怪我の巧妙
「サッカーする人ー!」
「やるやる!」
勢いよく手を挙げて、教室を飛び出す。
階段を駆け下り、下駄箱で靴を履き替える時間さえもどかしい。
「早く早く!」
俺は一番に校庭につき、みんなを振り返る。
好きな教科は、体育だ。
とにかく動いていないと落ち着かない性格で、小学校のサッカーチームにも所属している。昼休みは、みんなと誰よりも真剣にサッカーをして、練習がない日は公園で駆け回る。
でも俺にはもう一つ、好きなことがあった。
それは、叔父さんと弟と遊ぶことだ。
叔父さんは小学校の先生で、忙しそうにしながらも、毎週日曜日、四歳下の弟、拓也と一緒に家に行くと快く迎え入れてくれる。
やることは、近所の公園に行ってサッカーやキャッチボール、追いかけっこ。叔父さんは運動神経がよく、足も速い。拓也は小さな足で一生懸命俺やおじさんに追いつこうとするが、なかなか追いつけない。でも、その懸命に足を伸ばして走り、「おにぃちゃん!」と呼んでくれるのが嬉しく、可愛らしい。
そしてその後、勉強をする。本当は俺は勉強があまり好きではないのだが、叔父さんと勉強するのは、楽しい。叔父さんはいつも、
「好きなことと、勉強、どっちも大切だから、どっちもちょうど良くやるんだ」
と言う。だから、午前中は公園で遊んで、午後は勉強をするのかな、なんて思った。
でも叔父さんの勉強は、学校の授業みたいじゃない。
例えば、国語をやるときは、最近読んで好きだった本を持って行って、その感想と内容を言う。そして、その中から叔父さんが漢字クイズを出す。十問で、満点だったら褒めてくれる。
最後に物語の続きを考えて、終わり。
叔父さんは先生のときも、いつもこんな授業してるの、と聞いたら、いつもじゃないけど、結構やるよ、と言っていた。その間、拓也は絵本をおじさんの奥さんに読んでもらったり、お昼寝したり、大きくなってきたら一緒に話を聞いていたり授業を受けるようになった。
あとは、俺の学校の宿題を教えてもらったり、いろんな教科をやったり。学校でわからなかったところを教えてもらったり。
拓也は俺のことが大好きで、いつも俺の後をついてまわっていた。おもちゃも、俺が遊んだあとのもので遊んだり、一緒に遊んでとせがんだり。どんな弟でも、かわいくて、大好きだった。俺と一緒のサッカーチームに入って、一緒に練習したりもした。一生懸命で負けず嫌いな姿が幼いながらにかっこよく、頼もしかった。
そんなただの日常が毎日輝いていたあの頃は瞬く間に過ぎ去り、あっという間に中学校に入学した。
部活はもちろんサッカー部。それなりにうまかったし、部活自体も結構強かったから、充実した部活動をできていたと思う。
中学校からは勉強も本格化するけど、叔父さんのおかげでそれも順調。
順調すぎるくらいに中学校を卒業し、高校に入学した。
俺はまたサッカー部に入り、練習、試合、全てに全力で取り組んだ。
一年生からレギュラーに抜擢され、期待も背負い、より一層練習に励んだ。
それが、悪かったのだろうか。
次々と俺は怪我に襲われた。
シンスプリント、肉離れ、捻挫、オスグッド。
サッカーがしたい。動きたい。リハビリなんて、やりたくない。痛い。
俺の代わりにメンバーが試合に出ている。その光景に、唇を噛んだ。
なんで、俺が出れないんだろう。
頑張ったはずなのに。
報われない努力、心身の痛みに歯を食いしばる日々。
練習前の走り込みすらできない。
「なんであいつだけ休んでんの?ずるくね?」
「あいつうざすぎだろ、O,H」
笑い声が痛い。
俺だって、やりたくなくてやってないわけじゃない。できれば今すぐやりたい。嫌いだった走り込みだって、今考えたら楽しかった。でも、耐えなきゃ。いつか怪我が治って、サッカーがしたいから。そんな陰口になんて構ってられない。
