送還の処刑人
「追い詰めたぞ、悪しき魔女!」
魔力を多く持つ子供を何百人も攫い、贄として使っていた魔女を倒すための旅が終わりを告げようとしていた。人質にされていた少女は取返した俺は勝利を確信したが、魔女はこらえきれないといった様子で笑い出した。
「な、何がおかしい!」
「これは終わりではない。始まりだよ。地獄のな」
魔女は勝ち誇ったような妖艶な笑みを浮かべて言った。彼女は少女を捧げようとしていた怪しげな魔法陣の上に立つ。
「私は憎かったのだ。私を拒絶するこの世界が。優れた力を持ち、恵まれた環境で育った貴様らには分からぬだろう……。私は、そう、憎いのだ。その恨みを果たすためならば、この身体も捨ててやろう!」
「これは召喚の魔法陣……? いや、違う! まさか!」
魔物を呼び出すにしては大掛かりすぎる。それに、あの魔女がそれだけで満足するはずがない!
「そう、これは地獄への門を召喚するための魔法陣だ」
「地獄……。そんな、そんなことを……!」
罪を犯した魂が向かうとされている場所。そんな場所と繋げてしまえば、混沌とした世界になってしまうだろう。なんとしても止めなければならない。焦った俺を見た魔女は心なしか満足そうだ。
「このタイミングで貴様が来たのはもはや幸運だ。本当はこの目でことの顛末を見届けたかったが仕方あるまい。これも一興というやつよ。私の魔力であれば、鍵の起動に十分であろう」
「そんなことを言って命乞いをしても無駄だ!」
「では殺すが良い。その判断がこの世を地獄に突き落とすことになるだろう」
俺の言葉に魔女は動じない。むしろ、俺が躊躇してしまっているのを見て、「つまらんな」と呟く。
「迷っても無駄だ! フハハハハハ! さあ後悔するが良い!」
そう言うと、彼女は短剣で自らの首を掻き切った。
――その日、この世界に亡者たちが押し寄せた。
かつて死に、地獄に落とされた大罪人たちは既に死人である故に殺しても死ななかった。ある者は盗みをある者は殺しを、またある者は――。亡者によって世界の均衡が崩れるのはあっという間の出来事だった。どの国もどの町も荒れ果て、世界を救うはずだった俺は民衆に責められつつも亡者たちを捉えるため東奔西走することとなった。
亡者と生者は魔力によって見分ける他なく、見分けることができるのは魔法に長けた者だけであった。亡者を判別できる貴重な人材を固める余裕はないため、勇者パーティーは解散することになったのだ。
地獄に通じる門があったのは俺の祖国、ヴィゼル公国。そこから現れた亡者たちは俺が国に戻るまでの間に世界中に広まってしまっていた。
発生源となり、亡者の数が多い我が国だが、状況は比較的マシだった。この国の祖は千年前の英雄ルドガーの血を引いているということもあり、公子の俺が国民の信頼を比較的簡単に得られたというのが大きい。
あの日から一週間が経った今、力が比較的弱く短略的な亡者たちを大体捕まえ終わり、公国内の騒乱が治りつつあった。逆に言えば強かったり見つからないように動く知恵があったりする厄介な亡者は残っているということになるが。
亡者は殺しても死なず、決して減ることはないため収容所は埋まる一方で埒が明かない。とはいえ、悪事を働く者を放置するわけにもいかないため捕まえるしかないのだが。どうしたら送り返せるのだろうか。人類は、滅びる定めなのだろうか……。
「そこの君、ちょっと良いかな?」
声をかけてきた男は亡者だった。威圧感を感じさせない親しみやすい声だが――油断するな、彼は罪人だ。
整った顔立ちの男は、その切れ長の瞳で俺を観察しているようにも見えた。長い金髪は一つにまとめられている。服はシンプルで仕立ては良いが、型は古い。貴族然としているが、装飾品の類は服装に不釣り合いの無骨な枷を首に付けているだけだ。
亡者は生前の格好をしている事が多い。つまりこの男はかなり古い時代を生きていたはずで――彼の罪は重い。首の枷から考えると獄中死した人物なのだろうか。
「あれ、もしかして聞こえて――うわあ!?」
彼の言葉には答えずそのまま魔法を使って拘束。亡者の言葉には耳を貸さないに限る。どうせ嘘を吐いて同情を誘おうとするだけだ。
