八「起床」前
1
「おお、予想はしていたが、みんなでかいな」
惑星ナフマンザの集落に、二隻目のボートが扉を開け、男が一人が降りた。
船を取り囲んだ皆は、彼の基準からするとかなり大柄だ。用意されたタラップも、それに合わせてかなり大きく作られている。
「平均身長、二メートル半くらいかな」
男はぼそりと言った。
ほどなくして、その人込みの中からひときわ大きな、三メートル近くありそうなヒトが、のしのしと出迎えに来た。
男は慌てて翻訳機のスイッチを入れる。
『あーあー、お疲れさまです、ネフスワさん』
「お疲れ、川村艦長。さあ、まもなく会合が始まるので、こちらへ」
そして、誘われるままに会合の場へと向かう。
『私なんかは場違いな気がするのですが、大型艦の艦長となると、こういったときの義務らや責任やらがありますので、同席させてもらいます』
川村は照れくさそうに言った。
「なにをおっしゃいますか。あなた方、我々を助けて下さったんですよ」
『いやはや……』
川村は少しきょろきょろしながら、ネフスワについて会合の開かれる建物の一室に案内された。建物は入植当初に立てられたもので、案内された部屋は入植地で一番眺めが良いとされる場所だった。
眼下には、畑のようなものや集落が見え、所々に大きなキノコのような物が浮かんでいる。少し離れると、そこは岩や砂だらけの荒れ地だ。
その部屋で待っていたのは、たったの四人。
特使のミーアと長老代理のナフラナ、あとは地上基地と宇宙基地の各代表。
入植が始まって随分経つが、まだまだこの星の住人はわずか三千人ほどしかおらず、代表らしい代表は、これだけなのだ。
「お集まりいただき、ありがとうございます」
皆がそろった所で、ミーアが言った。
会場となった見晴らしの良い部屋にはテーブルはなく、背もたれの無い椅子だけが円く並べられ、そこに座っている。その椅子の大きさは同じだが、座っている者のサイズはばらばらだ。
「さあ、始めましょう」
ナフラナはそう言って、話を切り出した。
2
それから、会合はわずか三十分であっけなく終わった。
「早かったね、おばあちゃん。何か決まった?」
ナフラナ達が部屋から出た所を、アクァーラが出迎えた。
ひと呼吸置き「ええ」と答えるナフラナ。
「決まったことは、三つだけよ。たしかに、凄いことばかりだけど」
ナフマンザ単体で連邦に加盟するという仮条約の締結をすること。
ホンザイルとのコンタクトがとれ次第、ナスカ(地球)所有の超光速船による定期便を就航させること。
そして、海賊行為からの安全保障。
「凄いわ。でもそれじゃ、連邦さんの負担もたいへんね」
「ところが、どうってこと無いらしいのよ、これくらい」
ナフラナは、自分で了承したとはいえ少し不思議そうにしている。
「へえ、よくわからないけど、きっと私もホンザイルに行ける、ってことね」
空を見て、アクァーラは無邪気に喜んだ。
「あれ? 行ったことなかったかしら」
「うん。どんな所かしら、はやく行きたいな」
アクァーラは、まだ見ぬ自分「たち」の故郷に思いを馳せるが、ナフラナの心は複雑だった。
ーー私が最後にホンザイルへ行って、それから一世代半くらい時間が経ったけど、あのままだったら、今頃どうなってるかな。結局、このあいだも、ネフスワに様子を聞きそびれたし。
色々なことがナフラナ頭をよぎる。
そして、一つ聞いてみることにした。
「ねえ、アクァーラ。ホンザイルはどんな所だと思ってる?」
「え? そうね……ヒトが沢山いて、いろんな生き物や食べ物がある所」
「まあ、だいたい合ってるわ。明日にでもミーアさん達とホンザイルに行くから、一緒に来る?」
その問いに、アクァーラは思わず驚き「え」っと言って固まった。
「え、えーと……きっと、あっと言う間に着くわよね」
「それは、貴方とがよくわかるはず。だって、遠いナフ三号から、あっという間だったんでしょ?」
「そう、宇宙魚に運ばれて、あっという間にうねうねのすぐそば」
「じゃあ、決まり。支度しておいてね。どのみち、医者は必要よ」
ナフラナはしわしわの顔で笑いかけた。
アクァーラは「支度!」と言ってその場を後にしようとして、ふと振り返った。
「三宅さん達も、来るかしら」
「青葉号も同行するから、きっと一緒よ。でも、なんで」
「なんでもない」
もう一度振り返り、アクァーラは「支度~」と言いながらその場を去った。
