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最終章 『星の降る夜』

雨音で目覚める。良い目覚めだった。視界には人工建造物の天井、記憶が正しければ学校と呼ばれる施設、保健室の内部。

 目覚めたということは彼女らは真実を求める選択をしたのだろう。

「私の勝ちです」

 邪竜の勝利だ。保健室には他の人間の気配がない。少し妙だが、こうして傷が塞がり、全盛期の力が漲っているという事実はどちらにせよ、彼女の勝利に違いはない。

 ワルキューレだろうともはや止めることはできない。

 ヴァン・ウォードは青年の姿ではなく、レアーナの王女だった頃の姿となる。姿を偽る必要もない。逃げ隠れする必要はもはやない。

 姿形は彼女にとって意味はない。けれどなぜかこの姿であることを選んだ。というより基本的にこの姿になってしまう。人であった頃の名残か。

 一人で校舎を歩く。外から聞こえる雨音が心地良い。数日の内に世界は暗雲に呑まれるだろう。しかしヴァン・ウォードの表情はぴくりとも動かない。

 もっと笑うものだと思っていた。勝利に酔い、歓喜に打ち震えるものだと。

 あの時だって同じだ。崇高な使命を終えた後も同じような虚無感があった。勝利することが目的ではないからか。

 彼女の中には何もない。怒りも憎しみも悲しみも、それこそ人を殺すことへの快楽も歓喜もない。これは使命。人という穢れを払うだけ、虫を踏み潰すだけの作業。

 人は邪竜を殺せない。人が虫を殺すように、邪竜は人を殺せる。なんの感情も湧かないのは当然なのだ。

 そんなことがなぜか頭の中をグルグルと回っている。それでも歩みは止まらない。

 しばらく歩く。記憶を辿って出口を探す。玄関口から裸足のまま校庭へ出る。冷たくぬかるんだ地面の感触を踏み締めて校門前まで歩いて行って、ようやくヴァン・ウォードは異常に気がついた。

「よお、遅いお目覚めだな」

 声が背後から聞こえる。記憶の中にはあるが聞き覚えのない声。記憶を照合させれば半身が行動を共にしていた冒険者の一人。

 ヴァン・ウォードが踵を返すとそこには鎧姿の男が立っている。他の仲間の姿はない。それが少し妙だった。

 少し思案して結論に至る。

「結界ですか」

「正解」

 決戦に向けて色々と小細工を要していたことを記憶から引き出した。

 これは結界。守護者が使用した対象を内部へ閉じ込める結界。内部的な破壊は極めて困難であり、同時に周囲へ被害も防ぐことができる。しかも魔力の吸収すら阻害する厄介な性質を付け足されている。

 ヴァン・ウォードが使用した人除けの結界とはまた違う。それに出力が段違いだ。今のヴァン・ウォードですら破壊にはかなりの時間と魔力を要するだろう。

 これだけの結界を守護者一人が張れるわけない。だとすればルーデリカが補助へ回っていると考える。この結界内には恐らく、彼——アーサーだけがいる。

 結界で魔力吸収を無効化し、アーサーで削る。トドメはルーデリカ。そんなお粗末な作戦だ。

「私と一対一で戦って勝てるとでも?」

 ヴァン・ウォードの中に焦りはない。むしろルーデリカが結界維持に戦闘へ参加しないのはありがたい。

 彼らの作戦はあくまでも心臓を失っている想定でしか成立しない。もはや全盛期の力を取り戻し、風と天候を司る能力は手中にある。

 負ける要素はない。例え相手が脅威的な不死性を持っていようと関係ない。何度も殺してしまえばいつかは死ぬ。

 それに彼らは一つ最大の見落としをしている。このアーサー自身からの魔力吸収は結界内だろうと有効であること。

 この戦いは初めから戦いにすらなっていないのだ。ヴァン・ウォードが圧倒的に有利。相手に勝機などない。

「勝つに決まってんだろ。じゃないとあいつに顔向けできねえ」

 アーサーは敗北など考えてないような雰囲気で喋る。それがヴァン・ウォードには不快だった。

「あなたは弱いですよ。ルーデリカさんも呼んだらどうですか?」

「そうするとお前逃げるだろ。弱いから」

「ご自分の弱さは肯定するんですね。それはそうですか、最初に戦った時も私が圧勝しましたから」

 実際にヴァン・ウォードの中でアーサーは最も警戒する必要のない個体だ。彼は魔力を扱えない半人前。不死性こそ高いがそれだけだ。死なないだけの人間と変わらない存在に何ができるというのか。

