記憶の1ページ
あれはいつのことだったろう。
4つ下の妹も小学生だったので、小学5,6年のどちらかではあると思う。
その日は授業参観で両親が揃って学校に来ていた。
勉強が好きだった私は、両親にいいところを見せることができ大いに得意だった。
帰りのホームルーム、落ち着きなく窓の外ばかり見ていた私は、ちょうど両親と妹が校門から出ていく姿を見つけた。
「走って追い付いたら驚くかな?」
そう思ったら、居ても立ってもいられなくなって、帰りの挨拶が終わるやいなや、脇目も振らず教室を飛び出した。
家に向かう道を駆けながら、どんな風に驚かすかを考えてニヤニヤしてしまう。お父さんとお母さんの喜ぶ顔が目に浮かんだ。ギリギリまでバレないように、足音を殺して近付かなくちゃ。
グミの空き地を過ぎ、九十九段階段の横を走り抜けた。
次のT字路を右に曲がると長い直線の道。
きっと3人の背中が見えるはずだ。
上り坂を一気に駆け上がった。
バッ、角を曲がってみんなの姿が見えなかったとき、ひどく不思議な気がした。
思ったより時間が掛かったのだろうか?
いずれにしろ、追い付くのは時間の問題だろう。
息が上がってきたが、自分を励まして走り続けた。
第8公園を通り過ぎた。
ランドセルが重たい。
猫屋敷も過ぎた。
みぞおちがキリキリと痛む。
ドーベルマンの家。
息が苦しい。
とうとう家の前まで続く坂道に差し掛かったが、そこにも3人の姿はなかった。
私は走るのをやめた。
酸素を求めて、肺や心臓がバクンバクンと跳ねる。頭からはチリチリと音がした。
足が重くて、家までの道が途方もなく長く感じられる。
なんで追い付けなかったのだろう?違う道から帰ってるのかな?本当にあれは両親と妹だったのか?
ノロノロと足を進めながら時々後ろを振り返ってみたが、無駄だった。
家に着き、くたびれた身体を引きずってドアを開けると、奥から3人の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
私は玄関に立ったまま一歩も動けなくなってしまった。
「いらない子」誰かがそう囁いた気がした。