嫁いだら隣領ガチャ大外れだったので、夫とともに制裁します
『商売はいつも誠実に行うべし。ただし……』
父の口癖でもあった我が家の家訓を思い出す。
私はメルシャ。商人上がりのルカート男爵家の出身で、幼い頃から父からは商売のイロハを叩き込まれてきた。おかげで十代半ばの頃には、長いチョコレート色の髪をなびかせる商人気質な令嬢に成長していた。
ルカート家は領地こそ持たないけど、長年に渡って築いた人脈や販売網は緻密にして広大。
さらには誠実な商売ぶりを世間から認められ、着々と影響力や存在感を高めてきた。
商人風に言うなら「儲かってまっせ」って感じかな。
そんな背景もあり、私は伯爵家であるプローメス家に嫁ぐことができた。
お相手は嫡子のアシュラス・プローメス。
耳にかかるほどの淡い金髪で、整った柔らかな顔立ち、文武に長けた好青年だ。そのため、すでに実質的な当主の立場にいる。
約束は守る。困った人は助ける。誰に対しても優しい。いかにも模範的な貴族という感じの人で、私もそこがとても気に入った。
だけど、だからこそいいようにされてしまうということもあるのよね。
***
プローメス伯爵領の東側には、ネイガー伯爵領が隣接していた。
そして、この領が曲者だった。いや曲者なんて表現すら生ぬるい。
いうなれば、領そのものが巨大な寄生虫。日々プローメス領の体液を吸おうとしてくるような存在だった。
たとえば、ネイガー領の住民は、処理に困るようなゴミをプローメス領に持ち込んで大量に投棄する。時には子供が捨てられていたことさえあった。
他にも、プローメス領で民に補助金や物資を配るという政策を行うと、ネイガー領の住民もおこぼれにあずかろうとする。
ネイガー領の住民が、プローメス領の町に勝手に住み着いていることさえあった。
プローメス家の余計な出費はかさむ一方だった。
これを主導しているのは、ネイガー家の次期当主であるジャルグという青年だ。
アシュラスと同年代で、すでに実質的な当主という点も彼と一致している。
ジャルグは自ら自領の民を焚きつけ、ゴミの投棄、補助金や物資の掠め取りなどを扇動する。
なにか領の窮状を訴えられたら、「プローメス家に言え。奴らなら助けてくれる」という具合だった。
事情は分かったけど、当然の疑問が湧く。
「どうしてネイガー家にここまで好き放題させているの?」
アシュラスは答えてくれた。
「何代か前から、プローメス家とネイガー家の間で、誓約を結んでいるんだよ。『二つの領は互いに助け合っていこう』って」
交わされた書面を確認すると、誓約の内容はこのようなものだった。
両家及び、両家の領民は助け合う。
領民同士の行き来は自由であり、片方の領で行った施策の恩恵はもう片方の民も無条件で受けられる。これを拒否することはあってはならない。
この誓約に関して、両家以外の介入は断じてあってはならない。
この誓約を一方的に破棄することは許されない。
期限はなく、未来永劫続く。
一見、二つの貴族でお互いを支え合ういい誓約に見える。
だけど、それは互いを尊重し合っている場合。
今みたいに、どちらかがどちらかを一方的に利用しようと企んだ時、これほど便利で、これほど厄介な誓約はない。
家が隣同士の二人の住民がいたとする。
お互いに助け合おうと約束する。だけど、約束したが最後。一方の住民が寄りかかるような真似をしてきたら、もう片方にこれを防ぐ術はない。
そして、この王国では契約書の類は絶大な力を持ち、破れば絶大なペナルティを課せられる。それが分かっているから、ネイガー領は好き放題できるのだ。
たとえばアシュラスがどこかの貴族に泣きつくような真似をすれば、貴族失格の烙印を押されるのはアシュラスになってしまう。
だけど、と私は思う。
「でも、誓約にあるからって、相手が持ち込んだゴミを律儀に処理したり、補助金を渡したりすることないんじゃない? まして、捨てられた子供なんて……」
アシュラスは、ネイガー領住民の悪辣ともいえるスネかじりに全て救済を施した。
ゴミは処理し、補助金等も与え、住み着いた住民は追い出さず、捨てられた子供は施設にてきっちり養育した。
私からすれば「いくら誓約があるといっても甘すぎ」と思えてしまう。
「そうは言っても、誓約は誓約だからね。誓約に助け合うとある以上、従わねばならない。少なくともこの誓約の効力がある限りはね」
……この人らしい答えだ。
約束は守る。困った人は助ける。誰に対しても優しい。この人の性質そのままだ。
