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エンディング『浦島太郎は……』

もう一度、人間の姿で目が覚めるとは思っていなかった。彼らのおかげでこうして息をしている。

 ウラシマ——青年にはもう力は残されていない。立ち上がり、歩くことが精々だろう。

「なぜ助けたのですか?」

 それが疑問だった。アーサーは最後に呼びかけた。それにより青年の意思は再び息を吹き返す。邪竜はそれを不要と取り除いた。

「まだお別れも言ってないんだぞ。それにお前がこうして助かったのは邪竜の気まぐれだ」

 アーサーの言うことは本当だった。足掻きのようなもの。それが幸か不幸か叶った。予想はできなかったが結果的にウラシマは戻ってきた。しかし、残された時間はあまりにも少ない。

 それは本当にお別れを言うためだけの時間のようだ。

「これは運命か」

 青年は立ち上がる。アーサーはそれを支えようとしたがそれを拒否した。

「ウラシマ、行くのか?」

「残った命の使い方は決まっています」

 青年の体はふらりと揺れる。それでも立ち続ける。

「那由多様はどうなりましたか?」

 最後の懸念。最大の心残りはそれだった。

 那由多は最後に見てしまった。どれほどの代償を払おうとも彼ら、彼女らを見届けた。そこに後悔はないだろう。彼女自身は。

「命に別状はない。視力も問題ないだろう」

「それは良かった」

「でも千里眼を失った。夢であいつの中のあらゆるものが黒く塗りつぶされるのを最後に見た。もう二度と千里眼が何かを映すことはないだろう。最悪の場合」

 アーサーはその先を言うことはななかった。必要ない言葉だと思った。目の前の青年を足止めするような真似はしたくなかった。

 青年は少し黙る。目の前の男はどんな顔をしているか想像してみた。きっと自分と同じ安堵した表情をしているはずだ。

「生きてきればそれで良い。ですよね? アーサー様」

 ああ——とだけアーサーは短く答えた。その心情には色々なものが渦巻いているけれど、最後には那由多の生存を喜んでいた。

 生きてさえいればそれでいい。それが彼女自身が選んだ道だとしても死ぬことはあまりにも酷だから。

「那由多様にはもう会わないおつもりですか?」

「そうだな。少し寂しいが、それが那由多にとっても良いだろう」

「そうですか……」

 何かを言おうとして青年はやめた。彼の覚悟に水をさすことは失礼だと。

「俺は——お前にも生きて欲しかったんだぜ? お前とフロリアへ帰還するのも悪くないって本気で思っていた」

 思っていた。しかしやめた。それはついさっき、ウラシマが目覚めた瞬間だった。

 ああ、こいつはもう役目を終えるんだな——とアーサーは直感した。そういう人の目をしていた。死の雰囲気を纏っていた。それを望む表情だった。そしてこうなった奴がどんな選択をするのかを知っていた。

 アーサーの言葉を聞いてウラシマは「あはは」と乾いた笑いを溢した。

「誰もがあなたのように強くない。私には才能はあったが誰も救えなかった。甘かった、弱かった。彼女を待つこの千年、辛く孤独でした。私はそれに耐えきれず、自身の記憶を封じた。さまざまな感情を消せば生きられなかった。精神が保たなかった。生きるのは充実感と喪失感の連続だったが、彼女を待つだけ、そうして生き続けるのはひたすらに苦痛だった」