「待ってくれ、敵じゃない! 怪しいものじゃないから!」
「……黙れ。さっさと収容所に行くぞ」
「収容所? そんなもの作っていたんだ……」
初めは抵抗していた彼も収容所に連れて行くと言ったら諦めたのか大人しくなった。収容所の存在を知らないとなると……この国の門から出てきた亡者ではなさそうだ。これからは国境を越えてくる亡者にも気をつけないといけないか。
「この国だけでもこんなに逃げてたのか。よく捕まえたね、お疲れ様?」
「どうも……」
彼は収容所で捕らえられた後も呑気にしていて、なんだか気が抜ける。
「ラルド様、出かけられるのですか?」
「ああ、今この瞬間も亡者は国民に被害を与えているかもしれない」
俺にはこんなところで休んでいる暇はない。早く見回りに出かけなければ。
「はあっ!? 収容者が全員いなくなった!?」
「も、申し訳ありません、ラルド様……! 帰られたあと、全員が意識を失ってしまい……」
頭を床に擦り付けて謝る見張りの兵士を立たせて事情を聞く。意識を失った経緯も衝撃を感じたり、寝ていたりと統一性がなく、大した情報は得られなかった。……これは相当な手練れの仕業だ。
「責めてはいない。その……驚いただけだ。警備体制の見直しが必要、か。皆をこれ以上働かせたくないのだが……。収容所はどうなっていた?」
「全ての牢が叩き壊されております。意識を失ったことも考えると魔法使いがいたのでしょう」
「そうか……」
心当たりとしては昨日の男だ。彼の身なりからは貴族のようだったから魔法使いだとしてもおかしくはない。
「くそっ、すまない。俺のミスだ……!」
俺は収容所を飛び出した。一刻も早く再収容しなければ……!
事件の日から三日経った。逃げ出した亡者は未だ見つかっていない。にも関わらず表面上平和な町が不穏だった。見回りを続けていると兵士から再び脱走が起こったという知らせが届く。亡者の行方は分からないが、下手人の目的は明白、亡者の解放だ。
「先手を打つ。最後の収容所まで向かおう」
「はっ! 転移魔法陣を用意させます!」
転移した時にはまだ収容された亡者は残っていた。先回りはできたようだ。慌ただしくしていたせいか、収容された亡者が騒がしい。死ぬことはないと知っているからか、彼らは俺たちを煽りに煽る。一発殴ってやろうか……。
そんなことを思いつつ待機すること二日。にわかに上の階が騒がしくなった。静かになった後に現れたのはあの日見た男。やはり主犯だったか……。
「一つ質問したい」
「どうぞ」
剣を構えながら問う。男は武器を突きつけられているにも関わらず気にした様子はなく、穏やかに返答した。
「なぜ亡者を解放している?」
「解放? ああ、生者は死者に干渉できないんだっけ。そう見えるわけだ」
彼は一人で納得するかのように頷く。答えになっていないと睨むと彼はハルバードをどこからともなく取り出しながら言った。
「私の名はルドガー・フォン・ヴィゼル。地獄からの使者――処刑人さ」
「処刑人?」
「そう。私たちは減刑の条件として現世に逃げてしまった亡者を地獄に送り返しているんだ。もう一度殺すことによってね」
「嘘つきが」
あの英雄が地獄にいるはずがない。俺は怒りのままに剣を振っていた。
「嘘じゃないけれど……」
剣を手で掴んだ……? 掴んだ手ごと斬るつもりで力を込めるがぴくりとも動かない。彼はそのまま腕を引き、俺は剣ごと引っ張られた。
「ごめんね」
そしてガラ空きになった腹へアッパーが入った。
気絶していたと気が付いた瞬間、俺は牢へと走った。
「……いない」
どの牢も空になっている。――と思ったが、一番奥の牢に二人の影が見えた。
「信じてもらえなかったから証明のために残しておいたんだ。私は強いと自負しているが、索敵とかは苦手でね。だから現地の協力者が欲しい」
「た、助け……」
ルドガーを名乗った男は別の亡者の喉を掴んで持ち上げていた。そして一閃。彼が振るったハルバードは亡者を腹で二分割した。そして斬られた亡者はというと、彼を睨みつけながら塵となって消えていった。
「嘘、だろ……?」
「これで信じてもらえただろうか」
転移の魔法が発動した気配はない。ならば本当に地獄に送り返したというのか……?