だけど、このままじゃプローメス領はネイガー領に食い潰されてしまう。
「あなたもこのままじゃいけないって分かってるんでしょう?」
「ああ、もちろんだ」
アシュラスとて現状を憂いている。
決してお人好しなだけの人ではない。
「だったら……この誓約をなくしちゃいましょう!」
「どうやって……? 一方的な破棄は許されないんだぞ」
私は父の口癖だった家訓を思い出した。
『商売はいつも誠実に行うべし。ただし、悪からは手段を選ばずむしり取るべし』
手広く商売をやっていると、どうしようもなく汚い悪人に出会うこともある。
そういう時、父は決して容赦しなかった。
もちろん、その教えを受けている私も……。
私はチョコレート色の髪をかき上げ、開戦の狼煙を上げる。
「私に任せて。まずはジャルグに連絡を入れてちょうだい」
「分かった。君を信じるよ」
こうして私の隣領駆除作戦は始まった。
***
一週間後、プローメス領とネイガー領の境にある屋敷にて、私とアシュラスはジャルグ・ネイガーと面会した。
ジャルグは派手な男だった。やたらと眩しい金髪をオイルで整え、真っ赤なスーツと真っ赤なネクタイという出で立ち。
人は見た目によらないけど、見た目で分かることもある。一目でろくでもない男と分かった。
「誓約について話があるって?」
「ああ」
「言っておくが、誓約を取り消すつもりはないぞ。プローメス家とネイガー家は未来永劫“助け合う”んだからなぁ」
「ああ、分かっている。だが、あの誓約も時代にそぐわない部分も多くなってきた。ここらで“更新”をしたいんだ」
「更新、ねえ……」
アシュラスは新しい誓約書を見せた。
もちろん、作ったのはこの私だ。
内容は既存の内容に、若干ネイガー領にも譲歩して欲しいという文面を含んでいる。
が、それ以上にネイガー領にとって今まで以上に美味しい条件を入れておいた。
たとえば、プローメス領の森林開拓権を認めるとか、資源採掘権を認めるとか……。
ジャルグが目を輝かせるのが分かった。実に分かりやすい。
しかし、読み終わると、冷めた顔でこう言う。
「ふん、いいんじゃないか?」
演技のつもりなんだろう。私からすればバレバレだけど。
「ではサインしてくれるな?」
「ああ、いいだろう」
「ペンはこちらで用意してある」
契約の署名を行うペン、というかインクは法で厳しく定められている。
定められたインクで行われた署名は絶対であり、定められたインク以外での署名は無効となる。
アシュラスはすでに署名をしており、ジャルグが誓約書に署名しようとするが――
「おい、書けないぞ!」
「え……? メルシャ、ペンはあるか?」
ようやく私の出番。
「すみません、こちらがちゃんとインクの出るペンです」
「ったく……誓約更新をせがんでおいて、準備が悪いな!」
「申し訳ございません」
私はしっかり謝る。父直伝の、自分を情けなく見せ、相手をいい気分にさせる謝罪。
父もこの謝罪術でずいぶん危機を乗り切ってきたらしい。当然、ジャルグにも通じる。
「ほれ、書いたぞ」
「ありがとう。これからも両家、仲良くしていこう」
「ふん」
実質的な当主同士、アシュラスとジャルグが一応の握手を交わす。
こうして誓約の更新は終わった。
いや……あのいまいましい誓約そのものが終わった。
***
これ以後、プローメス家は今までの誓約などなかったかのように、ネイガー領との間に屈強な兵を置き、行き来を厳しく監視した。
ゴミの投棄をした者は当然許さず、追い返すか、牢獄に叩き込んだ。
プローメス領の政策に乗っかろうとする者たちも門前払いした。
これに向こうの領民はネイガー家に抗議したらしく、激怒したジャルグが邸宅まで乗り込んできた。
私と夫が応接室で応対する。
「アシュラス!」
「どうしたジャルグ」
ジャルグの目は血走っている。
「急にウチの民を締め出すようなことをしやがって……あの誓約を忘れたのか!?」
「あの誓約? これのことかい」
「ああ、この誓約書……」
アシュラスが見せた誓約書の内容に、ジャルグはさぞ驚いたことだろう。
なにしろその内容はざっと要約すると「今までの誓約はなかったことにする。これからはお互いそれぞれ頑張ろう」というものだったのだから。
「……!?」
「君の署名もちゃんとあるぞ」
アシュラスが指を差した箇所には、ジャルグがあの時書いた署名がきちんとある。
定められたインクによるものであり、その効力は絶対である。
