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第四章 『世界を視る瞳』一

「?」

 いつまで眠っていたのだろう? そもそもいつから眠っていたのか思い出せない。ただとてつもない最悪の夢を見たことだけは、ハッキリと那由多は思い出せた。

 頭が痛い。尋常ではないほどに。割れるほどに痛かった。もしかしたら割れているかもしれない。

「朝じゃないのかな?」

 目が開かない——いや開いているのか。ならばなぜ世界はこんなにも暗いのかと那由多は少し考えて二つの可能性を考えた。

 今が夜だから、それとも自分の目が見えなくなってしまったのか。

 ここは家だろうか、それとも病院。多分、家だろう。枕の高さやベッドの感触が馴染み深いものだ。

「那由多、よく聞け。今は見えないかもしれないがすぐに視力は戻る。大丈夫、今は目を瞑っているんだ」

 その声はアーサーのものだった。声を聞くだけでじわじわと迫ってきた不安は一瞬にして掻き消えてしまった。

 那由多は返事をして瞳を閉じた。暗闇は変わらないままだがアーサーが大丈夫と言うならば大丈夫だ。

「ここは私の家ですか?」

「ああ、そうだ。みんないる」

「あはは、大所帯ですね」

 みんないる。そうか、みんな居るんだ。そう思うだけで安心できた。

「なにがあったんですか?」

 暗闇の中で那由多は平静に返った。冷静に状況を判断し、それを訪ねた。

「お前は廊下に倒れてた。急いでお前の家に戻って、ルーデと守護者が応急処置をしてくれたがお前は目覚めなかった」

 アーサーの声音は少し安堵しているようだった。那由多の勘違いかもしれないが、いつものようで声の震えが違う気がする。

「どのくらい、眠っていましたか?」

「一週間くらいだ。今こっちの世界は八月十日の午前十二時三十分」

「本当に一週間」

 通りで体が怠いわけだと那由多は納得した。一週間も意識が消えていた——というよりは夢を見ていた。

「力……千里眼を使ったのか?」

「いえ」

 いつも夢を見る時は普通の就寝時間に目覚めるのだが、何か不調があった。いや、むしろ調子が良いのか。

 見たいものを見たいところまで見た。ビデオを借りて再生するように都合よく見れた。だがその代償に頭が痛いのと視力を一時的に喪失した。

 頭が痛いということは脳にダメージがあるのか、同時に眼球自体にもダメージがある。千里眼というものは想像の何倍も危険なデメリットを伴うらしい。きっと常人である自分の肉体が超級の魔法である千里眼を使うことに耐えられないのだろうと、那由多は冷静な自己分析をした。

 那由多は自然に瞳を開くと視力は元に戻っていた。心から安堵するが、次は完全に視力を失うかもしれない。そんな恐怖がある。

 こんなことは今までになかった。そもそも都合良く見たこともない。だとすればやはり、眠る前に出会ったあの人物。

「あの……ウラシマさんは?」

 最後に出会ったのはウラシマだった。彼は「私の探し物のためにあなたの千里眼は必要です」と、そう言った。

「ウラシマはお前が倒れたのと同時に体調を崩した。悪いがお前の両親のベッドを借りている」

(じゃあ、やっぱりあの夢はウラシマさんの……)

 レアーナ——正確にはその過去にウラシマは居た。彼はこちらの世界の守護者として生まれ、そして異世界へ渡った。そこで竜の軍勢を討伐した英雄。

 彼がレアーナのお伽話における青年。しかしその最後は違う。彼は殺された。きっと神様を信仰する者たちに。

 よく考えてみれば神様があって成り立った土地、国家だ。それは早々にその存在を悪と疑うできるはずもない。それが年寄り、王族であれば一層そうなる。

 それは文明の否定、文化の否定、繁栄の否定、自身の存在の否定に他ならない。神様という寄る辺を失えば、この先どうすれば良いのかと思うはず。

 過去を否定し、現在を改竄し、未来を紡ぐことは当然のことのようで難しい。こちらの世界でも起こり得る。科学的に解明されたことはいつだって常識を覆す。この星が球体だと言った時、この星が回っていると言った時、人はそれを笑っただろう。

