『第四話・6 : 誇りは、星に還る』
――その叫びに応じるように、街のあちこちから人々の声が重なっていった。
「ありがとう!」
「灰鎧の将を倒したんだって……!」
「勇者が戻ったぞ!」
その群衆の声は波紋のように広がり、夜空へと溶けていった。
やがて祈りのように一つに重なり、街全体が大きな息をつく。
家々の扉が次々と開き、足音とざわめきが石畳を震わせる。
人々が通りに溢れ、信じられないものを見るような目でリリアを見つめた。
その瞳は次第に熱を帯び、光り、そして涙で溢れていく。
「……ありがとう……あのガルヴェイン様を……安らかにしてくれて……」
その言葉に、周囲の人々がはっと顔を上げた。
かつて街を脅かした“灰鎧の将ガルヴェイン”。けれど、誰もが思い出していた。
彼がこの街のために戦ってくれていた日々を。
夜風が、まるで亡き将の息のように、街の上を静かに撫でていった。
「街を守ってくれて……!」
「最後まで……私たちを守ってくれていたんだな……」
「ありがとう……ありがとう……!」
泣きながら笑う者。
幼い子を抱きしめ、深く礼をする母親。
かつて共に戦ったであろう男が剣を胸に掲げる。
一つ一つの想いが、夜空へ立ち昇る灯火のように、リリアの胸を照らした。
その声の群れはやがて、祈りにも似たひとつの歌となった。
夜が、息を止めた。
それは言葉を超え、涙を超え、街そのものの心臓が打つ響きのように広がっていった。
歓声と嗚咽の渦の中――リリアはふと足を止めた。
群衆の奥から、ひときわ強い視線が自分に注がれているのを感じたからだ。
それはざわめきとは異なる、まっすぐな脈動を持ち、胸の奥を静かに撃ち抜いた。
心の奥で、封じていた何かがかすかに鳴った。
視線を巡らせる。
松明の炎に照らされた無数の顔の中、その主を探す。
見知らぬ涙の瞳、震える笑顔――その向こうに、確かにいる。
鼓動が一拍、二拍と速まる。
そして――人垣が開かれた。
月光を受け、銀色の髪が揺れる。
頬には涙の跡が光り、肩で息をしながらも、足取りは迷いがなかった。
「……リリア!」
セラフィーだった。
彼女が名を呼んだ瞬間、喧噪が遠ざかり、聞こえるのは互いの足音と胸の鼓動だけになった。
そして、強く抱きしめられる。
震える腕の中に、確かな温もりと、生きている証があった。
「……生きて……帰ってきてくれた……」
その声はかすかに震えていたが、奥には揺るぎない芯があった。
月光に濡れた涙が頬を伝い、宝石のように煌めきながらリリアの肩に落ちた。
リリアは静かに抱き返し、誰にも聞こえぬよう囁く。
「……セラフィー……ごめん……あなたの師を……」
セラフィーは小さく首を振った。
「……師匠は、自分で選んだんでしょう? あなたを信じて」
その瞳には、悲しみがあった――それでも、責める影は微塵もなかった。
「だったら……私も信じる。あの人の最後を、あなたが確かに守ってくれたことを」
すすり泣きと祈りの声が、二人を包む。
セラフィーはリリアの手を握り、微かな笑みを見せた。
「……帰ろう。あの灯りの向こうで、みんなが待ってる」
リリアは頷き、二人は肩を並べて歩き出す。
その背に、ガルヴェインを悼み讃える声が、澄んだ夜空に静かに溶けていった。
夜空には雲ひとつなく、月と星が――まるで見守るように――街全体を見下ろしていた。
星々は、失われた魂の“還る道”を照らす灯のように、静かに瞬いていた――。
――その夜、街は眠らなかった。
通りには灯火を囲む人々の影が揺れ、
誰もが語り合い、涙を分け合い、祈りを交わしていた。
母は子を抱きしめ、子は母の涙を拭った。
老兵は剣を磨き、灰色の将を想って空を仰いだ。
家々の窓からは温かな光とパンの香りが漏れ、
その全てが「生き延びた」という事実を静かに示していた。
城壁の上を夜風が抜け、遠くの森はもはや戦いの影を映してはいない。
ただ月だけが、銀の光で街と大地を静かに照らしていた。
そして、その夜の終わり、ひとつの宿屋の窓辺で――
リリアとセラフィーが同じ椅子に並んで腰掛け、
言葉もなく、ただ静かに星を見上げていた。
その横顔には、静かな微笑と、失われたものへの痛みが同時に宿っていた。
――この夜を、人々は語り継ぐだろう。
勇士の名と、灰色の将の最期とともに。
そして次の世代が空を仰ぐとき、あの星々の瞬きは、誇りを示す灯火となる。
――誇りは、確かに守られた。
それは剣に刻まれた傷よりも深く、
街の人々の胸に、静かに、そして永遠に息づいていた。
――そして夜空の下で、街は祈るように、静かに眠りについた。




