『第六話・3 : 共鳴の代償(レゾナンス・ペナルティ)』
「――《ネクロコード》、起動詠唱!」
「我、虚ろの境より呼ぶ。魂なき器よ、名を持たぬ空洞よ。
生の鎖を断ち、死の座標を繋げ。
夢を穿ち、現を貫け――
虚界と現界の狭間にて、我が意を媒とせよ。
命なきものに命の形を、息なきものに律の声を。
いま、境を越え、幻想を焼き払え!」
「――《ネクロコード》、発動ッ!!轟!!」
詠唱が終わった瞬間、リリアの胸を内側から焼くような衝撃が走った。
血の気が引き、視界が一瞬かすむ。
その痛みはまるで心臓に“焼き印”を押されたかのようで、息を吸うたびに胸の奥が軋んだ。
同時に――空気が“符号”を帯びて震える。
見えない鎖のような線がリリアの胸から伸び、空間のひび割れへと滲み出していく。
光でも影でもない黒白の文字列が宙を走り、世界の層を一枚ずつ剥がすように蠢いた。
(……繋がった……!?)
胸の奥で鼓動と符号が同期し、現実と幻想が擦れ合う音が響く。
空気が歪み、匂いが二重に重なり、時間が一瞬だけ“逆流”した。
「くっ……ぐ……!」
リリアは胸を押さえ、膝をついた。
「リリア!? やめなさい!! 幻界と現実世界の魂を結びつけるなんて、そんなの命を削ってるだけよ!!」
セラフィーが悲鳴に近い声を上げる。
「ぬいぐるみと心臓繋いで死ぬとか、狂った神話でも聞かないわよ!!」
(……胸が……焼けてる……!
でも……やめたら、ここで終わりだ……!)
ワン太の得意技“ぱたぱた”が、痛みに合わせて不思議とリズムを刻み始める。
それはまるで「一緒に戦う」と告げているかのようで、震える心臓に共鳴する鼓動のように響いていた。
その瞬間、空気が反転した。
リリアの胸から迸った符号が、光でも影でもない線となって宙を奔る。
ワン太の瞳が金に染まり、その中で無数の魔法陣が裏返しに展開した。
黒と白の符号が互いを求め合い、絡み合い、鎖のようにひとつへと収束していく。
世界の層がわずかに軋み、音も匂いも歪む。
魂と器が――つながった。
二つの鼓動が、同じリズムで打ち始める。
(うまく行った! 次行くぞ!)
そして、一人と一匹の声なき詠唱が二つの世界で重なる。
「――《レゾナンス・ブレイク》!起動詠唱!」
リリアが一歩踏み出し、胸に右手を当てる。
同じ瞬間、バッグの中のワン太も、まったく同じ姿勢を取った。
ふたりの動きが鏡合わせになり、光の線で繋がる。
「響き合う幻よ、欺きの環を断ち切れ。
虚ろなる鎖よ、世界を縛る枷を砕け!
夢と現の共鳴よ、ここに絶て――」
「《レゾナンス・ブレイク》──幻を縛る鎖よ、砕け散れ!!」
その刹那、世界の膜が振動し、光の奔流が破裂した。
眩い光が、ワン太の胸から放たれる。
幻界の膜が軋み、空気が悲鳴を上げる。
その共鳴は空間そのものを裂き、
“甘美な幻想”を支えていた鎖を、音もなく解き放っていった。
その瞬間、甘味都市そのものが震撼した。
街路のショーケースが次々と砕け、タルトもプリンもミルフィーユも、砂糖煙のように崩れ落ちていく。
ケーキゴーレムも例外ではなかった。
チョコの鎧は溶け、スポンジの層は砂糖片となり、最後に残った黒い瞳もかき消された。
光が弾け、匂いが反転し、時間がひと呼吸ぶんだけ止まった。
そして――夢が終わるみたいに、すべてが溶けていった。
静寂が降りた。
世界が、まるで“現実”という長い眠りから目を覚ますように呼吸を取り戻していく。
気づけば、古書店の埃っぽい匂いが戻っていた。
積まれた本も、木の梁も、すべて元通り。
ただ一冊の古書だけが、まだリリアの掌に貼りついたまま、小さく震えていた。
「ぬ、ぬいぐるみが……魔法を……? そんなはず……」
セラフィーは信じられないものを見たかのように呟いた。
ワン太は何事もなかったようにバッグの中に座り、コトンと首を傾げて“ぱたぱた”と手を振った。
その仕草はいつもの愛らしさそのままに、どこか――ほんの少しだけ“人間くさかった”。
――けれどその胸の奥には、符号の疼きとともに、確かに“代償”の影が残っていた。
それは黒い痣のような印となって、じわじわと広がり続けていた。




