうしたの?」と、ポーチ状の袋から出した、銀のマグカップのようなものを片手に首をかしげた。
『いや、すげえ彫刻だな、それ』
マグカップにある装飾は、美術に疎い三宅から見ても素晴らしいものだった。
自分のコップをしげしげと見て、アクァーラは「そう? わたしが作ったんだけど」と、不思議そうに言った。
「このくらい、子供でも作れるわよ」
『俺には無理だよ』
肩をすくめてみる三宅。
アクァーラがとりあえず真似してみる。
そして、ちょっと目が合って、二人はよく分からないけど思わす吹き出した。
「ぷはっ……。ところで、昭和って、面白い星ね。細長い建物がいっぱい立ててあったわ。よく見たら、中にいっぱいヒトがいるみたいだし」
『確かに、都市部は人だらけでだね、あの星は』
「でも、なんであんなに頑張って高々と立ててるの? 横にしても置く場所ありそうだけど」
『あはは、昔のなごりでね、僕らの祖先が宇宙に出る前は、増えすぎちゃって縦に積まないと人が入りきれなかったんだ』
「今も、あの建物にたくさん見えたわ」
『僕らにとって、あれが便利なんだよ。まぁ、首都星にはまだまだ沢山……いやなんでもない』
アクァーラは「ふ〜ん」とだけ言って、視線を惑星にもどした。
いつの間にか、星は遠くなり、丸く見えている。キラキラと光っていた天京の街明かりは、昼の側に行ってしまったのか、もう見えなくなっていた。
そして、星々の中に同行しているニュフラ号の姿を探した。
「『あっち』に乗った長老たちはどうしてるかなぁ」
『どうだろう。さぁ、水を汲んでくるから、それ貸して』
三宅は、ほぼ大ジョッキほどの「マグカップ」を受け取ると、水を汲みに走った。
ちょっと、重たい。
9
「あっち」こと青葉号に乗り込んだのは、本来の長老タルルカと、代理だったナフラナ、そしてネフスワ。
見た目はタルルカとネフスワが壮年の同世代、ナフラナがその親くらいの年代なのだが、実際は全く違う。タルルカがネフスワの父で、ナフラナはネフスワと同世代なのだ。冬眠薬で代謝が止まっていた期間があまりに違うため、このような状況がおきてしまった。
彼らは、ニュフラ号の部屋に入ると、再会の喜びに浸る間もなく、新たな難しい問題に頭を抱えていた。
サク号のクルーが移動している間、タルルカたちが漂流している間に起こったことなどを、簡単ではあるが既に話してはある。
「それだと、最後の船が出て、既に一世代ぶんは経ってしまったな。今からホンザイルに行って、巧くいくかな」
タルルカが心配そうに言った。
「一世代くらいじゃ、そう変わりませんよ。きっと」
ナフラナがゆっくり答えた。
が、ナフラナは「確かにそうだけど。ちょっとね……」と、言葉を濁すように返した。
「どうした、ナフラナ」
「私が前回行った時、とっくに出来てるはずだった新しい船が、半分も組み上がってなかったの」
「そらあ、おかしいな。いくら俺たちが、どうにか自力で喰えるようになったからってなあ」
そのころ、ミーアのもとに同行する青葉号から通信が入っていた。
『青葉号の川村です。地球連合の先発隊から、彼らの首都星あたりで不穏な動きがある、という連絡が入りました』
スクリーンの中かか話して来る川村に、ミーアは「不穏?」と硬い表情を作って聞いた。
『ええ。どうも、汎銀河戦線の連中がうろうろし始めたらしいです』
「それは困ったわね。銀河連邦の戦艦を何隻か、近くに配置するよう、手配しましょうか」
ミーアは地球連合と間違わぬよう、「銀河」を少し強調して言った。
そして、川村が『すみません、お願いします』と通信を切ろうとしたとき、ミーアが「ちょっと」とそれを止めた。
「あなた方は、確か数隻しかパールドライブ船を持ってないはず。もしや、先発隊に、重力反転型のワープドライブ船を送ったのではないでしょうか?」
『こちらでは知る由もないのですが、恐らくそうかと。地球連合の組織から出したと言う話なので』
それを聞いたミーアが、「ああ、なんてことを」と機械のような棒読みで言った。
彼女が無感情に見える時、それは地球人の感情表現を再現する余裕が無い時だった。
「だから、あなた方はずっと文明サイクル十二から卒業できないのですよ」
ミーアは、またも棒読みで言った。
言いながら、何かを考えているようだ。
『面目ない』
「まあ、貴方個人にとやかく言っても仕方ありませんね。先を急ぎましょう」
最後にミーアは少しだけ柔らかい表情を作り、軽く会釈して通信を切った。
age2 第八話 完




