06.今、知る者と知らぬ者
こっから視点が変わる場面が増えてきます。
色々せわしなくなってきますがご容赦下さい。
「この家、結界が張ってあるな。」
家を見た瞬間、家に纏われている魔力の流れから結界が張ってあると気付く。
「え、結界ですか?俺結界張るなんて出来ませんよ?」
「いや、結界は確かにこの家に張ってある。基点から見るに…恐らく君の父親が基点となって結界を張っているのではないか?最近は農作物を害獣から守る為農民の間でも使用されていると聞く。」
結界。それは魔力を動力源とし、展開される領域。これだけ聞くと習得が難しそうに感じられるが、意外にも結界術の習得難易度は低く低位の結界術程度ならば誰でも簡単に習得出来る。流石に高位のものはまだ魔術師しか扱えないものの、結界を張ることだけに特化した専門職の結界師に頼めば比較的安価に高位の結界も張ることも可能。
だが…それにしてもこの結界はかなり高度だな。害獣の侵入を防ぐ目的でもここまで丁寧に作る必要は無いし、余程綿密に作られているせいで私ですら近くに寄るまで結界が張ってあることに気付けなかった。しかもこの種類…何か見せたくない物でも隠しているのだろうか?
「はあ...父さんの」
そんな愚推を振り払い、ふと横を見るとレインが難解な表情をしている。…まあ何も知らない人にこんな話をした所でどう反応すれば良いのか困るのだろう。これは少し悪い事をしてしまった。
「さ、どうぞ遠慮せず。」
そうこうしている内に家に着き、レインの案内を受けて家へと入った。
「父さんの部屋はそこの突き当たり。父さんが出て行ってからはあまり部屋に入ってないからちょっと物が多いけど...そこは許してくれ。」
「父親は今家にいないのか?」
「ん、ああ、三年程前に外出したっきり帰って来なくて。...ま、父さん学者で色んな所を飛び回ってたし、今頃はどっかで俺のことなんか忘れてきっと研究に没頭してるさ。」
父親がいない?ではあの結界はどうやって…
「着いたよ、さ、早いとこ見つけて終わらせよう。」
レインあまり父の話をしたくなかったのか部屋に着くとこれで終わり、と言わんばかりに部屋のドアを開けて私を招き入れる。
「これは…相当だな。」
部屋に入って早々、私は予想を超えるその光景に戦慄する。
確かに物が多いと言っていたが…部屋は私の想像を遥かに超えていた。部屋の壁には全面本棚とそこにびっしり詰まった本で埋め尽くされており、途中からは収納スペースが無くなったのだろう、そこら辺に本が積み重なってまるで迷路のようになっている。そして奥の方には執筆スペースか、小さな収納付きの机が置いてある。
しかし私を何より驚かせたのは──
「レイン、君の父は本当に学者だったのか?」
が待っても返事は来ない。
「レイン?」
「..悪い、いつもなんだがこの部屋に入ると何故か気分悪くなるんだ。だからあまりこの部屋にある物とかの把握が出来てないくてな...父さんは竜についても調べていたし資料はきっとどこかにはあると思うが...」
そう言ってレインは本棚を漁り始める。
しかしその手つきはどこか不安定で、体も倒れそうな程におぼつかない。
「無理はしなくて良い、私一人で調べるからレインは休んでおけ。」
「いやこの量一人で探すのは...」
「自分が探している物は自分で探す、気になどしなくて良いさ。私一人で気長に探しとくよ。」
「は、はぁ...そこまで言うのなら...」
そう言って半ば強引ながらもレインを部屋から出す。
良し、これで邪魔は無くなった。
さて、と。
本題に入ろうか。
家に入った時点で薄々感じてはいたが、問題は思ったよりも深刻。
部屋に渦巻く高濃度の呪い。それは私の中にあった疑惑を確信に変える。
「…まさかまだこのレベルの物が残っていたとは。」
レインが体調を崩したのもこの呪いによる影響に他ならない。私は呪いには対策を取っているのでこの程度の物は効かないが、普通の者ならば生気を奪うのには十分。
何故この部屋は呪われているのか?その理由は単純、魔力を提供している物が邪悪過ぎるのが原因。
数歩進んで呪いが最も強くなっている場所、机の引き出しを開け『奴』を確認する。
「いつ見てもいい気分にはなれないな。」
やはり、そこには結界の基点となっている魔晶石。階級にして恐らく最上位、透き通った赤色の魔晶石から感じる魔力は底が感じられない程大きく、その明るい色とは似ても似つかない邪悪な魔力をその身に宿している。
回収するため魔晶石に手を伸ばす。が触れた瞬間、拒絶反応のごとくバチッと手と魔晶石の間に火花が散って私の手をはねのける。…クソ、ここまでのレベルになって来ると自力で解呪するのは難しいか。もし聖水でも持っていればまだやりようがあったのだろうが…生憎そんなもの持ち合わせていない。
さてどうしたものか…まずレインを家から出して魔術師と聖水を取り寄せてから──
ん?魔晶石が入っていた机の引き出しの奥にもう一つ何かあるな。引き出しに手を突っ込んでそれを取り出す。
手記のようだ。表紙に名前が書いてある。
【イージス=ブランジャール】
その名前に、私は見覚えがあった。
【用語補遺…結界】
魔力によって展開され、常に定期的なな魔力供給によって成り立つ領域。
結界には実に様々な種類があり、領域内を外部から隠すもの、領域内で治癒能力が向上するもの、はたまた領域内では攻撃が出来なくなるといった面白い効果を持つものも存在する。
しかしそんな結界にもしっかりと弱点はあり、それは強力な効果にすればする程消費される魔力の量が桁違いに多くなること。なので魔術師や結界師はそのデメリットを極力無くすために”人間にしか適用されない”、”小動物にのみ適用される”などと言った条件を設定して消費される魔力を抑えるように対策している。