表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)  作者: 瀬尾 碧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/36

『第七章・1 : 呪いの王と砂糖の匂い』


リリアの耳奥を灼くように響いた古代符号の囁きは、やがて意味を持ち始めた。

ただ、その意味は――


《頁は甘味を喰らう》

――たったそれだけだった。


だが、その短い一文がリリアの胸の痣を一層深く焼きつけ、心臓を縛る冷たい鎖となっていった。


「リリア、大丈夫……? その……痣……」

セラフィーが息を詰めて問いかける。


リリアが「大丈夫だよ!」と答えかけた、その時。


――ぱちん。


バッグの中から、小さな布地の音がした。

ワン太の瞳がかすかに揺れ、そこに黒い符号が一瞬だけ閃いた。


同時に、床に落ちていた古書がびくりと震えた。

ばさっ! 頁が勝手にめくれ、そこから黒い液体がにじみ出す。


ずるり、と。

頁の隙間から、ゆっくりと腕らしきものが這い出した。

それは骨でも肉でもなく、濃いインクのしずくが寄り合って形を成した、ぬめる影の肢体。

だが指先は妙に丸く、“ぺちん”と頼りなく床を掴む。


黒い滴が床に散り、そこからまた別の線が這い出す。

続いて脚がぽとりと落ち、影はよろけながら立ち上がった。

長い手足なのに、動きはどこかぎこちなく、まるで誰かが夢の中で作った“出来そこないのマスコット”のようだった。


(……おい、もっとホラーで出てこいよ! これじゃ学園祭の“手作りゆるキャラ”の怪物じゃねーか!)


影は胸を張る。

その瞬間、空気がふっと“甘い匂い”に変わった。

そして、古書店の奥にどや声を響かせた。


「フハハハ! ワイは呪いのカース・ロードやでぇ!」


その声は明るく響いたが、わずかに二重に割れていた。一方の声は子供の笑い、もう一方は紙を裂くような音。

空気を凍らせるどころか、場違いな関西訛りが木霊する。

インクの身体からは黒煙ではなく、なぜか砂糖菓子のような甘い匂いが漂った。


さらに腕を振りかざし、高らかに吠える。


「ワイの呪いはどうや?強力やろ?苦しいやろ?だが今のワイは血も魂もいらん! ワイが欲しいんはただひとつ――甘味や! 砂糖こそ魔力の源やぁぁ!!」


声が木の梁を震わせ、空気が溶けるように甘ったるく歪んだ。

その甘気は舌の奥に張りつくようで、息を吸うだけで喉が焼ける。


(……いやどんな燃料システムだよ!? ラスボスの欲望が完全に“糖分依存”って、世界観バグってんだろ!!)


セラフィーは杖を構えたまま、目を丸くして固まった。

「……ちょ、なにこの……焦げた砂糖みたいな匂い……」

「……お菓子の亡霊でも召喚したの?」


リリアは息を吐き、片手をゆっくり掲げる。

掌の符号が淡く光り、その瞬間、空気が音を失った。


「……悪いけど、あなたにかまってる暇なんてないの! さっさと呪いを解いて!」


「いやや! 美味しいお菓子くれるなら、考えてやってもええけどな!」

影の口がねっとりと歪み、黒い唇の隙間から甘い蒸気がふわりと漏れる。

店内の空気が、焦げ砂糖の匂いを孕んでとろりと淀んだ。


「交渉の余地なし。」

リリアの声は冷たく、雷鳴の刃が世界を断ち切る。


「――ボルテス《雷符・即刻顕現!》」


「……短っ!?」

セラフィーが思わず口走ったその瞬間、世界が音ごと弾け飛んだ。


ズガンッ!!


雷槍が床下から突き抜け、影の身体を焦がしながら天井まで貫いた。

衝撃波が店内を揺らし、舞い上がった埃が閃光に照らされて銀色に煌めく。

焦げた砂糖と金属の匂いが混ざり、喉の奥を熱く焼いた。

光が書棚を走り抜け、呪いの本の頁に焦げ跡の影を刻む。

インクの身体がバチバチと弾け、溶けた活字の粒が雨のように散った。


「うぎゃあああっ!? 名乗り終える前に焼き払うとか……卑怯やんけぇ!」


「さっさと解呪しないからよ!」


それでも、インクまみれの呪いの本は呻いた。


「せ、せめて……チョコレートパイを……供物にくれたら考えてもええけどな……

 甘味……砂糖が切れたら……ワイは霧散してまうんやぁ……」


リリアは片手を広げ、わずかに息を整えた。

掌の符号が浮かび上がり、光の文様が空気に静かに溶けていった。

光の粒は店内の埃をも照らし、ひとつひとつが符号のように瞬いて消えていく。

空気がわずかに震え、世界が息を潜めた。


――すべての音が、詠唱を待っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