鳥
はあ。
友達、できないなぁ。
三年生のクラス替えから、かれこれ一ヶ月が経った。でも、いまだに友達ができない。原因は分かっている。皆と外で遊ばないのはともかく、話しかけることすらできない自分。
「伊吹、今度、地域の球技大会があるんだけど、出ない?」
突然、今年担任になった長野先生に話しかけられる。
えっ?俺に言ってるの?
友達いないのに、大丈夫かな。
うつむいた俺にしびれを切らした先生は、言った。
「考えとけよー」
運動神経が良くも悪くもない俺。そんな俺が出ても、良いのだろうか。
翌日学校に行った俺は、少し緊張している自分を、奮い立たせていた。先生に言おうかな。
でも、その心配はいらなかった。
先生が教室に来て一番に、
「みんなー!来週の土曜日の球技大会、出る?」
と言ったのだ。
「出る人、手ぇ挙げてー」
その言葉に、俺の手は震え、顔が熱くなる。
友達を作れる良いチャンスかもしれない。
そう自分に言い聞かせる。でも、やっぱり無理だよ。
クラスの半数しか手を挙げていないのを見て、先生は少し残念そうな顔をして、
「絶対楽しいと思うよー!また聞くから考えておいてー」
と言った。
手、挙げられなかったな。でも、友達もいないし、しょうがない。
その日の放課後、帰ろうとしたとき、先生に呼び止められた。どうしたのだろう。
「伊吹、球技大会出ないの?」
俺が何も言えずにいると、
「予定あるの?」
と聞かれる。だが特に予定はないので首を横に振る。
「出たくないの?」
うーん。
俺がどう答えようか迷っていると、
「球技大会は十時から星の森公園であるから、こもれび公園に九時半に先生いるからね」
と、俺の家と星の森公園の間くらいにある小さな公園の名前を言った。小さく頷くと、先生は去っていった。
球技大会の前日になり、長野先生が皆に言った。
「明日の球技大会出る人ー」
今度はクラスのほぼ全員が手を挙げていて、先生の力ってすごいな、なんて思った。恐る恐る小さく手を挙げると、先生は俺を見て、にこりと笑った。
明日、大丈夫かなぁ。家に帰り、明日の準備をしながら思う。長野先生にもらったプリントには、星の森公園で球技大会があり、ドッヂボールやサッカー、ベースボール、バレーボールをやるということが書いてあった。名前は知っているけれど、やったことのないスポーツもある。チームは、団体ごとと書いてあるから、クラス全員のチームで行うのだろう。
その日の夜、野球好きな父さんと阪神の応援をしているとき、
「明日球技大会に出るんだけど、」
と言って、プリントを渡した。
「おお、いいじゃないか。」
そう言った父さんに、
「スポーツのルールを教えて欲しい。」
とお願いした。野球は観るけれど、全然スポーツのルールを知らないのだ。すこし顔が熱くなる。
父さんは、紙に絵を描きながら丁寧にルールを教えてくれた。
早めに布団に入り、どきどきしながら明日のことを考える。
どのスポーツもチーム競技だ。クラスの人たちと協力できるだろうか。そんなことを考えながら、眠りに落ちた。
朝起きて朝食を食べ、昨日父さんにルールを書いてもらった紙を読み直し、お守りのようにいれる。母が作ってくれた弁当もリュックに詰める。
「いってきまーす!」
俺は扉を開く。
そこに待っていたのは、雲ひとつない、見事な快晴だった。
こもれび公園に行くと、すでに長野先生が待っており、手を振ってくれた。まだ、九時二十分なのに。
挨拶をし、歩き出す。長野先生と俺は黙って歩いていたけど、それは気持ちの悪いものではなかった。
しばらく歩き、星の森公園が見えてきた。星の森公園はこの町では一番大きな公園で、頻繁にイベントをやったりと、いつも賑わっている。でも俺は友だちと遊ぶこともないので、あまり来ることはなかった。
今日も、いつぶりだろう。小学一年生の時に父親と来た以来だ。
わくわくと、中へ入っていく。
鮮やかな新緑が俺たちを出迎えた。初夏の爽やかな風が頬を撫でる。
芝生の広場に着くと、クラスメイトが数人いた。
「なんだよ!お前長野先生と来たのかよ。いいなぁ。」
クラスメイトの一人が声を上げた。確か名前は。
「蒼井雲雀くん」
「なんでフルネームなんだよ!」
「…覚えてるから」
「ははっ!覚えてくれてんの嬉しー」
「雲雀でいいよ」
「…雲雀。俺も伊吹で、いいよ」
ちょっと緊張したし恥ずかしかったけど、胸がぽかぽかとした。
雲雀は、クラスの中では中心的で、ムードメーカーだった。明るく、男女関係なく誰にでも話しかけられる。
そんな彼はクラスの人気者だった。
十時に近づくにつれ、続々とクラスメイトが集まってきた。雲雀のそばにいたかったけど、彼の周りには常に人がいたから、長野先生の近くで見ていた。
しばらくして人の波が落ち着いてきた頃、雲雀が走ってきた。
「なあなあ、阪神好きなの?」
俺が被っている帽子を指して言った。東京ドームに行った時父さんに買ってもらった阪神の帽子。家では家族で阪神を応援。俺も、阪神が大好きだった。
