表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)  作者: 瀬尾 碧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/36

『第二話・4: 斬らずに挑む戦場』

その瞬間、空気が変わった。

霧がざわめき、足元の影が形を持ちはじめる。

十数の異形が、音もなく浮かび上がった。


(……そう来るか。わざわざ前座を用意してくれるとは、意外と律儀だな)


視界の端に青白いウィンドウが点滅する。


【NAME:フォグ・センチネル】

【Lv:48】

【属性:霧/魔鎧】

【耐性:斬-○ 突-△ 火-◎ 雷-×】

【攻撃:鎧剣斬撃(スタン低確率)/霧投射(視界阻害)】

【弱点部位:兜の側面(命中時、行動停止3秒)】

【ドロップ:霧鉄片/曇光の欠片】


十数の影が霧を割って迫る。

鎧は歪み、兜の奥は空っぽ。

息遣いもなく、ただ金属の軋みだけが響いた。


リリアは、わざと一歩下がり、剣を鞘に納める。

足元に淡い金の光がにじみ広がり、円環が描かれる。

複雑な幾何紋が空気の粒を束ね、十重二十重の魔法陣が羽根のように旋回した。

霧の世界が、一瞬だけ呼吸を忘れる。


──兵たちの剣が、一斉に振り下ろされる。

金属が空気を裂き、時間が軋む。

だが、世界が一瞬スローモーションのように沈黙し──

ただ彼女の足元の輝きだけが、鮮烈に残った。


「《オーバースクリプト・フェイズ》──全演算、解放。」


霧が音を失い、色彩が透明に研ぎ澄まされる。

視界が無理やり真実の解像度に引き上げられたようだった。

兵たちの刃が届くよりも早く、光の輪が収束し、背後に六枚の“羽”が展開する。

そこから迸る無数の光条が、楽譜をなぞるように空間を走った。


「消えなさい──《ミリオン・ノーツ》」


音が掻き消え、光の粒が空気を満たす。

けれど、沈黙の奥では──かすかな旋律だけが、まだ世界のどこかで鳴り続けていた。

それは、誰かの旋律を思い出すように、ひとつひとつが優しく瞬いた。

次の瞬間、閃光が走り、兵たちの輪郭が揺らぐ。

鎧が軋む暇もなく、十数体すべてが粒子となって霧へと還った。


静寂。

霧はその場に留まり、まるで“観客”のように揺らめいた。

金色の余韻が風に舞い、音もなく消えていく。

その光は、奏で終えた祈りのように空気へ溶けた。


(……一瞬。秒殺。完封。)

(弱点突く以前に、存在そのものを消す火力……やっぱり桁違いだな。)

(でも──本番はここからだ。あいつは斬っちゃダメなんだ。セラフィーの“師”なんだから。)


光が散り、世界がふたたび息を吸い込む。

霧の粒子が、金色の残響を抱えたまま静かに漂う。

音のない世界が、まるで息を潜めて“次の鼓動”を待っていた。


それは、嵐の前に海が息を潜めるような、嫌に静かな間だった。


リリアは剣を肩にかけ、金の瞳でガルヴェインを見据える。

その瞳に、かすかに映るのは──“まだ人だった頃の影”。


霧の奥で、巨影がわずかに動いた。

そのたびに霧の濃度が変わり、呼吸が重くなる。

空気が沈み、耳鳴りのような低音が骨を震わせた。


そして──沈んでいた鼓動が、ひとつだけ、世界を揺らした。


──その瞬間、リリアの視界に青白いウィンドウが立ち上がった。

冷たい光の中に、敵の構成情報が淡く浮かび上がる。


《対象エネミー》

名称:灰鎧の将(コードネーム:ガルヴェイン)

レベル:BOSS/Aランク

種別:人型霊鎧種(記憶憑依型)

HP:?????/?????

外殻障壁:四層偏向型(霧干渉)

武装:灰鋼の大剣+霧鎧「モルゲンシェル」

弱点:胸甲内部の霊核(※感情刺激時のみ一時露出)

備考:記憶霧との同調率92%。精神干渉を受けやすい状態。


(……感情刺激時限定、か。つまり──この将は“まだ人だった頃の心”を、鎧の奥に縫い止められている……)

(その心が、かつて誰かを想った瞬間にだけ──鎧は“人の形”を取り戻す。)


(なら、狙うのはそこだ。霊核の中心。その一点を貫けば、ガルヴェインの魂は解放される。)

(受けに回って、その瞬間を見極める。それしかない。)


灰鎧の将が、ゆっくりと首を上げた。

その兜の奥から、深い井戸の底のような視線が突き刺さる。

音もなく、右足が一歩、前に踏み出される。


――たったそれだけで、霧がざわめいた。

地面の小石が跳ね、空気の密度が一段階重くなる。

鎧の隙間で、黒い靄が心臓の鼓動に合わせて脈動した。


次の瞬間、それは呼吸のように膨らみ、

静かな海の波のように押し寄せてくる。

その圧は「相手を斬る」のではなく、

「存在そのものを叩き潰す」意志を帯びていた。


一瞬でも視線を逸らせば、飲まれる──そんな確信が走る。

それでもリリアは視線を逸らさない。


(……来い。絶対退かない)


空気が震え、指先に光が集まる。

柄を握る手が締まり、呼吸が細く研ぎ澄まされる。

心臓は早鐘のように打ち、血の音が耳の奥で重低音を響かせた。


そしてガルヴェインが、腰を沈めた瞬間──風が爆ぜた。

霧が跳ね、金属が地を蹴る。

巨大な影が奔流のように迫る。


霧ごと大地を叩き割り、衝撃の波だけで肺が詰まる。

粉塵が閃光の粒となって弾け、光が滲み、現実と幻の境界が溶けた。


だが、その刃が届くよりも──リリアは風の圧に合わせて一歩だけ身を引いた。

紙一重で、刃をかわす。

踏み込みではない。受け流しでもない。

ただ、相手の“意志”を見極めるための──その一歩だけの退き。


彼を斬らずに救う戦い。

それはセラフィーの願いであり、

そして──リリア自身の、覚悟だった。


静寂が戻る。けれどそれは、恐怖の沈黙ではない。

世界が、ふたりの呼吸を見守るように、ただ静かに凪いでいた。

――これは、剣ではなく、

かつての誰かを取り戻すための祈りだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