第三章 禁止された記録
管理局の塔は、街の中心にそびえている。
白い外壁は汚れひとつなく、
まるで忘却そのものを拒絶しているかのようだった。
「君、最近少し踏み込みすぎだ」
ユウの正面に座るのは、上官のセリスだった。
冷静で、感情を仕事に持ち込まないことで知られている。
「レイという少年の記録。
通常の三倍の文字量だ」
「……必要だと思った」
「必要かどうかは、
世界が決める」
セリスは机の端を指で叩いた。
「白化症は、自然現象だ。
人が抗っていいものじゃない」
ユウは黙っていた。
反論はできる。
だが、それを口にすれば――
「それに」
セリスの声が低くなる。
「君、名前を呼んでいるだろう」
空気が、凍った。
「監視記録に残っている。
対象を“レイ”と、繰り返し」
「……記録の確認のためだ」
「嘘をつくな」
セリスはため息をついた。
「名前を呼ぶことは、
記憶の固定を促進する。
場合によっては、世界の修正が追いつかなくなる」
それは、
存在してはならないはずの矛盾を生む。
「最悪の場合――」
「消えるはずの人間が、残る」
ユウは顔を上げた。
「それは、罪なのか?」
「罪だ」
即答だった。
「世界を保つための罪だ」
その言葉を、ユウは飲み込めなかった。
管理局を出た帰り道、
胸の奥に、熱を持った感情が渦巻いていた。
正しさとは何だ。
秩序とは誰のためにある。
星見の丘へ向かう足取りは、
いつもより速くなっていた。
レイは、丘に座っていた。
膝を抱え、
何かを書こうとしては、手を止めている。
「文字が、思い出せなくなってきた」
そう言って、困ったように笑った。
「……進行してる」
「うん。でもね」
レイは顔を上げる。
「ユウの名前は、まだ分かる」
ユウの胸が、痛んだ。
「それは良くない」
「でも、嬉しい」
レイは、そっと言った。
その瞬間、
ユウは気づいてしまった。
――記録帳の文字が、増えている。
自分で書いた覚えのない一文。
《レイは、まだここにいる》
「……これは」
世界の修正が、
記録帳に追いついていない。
いや、逆だ。
記録が、世界を固定している。
「ねえ、ユウ」
レイが、少し不安そうに言う。
「僕、時々思うんだ。
もしかして……
僕は“最初から消える予定じゃなかった”んじゃないかって」
その言葉は、
管理局が最も恐れている仮説だった。
「白化症は、選別なんだよね?」
ユウは、はっきりと答えられなかった。
沈黙が、答えだった。
「やっぱり」
レイは、納得したように息を吐く。
「じゃあさ」
彼は立ち上がり、
ユウの目をまっすぐ見た。
「君が、僕を記録するのをやめたら……
僕は、消える?」
「……ああ」
「君が、僕の名前を呼び続けたら?」
ユウは、迷った。
記録官としての自分。
世界の秩序。
管理局の警告。
そして――
目の前にいる、一人の少年。
「……分からない」
それが、唯一の真実だった。
レイは、微笑んだ。
「それでいい」
丘の上で、
空がわずかに歪んだ。
星が、一つだけ、
本来あるはずのない位置で瞬いた。
ユウは理解する。
もう、後戻りはできない。
この記録は、
“世界に対する反証”になりつつある。