「勝ってねえよ。俺が負けと認めない限り、それは負けじゃねえ」

「屁理屈を……じゃあ、本気でやってあげましょう」

 不服であるがヴァン・ウォードは人としての姿を捨て、竜の姿へ変貌する。その瞬間に周囲は風が巻き起こり、その肉体を包み込むように風の衣を形成した。

 風は攻撃だけでなく防御にも流用できる。相手を切り裂く鎧を纏った。

「もう準備はいいか?」

「ええ、もう終わりです」

 ヴァン・ウォードは手を翳す。ほんの少し力を使う。

「戦いが……ですけど」

 アーサーの体が瞬きの内に細切れになった。見えない風の刃が無数に吹き抜け、気が付かない内に彼の肉体を鎧ごと切り裂いたのだ。

 一瞬で決着は着いた。肉体を完全に失ってからの復活にはどれくらい掛かるのか、ヴァン・ウォードはその計算を脳内で開始する。

 彼が復活するまで気長に待とう。何分でも何時間でも。

「これなら数分といったところですかね」

 気を抜いた刹那

「安心しろよ」

 顔面に鈍痛。理解が追いつかない。顔面を殴られたのか、蹴られたのか、分からない。視界が定まらない。気がつけばヴァン・ウォードは地面に倒れていた。

 なぜ風の衣は機能してないのか。なぜこんなにも早く復活したのか。未だに理解ができない。頼りになるのは思考ではなく、自身の目で見た光景だけ。

「そんな時間は取らせないぜ。なんせ死に慣れてる」

 竜を模した鎧。その右腕は消失していた。風の衣は機能していたのだ。圧縮された高密度の風は触れただけで物質を粉砕する。しかしそれすらも突破してヴァン・ウォードの顔面を殴ってきた。

 所詮、不意打ちだ。すぐに立ち上がり、反撃を開始する。先ほどよりも威力を増した風で周囲を薙ぎ払う。巻き込まれれば確実に死ぬ。跡形も残らない。

「ぐっ!?」

 痛みにヴァン・ウォードが声を漏らす。今度は腹部を強打された。続いて再び顔面に蹴り。

「うあああああああ!」

 腕を振るう。闇雲に振るったがそれが運良く命中し、校舎までアーサーを吹き飛ばせる。

 一息する——その間もない。

「おい、何休んでるんだ」

 敵は瞬時に立ち上がり、向かってくる。その手には武器。自身の肉体の一部から生成した身の丈を超えるほどの長槍。

 アーサーは長槍を投擲する。それは凄まじい速度で放たれ、風の防御全てを貫通していく。咄嗟にヴァン・ウォードが右手で防御するも、掌から肘あたりまで貫通し、激痛に呻く。

 目を離した刹那にアーサーはヴァン・ウォードの目の前まで即座に移動してくる。再び拳。顔面を殴り、自身の何倍もの巨体を再び地面に叩きつけた。

 しかしヴァン・ウォードは風を展開し続け、それに間違いなくアーサーは衝突し致命傷、あるいは死亡している。だが止まらない。

「返してもらうぜ」

 ヴァン・ウォードの右腕に突き刺さった長槍を引き抜く。

(なんだこの男、怖くないのか?)

