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『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)  作者: 瀬尾 碧


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『第四話・5 : 月が、名を呼んだ夜』

炎と影の残光が消え、夜の帳がゆっくりと戦場を覆い戻していった。

焦げた大地から立ち上る煙は、冷たい空気の中で細く揺れ、やがて頼りなく千切れて消えていく。

その光景は、まるで激しすぎた一夜を静かに呑み込み、記憶の底に沈めようとする“世界の呼吸”のようだった。


リリアは剣を静かに傾け、刃に残る光をそっと見つめた。

月明かりがその輪郭をすべり、やがて鞘の中に吸い込まれていく。

奈落の縁から背を向けると、足元には戦いの痕跡だけが残っている――焦げ跡、砕けた破片、そしてほんのりと漂う”焼けた記憶”の匂い。


一歩、また一歩。

焼けた土の感触が、足裏を通して確かな現実を刻む。

革靴にこびりついた土と血が、歩くたびにかすかな音を立てて剥がれ落ちた。

空気は刃のように冷たく、だが胸の奥にはまだ戦場の熱が余燼のように燻っていて、内側から微かに灯っていた。


(……にしても、身体バッキバキだな。RPGなら宿屋ワン泊で全快なのに……俺、いつになったらログアウトできるんだ?)


夜気がひと呼吸、静かに沈んだ。


やがて廃墟と化した中央に辿り着く。

そこには、七つの結界のうちのひとつ――魔王城へと続く門を封じる核が、かすかな燐光を帯びて脈動していた。

その光は呼吸のように明滅し、夜気をわずかに震わせる。

触れれば焼けるような冷たさが漂い、足元の土が魔力の律動に合わせてわずかに波打っていた。


リリアは膝をつき、手を翳し、瞳を閉じる。

指先が空気を撫でるたび、淡い光の粒子が舞い上がり、彼女の髪をゆるやかに照らした。


「……エクゾルヴ──結界を解け。」


その声は呪文であり、同時に祈りだった。

刃よりも静かに、炎よりも確かに、夜の深みに沁み込んでいく。


黄金の光が指先から広がり、ひび割れた大地に刻まれていた結界紋が一筋ずつほどけていく。

空気が微かに鳴り、遠雷のような音が地の底で響いた。

最後の符が空気に溶けた瞬間、重く閉ざされていた空気がふっと軽くなった。


そして――結界は、解かれた。


街への帰路は、長く、静かだった。

背後には、声も命もない戦場が遠ざかり、前方には橙色の灯りが揺れている。

最初は一点だったそれが、歩を進めるごとに二つ、三つと増え、やがてひとつの温かな塊に変わっていった。


昨夜の雨で湿った土道を抜け、石畳が足元に現れる。

木々の間を通り抜けるたび、葉の上の露が無音で滴り、頬をかすめた。

その冷たさに触れるたび、戦場の熱と「生きて帰った」という実感が、じわっと胸にのしかかってくる。


(あー……やっと“文明”に戻ってきた感あるな……俺、正直コンビニのおにぎりで泣ける自信あるな)


やがて遠くから、低く響く鐘の音が届く。

それはひとつの波紋のように夜気を震わせ、街の石壁を伝い、屋根瓦の上を滑り、眠っていた家々の窓をも微かに揺らした。

戦場の轟音とは正反対の、澄みきった日常の調べ。耳ではなく、心臓の裏にじかに響いてきた。

胸の奥で強張っていた何かが、ほんのわずかに緩んだ。


そして――門が見えた。

石造りの影に立つ門番が、こちらを認めて息を呑む。

目の前の景色が現実か幻かを疑うように、瞼を瞬かせ、喉仏が上下する。声を出そうとするが、最初はただの震えにしかならなかった。


月光が彼女の顔を照らした瞬間――

空気が、ほんの一瞬、息を止めた。

風も音も止まり、世界そのものが“名を思い出す”ように、彼女の姿を見つめていた。

頬を撫でる光が、静かに脈打つ。まるで月が彼女を再び“存在”として受け入れるように。


門番は目を見開いたまま、言葉を失っていた。

数拍の沈黙ののち、喉奥から絞り出すように声が溢れる。


「……帰ってきたぞ! 灰鎧の将を討った勇者が!!」


その言葉が夜に放たれた瞬間――

空気が震えた。

街の石壁が共鳴し、灯火がひとつ、またひとつ瞬いた。


その揺らぎは波紋のように広がり、星々さえも微かに瞬きを返す。

まるで“世界が祝福する”ように、夜がゆっくりと息を吹き返していく。


(……いや、待て。勇者って俺のこと!? いやいやいや、俺ほんとにただのゲーマーだって!)


(でも……セラフィーにだけは、今の俺が“勇者”に見えてくれてたら……それでいい、かもな)


その声は街に響き渡り、夜を震わせ――一人の戦士の誇りを、未来へと告げた。

頭上には、静かに輝く星々。その輝きの奥に、セラフィーの祈りが重なる気がした。

そう思うだけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。


(……でも正直、もう一歩も歩きたくねぇ。誰かマジで風呂と飯用意しといてくれ……)

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