もっとも、帰ったばかりの彼女に、たいした荷物があるわけでもないのだが。
3
その夜、ナフザイル地上基地では、ささやかな宴が執り行われた。
ここの主食である浮遊キノコ「モッペドンド」が振る舞われる。
リスクが高すぎるため、普通なら異星の食物はすぐに食べることはしない。だが、これに関しては地球人もミーアも安全に食べられることが判明した。
判明したのは、ナフ三号に居るときだった。
食事の際、モッペドンドを焼いた物を、三宅が鶏肉だと思い込んで食べてしまったのだ。
三宅はあわてて青葉号に引っ張って行かれて検査をされたのだが、全く何ともない。ついでに、モッペドンドのサンプルも調べられたが、有害な要素は何一つ無いのだ。
と、同時にホンザイル系のヒトたちからは、ちょっとした英雄扱いをされた。よく分からないものを初めて喰って見せるのは、とても勇気ある行動だと言うのだ。
「まぁ、やろうと思ってやったなら、勇気があると言えなくも無いが」
と、検査を受けながら三宅は言ったとか言わないとか。
で、宴会であるが、日が暮れるとともに、会合のあった建物の外にテーブルや椅子が適当に並べられ、真ん中にガスコンロのような物が数台並べられる。そして、鉄板のような物が乗せられ、その周りにあるカゴに、ぶつ切りにされた大きなキノコが並べられた。
「ほんとうは、たき火で焼くのですが、この星にある燃料は油やガスばかりなもので、こんな形になってしまいます」
『ほぉ、それじゃまるっきり、地球のバーベキューだ』
ネフスワが言い、川村が翻訳機で答えた。
二人は並んでベンチに腰掛け、ガスの炎と星空を眺めている。
「バーベックー? あなたがたも、たき火でもてなすのですか」
『ちょっと違うかな。空の下で仲間と楽しむものです』
「どのみち、楽しそう。さて、わたしも焼こうかな」
ネフスワはそう言って立ち上がったが、一番近いコンロの前には、既にアクァーラと三宅が陣取っていた。
『おっと、こいつに刺して焼くのか。串っていうより、竿だなこれは』
三宅が、モッペドンドを刺すための、長い棒を片手に喋っている。
「なにしてるの、三宅さん。生では食べれないわよ」
『へいへい、このモッペドンドとやらを刺して焼くんだろ』
二人はそう言いながら、カゴからモッペドンドを四切れとり、その竿のような串に刺して、熱々の鉄板に乗せた。じゅっと音を立て、焼けていく。
そして良い具合に色づいたところで、アクァーラが「はい」と、ネフスワたちのもとに持ってきた。
三宅も、小さな串に一切れ刺して、くちをもごもごさせながら歩いてきた。
『艦長も、お一つどうぞ』
小さな串をもう一本出すと、三宅は大きな串の横から刺して、一切れ引き抜いた。さらにもう一つ引き抜き、ネフスワと三宅に渡す。
川村はそれを受け取ると、手持ちの小さな瓶に入った茶色い液体をそれにかけ、かぶりついた。一口、二口と美味そうにそれをほお張る。
「美味い美味い、鳥肉というか椎茸というか、なんとも不思議な味ですな~」
「それは良かった! ところでいまの、何ですか? すごくいい香りですね」
ネフスワは串を受け取ると、口に運ぶ前に聞いた。
『醤油です』
「ショーユ? どれどれ」
川村が大事に持ってきた醤油は、止めるまでもなく取り上げられ、ネフスワのもモッペドンドにぶっかけられた。
それはすぐに三宅とアクァーラにも手渡され、あっという間に半分になってしまった。
『艦長、ずるいですよ、一人だけ醤油なんて。めちゃめちゃあうじゃないですか』
「うわぁ、美味しい! すてきな味よ!」
川村は苦笑いしながら「よかったね」と半分になった醤油瓶を眺めた。
「さ、また焼きましょう、三宅さん。ほら、いっしょに!」
『あいよ~』
そして、「小柄な」アクァーラは、「大男」三宅をちょっと見下ろすと、手を引いて鉄板のほうに歩いていった。
「なんか、あの二人いい感じね」
『おや、そう思いますか。まったく、別々の星で進化したとは思えぬほど、我々とそっくりですな。感情まで似てる』
「不思議ね。あのまま、子供でも出来たら面白いわ」
『そう巧くいきますかね、わははは』
川村が笑い、ネフスワもつられて豪快に笑った。
その目線の先では、三宅とアクァーラが手を取りあって、二本いっぺんに串焼きを作っていた。
「あの二人、モッペドンドと醤油みたいだな……」
川村は翻訳機を止めてつぶやき、身の無くなった串と、半分になった醤油瓶を眺めた。