「特殊なのは武器、そうだろ?」
頷いたのを確認し、それを渡すように言うと首を振られてしまった。
「だが君は剣士だ。使いこなせない」
「例え送り返せるのが事実でも……英雄を騙る亡者を野放しにする訳にはいかない!」
この男はかなり強い。勇者なんて呼ばれていた俺をまるで稽古をしているかのようにあしらうことが出来るなんて……。一瞬、本物のルドガーだという考えが頭をよぎる。目の前の亡者に攻撃しようとした瞬間、部下がこちらにやってきた。
「ラルド様、隣国で暴れていた亡者が公国に入ってきたとの連絡が! ひっ!?」
「隣国の……ああ、騎士団を壊滅させた最強の亡者か。放っておけない。すぐに向かおう」
悔しいが、優先順位は隣国で暴れていた亡者だろう。この男は本心はどうあれ、今は敵対の様子は見せていない。
「……こいつを見張っておけ。亡者だ」
「はっ!」
一応見張りを命じて国境近くへ転移することにした。
砦に残されているのはそこに勤めてた者たちの死体の数々だった。むせ返るような血の匂いで気分が悪い。
「ラルド様……、敵は、最上階で……」
「ありがとう。休んでおけ」
情報を伝えてくれた兵士に回復魔法をかける。戦いの前に消耗するのは悪手な上、俺の魔法には大した治癒力もないがないよりは良いだろう。
最上階に向かうと砦の指揮官のうめき声と誰かの笑い声が聞こえてきた。扉に耳を近づけて様子を伺うと痛めつけて楽しんでいるらしい。なんて悪趣味な奴だ。
扉を開けると同時に中に飛び込み亡者に剣を振るう。
「けけ、不意打ちのつもりかあ?」
彼は剣で俺の攻撃を防ぎ、左手で別の短剣を俺に向かって投げた。防御魔法を展開し短剣を弾く。
「お前がこいつらが言ってたラルド様だな? なかなかやるようだな」
「それはこちらのセリフだ。防がれるとは思っていなかった」
ここで戦うと味方への被害が大きそうだ。
「「外で殺ろう」」
国民を危険にさらさないための提案だったが、亡者と言葉が被ってしまった。不思議に思っていると、彼はにやにやと嗤う。
「けけ、驚いてやがる。俺はな、全力の殺し合いをしてえ。周りのことを気にかけてちゃあできねえだろ? 負けた時の言い訳にされちゃあ困るんだよ」
「その選択、後悔することになっても知らないからな」
「その言葉、そっくり返すことになるだろうが、な!」
亡者に続いて窓から飛び降りて外に出る。
彼は下で待ち構えており、落下点を狙って剣を振るう。俺は空気中の水分を凍らせ、簡易的な足場を作り、後ろに飛んで避ける。
「ちっ、魔法使いかよ」
彼は距離を縮めて息をつかせぬ連撃を繰り出す。魔法を使う際には集中する必要があるため、集中を妨げるための連撃か。近接戦を補助する魔法程度ならこの程度の戦闘ならば問題なく使えるから目論見違いだがな。時には魔法を使って受け流しつつ攻撃パターンを見極める。――ここから反撃だ。
左手側を振るう前に一瞬動きが止まることが弱点だ。右から来る攻撃を魔法で防ぎ、首を狙って振るう。
「ぐっ……」
「読めてたぜ? こんなに分かりやすい弱点があれば狙うよなあ。分かるぜ? ――そのせいで死んじまうけどな」
首を斬ることはできたが隠し持たれていた短剣で横から腹を刺されてしまう。首を斬っても亡者は死なない。若干頭の動きは鈍るようだが、こちらが一方的に攻撃された形だ。
「どうだ? 砦にあった毒を使ってみたんだが。確か魔物用……だったか?」
亡者は頭を元の位置に戻しながら、俺を刺した短剣についてぺらぺらと語る。
「生きてた頃に使ってた物に似せてんだ。俺はその昔――最低の剣奴だの双剣の繰手だの呼ばれていてな」
「最低の……剣奴……?」
毒で意識が朦朧としながら記憶を辿る。亡者対策として読み込んだ古い新聞にそんな名前を見たような気がする。
ニ百年ほど前の奴隷が合法的で一般的だった時代のことだ。当時、隣国は世界有数の闘技場を持っていて、剣奴を戦わせる遊びが流行していたらしい。有名な剣奴やそこから市民権を獲得した者は多くいる。その中で最低と呼ばれていた男の名はツァット。外国の出身であり、勝つためには手段を選ばず必要以上に相手を虐める悪癖があったと言われる最低の男……!
