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六「使者」前

     1

 「連邦の代表」がナフ三号のところまで来るのに、準備に地球時間でまる一日ほどかかるという連絡があった。

『すみません、あまりに早く決断されてしまったので、スケジュールが間に合わないそうです』

 と三宅が申し訳なさそうに説明した。

「はあ、一日ですか。それって、どのくらいの長さでしょうか?」

 ネフスワはどれだけ待たされるのか気になって聞いた。

 この「地球時間でまる一日」という長さは、非常にローカルな単位なのでネフスワ達に伝えるのに少し手間どった。

 小一時間ほど擦り合わせをしたところ、互いの母性の自転周期を基準にした「一日」が、おおむね一致していることが分かった。

「まぁ、それだけで済むんですか。でも、一仕事できる時間がありそうね。もう一度サク号につないで、中の探索をしてこようかと思うのだけど」

 ネフスワはそう言って、船内の片づけと点検を始めようとした。

『あ~と、そこまでは時間がないかと思われます。もし、あちらの船を捜索されるのが目的なら、こちらのボートをお出します』

 川村は、やっぱりちゃんと通じてない、と思いながら制止した。

「でも、あなたたちのボートに、私たちは乗れないでしょ? 大きくて」

『二人や三人なら、何とかなりますよ。ちょっと狭いですが、ずっと乗ってるわけじゃありませんから』



      2

 ネフスワは、技術者のラグと船医のアクァーラを連れて、少し離ればなれになってしまったサク号へと移動した。青葉号から出したボートの中では、小柄なアクァーラをのぞいて少々狭苦しい思いをている。

 近付くと、サク号はちょっとした天体のようにボートの前に立ちふさがった。おおまかな形は、ナフ三号のような大きな円筒形だがさらに大きく、そのサイズは地球で言うキロ単位ではからねばならないほどだった。

 あまりの巨大さになかなか近付く感じがしなく、近付くと視界に入りきれないほどだった。

『少々荒らされてますが、気を落とさぬように頼みます』

 案内を買って出た三宅が、ボートを操縦しながら言った。

 船殻の数カ所に穴をあけられた跡があり、それが誰かの手によって塞がれていた。

 ネフスワが「だれが、こんなことを」とそれらを見渡した。

『さっきの連中の、仲間です。損傷は、我々の仲間が修理しましたが、完全には……。

「いえ、直してくれてありがとう」

 船外では、スーツを着て外に出たラグが、ごそごそと入り口のハッチを開いていた。入り口はシリンダー船の回転軸近くにあり、ゆっくりと直進するだけで簡単に入ることが出来た。

 設計の段階で、入りやすいところに入り口を作ったのだが、おかげで誰でも出入りしやすかった。

 まもなく、音もなくゆっくりとハッチは開き、そのおおきな口の中にボートをのみこんだ。中は小さな(船のサイズに対して、だが)部屋になっていた。

 ネフスワが「ちょっとまって」とボートを停止させる。

 間もなく入って来たゲートが閉まり、暫くすると、かすかな振動の後に空気の漏れるような音が響き、再び止まった。 

「もう、出られますよ」

 ネフスワが言った。

 三宅は『わかりました』と言ってボートを適当なところに停め、席を立って外に出る用意をした。皆、念のために船外作業スーツを着込んでいる。

 別の船室からは、津田の他あと二名の隊員が護身用の道具を持って現れた。

 全員がまとまると、ハッチを開け、ネフスワを先頭にボートを降りた。

『でっかいなぁ』

 三宅は思わず声をあげた。

 とにかく、一つ一つのつくりが大きい。だが、ネフスワたちの言う『ヒト』は、このサイズでちょうどいいのだ。

 その大きな扉の一つをくぐり、内部に入ると、まるで幽霊船のようだった。

 ぼんやりと非常灯が灯り、ヘルメットのバイザーを開けたとたんに、淀んだ空気が顔にまとわりつく。

「ほんとうに、誰もいないのね」

 ネフスワは立ち止まって言った。

『ええ。生存者は全て収容しましたから』

「と、言うことは三宅さん、遺体は……?」

『遺体と言いますか、大半が仮死状態で発見されたんですよ』

 それを聞いたアクァーラが、「冬眠薬ね」と言った。 

『冬眠薬? 人工冬眠みたいなもんですかね』

 津田が横から口を挟んだ。

「人工の冬眠では、ありますよ。薬を飲んで、冬眠するの」

『収容してから随分経ちますが、生命維持装置から出て来たと言う話が無いのですが』

「たぶん、緊急用の『強い』薬を使ったのだと思う。起こすにはコツがいるわ」

『コツですか、はぁ』

 津田がそう言って困惑していると、突然周りが明るくなった。

 ラグが照明のスイッチを入れて来たところだ。

 明るくなったところで、ネフスワは行き先を見定めると、皆を案内してブリッジに向かった。



       3

 長い長い廊下(少なくとも三宅達にとって)を歩き、ようやくブリッジに辿り着くと、入り口のドアは半ば開いていた。

 それをくぐると、ネフスワはすぐに異変に気が付いた。

「随分と、荒らされてるわ。だけど、まぁ、妙な物ばかり持って行ったわね」

 三宅が『妙な物?』と聞き返す。

「扉の板とか、テーブルの天板とか、天井の蓋とか。板っぽいものばかり。それも、貴重なニッケル合金とかアルミじゃ無い物ばかり」

『ただの鉄ですかね?』

「いいえ、いくらでも手に入る『硫黄の銀』ばかり」

『何ですか、それは?』

 ネフスワは専門外のことに「えーと、それは」答えに困った。

 ラグがそれにかわって答える。

「硫黄を分解してできる銀ですよ」

 簡単に言われてしまったが、津田にも三宅にも、皆目見当付かない。

 おそらく、翻訳がまだ不完全なんだろう、と思い、深く追求しないことにした。

 そして、三宅は『とにかく「銀」だったんですね』と、言った。

「ええ、銀は銀よ。物が軽く作れる以外、普通の銀と変わらない」

 ネフスワは、何を困ってるのだろうという顔で答えた。

『だいたい、わかりました。我々の間では、銀であるというだけで、価値があるのですよ。おそらく、銀目当てに侵入したんでしょうな』

「どのみち、盗人ですね。まるで、ちょっと昔の我々とかわらない」

『昔の?』

「あはは、わたしたちの本星にくれば分かるわ」

 三宅はその意味深な言葉に戸惑いながらも「まぁ、卒業しちまったんだろう」と自分を納得させた。

 ここへ来て、見た目は似ている相手の、価値観や感覚の違いに驚きっぱなしの三宅。慌てても仕方ないので、のんびりを決め込んでいる。

 そう思って次の動きを待っていると、はたとネフスワの動きが止まった。

「そういえば、荒らされてる割に、状態いいわね。この船」

 あちこち穴をあけられ、物をはぎ取られているはずなのに、こうして中の空気を呼吸できていることは、おかしいと言えばおかしい。

『一応、われわれというか、連邦の方である程度直しておきましたので』

「どうも。でも、良く直せたわね」

『ガワだけですよ、ガワだけ。穴を塞いで、中にあったのと同成分の空気を入れておいただけです』

「あはは、簡単に言うわね」

 三宅は、実際簡単だったのだがと思ったが、口に出さずに「いえいえ」とだけ答え、軽く会釈した。

「さて、と。長居しても仕方ないから、戻りましょう」

『え? もうですか』

「ええ。なにも持って帰るものないし」

『は、はぁ』

 再び、三宅はちょっとした感覚のずれを感じた。 

 ――ああ、でも人それぞれなのかも。

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