 きっとレアーナの民も笑ったのだ。これまで自分たちを導いてきた存在を悪き者と断ずることはできない。どちらを信じるか、きっと神様を選ぶ。いや神様を選んだ。

 決定的に誰かが何かの選択を誤ったわけじゃない。始まりが間違っていただけだ。無数に枝分かれした滅びの道を、ずっと突き進んできたきただけだ。最初の時点で滅びは確定している。

 だが何かが違う。決定的に何かが違う。その最後、青年は邪竜ではなかった。お伽話の最後とは違う物語。

「もう大丈夫なのか?」

 身体を起こした那由多へアーサーは駆け寄る。だが即答で大丈夫と答えた。

 頭は痛くないし、視界も良好。一週間も寝た甲斐があったというものだ。

「それより聞いてください。私が見たものを」

 彼らになら話せる。胸を張って、堂々と、自分が見てきたものを話せる。那由多の中に迷いはない。幼少期のような純粋さを持って見てきた夢を現実のことのように話せる。

 アーサーはかぶりを振ると手を差し伸べた。立ち上がると少し那由多の体はふらついた。

 よく考えてみればずっと眠っていたのだ。那由多にとって立ち上がり、歩くという行為はかなりの重労働だった。アーサーの補助なしではリビングへ辿り着けないほどだ。

 那由多の自室を出てリビングへやってくる。そこにはルーデリカが居た。那由多の存在に気がついた彼女はすぐさま駆け寄って来た。

「那由多! 良かった」

「ご心配おかけしました」

 あははと笑うが那由多の顔色は完全に復調しているとは言えなかった。それは彼女以外は気が付いていただろう。

 ルーデリカは安堵して、ようやく胸を撫で下ろした。心底ホッとしたように聞こえないくらいの声で「目覚めて良かった」と呟く。

 那由多がリビングに着き、ソファーに腰掛ける。その時に機を見計らったように扉が開いた。

「那由多様!」

 そこにはウラシマが立っていた。隣には那由多にとって見慣れた男、大徳寺の肉体を借りた守護者の姿がある。

 全員が揃うと那由多は内心、安堵した。顔を見ると本当の意味でこれまであった不安は完全に消し去られた。

「那由多様、もしかすると私の過去を見ていたましたか?」

 恐る恐るというようにウラシマはそう訪ねて来た。その態度から彼もまた同じ夢を見ていたという確信を得た。

 夢というよりはウラシマ自身の過去なのかもしれない。

 那由多がかぶりを振るとウラシマは「やはり」と口にした。だが少し妙だ。彼は自らの意思で那由多の力を利用したのではないかと。

 それについて那由多は一時的に保留することにして、全体の話を進行させる。

「まず話を整理しよう」

 アーサーがそう言い、倒れた時に起こったことを時系列で並べた。

 図書室での定時報告から休憩を挟んだ。その後、那由多がトイレへ向かう。彼女はその先で意識を失った。

 あまりにも帰りが遅いのでアーサーが向かいに行くと那由多は倒れていた。同時期にルーデリカが仮眠から目覚めてもウラシマは起きなかった。彼もまた意識を失い、目覚める兆候がなかった。

 二人を運んで一時的に那由多の家へ移動した。そこからウラシマが目覚めるのに三日間を要する。

 ウラシマの話によると自身の記憶が戻りつつある。それは那由多が千里眼を使いウラシマの記憶を読み取っているからだと推測する。それだけを告げてウラシマは再び眠りにつく。そして一週間後、ようやく二人は目覚めた。

「ってことは思い出したのか?」

 アーサーはウラシマに尋ねると彼は静かに頷いた。そして話す。

 レアーナで起こった戦いと、その悲劇を。ウラシマの語るそれは那由多が見てきたものと全く同じであった。

 やはり二人の見たものは実際にあった事なのだろう。

「だとするとウラシマって誰なの?」

 発言したのはルーデリカ。それはごもっともだが、話を聞いている限り理解できるはずだ。アーサーはそれを言葉にする。

「普通に考えれば死んだ後に邪竜に取り込まれ……ん?」

 言葉にして気がついた。その違和感に。

 おかしい。よく考えなくてもおかしい。

 レアーナのお伽話だけならそこで終わりだ。全ての辻褄は合う。だがその後の未来、つまり現代においてレアーナ遺跡を調べ、そこで眠っていた邪竜。

 なぜ活動を停止したのか。なぜ異世界——この世界へ渡ったのか。そしてこの世界において青年の姿をしたウラシマが現れたのか。なぜウラシマの記憶は失われたのか。

 邪竜が活動を停止することは珍しくない。あれは破壊するだけして魔力が枯渇するとその場で数百年ほど眠りにつく。しかし一千年は長すぎる。それは予想外のことで休眠期間を延ばすことになったと考えることができる。