全力の殺し合いをしたい? そんなもの嘘じゃないか! 自分が死ぬことはないというアドバンテージをもって、俺たち生者を虐めたいだけじゃないか!
「戦士の恥、が……!」
「けけ、負け犬の遠吠えを聞くのは気持ちいいな……ん? 回復はさせねえよ」
回復魔法を使っていたのがバレてしまい、蹴り飛ばされ集中できなくなる。
「回復は苦手みてえだな。このままサッカーしようぜ?」
息をつく間もなく連続で蹴り続けられる。蹴られているせいか、毒が巡ってしまったせいか、どんどん意識が遠くなる。
「……ぁ」
声が出せない。俺はこのままこの男に殺されてしまうのだろうか。抵抗しようにも、もう力が――。
「――!? よ、よう。こっちに来るなんて意外だな!」
金属がぶつかり合う音がする。視界がぼんやりして助けてくれた相手を見ることは叶わない。
「けけ、俺ら二人でこの世界の天辺目指そうや。俺ならお前にも――」
「しないよ」
おぼろげながら、最低の剣奴が縦に斬られている様子が見えたような気がした。
目が覚めるとそこは病院だった。傷はまだ塞がってはいないが、解毒剤を飲ませてくれたのか身体は軽い。
「……亡者!?」
「おはよう。病人を襲う気は――というより生者は襲わないから安心してくれ」
剣を取ろうとして手元に無いことに気がつく。……病院だから仕方がないか。
「お前、どうい――」
「わあ! 目覚められたのですね! こちらはここまで砦の状況を伝えてくださった方ですよ。生きている方々を運んでくださった後、心配だからとラルド様に付き添ってくれたんです!」
彼女は俺が目覚めたことを報告しに行くため、そのままのテンションで退室した。
「どういうことだ」
「そのままだよ」
「……どうやってここまで来た」
「君が向かった場所を見張りの子に聞いて、ここまで急いで来たんだ。ああ、彼のことは責めないであげてくれ」
どうやって転移陣を使ったのだと問い詰めてみれば、あろうことか「走った」だなんて言われる。
「な訳ねえだろ! 馬より早い人間なんて聞いたことねえよ!」
「それ、昔も言われたなあ……」
「後で絶対殺す」
睨みつけると反抗期の子供を見るような目をしながら、諭すようにできないと告げられた。
「まあ言いたいことはこれじゃない。君を煽りたいわけじゃないんだ。……取引をしようか。いや、これは脅しかな」
「脅し……?」
「私は君の命の恩人だ、それは分かるね?」
「……そうだな」
「だから君は私に協力しろ。ある程度戦える上に立場がある君が適役だ」
今までの優しげな口調から一転、軍人のような有無を言わさぬ迫力を感じる。
「……何をしろと?」
「欲しいのは情報だ」
彼はハルバードを取り出しながら言った。
「私には亡者を全員送り返すという使命がある。だが、私はこの目で見なければ亡者かどうかを判断できない。だから、どこに現れるのかを君に調べてもらいたい。その代わりに私が君に稽古をつけよう。これでも、私の時代では最強だったからね」
そう言い終わると、ハルバードを振り上げ、俺に向かって振り下ろす。かろうじて目で追える速さのそれはすぐに止めることは難しいはずだが、目の前でぴたりと止まる。
「このように、生者への攻撃は制限されているから安心してくれ」
「だからといって、病室でハルバードを振り回すな」
「すまない。……流石は子孫。息子と似たようなことを言うんだね」
「……認めねえぞ」
俺の言葉に彼は肩をすくめた。
「絶対に、ぶっ飛ばす」
「楽しみにしているよ、我が弟子」
彼は俺を微笑ましいものを見るような目で見ているが――いつか絶対に倒してその余裕を崩してやる。
こうして俺たちの送還のための旅が始まったのだった。
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