けど、これっていじめなのかな。なんて弱気に考えてしまう。
そんな時、
「岡本、大丈夫か?また怪我したのか?」
気にかけてくれたのは、顧問の中村先生だった。
「無理すんなよ。」
その一言に、泣きそうになった。
気づいたら中村先生に思いを打ち明けていて。それを全部、先生は受け止めてくれた。
「岡本が頑張ってんのは皆わかってくれると思う。ケガは功名っていうだろ?他のところを伸ばして、見返してやれよ!」
そう言って先生は勉強を教えてくれたり、一緒に筋トレをしてくれた。
怪我はなかなか治らなかったけど、先生と他のことをする時間も楽しかったし、そのおかげでいつもと違うところが鍛えられたと思う。先生が皆に話をしてくれたおかげで部内に仲が良い人もできたし、いじめもなくなった。
しばらくして怪我が治って、復帰後初めての公式戦。俺は中村先生に言われたことを思い出す。
「怪我してたのに、よくここまで頑張ったな。全力で、楽しんで、暴れてこい!でも、また怪我しないように気を付けてな。」
球を蹴る。走る。それだけで、楽しい。でも、もっと楽しいのは。
パンっ!
俺の足に衝撃が走る。でもそれは、気持ちのいい痛み。ボールが弧を描いて、ゴールへと吸い込まれていった。
チームメイトが、笑顔でハイタッチをしてくれる。
「陽也、NICE!」
ただ、サッカーをしているだけなのに、こんなに楽しい。またこうして、大好きなサッカーができた。中村先生のおかげだ。
久しぶりに陽也が家に来た。もう高校生なんて、ちょっと信じられないけれど、すっかり背も伸びて、筋肉もついている。
「大きくなったな」
それに、陽也ははにかんで応える。珍しく土日の部活がなかったようで、こうして会いにきてくれたのだ。
「ここがわかんなくて――」
どうやら勉強を教えて欲しいらしく、昔のように尋ねてくる。でも、その内容は格段に難しくなっていて、どう答えようかと悩んでしまう。
「やっぱりおじさんの説明はわかりやすいね。ありがとう」
その無邪気な笑顔も、昔と変わらない。
「ねえ、俺、先生になろうと思うんだ」
他愛のない話をしていたが、陽也がそう切り出した。
「そうか」
嬉しかった。自分が就いている職業になりたい、と言ってくれることが。でも、喜びすぎるのも……と少し気恥ずかしくなる。
「陽也に、似合ってると思うよ。」
運動も勉強も頑張っている陽也。きっと、なんの先生にでもなれる。
最初に先生になりたいと思ったのは、最近のことだ。けれど、先生たちとは毎日のように一緒に過ごしていたし、おじさんも先生だったから、身近なところに先生の存在があった。
そして高校に入って。中村先生は、苦しんでいた俺に、手を差し伸べてくれた。話を聞いてくれた。一緒に頑張ってくれた。中村先生みたいに生徒を支えられる先生に、俺もなりたい。叔父さんみたいに、面白くて楽しくて、でもちゃんとタメになる授業をしたい。
弟のおかげで子供好きだし、絶対に教師になりたい、とそう決意した。
子供が好きだから、小学校の先生かなぁ。体育もあるし。でも、中高の保体の免許も取りたい。と欲張り、小学校の教員免許、中高の保体の教育免許を取得した。おじさんは勉強を教えてくれて、中村先生にも良い報告ができた。
そして今、俺は教育実習生として府中第一中学校にいる。また膝が痛くなっているけど、子供たちと競争したり、サッカーをするのは、最高に楽しい。
「どうして教師になろうと思ったのか?――それはね……」
叔父さんに、中村先生に。"ありがとう"。そう伝えたい。俺は、良い先生になって、楽しく、でも役に立つ学校生活をつくっていく。子供たちが、少しでも楽しく思ってくれたなら。笑顔になってくれたなら。
俺は、笑顔で教壇に立つ。