 つまりまだ終わってないのだ。続きがある。

「ウラシマ何かわからないのか?」

 ウラシマはどこか申し訳なさそうに首を横へ振った。

「私も全てを思い出したわけではないのです。しかし邪竜であることは確かです。でも私はまだ死ぬわけにはいかない。私には何か使命があったのです。」

「そうか。そういうことなら手を貸すさ。こっちも最初からそのつもりだ」

 アーサーが守護者へ視線を移す。彼は静かに頷く。彼もまたウラシマが邪竜であると気が付いていた。しかしこの三名、いや三勢力の目的は完全に一致していた。真実へ辿り着くこと。この場で気が付いていないのはたった一人。

「え? アーサー知ってたの?」

「逆になんでお前は気づいてなかった」

 ルーデリカだけだった。彼女は純粋故にあまり疑うという行為をしない。そして深くを考えない。それで騙されたり、利用されたりしても、サッパリした顔で許せるのが彼女の長所なのだが。

「しかし、どうする? 真実——記憶の続きを知るためには……」

 守護者の視線は那由多へ向く。現状、そこへ辿り着くためには彼女の千里眼が必要不可欠だ。それは最善手であって最悪手。手っ取り早いが危険を伴う。

「私は——」

「却下だ」

 那由多が何かを言う前にアーサーは否定した。

 強い否定だった。その声音には絶対に千里眼を使わせないという、アーサーの意思が宿っていた。その意思を前に那由多は口を噤む。

 アーサーの予想通り那由多は千里眼をもう一度使用するつもりだった。皆の役に立つのならば彼女はそれを厭わないだろうと。

「那由多の力は二度と使わせない。次は生きている保証もないんだ」

 那由多は無意識に拳を強く握る。それは力及ばない自分への怒り。「それは違う」と言うように隣に座ったルーデリカはその手を握った。怒りを解かれたように那由多の手の力は抜けた。

「同感だ。これ以上、一般人であるこの娘に負担を掛けることは許されない」

 守護者もまた同意見を告げる。彼が千里眼の話をしたのは、この場に居る者へそれを絶対に使用させないという確認のためだった。

「それは良かった。無理に使わせると言ったら戦争だった」

「そんな訳がないだろう。我々の使命は世界の守護。真実を知るという副次目的のために主なる使命を忘れることは決してない」

 しかしそうなると真実は遠くなる。それでもウラシマは「もちろん、異論はありません」と笑顔で告げた。

 現状、頼りになるのはフロリアからの定時報告だけだ。そこから那由多の見た千里眼からの光景、記憶と組みわせた推測だけが、彼らが真実を導くための残された選択肢となる。

 この一週間でユニの使い魔が辿り着くことはない。

 異世界へ飛ぶことは容易なことではない。扉を開くことは力技でなんとかなるが、特定の世界、座標、時間軸へ飛ぶことは困難を極める。そんなことをユニは平然とやってのける。しかし時空のズレの計算などぶっつけ本番で早々できることはない。

 常人ならそうだろう。実際にフロリアとは一ヶ月のズレが生じた。こちらの時間は半日ほどのズレ。

 今回はどれくらいズレているのか。

 アーサーは考える。ユニの性格からしてどれだけズレようと一週間は伸びない。

(今度はこっちの時間がズレているのか、あっちではどれくらいズレてるのか想像もできないな。最悪の場合はあっちの時間が一日しか経過してないパターンだが)