 直上的な攻撃。風は目に見えない不可避の斬撃。故にアーサーは避けない。まず死ぬ。しかし彼にとって死ぬことなどは問題ではない。

 下半身を失いながらもアーサーは上半身だけでヴァン・ウォードへ接近する。惜しくも届かない。今回は。

 気がつけばアーサーは背後にいる。足に突き刺された長槍は地面をも穿ち、その動きを制限した。確実にこちらを削る痛みにヴァン・ウォードの思考は乱れる。

 アーサーは死ぬ。だが戻ってくる。即座に、ほぼ一秒以内には戦闘を続行させている。

 不可解だった。なぜこうも戦うのか。怖くないのかと。ヴァン・ウォードは考え続ける。

 両者は似ている。同じ邪竜であり、元の邪竜よりも勝る意志によりその力を制御下においている。だが差がある。明確な差が。

 ヴァン・ウォードとて心臓を取り戻している。その回復力は目を疑うほどだ。アーサーからくらった打撃はもちろん、槍が刺さった右腕すらも完全に回復している。しかしアーサーはそれ以上だ。

 回復しているのではない。アーサーは自身の存在を再定義している。傷を塞いだり直したりするのではなく、魔力を使って自分の肉体をこの世界へ再構築する。それは並大抵のことではない。

 海の底、暗闇の中で自身の細胞一つ一つをかき集めて完全に、寸分の狂いもなく、かつての自分を構成するような芸当を、息をするようにできるなど、まともな人間の精神でできることではない。

 ヴァン・ウォードの言う通りにアーサーは弱い。同じバルトメロイの中でも最弱の部類だろう。しかしそれは単純な出力の話である。

 勝負。こと一対一の戦いにおいてアーサーを負かす者は存在しない。なぜなら彼は決して諦めないから。負けを認めない。勝つまで復活する。

 ヴァン・ウォードとは決定的に違う。生きる意思ではなく、戦う意思。だからこの両者が戦えばその格の違いは明らかになる。

 死を前に生存を求めたヴァン・ウォード。死を前に死んでなお戦うことを求めたアーサー。

 ヴァン・ウォードは戦う者ではないのだ。彼女は違う。彼女の戦いは——戦う意義はとうの昔に潰えてしまったのだから。

 これが蹂躙ならば良かった。殲滅ならば良かった。それならば勝てた。ヴァン・ウォードはアーサー以外を消滅させれば勝ちのようなものだ。しかし一対一ではダメだ。

 決定的に覚悟が違う。気持ちが負けているのだ。どこまで行っても彼女は人だ。人の感性に縛られている。だから動揺する。

 痛い、怖い。そうした恐怖が拭えない。アーサーにはそれがない。大切なもののためならば彼は捨てられる。切り捨てられる。

「この」

 焦る。焦る。焦る。

 削られていく。目に見えて魔力が減っている。それはそうだ。アーサー一人を殺すのに一帯を消滅させるほどの風を常に発生させている。自身を守るためにも。そうした力には相応の魔力を消費する。傷の修復にもだ。

 心臓があろうとも、それが生み出す魔力以上を消費すればいずれは活動が止まる。邪竜とはそういうものだ。

 アーサーは違う。あれは魔力を使わない。故に凄まじいほどに燃費が良い。死んで再生する魔力は即座に補給される。永久機関のようだ。ただその精神は完全に狂人の域。真似しようとして真似できるものではない。

「ならば」

 ヴァン・ウォードはアーサーを右手で掴む。

 魔力吸収はアーサーに対しては有効。しかし違和感がある。

「なぜ……」

 右腕に鋭い痛みが走ると反射的に手を開く。その隙にアーサーは腕を踏み台にして高く飛翔していくと長槍を頭部から心臓部に向けて突き刺す。

 魔力吸収ができない。結界の効果——いや違う。アーサー自身の力。というよりは生命体ならば誰もが持っている適応能力、学習能力に過ぎない。

 アーサーは死ぬたびに少しだけ強くなる。もちろん彼自身の身体能力や膂力が向上するわけじゃない。限定的に防御面のみ。 

 生物が持つごく普通の適応能力。それは環境、脅威、天敵、毒物、など様々だが死の淵にてこれらの耐性は劇的に向上する。アーサーは何度も死ぬ性質上、同じ条件で復活しても肉体が自動的に一秒前の自分よりも高い耐性を得る。

 一度、魔力吸収を喰らったアーサーはそれにより高い耐性を得た。故にヴァン・ウォードの能力はほぼ封殺されている。

 風の能力に関してもアーサーを一撃で殺せるほどではなくなっている。アーサー自身の耐性がこの戦闘中に向上し、同時にヴァン・ウォードの出力が落ちたからだ。

 いつの間にか、ヴァン・ウォードは地面に倒れていた。頭部を潰されれば特殊な例外でもない限り邪竜とて死ぬ。ヴァン・ウォードは頭部の傷が治る数秒間死んでいたのだ。

 目の前にはアーサーが立っている。

「立てよ」

 侮っていた。それをヴァン・ウォードは素直に認めた。そして再評価する。

(この男は強い)