 呼吸をするだけで消え失せたくなる。青年が不死を得て感じた最初の感情だった。

「もう一度言います。誰もがあなたのように強くはないのです。私にはもう生きる意味がない。生き続ける意味はもう」

「……分かってる。だから強制はしないさ。冒険者クランは来る者拒まず、人外だけの集団。故に長命の苦痛も理解してるつもりだ」

 申し訳ないと青年は心底申し訳なさそうな顔で言うのだ。そんな必要はないのに。本当に根っからの善人。

「では、そろそろ行きます」

 フラフラと青年は歩いていく。その正面にはいつの間にか金髪の少女が立っていた。彼女は笑っていた。満面の笑みで手を上げる。

「行ってこい!」

 ルーデリカは他に何も言わずにそれだけを告げた。アーサーよりも長命な彼女のことだ。きっと青年の心情を誰よりも理解しているのかもしれない。言葉は必要ないと。

「ありがとうございます」

 青年も手を上げると二人の手はパチンと鳴った。

「じゃあなウラシマ。楽しかった」

 アーサーが声を上げた。背後から聞こえる声に青年は最後に振り返る。

「アーサー様、最後くらい自身の気持ちに正直になってもバチは当たりませんよ」

「っ!?」

「それでは」

 ふふっと笑って青年は歩き出した。ゆっくりと確実に。向かう場所は一つ。

 まだ見慣れない現代の町を青年は歩く。身体は思うように動かない、体内の魔力は底を尽きかけている。しかし関係ない。

 ずっと間違えてきた。千年もの間、考えていた。どうすれば彼女を救えたのかを。

 答えは簡単だ。もっと自分が強ければ良かった。そうすれば守れたはずだ。救えたはずだ。

 青年が邪竜の半身となって生き続けられたのは彼女への後悔。それだけ。あのレアーナの王女への贖罪をずっと考えた。彼女のことだけを想っていた。

 それが全ての記憶を投げ捨てても消えない想いだった。捨てきれない想いがあった。それこそが彼の衝動、彼女を殺して、救うという使命。

 青年は兵器だった。名は無く、戦う以外の知識と技術を排した徹底的な教育により生み出された兵器。

 そんな兵器がこれだけの感情を得た。仲間を得た。愛する人を得た。

 向かわなければならない。最期に彼女にもう一度会わなければ。

 自分が流れ着いた浜辺に美しき女性が仰向けに倒れていた。

 紫色の腰まで伸びる髪と白い肌。耳が細く尖っているのが特徴。細い四肢は触れたら壊れてしまいそうだった。

 青年はそっと女性を抱える。すると目を覚ます。髪と同じ美しい紫色の瞳が青年を覗く。

「探しましたよ。乙姫様」

 乙姫——そう呼ばれた女性はなぜそう名付けられたのかを理解して笑った。

 レアーナには名前を付ける文化がない。特に貴族や王族は役職で呼び合う。平民にはそれすらない。役職こそが名称であり、階級を現すものだった。

 王女もまた名前はない。彼女は第二王女だから、こちらの世界では妹の姫を指す乙姫となる。

 それこそが浦島太郎における乙姫。つまりレアーナの王女を指す名だった。不器用な彼はそんな名前しか用意できなかった。

「浦島様。何しに来たのですか」

 乙姫は少し拗ねたように尋ねた。

 目覚めた瞬間に自身の状態は分かった。死に体——しかし、それで良かった。もうこれ以上、生きなくて済む。ようやく安らかな生き物としての正しい終わりを迎えることができる。

 今ある感情は安堵だけ。次に瞳を閉じれば二度と目覚めることはない。

「最期にあなたと話したかった。それだけです」

「そうですね。戦いばかりでまともに話なんてしたことありませんでしたから」

 悪くありませんね——乙姫はそう言った。

 それから二人は特に意味のない会話をした。好きな食べ物とか、趣味の話をした。そんな普通の会話がとても楽しい。

 二人の失った時間を取り戻すように。

 こんな平和な時が二人にあったなら、どうなっていただろうか。そんな仮定に意味などない。しかし幸せだっただろうと思う。

 時間は迫る。瞬きの間にも感じる。

「浦島太郎になぜ亀を登場させたのですか? 普通に私、というか女性で良かったのでは?」

「いや、あなたに跨って海の底へ行くというのは……絵面がちょっと」

「あはは、確かにそうですね。違う世界ではなく、海の竜宮城へ行くのは幻想的で好きです」

「ありがとうございます。ところで、作中の浦島太郎はどうやって息をしてるんでしょうね?」

「あなたが書いた話でしょう? でも、そんな魔法はありませんから、ずっと止めてたのではないですか?」

「亀も礼のためとはいえ随分と酷なことを強いますね」

「ふふ、冗談ですよ」

 ふざけ合って、笑い合って、時間は残酷にも一瞬で過ぎていく。

 自身の終わりを悟った乙姫は最後の会話の内容を考える。

「なぜ私と……一緒に来てくれなかったのですか?」

「……」

 ウラシマ——否。青年——否。浦島太郎は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「あなたさえ一緒ならば私は……あなたさえいれば良かった」

 色々と考えるが答えは単純だった。たぶん意味なんて後から付け足したものなのだろう。

 世界のためだとか、彼女のためだとか、理由はある。でも違う。そんなのではない。それは後付け、その根源にある感情はただ一つ。

「あなたを愛していたから」

 それだけだった。本当にただそれだけ。

 それを聞いて安心したように乙姫は笑った。「私も」と言う笑みには安堵が見える。安堵したのだ。同じ想いだったことを喜んだ。

 恋する乙女のそれだった。最期にそんな純粋な表情を浮かべて彼女は消えた。最後に言葉を告げることも許されないように。

 途端に浦島太郎が腕に感じていた重みが消えた。涙は流れない。悲しむ必要はない。自分もすぐにそこへ向かう。

 気がつけば浦島太郎の手は皮と骨だけのほっそりとしたものになっていた。髪は白く染まっているのが見えた。

 皮肉な結末に彼は笑う。

「浦島太郎は老人になってしまいました——か」

 命の灯火が消えていく。浦島太郎はそれを感じながら来た道をなぜか戻ることにした。空を仰いで暗闇に浮かぶ星を眺める。

 流星が舞い落ちる。それらは地上へ到達する前に燃え尽きる。あれは邪竜の残骸、全て燃え尽きた時、きっと彼も命が尽きる。

 一歩が重い。思うように動かないとしても歩く。一人塵になるまで歩こうと思った矢先の出来事だった。

 思わぬ人物と再会した。いや彼女は覚えていないのだから、出会ったというのが正解か。ともかく浦島太郎は嬉しそうに笑顔を浮かべた。皺くちゃな顔をして

「良かった……」

 そう呟くのだった。


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