 フロリアでの報告なしでは先には進まない。それでもやるしかない。この場合は期待するのは愚策だろう。

 那由多の千里眼は不意に発動するという可能性をアーサーは危惧していた。

「俺たちの力で考えよう。レアーナのお伽話、浦島太郎、その真実を」

 思考する。この場に集った異なる者たちが同じ目的のために。

 アーサーはいつもの手帳を取り出した。ここには、これまで起こったことを時系列順にまとめてある。

 まず起点。レアーナのお伽話と浦島太郎の物語。こちらの守護者である青年はレアーナ王女の助けに応じ、異界へ向かう。そこでレアーナを襲う竜の軍勢を払い英雄になる。元凶を邪竜と特定し討伐隊を編成するも、狂信者により殺害される。そして邪竜は復活を遂げ、レアーナは滅ぶ。

 数千年後、アーサーらの時代。竜の巣と呼ばれたレアーナから突如、竜が姿を消す。これを好機と見た学者らは莫大な財産をはたいて大調査団を結成し、レアーナ調査へ乗り出す。

 アーサーは神殿最深部で眠る邪竜と接触。邪竜はアーサーを退けると異世界、日本へと逃げる。

「なあ、ウラシマ。あの神殿で眠ってたのはお前なのか?」

 ふとした疑問。それを投げかけると予想外の答えが返ってきた。

「なんのことでしょうか?」

「いや、だからレアーナの遺跡で俺と戦ったろ?」

 アーサーの言葉の意味をウラシマは理解できない。そう顔に書いてある。ハテナマークが浮かびそうなほどに首を傾げている。

「私が最初に目覚めたのはこの世界についてからですが……」

 嫌な予感がする。アーサーにゾクっと背筋が凍るような感覚が走る。それはきっと想定にすら入れてなかった致命的な見落とし。

「それっておかしくない?」

「はい。おかしいです。それだと」

「邪竜は二匹いることになる」

 ルーデリカ、那由多、守護者がそれぞれが言葉にする。そしてそれが一つの結論だった。アーサーは自身の中に生まれた一つの考察を言葉にする。

「邪竜は二匹に増えたんだ。おそらくウラシマ、お前は生贄になった後、精神力で邪竜の呪いに打ち勝った」

 それはアーサー自身が体験したこと。

 邪竜は存在そのものが呪い。呪いを浴びた者はいかなる生物であれ、邪竜になる。精神力の強い者はその力を御することができる。

 ウラシマもまたその一例。鋼の意志と決意で邪竜の呪いに耐えた。そして立ち向かったのだろう。

 同時に那由多も廊下で出会ったウラシマの正体について、ようやく自分の中で納得できた。つまりあれは片割れ——というより邪竜ヴァン・ウォード本体だったのだろう。だが少し妙だ。それを那由多は口にできなかった。

「でもレアーナが滅んだってことはウラシマは負けた?」

「単純に敗北したのならウラシマはここに居ないはず、そして本体も生きていた。なら痛み分けって線が濃厚だろうな」

 冒険者である視点からルーデリカとアーサーが疑問と考察をぶつけ合う。

「だから千年近く邪竜は眠っていたってことですか?」

 那由多はなんとなく口にした言葉にアーサーは「それだ!」と賛成した。バラバラのピースが揃うように過去の出来事が少しずつ明らかになっていく。

「傷を負ってそれを癒すために長時間の休眠に入ったというわけか」

「あ!」

 声を上げたのはルーデリカだった。珍しく彼女が何か気づいたようで、大きく手を上げて「はーいはーい」とアピールしている。

「砂漠だよ!」

 それだけでアーサーはルーデリカの言いたいことを理解できた。これは直接あの地域を見た二人だからこそ辿り着く考えだろう。

「どういうことですか?」

「全く意味が分からないのですが」

 那由多とウラシマの疑問ももっともだ。それに対しルーデリカは自分では適切に言葉にはできないだろう。それを自身で気がついているからから「アーサー任せた」と全てを彼に押し付けた。

「心臓部に重大な損傷を負ったか、あるいは失われたか。どちらにせよ、本来高い不死性と再生能力を持つはずの邪竜がそれを失った。だから内部から魔力を生み出すことから外部から魔力を供給することに切り替えた。能力を再定義したんだ。奴が暴風と呼ばれるのにも関わらずそれを使わなかったこと、交戦した時に感じた違和感の原因はそれだろう」

