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『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)  作者: 瀬尾 碧


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『第一話・2 : 蝋燭の灯に、旅立ちのスープを

鐘の音が街に溶け、やがて夜がそっと降りてきた。

灯りの増えた石畳の路地を抜けると、小さな看板の下で、木造の扉が柔らかい光に照らされていた。


「ここよ」

セラフィーが立ち止まり、指先で扉を押し開ける。


中は広くない。

壁には乾いたハーブが吊るされ、素朴な木のテーブルがいくつか並んでいる。

窓際のランプがゆるやかに揺れ、店主らしき老人が静かに頷くだけで迎えてくれた。

賑わう酒場とは違い、ここはまるで──時間がゆっくりと溶ける避難所のようだった。


二人は奥の席に並んで腰を下ろす。

卓上の蝋燭が揺れ、その小さな炎が、互いの横顔を淡く撫でていく。


「……こんな落ち着いた店、知ってたんだね」

リリアが少し照れたように言うと、セラフィーは肩をすくめた。


「昔から、出立の前はここで食べてたの。……勝率が上がる気がして」


「ジンクスなんだ」


「ええ。でも、あなたと来るのは初めて」


(……おいおい、それって完全に“特別扱い”じゃん。ていうか雰囲気、どう見てもデートだろこれ!)


運ばれてきたのは、温かなスープと黒パン、香草で煮込まれた肉料理。

陶器の器から立ちのぼる湯気に、ハーブの香りが溶けて空気を満たす。

肉が煮汁の中でほろりと崩れ、パンにしみる音が、まるで“心をほどく”ように静かだった。


リリアはスプーンを手に取り、一口すくう。

舌に広がる塩気と甘み──思わず目を細めて、小さく吐息をこぼした。


「……こういう時間があると、ちゃんと“現実”なんだなって思う」


「どういう意味?」


「旅とか、魔王とか、封印とか……大げさなことばかり考えてても。

こうして一緒にごはん食べてるだけで、不思議と安心できるんだ。」


セラフィーは驚いたように瞬きをしたあと、

ゆっくりとグラスの水を揺らし、その表面に蝋燭の光を滲ませた。


「……そう。なら、ここに連れてきてよかった」


(ちょ、待て待て待て……その返しは破壊力ありすぎ! 完全に告白の流れだろこれ……!)


短い沈黙が落ちた。

蝋燭の炎が揺れ、その明滅のあいだだけ、互いの表情が幼さを帯びて見えた。


リリアはパンをちぎりながら、少し冗談めかして呟く。

「でも……もし、わたしが代金払わずに逃げたら、どうする?」


セラフィーは間髪入れず、無表情のまま答えた。

「その場で斬るわ」


(うわ、真顔で即答……! 冗談返しのつもりだったのに……ってか俺、なんで食い逃げネタなんか振った!?)


慌ててスープをすする。

けれど熱さで舌を火傷し、思わず小さくむせた。


セラフィーが、わずかに目を細める。

蝋燭の炎がその瞳に映り、いたずらっぽい光が一瞬だけ宿った。

「……ほんと、変わらないわね」


(……やっぱり、“優しさ”の言い方が反則だって……!)


ふっと笑うセラフィーの横顔に、リリアは少しだけ息を呑んだ。

炎の明滅に溶けたその笑みは、冗談の続きに見せかけて──どこか、遠い優しさの色をしていた。


(……っぶな! フォローされた感あるけど、これ完全に“気まずいのを笑って流された”やつだよな!? ほんと、俺なにやってんだよ……)


彼女はグラスを置き、視線を宙に泳がせながら、ぽつりとこぼした。

「こうして座ってると……昔、一緒に修行した夜を思い出すわ」


「……あのときも、パンとスープだったね」


「うん。でも、今のほうが──ずっと美味しい」


その声には、料理の味だけではない、淡い感情が滲んでいた。


蝋燭の炎がゆらめき、光が二人の影をゆっくりと重ねていく。

失敗した会話も、くだらない冗談も、なぜか心の奥でほどけずに残っていた。

それはきっと、この夜がただの“食事”じゃなく──

“明日へ繋がる、小さな約束のような時間”だったから。


やがて店主が静かに木の皿を運んできた。

そこにあったのは、素朴な焼き色を纏ったチーズケーキ。

切り分けられた断面から滲む蜂蜜が、蝋燭の光を受けて小さな星のように輝いていた。


リリアは息を呑む。

(……やば。魔王討伐前夜にチーズケーキって……ギャップがえげつない)


一口。

やわらかな酸味と甘さが舌の奥でとろけ、胸の奥まで静かに染みていく。

その瞬間、世界のざわめきが遠のいた。


「……ほんとに、美味しいね」

リリアの声は、夢の終わりを惜しむように小さかった。

セラフィーは微笑み、静かに頷く。

「この街のチーズケーキは、ね。……昔からの名物なの」


(……こんな時間、もっと欲しい。戦いなんか忘れて、ただ並んでチーズケーキ食べてたい──)


胸の奥で、甘さと切なさが静かに溶け合う。

蝋燭の炎が最後に揺れたとき──

二人の影は、そっとひとつに重なっていた。

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