 死なない——それよりも死を前に一切ひるまないことが厄介だった。攻撃は当たる。しかし殺せても戻ってくるならば手応えはないに等しい。

 言うなればこの戦いは我慢比べ。どちらが先に諦めるか。といよりアーサーは敵に対し強制的にそんな戦いを強いてくる。

 この世に死なないものなどない。死とは何も肉体的な死だけではない。より重要なのは精神の方だろう。精神が死んでしまえば肉体があっても意味がない。生物的死ではなく、概念的な死。アーサーはそれに争い続ける。

 これはアーサーが先に心が折れるか、敵が殺されるかという戦いなのだ。

 アーサーという存在との戦いは想像よりも精神にくる。いつ終わるのか、そんなことがずっと脳裏に過ぎっている。意識を乱し続ける。

 息もつかない連続攻撃を無視することもできない。アーサーは生物の構造を完全に把握し、的確に急所を狙いにくる。最低限の力で最大限の傷を負わせることを理解している。

 対人、対獣、対竜。ありとあらゆる生物の特徴と性能を理解し、それを無意識に行動へ移せる経験値。それはアーサーがこれまでの経験で学んだこと。決して天才ではない彼が積み上げてきた結果がここで生きている。

 アーサーの強さはごく人間的な要素。弱者ゆえの諦めの悪さ。決して折れない不屈の精神。

 弱いことを自覚し、開き直ったからこそアーサーは邪竜にすら勝利できる——否。アーサーという存在は邪竜の天敵。

「なぜ人のために戦うのです?」

 それはヴァン・ウォードの中に沸いた一つの疑問だった。

「人は救うのに値するのですか?」

「知らねえな。勘定なら勝手にやってろ。俺はやりたいことやってるだけなんでな」

「人は弱く醜い。だから私は」

「俺がいつお前の思想を否定した?」

 拳で地面に叩きつけられる。先ほどよりも重い一撃。

「お前がやりてえことは勝手に貫けよ。俺は俺のやりたいことを貫く。これは最初っからそういう戦いなんだよ」

 ヴァン・ウォードは反撃する。能力に頼らず自身の肉体を使った攻撃。肉弾戦だ。

「あなたのやりたいこととは?」

「俺の大切な奴が生きる世界を守ること」

 アーサーが反撃する。受けて立つといわんばかりに彼はそれまで使用していた長槍を捨て拳のみの戦いに移行する。

「なんの意味があるのですか? そんなことをしても誰も感謝などしない!」

「いらねえよそんなの。自己満足だ。ルーデが笑っていけるならそれでいい」

「彼女が不幸になるとしてもですか!」

「なら幸せになるまで足掻くだけだ」

 重い。アーサーの拳は重く、一撃を喰らうだけで意識が吹き飛びそうになる。だが倒れない。

 なんの為に? そんな疑問が浮かぶ。

 ヴァン・ウォードに目的などない。ただ滅ぼすだけの存在。きっと酷く独善的なアーサーの意志にも劣る。邪悪だが弱い動機。

 だってそうだろう。人はやがて死に、世界はやがて滅ぶ。これは当たり前のことだ。遅いか早いか、それを早めるだけの存在になんの意義がある? 大義がある? いやない。

 ヴァン・ウォードが何をしなくてもやがて人は消えてなくなる。

(そうか)

 今になって気がついた。

 もう自分には何もないことに。

 使命だと思っていたものは邪竜の衝動。彼女自身が持っていた目的は既に果たされてしまった。

 レアーナの滅亡。あの醜く、矮小な国家を消し、あの人の仇を取った時点で彼女は終わってしまっていた。

 それでも彼女がここまで意思を強く保ってきたのは——まだ彼の意思が生きているから。それならまだやり直せるという淡い期待。千年前に否定された想い。

 二人で世界を滅ぼすと言ってくれたなら——そんな雑念が混ざった瞬間、自身の胸が熱くなるのを感じた。

「起きろウラシマ! これでお別れはないだろ」

 崩れる。これまで優位に立ってきた均衡が。しかし這い出てくるのは彼ではない。この肉体の根源、本来の持ち主である破壊衝動。正真正銘のヴァン・ウォードが彼女の意思を上回ってしまって表層へ出る。