「そうか。自身の傷を癒すために周囲の魔力を吸収した結果、レアーナは砂漠化したんですね?」

 那由多は答えに辿り着く、アーサーは「ご明察」と褒める。ルーデリカも何も言わずに彼女の頭を撫でていた。

「ついでに言うならレアーナを竜が棲家にしていたのも、邪竜が引き寄せて、その生命力を吸収していたんだろう。だからレアーナには竜の痕跡がなかった。奴の能力は明らかに多生物、大地、空気中から生命力や魔力を奪い取ることに特化している」

「だとしたら厄介だぞ。この世界には電力などの無数のエネルギーと他に手付かずの魔力で満ちている。邪竜にとって全てが餌だ。この星の全てを食い尽くすまで活動可能な不死身の化け物ということになる」

 守護者の言葉は真実だ。本来、邪竜は半永久的に魔力を生み出す心臓部を持つ。しかし奴らが過剰な能力により数時間稼働するだけでその魔力を全て枯渇させる。魔力を使い果たすと休眠に入り魔力が完全に充填するまで眠る。

 今回、邪竜ヴァン・ウォードの場合は特化した力を捨て、生存と稼働時間を重視した形態へ変化した。圧倒的な破壊力は失っただろうが、それとは別の厄介さがある。

 殺せないという意味ではアーサーに近い性質を持つ。アーサーの不死性は活動範囲を人並みの能力に出力低下させることで不死性に特化させている。霧散した魔力は再びアーサーの意思次第で再びその肉体を形成する。

 半永久的に魔力を生み出すな心臓部が魔力を供給し、それが潰えても霧散した魔力で心臓部を生み出す。他に魔力を一切回さないことで死ななさを実現している。ただしアーサーは本当に死なないことしかできない。それ以外は肉体の頑丈さくらいしか人間だった頃と変わってない。

「対策を考えないと、この世界が先に死んじまうってことか」

「まーそれはあたしがなんとかするよ」

「どうする気だ?」

「一撃で吹っ飛ばせばいいんだよ」

 当然でしょ——と言わんばかりでルーデリカの顔が物語る。しかしそんなことをサラッとやってのけるも、言えるのも彼女くらいだ。流石のこの発言にはアーサーも呆れている。

「相手は動く的だぞ。邪竜を一撃で殺し切るだけの魔力——幾らお前でも連発は無理だろ?」

「一発で決めればいいじゃん」

 何を言ってるんだお前は? みたいな顔するルーデリカにアーサーの言いたいことは伝わらないらしい。

「外すという想定はないんだな」

「あたしだぜ?」

「うわーすげえ自信。だが不確実過ぎる」

「なんだよーあたしのこと信用してないのかよー?」

「お前は信用してる。信用してないのは相手だ。敵は必ずしもお前と正面切って戦うとは限らない。ヴァン・ウォードは生存に特化している。命の危機に瀕したら逃走する可能性は否定できない」

「じゃあ、そこを攻撃しよう。アーサーそれまで削って」

「だがその間お前はどうする? あからさまだとバレるぞ」

 ルーデリカはそこで初めて「う……」と言い淀んだ。

「そもそも、その鎧男が邪竜を削ったとしても能力で回復されるのがオチだぞ。もう忘れたのか?」

 守護者の的確なツッコミで二人は「そうだった」と漏らす。白熱し過ぎて本当に忘れていたらしい。

「じゃあ魔力がないところに吹っ飛ばせば? そうすれば回復されないよね?」

「そんなところあるのか? 海の底とかか」

「海の底にも生物はいますよ」

 今度は那由多のツッコミに二人が「ダメじゃん」とシンクロして口にする。

「なら空はどうでしょう? あ、鳥とかいますかね」

 ウラシマの提案は一見、無謀に見える。しかし現代人である那由多だけは希望があるように聞こえる。空の向こう、遥か彼方には生命の生息できない宇宙空間が広がっている。というよりこの星がその一部に過ぎないのだが。

