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『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)  作者: 瀬尾 碧


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『第四話・4 : 終焉環葬《デグゼノーバ》──滅びの夜に灯る火』

リリアの黄金の瞳が、月光を呑み込む。

その奥に灯るのは、もはや感情ではない。

滅びを告げるためにだけ、研ぎ澄まされた、絶対の意志だった。


沈黙が降りた。

風が退き、夜が息を潜める。

世界の音が遠のき、空気が彼女ひとりを中心に沈み込んでいく。


「――見せてあげる。人間の誇りを理解できないお前に、最初で、そして最期の“神を凌ぐ力”を。」


地の奥が呻くように軋み、音が這い上がる。

彼女の唇が、静寂を裂くように動いた。


「──デグゼノーバ《終焉環葬しゅうえんかんそう》、起動詠唱──」


その一言が夜に落ちた瞬間、世界が低く軋んだ。

空気が凍り、月明かりは鈍く濁り、遠くで鳴くはずの虫の声も途絶える。

耳の奥で、見えない巨大な歯車が逆回転を始めるような、不快で骨に響く共鳴が広がった。


――《コード干渉:外部演算権限を確認》

――《警告:詠唱権限が上位存在階層に到達──安定度わずか一割強》


空気の縫い目が裂け、世界がひとつ息を飲んだ。


その声は、呪文ではなかった。天地創造の“書き直し”そのものだった。


色が剥がれ落ちていく。

ヴァルクの視界から赤が消え、青が抜け、やがて光そのものが奪われて灰色に沈む。


足元に二重螺旋の影が広がった。

外輪は紅蓮――ただ燃やすのではなく、存在を焼き削ぐ業火の環。

内輪は漆黒――底無しの闇であり、触れた全てを情報ごと消去する虚無の環。

互いを削り合い、擦れるたびに、因果そのものが火花のように砕けて宙に舞う。


「これは……神すら忌避した“終焉の環”。

かつて天界の書に封じられ、人の身が触れることを禁じられた断罪の権能……!」

ヴァルクの瞳に、初めて恐怖が浮かんだ。


「炎よ――記録を焼き、痕跡を灰と化せ。

闇よ――存在を断ち、その名を時の頁から抹消せよ。」


地が鳴った。大地ではなく、“存在そのものの骨格”が悲鳴を上げていた。

魔法陣は地表に描かれたのではなく、世界座標そのものへと刻まれていた。

輪が回転を速めるたび、空間の繊維が軋み、削がれた現実が黒と赤の灰となって降り積もる。


――《干渉警告:対象ID[VALC-07]……存在参照が破損。修復の兆候なし》


「天にあるは輪廻の環。

地にあるは断罪の環。

今ここで二つを合わせ、因果を焼き葬らん。」


渦が膨張する。

炎の轟きと闇の唸りが同時に押し寄せ、世界の“下書き”が耳の奥で破られていく。

遠くの森は輪郭を失い、月は墨を流したように黒く濁り、星は一つずつ潰れて消えた。


「我が詠は輪廻を閉じ、我が環は因果を断つ。

 すべての名を頁から抹消し、灰と虚無に還せ。

 ──これぞ因果断ちの鍵、最終環の執行。」


――《実行承認:終焉プロトコル / フェーズ3》


「デグゼノーバ!!《終焉環葬》!!」


両の環が重なった瞬間、轟音が夜を裂き、二重の衝撃波が大地を叩き割る。

紅蓮は存在を焼き切り、漆黒は痕跡を喰らい、ヴァルクの立つ座標そのものを削り落としていった。


紅蓮の外環が皮膚を剥ぎ、漆黒の内環が骨をなぞりながら内側を崩す。

筋肉が焼ける匂いが夜を満たし、鎧の層が金属音を響かせながら情報の層ごと削られていく。


「う……お……おおおッ!? な、なんだこれは……ッ!」

「や……やめろ……っ、母さん……!」


その声は、魔族の仮面を脱ぎ捨てた“人”の叫びだった。

守りたかったものの名を、最後の瞬間にだけ取り戻した。


だがヴァルクは、歯を食いしばり、虚勢の笑みを貼り付ける。

「……フッ、これで終わりか……だが……“死鋼の刈り手”は……また……」


その笑みすら、炎に焼かれ、闇に呑まれ、骨も影も、そして存在の記録すら霧散した。


――《対象ID[VALC-07]……消去完了》


その場に残ったのは、半径二百メートルの完全消失領域。

そこには草も、土も、石も、空気さえ存在しない。

大地は“切り抜かれた”かのように、真下へ向かって無限に落ち込む、紅に脈打つ黒の奈落へと変わっていた。


境界に立つだけで、自分の“名前”が一文字ずつ削られていく錯覚が走る。

月光さえこの領域を避け、影は存在の余熱だけを残していた。

時間すら、この領域を避けて流れるのをやめたかのようだった。


その淵に――剣を下ろしたリリアがただ一人立つ。

風はなく、音もなく、ただ彼女の呼吸だけが夜を刻んでいた。


彼女はゆっくりと瞼を閉じ、深く一息を吐き出す。

胸の奥で、戦場の熱がようやく静まり、わずかな温もりだけが残っていく。


その温もりは、守り抜いた誇りの証。

セラフィーと、師のガルヴェインが残した“最後の火”が、彼女の胸に灯っている。

その火は小さな痛みと共に、涙を堪えるほどの熱を宿していた。


静かに、確かに――滅びの夜を照らす、最後の火だった。


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