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『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)  作者: 瀬尾 碧


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『第五話・4 : 『いちごタルトとネクロコード──午後三時の境界古書店に眠る禁呪レシピ』


焼きたての香りが、まだ鼻の奥に残っていた。

袋の中では、いちごタルトの温もりがほんのりと指先に伝わる。

その熱が、戦場の冷たさをようやく追い出してくれるようだった。


そんな中、二人と一匹は、どこへ行くあてもなく歩いていた。

気づけば、市場の喧噪を離れ、石畳を街の奥へと進んでいる。

昼下がりのざわめきが遠のくたび、足音だけが静かに響いていた。


「ここ、どこ?」

「さあ、わかんないわよ。地図ないし」

「ワン太の鼻って、コンパスみたいに北向くとかないのかな?」

「はぁ? あるわけないでしょ!」


バッグの中のワン太が、困ったように小さく首をかしげた。

そして――おもむろに鼻を“くいっ”と上げて、適当な方向を指す。


「……ほら、ほら見て! 今ちょっと北っぽくない!?」


「それ絶対テキトーにやってるだけよ!!」


セラフィーが呆れ顔で肩をすくめ、リリアは吹き出した。

笑う瞬間、頬にかかった髪が陽に透け、ふたりの距離が少しだけ近づく。


そんな他愛もないやり取りに、昼下がりの空気が少しだけ軽くなった。


やがて、通りの端にひっそりと古本屋が現れた。

色あせた看板の文字はかすれ、窓辺には埃をかぶった分厚い本が乱雑に積まれている。


「……こんな所に、本屋なんてあったの?」

リリアは首をかしげながらも、気づけば足が自然とそちらへ向かっていた。


扉を押して入ると、紙とインクと黴の匂いがどっと押し寄せる。

棚には日記の断片、古い魔導書の写し、誰が書いたとも知れぬ草稿がぎっしり。

埃の粒が光に揺れ、時の沈黙が頁の隙間で眠っていた。

まるで“忘れられた知識の吹き溜まり”だった。


リリアの視線は――すぐさま一冊の本に釘付けになった。

タイトルは『百年残る王宮パティスリー秘伝』。その隣には『スイーツ巡礼ガイド』『砂糖錬金大全』など、甘党の理性を吹き飛ばす文字が並んでいる。


(おお……! これだ、これが今いちばん必要な知識だよ! 古代魔法とか禁呪とか剣術とかは、もうしばらくいい!)

(“苺ショートはスポンジの気泡が命”とか、“モンブランは絞り口で格が決まる”とか……そういう禁断の奥義がこの本には眠ってるに違いない!)


思わず手を伸ばすリリア。

その横で、セラフィーはため息をつきながら呟いた。

「……まさか古書店で修行に役立つ本を探すと思ったら、これとはね」


「いや違うよ、これはちゃんとした修行だよ!」

(俺にとって“スイーツの探求”は立派な戦いなんだ!)


バッグの中のワン太が“むにっ”と前足を上げた。

リリアは自信満々にうなずく。

「ね? こいつも“甘味は命”って言ってるよ」


「言ってない!! ワン太を同意芸に使わないで!」

「今のは、絶対“助けて”って言ってたわよ!?」


(いや絶対これ、ドーナツ要求の合図だろ……。完全に俺と同じ“甘味党”じゃねぇか……)


棚の前で繰り広げられる、姉妹漫才のような応酬に。古書店の空気は一瞬だけ、すこし温かさを取り戻した。


ふと視線の端に――ひときわ黒ずんだ革装丁の一冊が目に入った。

他のどの本よりも古く、まるで煤にまみれたような色。

背表紙には、かろうじて『……ネクロコード』と読める古文字が刻まれている。


リリアの手が、意識とは裏腹に吸い寄せられる。

その瞬間、古書店の空気がわずかに重くなった気がした。


そして――指先が革表紙に触れた瞬間。

空気が裂けた。


笑い合っていたセラフィーの声も、ワン太の尻尾のかすかな揺れも、

すべて、厚い水の底へ沈んでいくように遠のいた。

店内の灯火がぐらりと揺れ、紙の匂いに紛れて“古い血と鉄錆”の匂いが鼻を刺した。

意識の奥で、何かがきしむ音がした。


ぱらり、と頁が勝手にめくれる。

並んでいたのは、見覚えのある符号――かつて戦場で使った“ゴーレム操作術”の変形。

だが、その下に添えられた一文が、心臓を凍らせた。


「器は操るもの。そして時に――器に操られる」


言葉が胸に沈んだ瞬間、リリアの指がひとりでに震える。

関節が、意志とは別の律動で“ページをめくろうとする”。

心臓の鼓動までもが、微妙にズレる。

まるで身体が、自分ではない何かに“拍子を合わせていく”ようだった。


「っ……!」


本を閉じかけたその瞬間――背後で、声が“形を持ちかけて”いた。

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