もちろん、誓約書に細工の跡なんかは一切存在しない。
「これは……!? だが、こんなものがあったところで、今までの誓約が消えるわけじゃ……」
ここからは作戦の立案者である私が話す。
「まだお分かりにならないのですか。これまでの誓約は、この誓約書によって“上書き”されたのですよ」
「……!」
「あなたのネイガー家は、“互いに助け合う”の誓約を盾に、プローメス家を蝕んできました。ルールにより、この誓約を破棄することはできません。ですが、破棄できなければ、上書きすればいいんです。新しい誓約でね」
ジャルグは納得いかないという様子で震えている。
私は応接室の扉を掌で指す。
「きちんと誓約書を読まなかったあなたが悪いのです。どうぞ、お帰りください」
「ふざけるなァ!!!」
激高したジャルグが殴りかかってきた。
が、アシュラスがその拳を右手一本であっさり止める。
文武に長けているだけあって、こういう時の腕っぷしはやはり頼りになる。
「ぐ……!」
「よかったな、私に止められて。もしメルシャに少しでも触れていたら、お前を斬り捨てるところだった」
普段の甘さ優しさはどこへやら、という迫力だった。肝の据わり具合には自信のある私でさえちょっとゾクッとしちゃったもの。
すっかり怯え切ったジャルグはすごすごと引き下がるしかなかった。
ちなみにトリックは簡単だ。
ジャルグが書けないペンに抗議してきた時、私がペンと一緒に誓約書をすり替えた。「ネイガー家にとってより美味しい誓約書」から「これまでの誓約を上書きする誓約書」に。
この後ジャルグがもう一度誓約書をよく読めばよかったのだが、あとは署名するだけという時に、わざわざ誓約書を読み返す人間もそうはいないだろう。ジャルグのような軽薄で軽率な男であればなおさらだ。
これも父直伝のワザである。
父も理不尽な契約書を盾に無法を通す輩に、この手で制裁を加えたことがある。
もちろん、どうしようもない悪人相手じゃなきゃこんなことはしない。ルカート家のモットーは基本『商売はいつも誠実に行うべし』だからね。
しっかりむしり取らせてもらったわよ、ジャルグさん。
***
誓約の上書きにより、プローメス家に寄りかかることのできなくなったネイガー領はというと、あっけなく崩壊した。
プローメス領に頼れなくなった住民は不満を募らせ、その怒りの矛先は不甲斐ない領主に向けられる。やがて住民は暴徒と化し、ネイガー家を襲撃。屋敷は焼かれ、ネイガー家の面々は行方知れずとなり、領はすっかり無法地帯となった。
その後、アシュラスは王家の許可を取った後、兵を率いてネイガー領の治安を回復させた。
旧ネイガー領の統治は、その功もあってプローメス家が任されることとなった。
悪辣な領主は滅び、プローメス家は領地を倍にすることができた。
プローメス領はというと、大きく発展することになる。
たとえばプローメス領は長年ネイガー領のゴミ投棄に苦しんできたけど、そのおかげで画期的なゴミ処理方法を確立し、領内はむしろ美化された。
また、プローメス家領地に捨てられ、プローメス領で育った子供たちは彼らを見捨てなかったプローメス家に深く感謝しており、猛勉強し、領にとって有用な人物となることが多かった。
その他にもプローメス家に恩義を感じている人は多く、施した恩はなんらかの形で返ってきた。
アシュラスの「甘すぎる」とも思われた対応が、結果的に領を発展させた格好だ。
穏やかな午後、私はアシュラスとともに紅茶とお菓子で談笑を楽しむ。
アシュラスが私に言う。
「ネイガー家との一件では本当に助けられた。私は君のようなしたたかさをもっと身につけねばならないね」
私は「そうね」としつつ、言葉を返す。
「だけど、ここまで領が発展したのは、あなたの律義さがあったからよ。元々ネイガー領の住民だった人たちも今は一生懸命働いてくれているしね。私もあなたから、合理的なことだけが正解じゃないと学ばせてもらったわ」
「ありがとう。そう言ってもらえると救われるよ」
私はうなずき、満面の笑みでアシュラスを見た。
「これからも夫婦持ちつ持たれつ、やっていきましょうね!」
「ああ!」
助け合うことはいいことだけど、どちらかが一方的に一方を搾取するような関係は絶対ごめんだ。
だから私は夫アシュラスとはお互いに支え合い、高め合う。そんな夫婦であり続けていきたい。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




