別にどれでもいいよ
「ねぇねぇ、なんの仕事に就くか、決めた?」
「んー、まだ。別にどれでもいいよ。」
会社員、作業員、何かの店員。
どれになった自分も、想像できない。
美術が得意で美術大学に進んだけれど、プロになるほど才能はないし、学んだのは主に映像のこと。
特にやりたいものもなく、困っていた。
そんな時、友人に言われた。
「じゃあ、教師になれば?結構簡単になれるらしいよ」
「え?」
自分はあまり教師に向いている質ではないと思う。
でも、別にやりたいこともないし。
そもそも、教師ってそう簡単になれるものなのだろうか。
その後、教師のなり方を調べてみると、なるほど、教員免許を取って、面接に合格すれば良いらしい。
そんな簡単に?と驚いて友人に連絡すると、
「楽っちゃ楽だと思うし、向いてるんじゃない?」
と返事が来た。
ありかも、教師。
なんて、ちょっと思った。
結局、やりたいことも見つからず。
聞いてみれば、この大学で教員免許を取ることができるらしい。
就活もしなくていいし、良いじゃん。
軽い気持ちで教師を目指し、あっという間に中学美術教師、という称号を手に入れた。
僕は特別支援学級の先生となり、春から中学校に教師として通い始めた。
でも教師というのは思った以上に大変で、とくに支援学級の子たちの授業が大変だった。
他の生徒たちより意思疎通をするのが難しい。より分かりやすく、優しく、教えてあげなければならない。
運動会前。
このクラスは他のクラスより人数が少ないから、普通学級の三年生が代わりに走ってくれることになっている。でも、練習にいない時が多い。
そこで、代わりにこのクラスの若い先生が走る、ということになっていた。
スポーツ経験などないのにバスケ部の顧問になり、走り込みに参加してみたりはしたが、普段全力で走ることはほぼない。
でも、みんなのために。きっと他のどのクラスより素直な、みんな。そんなみんなが、他のクラスに負けて悲しむのを、見たくないから。
全力で、懸命に走る。
ある練習ので。
いつものようにリレーで全力疾走していたとき、右足に激痛が走った。
でも、止まるわけにはいかない。
まだ運動会までには一週間ほどあった。
病院に行こうかとも思ったが、ただでさえ授業準備などで忙しいのに、運動会の準備もしなければならない。
なんとか市販の湿布でしのぐことにし、練習では歯を食いしばって走った。
しばらくすると歩くだけでも激痛を感じるようになってしまった。
それでも。
負けるわけには、いかない。
運動会が終わってすぐに、病院へ行った。
結果は、肉離れ。
内出血までしていて、よくそれで走れたね、と医者に言われたほどだ。
昔から、自分の意見を主張するのが苦手だった。
「別にどれでもいいよ」
それが口癖。
気弱で、周りに流されやすい。周りにはそう言われ、自分の中では色々考えたりするけれど、それを他の人に伝えるのはあまり得意ではないと自分でも思っていた。
そんな自分が、今、半端な気持ちで教師となって、人を教える立場になっている。
こんな自分が先生で、いいのだろうか。
顧問をしているバスケ部は、人数が急増したこと、顧問が大きく入れ替わったことなどで、色々ぐちゃぐちゃしている。
ただでさえバスケ部の顧問というのは大変で、審判として体育館を駆け回り、そして指導もしなければいけない。ルールさえ知らなかった僕に、いきなり降りかかったたくさんの課題。
ポールの音、シューズの音が響く体育館に、届く声で、適切なアドバイスを。ルールに不正がないように、ちゃんとボールを追いかける。
土日も試合が多く、それを引率しなければならないし、試合がなくても長時間の練習に付き合わなければいけない。
思っていたより、過酷な仕事だけど、自分は一年目だから、と甘えることもできない。
わからないことだらけだけど、人に頼ってばかりではダメだ、と自分に言い聞かせ、生徒と関わる日々。生徒にきつい言葉を言われたり、冷たい対応をされてしまうこともある。でも、それは全て自分の力不足からくるものだ。
このままでいいの?
自分が、生徒が、他の先生が、問いかけてくる。
自分だけを信じても、だめだ。
これまで成り行きでうまくいってきた。教師になったのも成り行きだし、これまでもそんなことばかり。
心のどこかで、頑張らなくてもうまくいく、そう感じていたんじゃないか。今までは、別に本気で頑張らなくてもなんとなくうまくいった。
でも、今は違う。
本気で向き合わないと生徒は心を開いてくれない。
本気でやらないと、色んなことで、負ける。ついていけなくなる。
中途半端な頑張りじゃ得られないものだって、数えきれないほどある。
まだまだこの仕事についても、生徒たちのことも、わからないことだらけだ。
でも、この仕事だからこそ、自分を、変えることができるかもしれない。
こんなちっぽけな僕にしては、大きすぎる夢かもしれないけど、このクラスを、この部活を、この学校を、もっといいものにしたい。
そう思う。
半端な気持ちで教師になってしまったけれど、ここからは全力で走っていく。
うまく進めなくてもいい。
ただ、懸命に足掻く。
より良い未来を目指して。
「え?なんで先生になったか?――なんとなく?」
そう答えた過去の自分に、付け加える。
「一生懸命に、頑張りたいから、だよ」




