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伍「未知種」中


      4

 三宅が青葉号との通信を切り、再び巨人の方を見ると、後ろにあった階段をその仲間達がぞろぞろと出てくるところだった。

『もうちょっと待っててくれれば良かったのに』

『船長、そうは言われても……』

 端末は巨人たちの会話を次々に訳して、音声として出力してきた。

 データが少しずつ蓄積され、徐々に言葉がまともになって行く。

 その間に出て来たのは男女あわせて五名ほど。最初に居た者が特に大柄だったようで、みな彼女ほど大きくない。 

 彼等は出てくるなり、当たりに散乱する死体を目の当たりにしてあぜんとしていた。そして、三宅たちに気が付き、とっさに物を掴んで投げ付けようとしてきた。

『待って! さっきのと違うの!』

 はじめのな巨人が制止し、そして訊いた。


『ねえ、小さなみなさん。貴方たちは、何者?』


 瞬間、空気が止まった。

 未知の文明との接触のさい、名を聞くことがそのまま抗争に繋がる可能性がある。その可能性を恐れて、三宅たちはその言葉を控えていた。

 が、相手の方から聞いて来た。

 リスクはあるが、三宅は答えることにした。

「ああ、俺は三宅。太陽系第三惑星、ナスカこと地球から来た、三宅です。よろしく」

『ミヤケ……あなた方、ミヤケという生き物なのですね?』

「いや、そうでなくて、私固有の名前で、俺は『三宅』でこいつは『津田』。どちらも地球の『ヒト』って生き物です、ハイ」

 思わぬ誤解にあたふたする三宅。

 百戦錬磨の彼も、未知言語を使うような相手は初めてだった。

『私たちも「ヒト」よ』

 翻訳機は、他に言葉がなかったのか、彼等の一般名詞を「ヒト」と訳して来た。

『名は、ネフスワ。あっちの小さいのが、アクァーラで、その隣がカッツァ』

 とネフスワはそれぞれ指差しながら言った。

 その先を見るうちに、三宅たちは自然と上目遣いになった。

 ネフスワに「小さいの」と言われた、少女のような風体の「ヒト」ですら、身長百九十センチを超える三宅よりも大きいのだ。さすがに肩幅などは三宅のがあるようだったが、目線を見ると三宅の方がやや低い。

 しかし、サイズ以外では地球人とそっくりな姿形をしているので、皆妙な気分になっていた。

『ねえ、船長。私も話していいですか』

 アクァーラが、ネフスワの陰に入るようにこそこそと前に出て来た。

『よろしく、アクァーラ、です』

「よ、よろしく。なんというか、礼儀正しい方々で」

 三宅は、挨拶しながら少し驚いた。

――なんて俺たちと似ているのだろう。いや、いまやみんなが忘れてしまった純粋さのようなものを感じたような。

『ねえ、ミヤケ。あなた、青いの? それとも、赤いの?』

「え、何のことか……」

『あなた、宇宙魚に乗ってやって来たんでしょう』

「宇宙魚……あ、イルカナナのことか。見えたんですか?」

『見えたわ。青いのと、時々赤いのがいたの』

 それを聞いた三宅はいったい何のことか分からなかった。

「ああ、青い方ですよ」

 横から声がした。部下で技術兵の笠原だ。

 三宅が「どういうことだ」と尋ねる。

「その辺は、青葉号で。あなた方は、ずっと私たちのことが見えてたんですね」

 笠原がすこし驚いたように言った。

『ええ、かなり前から』

 ネフスワが答えた。『赤いのは、最近ですが』と、アクァーラが付け加える。

『しかし、宇宙魚が船を運んでるなんて、とってもびっくりしたわ』

「あはは、それは驚かれたことと思います」

 笠原は発想の違いに過ごし戸惑ったが、そんな見方もあるな、と納得した。


      5

 危険はないと感じたネフスワは、青葉号のスタッフたちを招き入れた。川村は、ネフスワ達を青葉号の方に招きたかったのだが、あまりに大柄なために諦めざるを得なかったのだった。

 その一部にある、賓客のためとおぼしき部屋に川村を案内した。

 ネフスワはスーツを脱ぎ、分厚いがゆったりとした、布のようなもので出来た服を着ている。川村は、青っぽい正装の軍服に着替えてきた。

 その川村は、ネフスワを前に誰から見ても緊張している。もうじき五十になるベテラン士官とは思えないほどだ。

 なにせ、地球人「が」ファーストコンタクトを「される」ことなど、前代未聞なのだ。それ以前に、相手がものすごく大きい。

 連邦規定で、現場の責任者が全権大使としての権限を持ち、大型艦船の船長などはその訓練も受けている。だからといって、そうそう落ち着いて居られるわけでもなかった。

『改めて、<青葉号>艦長の川村です。よろしく』

「『ナフ三号』船長のネフスワです」

 気が付くと、翻訳機は流暢に訳すようになっていた。ネフスワ達も、それを介した会話にだんだん慣れて来たところだ。

「おかげさまで、片づけがはかどっています。礼を言います」 

 ネフスワは用意された椅子に腰掛けながら言った。

『よっ、と。こちらこそ、友好的に話が進んで助かります』  

 地球人として並の体格でしかない川村は、椅子によじ上る格好になった。

「大丈夫ですか」

 慌ててネフスワが手を差し出したが、川村は『大丈夫』と苦笑した。

 だが一瞬触れたその手から、不思議な暖かみを感じていた。

 ――初めて他所の星の「ヒト」に会い、言葉を交わしているというのに、ただ単に『大きさ』だけが問題になるのも、妙な話だ。この宇宙には、容姿や生活環境、価値観や精神構造が全く違う生命体が、いくらでも居ると言うのに。

 川村はそう考えると同時に、死者を悼む心も同じく持っているのではと考えた。

『ところで、なんというか、亡くなられた乗員の方にはなんと申して良いやら』

 途中目にした、船内に横たわる大きな死体をいくつかを思い浮かべた。銃撃された者、刺し殺された者、そして、肩から上を吹き飛ばされてしまったスニラトゥ。

「そんな。殺した数なら、私たちの方が。ああ……」

 ネフスワは謝られたのが不可解と思った。船内各所で蹴散らした「小さな侵入者」達の数は、仲間の死者の数倍に及ぶのだ。

『気にされることでは、ありませんよ。身を守るために戦うのは、当然の権利ですから』

「『タタカウ』? 今の分かりませんでした。身を守る権利と、殺すことの関係ですか?」

 突然聞き返され、「戦う」という単語がそのまま『タタカウ』という音で、川村の翻訳機から発せられたのに気がついた。翻訳機が対応しきれていないだけなのか、そもそもそれに対応する言葉が存在しないのか、判断に困る所だ。

『戦う、っていうのはですね、あの、その……ホラ』

 丁度いい言葉が思いつかない川村。自分たちにとってはあまりに当たり前の行動のため、説明に窮してしまった。

「殺しに来るのがいて、自分は殺されないように相手を殺そうとする。でもその相手も殺されたくないから、もっと大変な方法で殺したがる。その繰り返しなのでしょうか?」

 ネフスワは先の状況からそう解釈した。

『だいたい、そんな所です』

「そんなことしてたら、みんな死に絶えちゃうわね……」

 その一言が川村の胸に突き刺さった。

 あまりに当たり前だけに、言葉が出ない。

「私たちも、きっとそんな時代があったのでしょう。侵入者達は結局自分らで殺しました。もっとも、はじめは中の『ヒト』が居るなんて思いませんでしたが」

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