02.状況把握
「歩かせて悪かったね、ここだよ。」
そう言って情報屋はある建物の前で立ち止まる。その建物は劣化が進んでいて、ところどころ外装が剝がれているものの、他と比べればまだ辛うじて家としての体裁を保っていた。
「では中で話そうか。」
そう言った情報屋の後を付いて行き中へと入る。外面はかなり損傷していたので中も相当荒れているのだと思ったが、意外にも中はそこまで汚くは無い。
…と奥のドアが開いて、
「あ、ようやく帰ってき…っ」
不意に表れた少年と相対した。歳は…大体9つくらいだろうか、少年は私を見るや否や動揺したのか動きがピタリと止まり動かなくなる。
「大丈夫、この人はあいつらの仲間じゃない。僕から頼んで来てもらったんだ。」
情報屋はそう言って少年を安心させようとするが、少年は依然硬直したまま動かない。…まあ、無理もないと言えば無理もないな、全身鎧を着込んで腰には剣をぶら下げてる奴見れば誰だって警戒する。
「あ、え、えっと…あの!お茶淹れて来ます!」
情報屋の声も虚しく、子供はそう言うと逃げる様に家の奥へ行ってしまった。
「あーあ、君完全に警戒されたね。」
「…おい、子供がいるのなら先に言っておけ。」
あまりにも突然現れたものだから私も少し身構えてしまい、そのおかげで故意ではないにしろあの子を怖がらせてしまった。
「ごめんごめん、ちょっとあの子を驚かせてみせたかっただけさ。」
そして情報屋は悪びれる様子も無くずかずかと家の中へと入って行く。
困ったものだ、入る前に一言くらい言えば私だって兜を取ったり武器を見えない所にしまったりしたのに。情報屋とは出会ってしばらく経つが立ち振る舞いと言うか、変な所で常識が欠けているのでどうも馬が合わない。
私は今更ながらも頭を覆っていた兜を取り外し、情報屋の後を追っていく。そして入口の廊下を抜け、リビングに入ると、既に情報屋は置いてあった椅子に座って足を延ばし寛いでいる。
…はぁ、もうコイツの横柄さには呆れを超えて脱帽する域だ。
だが私も立ったまま話聞くと言うのはあまりしたくはないので情報屋とテーブルを挟み対になる場所を選び、嫌々ながらも座る。
「お、兜外したんだね。僕としてはそちらの方が感情を読み取りやすいから助かる。」
「…御託は良いから早く話せ。私とてお前の我儘にはもう付き合ってられん。」
「うーん僕としては少し君と世間話でもしたかったけど…分かったよ。君がそう言うのであれば早速本題に入るとする。」
そう言うと何やら胸元をガサゴソと漁り始め、そこから地図を取り出しテーブルの上に広げる。
「じゃ、まずは今回の魔晶石の状態から話そう。結論から言うと、今回は残念ながら魔術師の手中にあると考えていいね。」
そう言って情報屋は地図上のある地点を指差す。今の現在地とは少し離れた場所に、煌々と光りながら動く赤色の点と、隣で同じ動きをする小さく弱々しく光る緑色の点が写っている。
「今回の魔晶石はかなりせわしなく動いてる。それも特定の魔術師と一緒にね。十中八九この魔術師が魔晶石の所持者だろう、今頃になると所持者の症状もかなり進行して自我も無い可能性もあるから気を付けておいた方がいい。」
「…言う事はそれだけか?お前の情報にしてはいささか物足りない気がするが。」
まだ何かあるだろうと情報屋に問い詰める。
「違う、と言いたい所だけど生憎僕が分かっている情報はここまでなんだ。この魔術師、結構な徘徊型でね、そのお陰であまり情報が無いんだ。僕がここに魔晶石があることを知ったのも別件で近くの町に寄っていた時に偶然気付いたくらいだし。」
「そうか、お前が売りの商売道具を手に入れられないとは今回はかなりの強敵かもな。」
情報屋が出したぼろを嘲笑うかのように鼻で笑う。
しかしそれでカチンときたのか情報屋は、
「はははっ、そう見くびらないでくれよ。何の為に君をわざわざこの街へ呼び出したと思ってる。」
と言い返して来た。今の一言で情報屋としてのプライドを傷つけたのだろうか、顔は笑っているが言葉遣いから分かるように怒りが見える。
「手がかりを得る為にこの街を調査していた時に重要な情報源を手に入れてね。それで魔術師の詳細を事細かに知れたよ。ま、ここからは本人から話を聞いた方が早い。ほら、そんな所に突っ立ってないでこっちに来な。」
情報屋の言葉に気圧されたのか、ティーセットを持った少年が私の後ろから現れ、ガタガタと震えた手でテーブルの上に紅茶を置いていく。
…これは完全に怯えてしまっているな。目線は常に下を向いていて、私の顔はおろか体すら見ていない。まるで蛇に睨まれた蛙のように、早くこの時間が過ぎろとうずくまっている。
これは…少し安心させてやらないとな。
「少年。君に問いたいことがあるのだが、大丈夫か?」
「ひっ!?な、何ですか…」
「名は何と言うんだ?」
「えっ…名前、ですか?」
「ああ、そうだ。対話の最初は打ち解けあう事が肝要だろう?なら最初は自己紹介から始めるべきだ。あっと…すまない、名乗って貰うのならまずは私から名乗るべきだった。」
「私の名はラルムベル・リア。リアと呼んでもらって構わない。」
今更ではあると思うが改まって自己紹介をする。安心させると言うには少々強引な話題作りだったが大丈夫だったか…?
少年は私の唐突な自己紹介に少し戸惑っていたものの、それで恐怖心が薄れたのか顔を上げて返答してくれる。
「え、えっと、僕はウェトって言います。」
「ウェト……良い名だな。」
「あ、ありがとうございます。あの、ところで、なんですけど…」
「…?どうした?」
「女の人…だったんですか…?」
「そうだが。何か問題でも?」
「い、いや…何でもないです。」
なんか勘違いしてそうなので一応言っておくか。
「別に普段顔を出してないだけで女性の剣士と言うのは案外多いんだ。それに剣士など全身鎧を着込んで剣を振るうのならば男女の差など無いも同然だし…そこまで気にすることじゃ無い。」
私は少年の警戒心を解く為に顔を見せたのだが…この驚きは少々計算外だったな。まあでも少年を見る限り恐怖心は小さくなっていそうので良しとする。
「ま、与太話はそれくらいにしといて、改めて証人が来た訳だし、本格的に語ろうか。」
頃合いと見たのか情報屋がそう言って、止まっていた会話が再度動き出した。
【魔具紹介】
探知地図…情報屋の持っていた地図。コレを持っているだけで半径10㎞の魔術師と魔晶石の位置が分かると言うかなり強い魔具。だが効果の発動には一定量の魔力供給が必要なため、魔術を習ってない一般人には扱うことが出来ない。
魔力さえ供給すれば近くの魔術師の位置が分かる為、小動物などの使い魔に持たせながら魔力を供給し、偵察でリスクを犯す事無く敵の魔術師の位置を知ると言った離れ業も可能。