 演算開始。敵、数一。魔力出力並——しかし異質。戦闘の続行は困難。魔力残量は微。現段階で行える行動は逃走が最適。

 邪竜ヴァン・ウォードはこちらの世界にある人工知能のように冷静に状況を判断していく。

 周囲には結界。硬度は極。全魔力を放出で破壊可能。行動実行。

 咆哮。加減を知らない邪竜の魔力は風となり、アーサーではなく結界を破壊するために暴れ回る。

 まさに暴風の化身。後も先も考えない、いや必要ない。ただ破壊し続けるだけがこの生命体に許された唯一無二の行動。

 放出された風が一つの巨大な竜巻を形成するとそれは容易く結界を消滅させる。同時に邪竜ヴァン・ウォードは自身の中で渦巻く不純物に勘づく。

「ウラシマ!」

 邪竜ヴァン・ウォードは自身の胸に手を突き刺すとそこから取り込んでいた二つの不純物を抉り出す。本来ならば混じることのなかった二人の人間。

 それらを放り投げる。アーサーはウラシマをなんとか抱き止めるももう一人、レアーナの王女は海の方まで飛ばされる。

 彼らを助けるという思考を読んでいたのか邪竜ヴァン・ウォードはその瞬間に飛び立った。瞬きの間に町の反対方向、水平線の向こうまでは飛翔していこうとする。

「逃がすかよ。ルーデ!」

「任された!」

 邪竜の行動は正しい。この状況においては最適解だろう。生存本能がそういう行動を取らせた。だからこそ先読みはできる。

 そう、最初から狙っていた。アーサーが削り、ルーデリカがトドメを刺すというこの形での決着を。

 ルーデリカは結界に回す魔力を少しずつ貯めていた。アーサーの戦闘はヴァン・ウォードを削る意味合いが主であったが、副なる目的としてルーデリカが魔力を貯める時間を稼ぐ意味があった。

 今持てる最高出力の魔力。魔法という出力方法ではなく、単純に魔力をを収束、放出するだけの単純な攻撃。

 魔力量が高ければ高いほどに威力、射程は増す。

「ぶっ飛べ」

 狙うは一点。空へ逃れる白き竜。

 学校の屋上に陣取ったルーデリカは自身の持つ剣に全魔力を込め、それを放つ。

 音を置き去りにして放たれる超圧縮魔力砲とも呼べる一撃。収束された魔力はその射線上に存在するあらゆるものを消失させる。しかし邪竜ともなれば即座に肉体は消滅しない。

 圧倒的な魔力に押し出される。全身を焼かれる激痛に叫びながら邪竜ヴァン・ウォードは遥か上空、暗雲を裂き、さらに向こう側、この星の全容が見えるほどの高さまで。

 底を尽きかけた魔力を最大限回して回復に努める。この深傷は修復できない。全身は焼き爛れ、翼はなく、残った腕も失った。

 邪竜ヴァン・ウォードは思考する。どうすれば生き残れるのかを。心臓から供給される魔力ではなく、地上に溢れる魔力を外部供給することが即座に結論として弾き出される。

 落ちていく。それにより生き残る。だが落ちるにつれ肉体は赤熱化していく。異常事態、再計算するも上昇は不可能。下降することしかできない。魔力により障壁を展開することもできない。残された魔力はあまりにも少ない。結果何もできない。何もしないことが最も有効な手であり、最も愚策だった。

 負荷がかかった四肢がバラバラに砕け、翼が先に燃え尽きた。残された胴体も先程の傷により損壊、頭部は分離。それぞれの部位では耐久力は足りず、大気圏にて燃え尽きる。

 地上では雨が止み、雲が晴れた。

 その日、澄みきった夜空には星が瞬き、美しい流星が見れたという。


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