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八「起床」中

     4

 そして翌日。

 ヒトビトに「すぐ帰る」と告げ、ネフスワ達はナフザイルを飛び立った。

 長老代理のナフラナと、その孫で若い医者のアクァーラが同行している。大切な用件ということで、分厚くてゆったりした、彼女らの正装をしてきた。

 まず第一の目的は、本来の長老であるタルルカたちを迎えに行くことだ。仮条約が締結されたので、ようやく彼の保護されている所まで行くことが出来るのだ。それに伴い、彼らを冬眠から覚ますために必要な物一式を、アクァーラの指示で持ってきている。

 今回は三人ともミーアの船『ニュフラ号』に乗って来た。宇宙空間では分かり難いが、ニュフラ号は真っ白な雪の結晶の形をしている。

 大柄なネフスワ達は、頭を少しもたげて、ニュフラ号の中をミーアの後に続いた。川村やミーアと同じようなサイズのヒトたちが、ぎょっとして見上げる。

「キャビンの一部を改造して、あなた方の体格に合わせました。どうぞおくつろぎください」

 ミーアはそう言って、船の一室に案内した。

 そこは、天井こそやや低いものの、大きなネフスワでもくつろげるだけの作りになっていた。

 驚いて「いつのまに?」とアクァーラが言った。

「外交船ですから、ある程度融通が効くように作ってあるのですよ。大柄な方仕様にアレンジしてみました」

 ミーアの答えにアクァーラは「はあ」とだけ応じる。

「まあ、良いじゃないアクァーラ。ところで、父、じゃないタルルカ長老の所に着くのは、いつですか?」

「ちょっと答え難いです……なんというか、時間や長さの単位がまだかみ合っておりませんので」

「ええと、大雑把で良いわ。ナフザイルの自転周期を『一日』としたらいかが?」

「それなら○・九五『日』です。亜空間にダイブしてしまえば、数分の距離なのですが、惑星の近くではダイブできない決まりなので」

「良く分からないけど、決まりが沢山あって大変ね」

 ネフスワの言葉に、ミーアはただ柔らかに笑みを浮かべ、答えた。

「すみません、説明し難いことで。簡単に言うと、危ないから、ですよ」

「あはは、今は『危ないから』でいいですよ」

 ネフスワは、心に疑問を残しつつも笑って済ませた。

 そして、「それじゃ、何かあったら」と言い残し、船室の中に歩いて行った。

 ミーアはそれを見届けると、戸を閉め、クルー達に発進を命じた。

 そのまま「疲れたわ」と、自室に戻ることにした。

 そこだけに、クルー達にもあまり知られていない、不定形である本来の姿に戻れる設備があり、ミーアが唯一安心して眠れる場所だった。薄暗くてじめじめしているが、それが一番落ち着く。



     5

「みなさん、着きましたよ」

 きっちり○・九五日後、ミーアはネフスワ達を呼びに船室まで来た。

 しかし、暫くたっても返事が無い。

 おかしいと思ってロックを解除しようとした所で、眠そうな目をしたアクァーラが出てきた。

「もう着いたのですか」

「はい。後のお二方は、どうされました?」

「……まだ、寝てます。今起こしてきますね」

 それからしばらくして、ゆらゆらと全員が出てきた。

 ミーアが心配して「お疲れですか」と声をかける。

「いや、大丈夫です。睡眠のサイクルが合ってないだけですよ」

 ネフスワはそう言い、大きな頭をぶるぶると左右に振った。そして、言葉を続けた。

「ところで、一部がやけにチカチカとした星が見えますが、あれが目的地ですか? そこだけびっしり建物があるみたい」

 窓の向こうには、夜の側の一角に無数の光点のまたたく惑星が見えた。

「はい。あれが目的の惑星『昭和』で、光ってるのが最大の都市『天京』です」

「トシ? トシってなにかしら」

 ネフスワの問いに、ミーアは思わず返答に困った。

「何と申しましょうか、人が、沢山集まって生活している所です」

 ネフスワが「ああ、なるほど」と、理解を示した。

 ついでナフラナが「大きな村みたいなものね」と付け加える。

「そう、そう思っていいですよ」

 ミーアは、そこに数百万のヒトが集まっていることをとりあえず伏せつつ、答えた。

「さて、もうすぐ付きますが、今回はまず遭難者の引き渡しの予定だけしか入れてませんので、ご了承くださいませ」

 そして、無表情のようで申し訳ないような表情作った。

 ナフラナが「結構ですよ。特に他の用事もありませんからね」と、当たり前のように答える。

「さ、早くタルルカ長老たちのところへ。道具の準備は出来たてるわ」

 そこに、アクァーラが箱につめられた道具一式を用意して出て来た。

 いかにも重そうにしていたので、ネフスワがひょいとそれを抱え上げた。

「ありがとう、ネフスワ。あ、『都市』がだんだん近づいてくる。この船ごと降りるのですか?」

「ええ、遭難者の方が居られる施設の、すぐ側まで」

 惑星「昭和」は視野いっぱいに広がり、星のように無数に散らばる「天京」の光点はその一つ一つが見分けられるほどになった。光点はさまざまな色に光り、あるものは動きまわり、あるものは固まってその場に止まっている。