「そう」
「じゃあ、敵だな!」
「?」
目を光らせて言った彼の言葉に、首を傾げる。
「俺、巨人ファンなんだよなー」
「え?ほんと?」
「誰が好きなの?」
「坂本勇人。伊吹は?」
「うーん。鳥谷さんかな。」
「へぇー。いいじゃん!」
「今度試合見に行こうぜ!」
「いいよ」
「やったー」
盛り上がっていると
「移動するぞー」
長野先生の声が聞こえてきた。
ぞろぞろと先生についていく。
結局今日きたのは三十人弱くらい。たくさんのクラスメイトと共に戦うと思うと、緊張してきた。
でも、雲雀と一緒なら、大丈夫な気もする。
最初はベースボール。雲雀は野球をやっているらしく、張り切っている。
小さな野球場に着くと、先生が言った。
「対戦相手は、二小の三年ニ組だよ」
もう先に球場に入っている三十人くらいの集団が、三年二組なのだろう。
先攻後攻はジャンケンで決めるらしい。俺たち三年一組からは雲雀が、相手三年二組からは野球をやってそうな日焼けをした男の子が出てきて、ジャンケンをする。雲雀はグーを、相手はチョキを出した。雲雀は後攻で、と言い戻ってきた。
係の人らしき人が来て、説明を始める。どうやら3回までの勝負で、全員が出なければいけないらしい。軽めの金属バットとボール、グローブが箱にたくさん入っている。
「よし!頑張るぞー」
「おーっ!」
円陣を組むと、なんかみんなと繋がっているような気がした。
試合が始まり、ピッチャーとなった雲雀が球を投げる。野球をやっているもう一人の男の子がキャッチャーをし、パシンと良い音を立てている。
俺はというと、ベンチ。運動神経のいい人たちを見ると、少し羨ましい。
二回になり、ガラリとメンバーが変わったが、雲雀は相変わらずピッチャーをやっていて、これまで0点に抑えていた。
あっという間に二回裏になり、代打が出る。
「え?俺?」
俺は慌ててバッターボックスに向かった。
相手ピッチャーは球が速く、まだ点を入れることができていない。
ピッチャーの足が上がり、白球が向かってくる。
パシンッ。
あっという間にこちらへ向かってくる。
どうすればいい?
頭の中にいる、野球選手に尋ねる。とりあえず振って…
二球目。
振ることはできたが、全くタイミングが合わない。
どうしよう。
あの選手を思い浮かべる。
軽く、ボールを運んでいく打ち方。
当たればなんとかなる、きっと。
腕が投げ下ろされた瞬間、俺はボールをしっかりと見つめ、その高さ、そのタイミングでバットを出した。
カキン!
金属バットが小気味好い音を立てた。ボールの行方など気にしている場合ではなく、無我夢中で走る。
「ないすー!伊吹!」
雲雀の声が聞こえた。ボールは、レフトの人が持っている。
ヒットだ!
そう実感したのは、しばらくしてからだった。
「よっしゃあ!」
ガッツポーズをする。次は、ひばりの打席だ。
全ての力が自然に抜けている、美しいフォーム。小学生だとは思えないほどかっこいい。
ピッチャーが、投げる。
カッキーン!
俺の時の音より、もっと太く大きな音が響く。
ボールは青空に弧を描いて柵の後ろに落ちた。
「ホームラーン!」
長野先生の声が響く。
「……すげぇ」
思わずつぶやく。
「伊吹!やったぜ!」
そう言いながら、雲雀が走ってくる。
あっそうだ。
俺もホームまで走らなきゃ。
我に返りホームベースを目指して走り出す。
俺がホームランが打ったわけじゃないけど、誇らしく思いながら走る。
ホームベースをしっかりと踏み、クラスメイトとハイタッチ。そして走ってきた雲雀と。
「伊吹がヒットを打ってくれたから打てたんだ!ありがとな!」
「うん!すごかったよ!」
俺はどこまでも清々しく晴れ渡っている空を見上げた。今の俺があるのは、あの日のおかげだ。
結局あのあと、どの競技でも俺たちのクラスは勝つことができ、球技大会に優勝することができた。長野先生はその後もいろんなイベントに連れて行ってくれ、先生と雲雀のお陰でクラスメイトの皆と絆を深めることができた。
弱虫で内気な俺はもういない。
俺ができることは、ちょっとしかない。でも、その「ちょっと」が、その子を良い方に、あるいは悪い方に導いていく。
ガキでもなく、大人でもない。
そんな、複雑で大変な時期を支えたい。
数学という好きな教科を通して、教師と生徒という中での関わりを通して。
「成長」。その一言では表しきれない膨大な物語の一章が、少しでも良いものになればいい。
ここに入学してきて、小鳥だった皆の小さな羽が、少しずつ、大きな、綺麗な羽になって。
そして、色とりどりの翼を広げ、青空に飛び立つ日を、俺は見届けたい。
そして俺は教育実習生となり、彩葉中学校にいる。数学の先生はちょっと怖い人だったけど、とても丁寧で、熱心に色々と教えてくれた。
でも、もっと俺は良い先生になってみせる。そう決意しながら。
「俺が教師になろうと思ったのは――」
まだまだ拙い文章ですが、これからも読んでいただければ幸いです!実話をもとにしました!