「ルーデリカさんなら飛ばせばますか?」

「どこに?」

 那由多は指差す——天井。実際に指しているのは空の遥か彼方。

「空の遙か彼方、外気圏の向こう側、地上から約一万キロまで。そこまで飛ばせば生物は存在しない世界です」

「できるけど——」

「できるんだ……」

「それって落ちれば戻ってくるんじゃない? あ、そうだ。この世界って落ちないんだっけ?」

「その通りだルーデ。落ちない、宇宙空間には重力がない、地球に引っ張られる力が働かない。つまり飛ばしたら戻ってこれない。ヴァン・ウォードを永久に追放できる」

「それに戻ってきたとしても、大気圏の摩擦熱で燃え尽きる。瀕死の状態でそこまで飛ばせば恐らくは」

 殺せる——那由多はそう口にしようとしてやめた。そんな保証はない。こちらの常識が通用する相手かどうかは分からない。万が一にも生きていれば、ヴァン・ウォードは地球の魔力と生命力を吸い尽くしてでも復活する。

 ならばやはり宇宙空間まで押し出してしまうのが得策だ。

「保険としては十分だ。奴は削れば必ず回復のために飛行する。ルーデリカの魔力を放出し、空の彼方へ飛ばす。勝機は高い……が」

 問題はただ一つ。

「どうやってその邪竜を削るかだな」

 アーサーが初見で交戦した感覚からヴァン・ウォードは生物から直接、魔力を吸収できる。しかもそれはほぼ自動。触れた瞬間に発動する。というより常時発動型——オートというよりパッシブ。

 ヴァン・ウォードは常に周囲から魔力を供給し、活動している。逆にいえば魔力を供給し続けなければ生きられない。それが唯一の弱点といえるだろう。

「我々が結界内に奴を閉じ込める。そうすればしばらくは周囲からの魔力の供給を防ぐことができるだろう」

 守護者の結界。確かに内部的な破壊は難しい。しかし守護者の一番の懸念は一つ。

「一対一で勝てるのか? 相手は一国を滅ぼせる存在だぞ」

 それに関してアーサーは自信を持って答えることができる。

「安心しろ。俺は未だかつて負けたことがない」

 それは事実だが少し違う。アーサーは死なないだけだ。彼は自分が死なない限りは負けと認めない。だから負けたことはない判定になっている。

 ルーデリカもウラシマも守護者もそれがそういう意味だと知っているが、那由多だけは「アーサーさん凄い!」と本気で思っている。

「そうなると残る問題は。ヴァン・ウォードがどこにいるのかだ」

「そもそもヴァン・ウォードの目的ってなんなの?」

「そりゃ、ウラシマへの復讐なんじゃないか?」

 引っかかる。那由多の中で一つの違和感。

 復讐——それは正しい。しかし違う。正しいがそれに気を取られていると見逃してしまいそうになる。

 邪竜は目覚めた。二つの存在として。

 ああ、きっと私は真実に辿り着いていないのだろう——と那由多はそう直感した。しかし、それを口にすることはできない。なんの確証もない那由多の感覚に過ぎない話だ。

「まあ、目的も次第に分かる。那由多とウラシマは目覚めたばかりなんだ。無理をするな。一旦休憩しよう」

 そうして一旦会議らしき会談は区切りをつけられ、那由多は一度、シャワーを浴びると自室へ戻ってきた。そしてベッドに横たわる。

 眠気はない。ずっと眠っていたからだろう。しかし那由多の思考に一つの邪念が浮かぶ。

「ここで眠れば、また夢は見られるのだろうか」

 未知を——知らないことを知ろうとする那由多の気質は、ここに来て猛毒となっているらしい。

 危険だということは重々承知している。しかしそれ以上に本能が求めてしまっている。きっと眠れば夢を見る。知りたいという欲求に負けて。

 何よりも罪深いのが皆の為ではなく、自身の欲望であることだろう。

 傲慢だと那由多は思う。でも止まる。瞳を閉じた時、最初に浮かんだのは自分を想ってくれる者だったからだ。

「アーサーさんに怒られるのは嫌だな」

 そう呟いて那由多は身体を起こし、自身の頬を両手で叩いた。

 これ以上は大丈夫。知る必要はない。

 決戦の時は近い、今はそれまで休養するだけ。

 きっと自分ではなんの役にも立たないけれど、彼らの健闘を祈ろう。その勝利を願おう。その先の——その先にはいったい何があるのだろう。

 那由多はそのままもう一度、瞳を閉じる。眠る為ではなく、休むために。


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