 さらに近づくと、その全てが建物からの明かりか、なにか乗り物のようなものの明かりということが判別できるようになった。

「まるで、夜を無理やり昼間にしてるみたい。物凄い無駄というか……夜は夜でいいじゃない。宇宙船より明るいなんて」

 ネフスワはそれを眺めながら、ぽかんと口を開けてつぶやいた。

 直後、船はいったん停止し、またゆっくりと降下した。

 そして、かつんという小さな振動とともに、完全に停止した。

 どうやら、大きな建物のてっぺんに居るようだった。


    6

 ネフスワ達が来たのは、タルルカ達の居るという施設だった。

 ミーアが案内役で、一応、護衛として三宅がついてきている。

 そこは特殊な施設というわけではなく、ただの大病院とのことである。

 タルルカとサク号のクルー達は、そのとても広い一室に、カプセル状のベッドに寝かされて並んでいた。部屋の天井は高く、ネフスワが立っても頭が着かない。

 部屋の一面に大きな窓があり、その外には星空をひっくり返したようにキラキラとした、「天京」の街並みが広がっている。

 やたら背の高い建物ばかりだが、小柄な宇宙船であるナフ三号を地面に立てるよりは余程小さい。

「いち、にい、さん……全部で二十六。みんな無事ですね」

 ナフラナはしわしわの手で指折り数え、安心した。

「さあ、みんなを起こしにかかりましょう。アクァーラ、始めて!」

 ネフスワはそう言うと、道具の入った箱をどかっと降ろし、ふたを開けた。

 中には鈍く銀色に光る、直径七十センチほどの、よく見るよ精緻な装飾の施されたランプのような物が入っており、また布でできた包みが同封されていた。

 三宅が中を覗き込み、「何すか、それは」と訊いた。

 アクァーラが「これはね」と、取り出しながら言った。

「まず、香を炊くの。そしてから起こします。炊き方もあるけど、難しい。ねえ、ミーアさん、火をおこしていいかしら」

 聞かれたミーアは「はい」と短く答える。

 さらにごそごそと包みの中身を広げて、順に、丁寧にランプの中に入れていく。ランプは銀で出来ているのか、白く鈍い光沢をもっている。

 そして、カチカチと火打石を打ち鳴らした。

「なんでわざわざ火打石を使うのか、誰も知らない。でも、深い冬眠からさますには、こうするのが一番確実なの……」

 数度ならした所でランプに火が付き、穏やかな香りが煙に乗って漂った。

「なんか、春先の野原みたいな香りだな……」

 その香りに、三宅が呟いた。

「うーん、ちょっと寒いかな。部屋の温度を上げられますか?」

 アクァーラはその煙の様子を見守りながら言った。

 すぐに、三宅が「少し暖かくします」と、空調のスイッチを操作する。

「弱めにね、三宅さん」

「あいよ、弱めな」

 暖かい風が天井からゆっくりと吹き出し、その風に吹かれた煙が、部屋中に充満した。

 そして待つこと、地球時間で数分……

「ふわぁ〜〜」

「ぬが〜」

「はふ〜。ん〜? どこだこりゃ」

 部屋のそこかしこで、声が上がり、むくむくと起き上がり始めた。見たことも無い部屋に、皆が少々戸惑っている。

 そんな中、部屋の奥の方で、ひと際大きな壮年の男が、ゆっくりと起き上がってきた。

「お? ネフスワじゃないか」

「父ちゃん!」

 満面の笑みを浮かべて男に向かって走るネフスワ。

 言うまでもない、相手は、何の因果かほとんど同じ肉体年齢になってしまった父親、タルルカだ。

「おお! ネフスワ、ネフスぐゎっ」

 ごん!

 タルルカの顔には、ネフスワに負けぬ程の笑みを浮かびかけて、直後に苦悶の表情に歪んだ。

 ネフスワよりさらに頭半分ほど大きなタルルカが、病院の天井にちょっとした穴をぶち開けた瞬間だった。

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