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名前のない星で、君を待つ  作者: 波浪


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第六章 名前を呼ぶ場所

世界の縁には、時間がなかった。


 朝でも夜でもなく、

 始まりとも終わりともつかない、薄い光だけが満ちている。


 ユウは、記録帳を閉じていた。


 もう、書く必要がなかった。


 書かなくても、レイはそこにいる。

 風に揺れる草を踏み、

 石を拾い、

 足跡を残して進んでいく。


「ねえ、ユウ」


 レイが振り返る。


「ここってさ、

 世界から忘れられてる場所なんだよね」


「そうだ」


「じゃあさ」


 少し考えてから、言う。


「ここで僕が消えたら、

 本当に誰も覚えてくれない?」


 ユウは、答えを急がなかった。


 しばらく沈黙が流れ、

 それから、はっきりと言う。


「俺が覚えてる」


 レイは、目を見開き、

 それからゆっくり微笑んだ。


「……それだけで、十分だ」


 しばらく歩くと、

 小さな湖に出た。


 水面は鏡のようで、

 二人の姿を、歪みなく映している。


 ユウは、ふと気づいた。


 自分の輪郭も、はっきりしている。


 記録によって残された存在。

 不完全な人間。


 だが今は、

 消えそうな感覚が、どこにもない。


「なあ、レイ」


「なに?」


「もし、俺が……

 先に忘れたらどうする?」


 レイは、少し驚いた顔をした。


「ユウが?」


「ああ。

 白化症は、終わってない」


 レイは黙り込み、

 湖面を見つめる。


 やがて、決意したように言った。


「その時は、僕が呼ぶ」


「……」


「ユウ、って」


 その一言で、

 胸の奥が、熱くなった。


「僕が、君の名前を呼ぶ。

 何度でも」


 それは、

 かつてユウが与えた約束。


 今は、返されている。


 その夜――

 正確には「夜のような時間」に、

 ユウは夢を見た。


 幼い自分。

 星見の丘。

 誰かが、必死に文字を書いている。


 顔は見えない。

 だが、声だけははっきりしていた。


『忘れない』

『君の名前を』

『呼び続ける』


 目を覚ますと、

 レイが隣に座っていた。


「……今、名前呼んだ?」


「ああ」


 静かに頷く。


「少し、輪郭が薄くなってた」


 ユウは、息を吸う。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 レイは、照れたように笑う。


 それから、どれくらい経ったのかは分からない。


 ここでは、

 時間を測る必要がなかった。


 二人は、歩き、話し、

 時には黙り込み、

 それでも名前だけは忘れなかった。


 呼び合うことで、

 存在を確かめるように。


「ユウ」


「レイ」


 それだけで、

 世界は成立していた。


 やがて、遠くに光が見えた。


 新しい場所。

 誰にも定義されていない、

 新しい世界の入口。


「行く?」


 レイが聞く。


「行こう」


 ユウは答える。


 もう、記録帳はいらない。


 この先は、

 誰かに書かれる物語じゃない。


 二人が生きるだけで、

 自然に刻まれていく時間だ。


 境界を越える直前、

 ユウは立ち止まり、振り返る。


 かつての世界。

 名前を失い、

 消えていった無数の人々。


 ユウは、静かに言った。


「俺は、覚えている」


 誰に向けた言葉でもない。


 それでも、

 確かに“届いた”気がした。


 光の中で、

 最後に聞こえたのは、

 はっきりとした声だった。


「ユウ」


 その名前に応えて、

 ユウは微笑む。


「レイ」


 名前を呼ばれる限り、

 人は、ここにいる。


 それが、

 世界の外で見つけた、

 たった一つの真実だった。


— 完 —

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